風
 
 
 
 
 
 
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Series コラム
明日吹く風は 
10/11/15

第12回 権威と品性

風のように毎日が過ぎてゆく、あしたはどんな風が吹くだろうか。

 相変わらず日本という国の形がぐらつく事件がつづく。大阪地検特捜部の事件では、検察への信頼性が損なわれ、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件では国の外交政策の脆さが露呈した。さらに、このときの映像が流出した事件は、海保の一保安官の“反乱”とはいえ、彼を擁護する世論も少なからずあることを考慮すれば、国の統治のあり方が足下から揺らいできたような気がする。それともう一つ、今回の流出事件では、マスコミのあり方や意義についても考えさせられた。
 事故映像が国民の前に明らかになったのは、既存のメディアではなく、YouTubeというインターネット上の無料動画サイトだったことに、メディア関係者は複雑な思いを抱いている。マスコミに頼らなくとも、いとも簡単に個人が発信元になって情報を国民に提供できることを思い知ったからだ。また、YouTubeを使った匿名の情報公開は、いわば内部告発であるが、従来ならマスコミに情報を提供して世間に知らしめるという手段もあっただろうが、今回は頼りにされなかったこともある。
 問題の保安官がそれをしなかった理由はわからないが、もしこの映像がマスコミに提供されたら、公開の是非は別にして、YouTubeと同様の影響を及ぼしたかどうかは疑問である。こうした国益や法に抵触するような問題となると、国民に知らせる義務については、業界でも意見が分かれる。国益とのバランスをどう考えるかである。
 しかし、メディアが国家権力に対して批判的立場であって初めて中立を保てることを考えると、時の政府や権力への配慮は、一国民からすると同じ権力側であると見られることになりかねない。事実、マスコミは、記者クラブ制度に象徴されるように情報の収集について特権的な立場にあり、政治や行政とは持ちつ持たれつの関係を続けてきた。
 インターネットの登場によってマスメディアの存在価値がかつてより低下してきたことは否めない。情報の収集だけでなく、今回のように発信についても、かつてほどの力を失ってきたということだろう。
 振り返れば、官僚機構をはじめ、長期にわたって政権を担ってきた自民党、そして検察や教育行政など、これまで長い間日本社会で権威と思われてきた"システム"が、徐々に壊れてきた感がある。教育についていえば、最近では群馬県桐生市の小学生が自殺した事件で、学校が見せた対応や、品性と人格を疑うような相次ぐ教師の不祥事をみても、教育の根本的なところが揺らいでいる感がある。

 マスコミと広告のゆがんだ関係

 そして、こうした流れのなかでマスコミも例外ではないのだろう。先に挙げたような情報産業としての力の低下だけではなく、権威も失われつつある。その理由を一つ挙げれば時に社会の木鐸を自認するマスコミが扱うパチンコや消費者金融の広告の拡大である。
 つい最近、お年寄りのパチンコ依存症が問題になっているというニュースがあった。そのなかで、公益財団法人の日本生産性本部の調べでは、60歳以上のパチンコ遊技人口は、推計で過去10年間は200万~300万人で推移していたのが、昨年は約430万人と急増したという。
  年金をパチンコにつぎ込んだり、借金をしてまで夢中になったりと、パチンコ依存症が家族関係をも崩壊させるような事例も多く、弁護士らには家族からの相談が寄せられている。パチンコに夢中になるあまり、マイカーのなかに子供を放置したままで死なせてしまうといった事件がたまにあるように、高齢者に限らずパチンコ依存症は問題視されてきた。
 私も学生時代にパチンコ屋によく通ったことはあったし、パチンコにはまる気持ちはわからないではない。しかし、やはりそこには賭博性があり、入れ込むことへの後ろめたさも感じていた。それが最近はどうだろう。テレビでも大々的に宣伝され、有名タレントや俳優がCMに登場するなかで、陰の部分はまったくといっていいほど感じない。
 消費者金融も同じである。これだけ多重債務が社会問題になっているのに、なにやらきれいなビジネスのように宣伝される。その一方で、債務に困っている人をお客にしようと法律事務所のCMが流れる。借金や依存症のニュースを取り上げるその同じメディアが広告をするのである。どこか、こうした構図が不健全でおかしいとは関係者は思わないのだろうか。
 亡くなった作家の城山三郎氏は、晩年日本社会の劣化を嘆いていたが、そのなかで宝くじの大々的なPRについて、国が国民の射幸心を煽るようなことをしていいのかと憤っていた。また、経済評論家の大前研一氏は、最近のコラムのなかで大手銀行が消費者金融を抱えていることについて、ビジネスとしての不道徳性を問題視していた。常々思うのだが、例えば消費者金融を抱える大手銀行の幹部は、自分の家族に消費者金融の利用を胸を張って勧められるのだろうか。
 業績の悪化、低迷のなか、背に腹は代えられないとばかりに、ますますこの種の広告が氾濫しているように思える。権威を支えていたのは、権力だけではなく品性でもある。世界的に見れば紛争も飢餓もない安全な国にあって、少々のことで品性を失わないようにしたいものだ。

(編集部 川井 龍介)

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