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Series Around the World
世界10大気持ちいい 横井 弘海
06/01/31

第14回 カナディアン・ロッキーのヘリスキー

世界の観光スポットや娯楽についての情報は、いまやさまざまなかたちで手に入れることができる。しかし、それでもまだまだ知られざる「楽しみ」がある。 場所、季節、食べ物、人間、そして旅の技術・・・。世界約50ヵ国を旅してきた横井弘海氏が「気持ちいい」をキーワードに、女性の視点からとっておきのやすらぎのポイントを紹介する。

ヘリコプターを使う贅沢なスキー

雪煙を上げ、新雪を滑るスキーヤー

 スキーをまったくしない人のために説明しておくと、通常、スキー場のコースは、圧雪といって、コースに積もった雪にキャタピラーで圧力をかけて固めてある。足元が適度な硬さだと安定して滑りやすいからだ。オリンピックで見られるようなダウンヒル競技のコースは、スピードが出るように表面に塩をまき、ガチガチのアイスバーンにしている。この場合、アイススケートリンクの鏡のような面とは異なって、雪面は凸凹している。スキー板はバタバタと音を立てて反発するので、全体重を板にかけて踏ん張りつつスキーをコントロールするのだが、かなりの技術が要求される。
 では、新雪のように圧雪していない場合はどうなのか。体重を板にかけすぎると、ズボッと深みにはまってバランスを崩すこともあるが、積もったばかりの雪を足裏で受ける感覚はフワリと柔らかい。サーフィンで波に乗っているか、まるで雲の上をスーッと行く感覚・・・とでも言えばいいだろうか。急な斜面では、体の重みでふわふわの新雪に足元が埋まり、雪の抵抗を受けやすいので、思うほどスピードは出ない。サラサラと雪を舞い上がらせながら、まるでスローモーションのようにゆっくりと雪と一緒に落ちていく感覚が味わえる。
 こうした感覚は、普通のスキー場では、通常早起きして朝一番に滑る時だけ味わえるのだが、この新雪を思う存分楽しめるスキーが実はあるのだ。それが「へリスキー」と呼ばれるものだ。
 ヘリスキーは、40年以上前にカナダのCMH(カナディアン・マウンテン・ホリデイズ)という会社がロッキー山脈にヘリコプターで行ってスキーができないかと考え、実現させたのがきっかけとなり、今や世界中に広がっている。
 ある時、知人にカナディアン・ロッキーでヘリスキーをしようと誘われた。新雪を滑るような感じなのかなと想像をしたことはあったが、当時の私にはまったく未知のスポーツだった。山の頂上にヘリコプターで上げてもらい、その周辺の斜面を滑り降りる。そしてまたヘリコプターで移動して滑降し、それを何度も繰り返すという贅沢なスキーだという。
 バージンスノーを滑り降りるのだから、行く場所や経営する会社によって値段にばらつきはあっても、それなりに費用はかかる。それに、自然が相手なので体力も必要だ。私も行く前にアドバイスを受けて合計30日間くらい滑り込み、長い距離を滑走しても息があがらないように準備をした。

いざ、カナディアン・ロッキーへ

CMHの12のロッジとエリア
(CMH提供)

 北米大陸の西部を縦断するロッキー山脈は、長さ約4500キロ、4000メートル級の山が連なる。私が誘われたのは、ヘリスキーの元祖CMHが経営している12あるロッジの一つ「ボビーバーンズ」に宿泊し、周辺のパーセル山脈とセルカーク山脈の山々を滑る“ツアー”だった。このロッジはブリティッシュコロンビア州にあり、米国との国境に近い。アルバータ州のバンフ国立公園がすぐ東に広がっている。
 ボビーバーンズを訪れるには、まず成田からバンクーバーまで飛行機で行き、そこから夜行列車でバンフへ。バスでさらに東に進み、昔、冬季オリンピック大会が開催されたカルガリーに出てから、ヘリコプターでロッジまで向かう。バンクーバーから空路カルガリーに入るほうが一般的な行き方のようだが、列車の旅もいい。
 残念ながら、今は、冬にバンクーバーからバンフまで行く夜行列車は走っていないようだが、この時はまだ列車が運行されていて、私は寝台車を利用した。日本でいうグリーン車ではないが、寝返りを何の気兼ねもなく打てるほど、ベッドの幅が感動的に広い。カナダ人の体型に合わせただけなのだろうが、セミダブルくらいはありそうで、大の字で眠れる。
 夜中、目が覚めて窓のカーテンを開けたら、貨物列車とすれ違うところだった。暗闇の中を走っていく列車の編成は永遠に続くのかと思うほどに長い。夜が明けて、天井がガラス張りになった観覧席から、果てしなく続く荒野を眺めていると、線路の両脇の針葉樹の森からヘラジカが出てきた。こういう時は徐行運転をして、彼らを驚かさないように気をつける。

