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Series Around the World
世界10大気持ちいい 横井 弘海
05/09/30

第10回 チュニジアのタラソテラピー

世界の観光スポットや娯楽についての情報は、いまやさまざまなかたちで手に入れることができる。しかし、それでもまだまだ知られざる「楽しみ」がある。 場所、季節、食べ物、人間、そして旅の技術・・・。世界約50ヵ国を旅してきた横井弘海氏が「気持ちいい」をキーワードに、女性の視点からとっておきのやすらぎのポイントを紹介する。

地中海世界の観光国チュニジア

チュニジアの地中海は明るい水色

 ミラノから飛び立った飛行機が地中海を越えておよそ2時間。チュニジアの首都チュニスの街の景色が眼下に見えてくる。驚くほど明るい水色の海とビーチに打ち寄せる白い波が目に鮮やかだ。
 年間500万人が訪れるという観光国チュニジア。その一番の玄関口、チュニス・カルタゴ国際空港には、欧州や中東のバカンス客を乗せた航空機が次々に降り立つ。
 チュニジアはイスラム教が国教だが、そこからイメージされる戒律の厳しさはほとんど感じられない。人々の服装も私たち日本人と変わらないし、欧州の旅行者が宗教に配慮して、地味な装いにしたり肌を隠したりする様子もない。スカーフで髪を覆い、体の線を一切見せないように長袖ロング丈の服を身にまとっている女性を何人か見かけたが、他のイスラム国の人らしい。
 空港の大きなガラス窓からこぼれる日差しは強く、外に出ると、サングラス無しでは歩けないほど、晴れた空が目にまぶしい。街の中心へ向かう道路は広く、きちんと舗装されていた。エジプトのカイロのようなホコリっぽい街を想像していたが、チュニスにはヨーロッパの海辺のリゾートのような清潔さが溢れていた。

馬蹄形アーチのイスラム風の門

 チュニジアでは、紀元前の時代、フェニキア人が作った海洋都市カルタゴが栄えていた。ローマ帝国と戦った英雄ハンニバルで有名な都市だ。地中海を挟んで目と鼻の先にあるローマは、2回のポエニ戦争でカルタゴを破ったが、その後のカルタゴの経済繁栄をうらやみ、また、脅威と感じた。元老院の指導者・大カトーは、カルタゴから運ばれたイチジクを片手に、
「こんなに傷みやすいイチジクが、きれいなままローマに届く近い距離にカルタゴはある。だから、デレンダ・エスト・カルタゴ(カルタゴは、滅ぼさなければならない)!」
 と叫んだ。そしてその言葉通り、結局、カルタゴは滅ぼされてしまう。

 その歴史ある土地で、いま、タラソテラピーを楽しめるという。タラソテラピーは訳すと海洋療法。一般的には、潮風を感じるような海のそばで、海水、海藻、海泥などを使ったマッサージやパックをして、身体をリフレッシュすることをいう。ここ、チュニジアでは、ホテルがスパやタラソテラピーにとても力を入れているらしいのだ。なかでも、チュニスから北西十数キロにあるガマルタの5つ星ホテル「ザ・レジデンス」のスパは、フランスでもかなり知られているというので、ここに予約を入れてみた。

スパで体験した究極のリラックス!?

