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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
SERIES 07 新刊月並み寸評
菊地 武顕
2005年1月刊行から

 毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

 2005年1月に刊行された主だった新書は、60冊余り。質量共に充実した前年12月の反動なのだろうか、いつもより点数が少ない。
 しかし大きなニュースがある。筑摩書房から新たに「ちくまプリマー新書」が創刊されたのだ。同社は、「ちくま少年図書館」(1970~86年)、「ちくまプリマーブックス」(1987~2004年)と、その時々の子供達に向けた本をシリーズとして刊行してきた。その経験を活かし、中学・高校生にまっすぐに向き合う新書作りをするのだという。

「ちくまプリマー新書」創刊

「プリマー」とは、入門書の意味。新書は「知の入門書」という性格をもつが、入門書のための入門書が出たということか。とはいえ第1回発売の5点を見ると、『先生はえらい』(内田樹著)、『死んだらどうなるの?』(玄侑宗久著)と、タイトルこそ子供向けの印象を受けるが、実は大人にもそれなりの読み応えがある本が揃っているといえよう。
 特に『ちゃんと話すための敬語の本』(橋本治著)には、考えさせられる人も多いのではないだろうか。同書が指摘するように、敬語の歴史や成り立ちを知ることで、大人としての日本語を身につけたい。
 ライバルとなる岩波ジュニア新書からは、『創作力トレーニング』(原和久著)が刊行された。こちらの著者はアメリカの公立校で日本語を教えた経験から、日本人は文章を創作する教育を受けていないことに気づいた。そこでアメリカに倣い、たとえば文学作品を読んだなら、その中で用いられた語句や表現を用いて文章を創作してみることの重要性を説いている。
 文章力をいかにして身につけるか――。毎月毎月、「文章教室」をテーマにした新書が必ず刊行される。1月も例外ではない。企画書などのビジネスシーンで必要な文章の書き方を丁寧に指導する『大切なことは60字で書ける』(高橋昭男著、新潮新書)は、横組みで、いかにも実用書の体裁をとっているため、余計に目を引く。

 しかしこの月においては、こうしたノウハウ本よりも、「日本語」そのものの美しさや多様な言い回しに触れた本が健闘している。
『日本人が忘れてはいけない美しい日本の言葉』(倉島長正著、プレイブックスインテリジェンス)では、「たおやか」「たゆたう」「流れに掉さす」などの意味が解説される。また、『都道府県別 気持ちが伝わる名方言141』(真田信治著、講談社+α新書)を読めば、狭いといわれる我が国でも、地方地方によっていかに多くの言葉があるかが分かろうというものだ。さらに『俳句とエロス』(復本一郎著、講談社現代新書)を読むことで、表現の妙を知ることができる。このような「日本語」の豊かさを教えてくれる書に接することで、自然と文章力がついていけば理想的だろう。

「マグダラのマリア」とは誰か

 1月にはなぜか、キリスト教に関する本がいくつか刊行された。まずは『マグダラのマリア/エロスとアガペーの聖女』(岡田温司著、中公新書)。西洋社会では、聖母マリアと並んでポピュラーとされるマグダラのマリア(映画『パッション』でモニカ・ベルッチが演じた女性)は、元娼婦で改悛の後に聖女になったといわれる。貞淑にして淫ら……多様に解釈される女性の評価の変遷を読み解いていく。『迷ったときの聖書活用術』(小形真訓著、文春新書)は、聖書を元祖ビジネス書と捉えている点が興味深い。
 異色なのは、キリスト教はユダヤ教・イスラム教同様にヤルダバオトの宗教(人に、自分の周りに敵がいるという意識を吹き込む宗教)であると断じる『憎悪の宗教/ユダヤ・キリスト・イスラム教と「聖なる憎悪」』(定方晟著、新書y)。ヤルダバオトの宗教こそが、十字軍、異端者の火焙り、インディオの虐殺、ホロコースト……さらに現在も世界中で起きている紛争の最大の原因だと主張する。『まんが パレスチナ問題』(山井教雄著、講談社現代新書)は、その3つの宗教が絡み合い解決が困難な問題を、優しく解説するものだ。