ボビーバーンズのロッジ内風景

 冬にふもとからボビーバーンズのロッジに行くには、ヘリコプターを使うしかない。最小限の荷物にして、十数名が一緒にヘリコプターに乗り込んだ。体が地面からフワリと浮いた瞬間わくわくした。乗り合わせた人たちの興奮も伝わってくる。
 ロッジに着くまではわずか10分間。小さな窓の下には、晴天に白い山々がどこまでも広がっていた。実際は零下だったのだろうが、寒さはなぜか感じなかった。切り立った山々に近づき、斜面がよく見えてくるに従い、「私にこんなところ、滑れるのだろうか・・・」と、漠然とした不安感が襲ってきた。しかし、ヘリコプターが出す騒音に近いエンジン音やプロペラの回る音が突然止み、ボビーバーンズのヘリポートに到着した瞬間、そんな不安も忘れてしまった。雪に覆われた山々、あちこちにそびえる背の高い木々、ログハウスのような造りの2階建てのロッジ。周りにあるのはこれだけという世界を見た途端、「わぁー、ついにやってきた!」という思いでいっぱいになった。

大自然の中でのスキーは、危険と隣り合わせ

朝食は焼きたてのパンやフルーツ

 ロッジの部屋は清潔な2人部屋。ジャグジーやサウナはあるが、ホテルというより、もっとアットホームな雰囲気があふれる大きな別荘というイメージで、レクリエーション施設などは特にない。ただ、ダイニングにはいつでも食べることができるようにスナックやフルーツが用意されていた。ここの食事は充実していて、料理のシェフの他に、デザートを作ったり、パンを焼く専門の人がいる。

 ヘリスキーに向けての準備は、普通のスキーと赴きが違う。まず、「流れ止め」といって、スキーを流さないように板と足を結ぶ細いベルトを着ける。私が子供の頃、流れ止めは一般的だったが、今は、スキー靴が外れた瞬間、ばねの作用で「ストッパー」という器具が出て斜面に刺さり、板が止まるようにできている。しかし新雪の場合、ストッパーは刺さりにくいし、もし板が斜面を滑って行ってしまうと、雪に埋もれてそのまま紛失する可能性も高い。「ゲレンデなら、外れた板を持って来てくれる親切な人もいるけれど、広い山では拾ってくれる人などいないということか」と考えると、ちょっと不安になってきた。
 ヘリスキーでは常に一緒に行動して、一般スキーヤーを先導してくれるガイドさんがいる。彼が、雪崩に遭った時に備えてスキーヤーがつける発信機の操作説明をしてくれるという。「え、春でもないのに雪崩が起きるの?」と驚いたが、自然界ではいつ何が起こるかわからない。スキーヤーは全員、昔のパスポートくらいの大きさで厚さが3センチほどの発信機を滑走中に首からかけることが義務付けられている。その操作方法を覚えておかなければ、スキーはさせてもらえない。万が一、雪崩で埋もれてしまった場合は、発信機の出す電波を頼りに見つけ出してもらうというわけだ。
 さらにヘリコプターのパイロットが乗り降りに際しての安全面の説明をする。プロペラで首を飛ばされないように、機体から降りたらとにかく離れて、ヘリコプターが飛び立つまで頭をかがめて座って待っているように、という冗談とも本気ともつかない注意が出る。
 後でわかったのだが、ここのヘリコプターは、宿泊客を3つのグループに分けて山々にピストン輸送したり、滑っているところにランチを運んできたりするために、しょっちゅう発着する。プロペラが近くで回っている様子やエンジン音はひどく威圧的なので、注意されるまでもなく、乗り降りをする時には毎回、反射的にひざまずいて頭を引っ込めた。