旅の間、運転手を務めて
くれたアブドラ

 チュニジア滞在中は、現地の旅行会社で手配してもらった車で移動した。運転手のアブドラによれば、「ザ・レジデンス」の外観は「モロッコ風」だという。ゴージャスな正面玄関のドアから入り、噴水のあるフロントロビーを抜けると、奥にスパがあった。受付のしつらえからして高級感が漂い、照明も少し暗めでおしゃれだ。
 いよいよ、タラソテラピーを試すときがきたのだが、ベッドに横たわってからの記憶はちょっとはっきりしない。というのも疲れが出たのと、ジャスミンの香りのする部屋とマッサージがあまりに気持ちがよくて、すぐに眠りに落ち、気がつくとマッサージも海水のバブルバスも終わっていたのだ。そこでの約2時間で覚えているのは、バスタブの中でズルッと体が下に滑ったときに、口に入ってきた水がしょっぱくて、「あ、本当に海水だ」と思って一瞬目が覚めたことのみ。そんな印象だけを持って帰るのではもったいないと思ったが、見方をかえれば「これぞ、究極の気持ちいい」ということなのかもしれない。
 この思いをアブドラに伝えた。チュニジアではアラビア語とフランス語が話されているので、学生時代に習ったフランス語の中から思い出す限りの単語とフレーズを引っぱってきて並べ、身振り手ぶりで
「すごく気持ちよかったけれど、眠ってしまったので何をされたか覚えていない」
 と言ったつもりだった。双子の赤ちゃんのお父さんでもあるアブドラは、旅の間、なんとか私のフランス語を理解しようとよく話を聞いてくれた。そのときは、私がよっぽどスパが好きなのだと思ったらしく、翌日、予定外のスパに連れて行ってくれるということになった。
 それまでは、チュニスから150キロくらい西の地中海リゾート、タバルカに行って、ビーチでのんびり過ごそうと思っていた。アブドラがすすめるスパは、そこからさらに南西に行ったアルジェリアとの国境付近の山の中にあり、温泉療法で有名だという。この温泉という言葉にひかれて、翌朝、早起きをしてさらなるスパを求めて出かけた。

古代からの温泉療養地ハマム・ブルギバ

洋ナシを売る少年

 車から見えるチュニス近郊の景色は実に変化に富んでいた。青い海から広々とした耕地に変わり、さらに整然と木が並ぶオリーブ畑や一面のヒマワリ畑などが次々に現れる。道の脇には夾竹桃の桃色の花が色鮮やかに咲き、低い山々には糸杉が見えた。
 そこに出てくる「登場人物」も味がある。山羊や牛が車の横をのそのそ歩いていたり、ロバに乗ったおじさんが通りかかったり、洋ナシをもいでバケツに入れて売りに来る子供もいた。少し赤みのかかった洋ナシはそのまま食べたが、皮もやわらかくてとても甘かった。
 都会から離れるにつれて、アラブ・イスラム圏の雰囲気が濃くなってくる。例えば、途中、小さな町の喫茶店で何度か休憩したが、そのたびに飲むのは、小さなグラスに入った濃くて甘い紅茶。渋いが喉の渇きを癒してくれる。そして、田舎に行けば行くほど、のんびり店で話し込んでいるのは口ひげを生やした男性ばかりになる。女性は店にいないだけでなく、歩いているところもほとんど見かけない。でも、外国人の私が冷たい目で見られることはないのが、チュニジアの心地いいところ。しかも、カメラを向ければ、愛想よく笑ってくれる。

ハマム・ブルギバに向かう途中
ロバもよく見かけた

 目的のスパがあるハマム・ブルギバの近くまでくると、人の手が届く高さまで樹皮がはがされた木が沿道に見えてくる。コルクを作るための樫の木だ。また、山の斜面には湧き水が出ていて、それをペットボトルに入れて持っていく人がいたりと、風景も異なってくる。このあたりはアイン・ドゥラハムという町で、別名「チュニジアのスイス」とも呼ばれる高原だ。その日はそれほど涼しくなかったが、冬には雪も積もるという。
 アブドラが
「この先はもうアルジェリアです」
 と、前方の松と樫で覆われた深い山を指して言った。アルジェリアは砂漠の国だと思っていたが、少なくとも国境は緑が深いことを知った。
 いよいよ目指すスパがあるホテル「エル・ムラディ・ハマム・ブルギバ」にやってきた。このあたりの山脈は古代から温泉が湧き、硫黄分を含んだ水が身体にいいと評判だったらしい。さらに山の清浄な環境、湿気のない空気とあいまって、リュウマチから耳鼻咽喉系、皮膚や粘膜の病気、慢性病にまで、高い効果が得られる場所として知られているという。
 人里離れた山のふもとにホテルが建っていた。まわりには何もない。赤い屋根と白い壁が、バックの緑と赤土の山から浮き上がって見える。「ザ・レジデンス」のような豪華さはなかったが、広いロビーにはあちこちにソファのセットが置かれ、滞在客と思われる人々がおしゃべりに興じたり、雑誌を広げていたり、思い思いに過ごしていて、まさに滞在型ホテルという感じだった。吹き抜けのロビーから階下にあるスパの受付カウンターが見えた。ガウンを着た客が行き来している。さっそくお奨めの「アンチ・エイジング3時間コース」を受けることにした。

イスラム的マナーとは?