 ところで帝国主義もまた、キリスト教を背景に押し進められたものだろう。日本はキリスト教国でないにもかかわらず、西洋先進国と同じ侵略を行った。第2次世界大戦が終わって60年。我が国は今後アジアの国々とどう向き合うべきか。『ポストコロニアリズム』(本橋哲也著、岩波新書)と『ルポ 戦争協力拒否』(吉田敏浩著、岩波新書)が、その道標となるだろう。
 日本によって侵略された韓国と中国。日韓についていえば、今や『ためぐち韓国語』(四方田犬彦・金光英実著、平凡社新書)なる本も刊行されるまでになった。これは、韓国で対等な人間関係を築くために必要なパンマル(ためぐち)の入門書。日本と韓国の関係が急速に良化してきたことを示す本だ。それに対し、中国との関係はまだ複雑であることを伝えるのが、『ほんとうは日本に憧れる中国人/「反日感情」の深層分析』(王敏著、PHP新書)。中国の若い世代は、日本製のモノや生活に憧れ、小説・漫画・ゲーム・音楽・ファッションなどで日本ブームが起きているという。が、その一方で、歴史認識や靖国問題には過剰な反応を示す。親近感と憎悪という二重性がある若い中国人の姿を伝える。

「噂の真相」の真実

 1月には、表現の自由に触れた本が2冊出た。ひとつは、個人情報保護法発効直前に休刊したスキャンダリズム雑誌「噂の真相」編集発行人による『『噂の真相』25年戦記』(岡留安則著、集英社新書)。もうひとつは、過去の判例を示しながら現状と問題点を記した『名誉毀損裁判/言論はどう裁かれるのか』(浜辺陽一郎著、平凡社新書)。表現の自由と人格権との適切な調和について考えたいものだ。
 経済関係では、金融に絞った2冊が面白い。『金融史がわかれば世界がわかる/「金融力」とは何か』(倉都康行著、ちくま新書)と『金融立国試論』(櫻川昌哉著、光文社新書)。日本は、経済力はあっても金融力がない。そもそも、海外から借金をしているアメリカに、金融で負けること自体おかしいはずだ……。その理由とこれからの日本の進むべき姿が見えてくる。

不安な社会から「住まい」を守る

 最後となったが、まさしく時代を映す新刊新書が出たので、触れたい。これまで日本の住宅ローンは、雇用の安定を前提に組まれてきた。しかし終身雇用という制度が破壊された今、雇用と住宅の両方を失う可能性が生じてきた。『住宅喪失』(島本慈子著、ちくま新書)は、政府の住宅政策の変換を鋭く突く。
 老親が痴呆症にかかったならどうすればよいか。医療機関の探し方は? 当人を受診させるためには? 実際の治療法や失禁・徘徊への対処法は? 『親の「ぼけ」に気づいたら』(斎藤雅彦著、文春新書)は、高齢化社会の必読書かもしれない。
 そして『犯罪と狂気/なぜ日本は世界一の精神病国家になったのか』(芹沢一也著、講談社+α新書)。江戸時代には、罪を犯した精神障害者には、健常者とまったく変わらない刑罰が下されたという。しかし近代日本の刑法は精神障害者を、<裁判を受ける権利も処罰される権利もない>特別な存在にしてしまった、と著者は分析する。100年以上にわたって精神障害者を法の世界から排除してきた歴史を知る必要があろう。

 1月は発刊点数こそ少なかったが、興味深いテーマに挑んだ本がいくつもあった。2月以降にも大いに期待したい。

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PROFILE

菊地 武顕

雑誌記者
1962年宮城県生まれ。明治大学法学部卒業。86年1月から、「Emma」(当時は隔週刊。後に週刊化)にて記者活動を始める。以後、「女性自身」、「週刊文春」と、もっぱら週刊誌で働く。
現在は、映画、健康、トレンドを中心に取材、執筆。記者として誇れることは「病欠ゼロ」だけ。

ちゃんと話すための敬語の本

『ちゃんと話すための
敬語の本』

橋本治著
ちくまプリマー新書

創作力トレーニング

『創作力トレーニング』
原和久著
岩波ジュニア新書

日本人が忘れてはいけない美しい日本の言葉

『日本人が忘れてはいけない美しい日本の言葉』
倉島長正著
プレイブックスインテリジェンス

マグダラのマリア/エロスとアガペーの聖女

『マグダラのマリア』
岡田温司著
中公新書

憎悪の宗教/ユダヤ・キリスト・イスラム教と「聖なる憎悪」

『憎悪の宗教』
定方晟著
新書y

ポストコロニアリズム

『ポストコロニアリズム』
本橋哲也著
岩波新書

ためぐち韓国語

『ためぐち韓国語』
四方田犬彦、金光英実著
平凡社新書

『噂の真相』25年戦記

『『噂の真相』25年戦記』
岡留安則著
集英社新書

住宅喪失

『住宅喪失』
島本慈子著
ちくま新書

親の「ぼけ」に気づいたら

『親の「ぼけ」に気づいたら』
斎藤雅彦著
文春新書

犯罪と狂気/なぜ日本は世界一の精神病国家になったのか

『犯罪と狂気』
芹沢一也著
講談社+α新書

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