山で付き添ってくれる専門ガイド

 準備が整い、いよいよ初のヘリスキーへの出発となる。ロッジのある場所の海抜は1370メートル。この標高は、時々行く岩手県雫石スキー場の一番高い山を登るゴンドラの終点とだいたい同じだ。ヘリスキーで滑る斜面は、その高度から3050メートルまでの間、1053平方キロの範囲。資料によれば、224のコースがあるという。コースといってもヘリスキーだから、リフトがあるわけでも、コースの看板があるわけでもない。それだけの斜面を滑ることができるということなのだろう。一つのスキー場として考えると、ものすごいスケールだ。
 ヘリコプターはその日の天気や雪山のコンディションの中で、一番滑りやすい斜面に次から次へと連れて行ってくれる。天気によっては林間コースを滑る場合もあるらしいが、私が行った時は毎日晴天だったので、まったくの白一色の世界を滑った。
 山頂がごつごつ鋭く見える山々でも、近くに行けば全部が全部鋭く切り立っているわけではなくて、10人前後が横一列に並んで滑ることができるような広々とした斜面があることを、ヘリコプターで運ばれた場所を見て初めて知った。
 そうかと思うと、私には雪が積もっているようにしか見えないが、実はクレバスで「そこに近づいたら落ちますよ」と、注意される場所もある。ガイドさんは私たちの命を預かる、まさに道先案内人。スキーの腕前だけでも尊敬するが、このように危険と隣り合わせの場所では、「あなたの後をどこまでもついて行きます」と言いたくなるほど頼もしい。

すっかり夢中! バージンスノーを滑る心地よさ

ヘリコプターで次々とスロープへ移動

 最初に連れられて行ったのは、前方に大きく視界が開けた、見るからに滑りやすそうな斜面だった。標高も相当高かったのだろう、周りにはもう森林は見当たらず、ただただ雪山が幾重にも重なり、あちらこちらに雪のはげた岩が見えた。雲一つない空という表現がピッタリの青空のもと、新雪を踏みしめた時にスキー板から伝わる感覚は、これまでのどこでも経験したことのない、何か厚いクッションの上を滑っているような感じだ。
 あたりの積雪量は2.5メートルから5メートルだが、実際の降雪量は12メートルから20メートルにもなるという。圧雪しなくても、自然に雪の重みで圧縮されるのだろうか。柔らかいけれど、ズブッと足が取られる感覚でもない。
 少しスキーを滑らせてみると、ヒザ下まで雪に沈んだ。コースを滑るのは、常にガイドの指示に従わなければいけないのだが、我慢できなくて、少しだけ斜面を滑り降りてみると、足元でパウダースノーがフワリと舞った。
 ガイドさんとグループのメンバー10人が同時に滑っても、他人のシュプールを踏むことなく、全員がバージンスノーの上を降りることができる。障害物がないので、本来ならいくらでもスピードを出すことはできるはずだが、体の重みでヒザの前あたりまで雪に埋もれているので、足首を押さえられている感じがしてうまくターンができない。
 ただただ斜面を直線的にダーッと落ちていってしまうのを必死に踏ん張りながら、なんとかターンをしようとしたが、結局、一つの斜面に左右一つずつの弧を描くのがやっとだった。隣で滑ってくれたプロのスキーヤーの方のシュプールは、いくつものカーブが左右にリズミカルに刻まれていた。

広い斜面で全員が
新雪の感触を楽しんだ
*

 1回滑り降りると、次にどんな斜面に連れて行ってくれるのか、ただただ楽しみになってくる。
 2ヵ所目もまた素晴らしく広々とした、そして長い斜面だった。場所によっては30度くらいはある斜面に合わせて体をかなり傾けなければいけない。しっかり体重を乗せて押さえていないと、スキーの板は体より先に前へ行ってしまう。そうなると、新雪の中でひっくり返ることになる。誰も汚していないこんなにきれいなバーンに、自分のお尻の跡をつけるのは嫌だと考えながら、必死で板を押さえた。スピードはどんどん上がって、周りの山の景色が目の前をヒューと流れていく。ころばないように集中し、スピードを怖く感じないように「ワーォ」と叫びながら滑り降りた。
 ようやくグループの人たちのところにたどり着いたが、急停止したと思った瞬間、ポーンと体が宙に浮き、斜面の下側に投げ出された。
「なんだ、これは?」
 何が起こったかわからないまま、私は雪まみれになった。スピードを出していた反動で、最後の最後、ストックを突いた瞬間、妙な力が働いたらしい。もちろん厚く積もった雪に体がたたきつけられても、痛くもかゆくもない。むしろ体が浮いた一瞬の浮遊感や雲の上に落ちたかのような柔らかい感触がいつまでも残っていた。