アンチ・エイジングに効果あり?
温泉水の蒸気吸入

 受付を済ませると、病院の治療室のような部屋に、そのままの洋服で通された。バッグも持ったままだ。白衣に身を包んだ30歳前後の男性が「私が担当です」とニコニコしながらやってきた。「普通のスパとはずいぶん趣が異なるなぁ」と思っていると、まず、洗面台の前にエプロンをかけて座らされ、生ぬるい温泉水でコップに2杯うがいをするようにと言われた。生ぬるい水は硫黄泉だというが全然硫黄臭さはない。続いて、温泉水の蒸気の吸入をした後、鼻に水を通させられる。そして、再び吸入。「これってもしかして、喘息か何かの治療?」と頭には「?」マークが出たままだ。しかし、言われたとおりにやってみると、アンチ・エイジングと関係があるかどうかは不明だが、終了後は顔の内側から喉の辺りまで、いままでにないすっきりした感覚になる。「ここの水のおかげかなぁ・・・」と思いつつ、今度は白衣の女性に促されるまま、別室に案内された。
 そこは「ハマム」と呼ばれるイスラム式公衆浴場だった。サウナ風呂だ。湯船はない。中には、蒸気がむんむんしている熱い部屋と、タイル張りでさほど熱くなく、その上で座ることも横になることも出来る程度の広さを持つ部屋があった。これらとシャワー室が並んでいる。ところで、「ハマム」とは、「熱くする」とか「溶岩」を意味する言葉を語源とするそうだ。ここ「ハマム・ブルギバ」という地名は、昔からこの辺に温泉が湧いていたことを意味しているのではないかと思った。

オリーブ色の粘土を塗って
全身パック

「シャワーを浴びた後、泥パックをするので服を脱いでください」
 と女性が言った。全部脱ごうとすると、
「いえ、いえ、パンティは脱がないで」
 と、あわてて止める彼女。しかし、余分に下着を持ってきていなかったし、ハマムの中に他に人もいない様子だったので、
「大丈夫です」
 と答えたが、彼女の言う意味は違っていた。私が人前でスッポンポンになるなんて、宗教上ありえないということなのだ。とにかく「脱ぐな」と言われるのでパンティをはいたまま、オリーブ色をした粘土を全身に塗ってもらった。それから数十分、椅子に座ってボーッと待っていた。
 この粘土は多分海藻で出来ているのではないかと思うが、ものすごく粘性があって、塗られたところを手で触っていると、手のひらがスベスベしてくる。もっとしっかり身体に塗ったほうが効果は高いのではないかと思い始め、担当の女性が迎えに来るまで、体中、ずっと粘土を塗って遊んでいた。シャワーを浴びて粘土を落とすと、本当に体がツルツルして「だんだんアンチ・エイジングらしくなってきたなぁ」と、すっかりご機嫌になってしまった。
 ただひとつ問題はパンティである。シャワーを浴びたときに洗ってみると、粘土は簡単に落ちたが、濡れた下着をはくのは気持ちが悪い。でも、郷に入れば郷に従え、なのである。その後に入ったバブルバスも個室だったが、それでも下着はつけたままだった。「ザ・レジデンス」のものと同様、ぬるめの温水がジェット噴射されて、体のあちこちをマッサージしてくれるのは、とても気持ちがいい。どれくらい時間がたったのか、また眠ってしまった。バスから上がった後、最後のマッサージに入る前にしばらく寝台で横になって休むように言われた。体が温まっていて、汗が噴き出してくる。サラサラした心地よい汗だった。
 最後のオイルマッサージは、先ほどの白衣の男性が担当。こちらはバスタオル一枚なので一瞬たじろいだが、ここでもイスラムの教えなのか、バスタオルをとって仰向けになっても、彼は私の胸が絶対に見えないように、気を遣ってタオルで隠してからマッサージをしてくれる。強すぎず弱すぎず30分で終わったが、彼がマッサージよりもいかに胸を隠すかに気を遣っている気がして、おかしくなってしまった。