雪山でただ1人

 ここでは、たいてい1日8本の斜面を滑る。それだけで1日終わってしまうから、1本の距離がどれだけ長いかを想像していただけると思う。途中、昼食は木々に囲まれた広場のようなところまで、ヘリコプターが運んでくれる。これがまたいい。用意されるものはサンドイッチくらいだし、トイレの問題からなるべく控えるように気をつけるので、飲み物もあまり取れない。しかし、自然の中で食べると、なんて美味しく特別な味に感じるのだろう。
 ヘリスキーは一度体験すると病み付きになるらしく、このボビーバーンズにもリピーターが多いそうだが、私が行った時は初めての参加者がほとんどで、スキーばかりでなく、周りの雄大な景色への感想を皆口々に興奮しながら語っていた。

白い雪山と青空だけの世界

 こんなすばらしい1週間で、1度だけ、一瞬、強烈な不安に襲われた時があった。 山の尾根伝いに、本当に緩やかな斜面をガイドさんを先頭に降りて行った時だ。私たちはハイキングをするように、周りの山々の景色を見ながら滑っていた。突然、私のスキー板の底に雪がくっついてしまうようになり、どうにも前に進まなくなったのだ。板に塗るワックスを間違えたのか、はっきりとした理由はわからない。
 板をはずして雪をストックの先端でこそげ取り、また履いて滑っているとそのうち再び雪がつく。はずしては雪を取り、ということを繰り返しているうちに、グループから遅れを取ってしまった。そして、そのうち彼らの姿が見えなくなってしまったのだ。危険な場所ではないし、皆のつけたシュプールを追えば、すぐに追いつくのはわかっていたが、スキー板が滑らない中で、360度の視界の中に誰もいない、ただ白い山と青い空だけというのは、心底、心細かった。
 しかし、皆に追いつくにはスキーの板の雪を取って、滑り降りるしかない。「はぁ・・・」とため息をつきながら、あきらめの境地で、その場に足を投げ出し、板を腿の上に載せて、雪を指で取り始めた。こんな時もまた、人間は寒さを感じないもののようだ。
 きれいに雪を取った板を斜面に突き刺して立て、目を上げた時、再び、周りの景色が目に飛び込んできた。自分以外に誰もいない世界。空を見上げても鳥さえ飛んでいない。雲もほとんどなく、ただただ青く澄みわたる空が広がっていた。私の周りを小さな白い三角形がいくつもいくつも取り囲むように、雪山がはるか向こうまで連なっていた。音もしない。香りもない。でも、呼吸をすると、鼻の中の水分が凍り、その冷たい空気が喉に伝わるのが感じられた。
「天国にいるみたいだなぁ」と感動しながら、しばしたたずんでしまった。
「自然の中で遊ばせていただいているのだから、あせらずにゆっくり降りましょう」
 心細さは吹き飛んで、なんとも幸せな気分だった。相変わらず雪を落としてはのそのそと滑りながら、仲間のいる場所を目指して降りていった。

カナダ・ブリティッシュコロンビア州との時差:
-17時間、サマータイム実施時は-16時間

(サマータイムは4月第一日曜日から10月最終土曜日まで)

ヘリスキー・宿泊に関する問合せ:
Canadian Mountain Holidays (CMH)
P.O.Box 1660
Banff, Alberta
Canada T1L 1J6
Tel:+1 800 661 0252
URL:http://www.cmhmountaineering.com

CMH JAPAN
URL:http://www.cmhjapan.co.jp/(日本語)

カナダの情報:
カナダ観光局
URL:http://www.canada.or.jp/

アルバータ州観光公社
URL:http://www1.travelalberta.com/japan/

ブリティッシュ・コロンビア州観光局
URL:http://www.hellobc.jp/

アクセス:
エア・カナダ(全日本空輸と共同運航)、日本航空など
成田、関西空港 - バンクーバー 約8時間半

バンクーバー - カルガリー  空路で約1時間20分
バンフ - カルガリー 車で約2時間

カルガリーからボビーバーンズまではCMHが用意するバスとヘリコプターで

《写真協力:CMH(*の写真を除く)》

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PROFILE

横井 弘海

東京都台東区生まれ。
青山学院女子短期大学卒業。国際英語学校通訳ガイド科修了。ヨーロッパに半年間遊学。テレビ東京パーソナリティ室所属後フリーとなる。「世界週報」(時事通信社)で「大使の食卓拝見」を連載。エジプト大統領夫人、オーストラリア首相夫人、アイスランド首相をはじめ、世界中のセレブと会見しインタビューを行っている。

主な著作:
『大使夫人』
(朝日選書)

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