日差しが注ぐ明るい室内プール

 服を着替えるころには下着も乾いた。なんだか訳のわからないのも、異国の旅ならではだ。それより、終わってみると不思議なくらい体が軽い。残りの全日程もここにいて、毎日スパを楽しみたいくらいの爽快さだ。マッサージ室の隣にあるガラス張りの室内プールのデッキチェアに座ってみると、アルジェリアの山々が目の前にワァと広がった。「気持ちいい・・・」と思っているうち、またしても眠ってしまったらしい。3時間で車に戻る予定が4時間になってしまった。感想を尋ねるアブドラに「Tres Bien!!」と返すと、うれしそうに笑ってくれた。

青と白の街

鋲で模様をつけた
典型的なチュニジア風の門

 帰り道、チュニスに近づくにつれて、ガイドブックの写真でよく見るブルーに塗られた窓と白壁の家が街のあちこちに見えてきた。チュニスの北十数キロの地中海沿いにあるシディ・ブ・サイドは特に青色と白色の街並が美しい。青くペイントされた窓枠は繊細なレース状になっていて、青い門には独特の模様が鋲で打ってある。白壁や白い塀を背景にピンクのブーゲンビリアが咲き乱れ、街の色をより色鮮やかに見せている。家並みの間を走る小道の向こうには、地中海がまぶしくきらめいていた。
「さっきまでいたハマム・ブルギバとは別の国に来たみたい・・・」
 チュニジアには海も森も山も砂漠も、アフリカにある風景のすべてがあると聞いたが、それは本当かもしれないと思った。

チュニジアの代表的スナック「ブリック」

 フラフラと街を歩いた後、オープンテラスのシーフード・レストランに入った。鯛のグリルにレモンをかけるだけのシンプルな料理。冷たい白ワインが新鮮な白身の味を引き立てていた。チュニジアはワインの産地でもある。
 食べ物といえば、「ブリック」も印象に残った。春巻きの皮に似た小麦粉の薄い生地を広げた中央にツナやオリーブの実や生卵を入れ、二つ折りにしてオリーブ油で揚げるスナックである。皮はパリッと黄金色に揚げるのだけれど、卵の黄味はトロリと生であることがポイントで、その黄味をこぼさないように、ブリックを縦にもって、パクッとかぶりつくのだと、日本に住むチュニジア人の知人に教わったことがある。
 私が現地で食べたブリックは、こんがりとよく揚がり、中身のツナも新鮮。黄味は多少半熟になってしまっていて、「んーん、外国人向けに食べやすくしてくれたのか、失敗作なのか」と疑ったものの、香辛料もほどよくなかなかの味だった。

夕暮れ迫る地中海

 日が暮れると、昼の暑さが信じられないほど、涼しい風が吹いてきた。レストランの前の波間はライトアップされ、白い波があやしい光を放つ。波の寄せる音ばかりが大きく聞こえた。気がつくと、まわりは互いを見つめ合うカップルばかりだった。

チュニジアとの時差:8時間

宿泊案内(ガマルタ):
The Residence
Route de Raoued Zone Touristique de Gammarth
P.O.Box 697- 2070
La Marsa, Les Côtes de Carthage, Tunisia

問合せ:
Tel:+216 71 91 01 01
Fax:+216 71 91 01 44 / 74 98 88
E-mail:residence.tun@gnet.tn
URL:http://www.theresidence-tunis.com/

宿泊施設:
170室

宿泊案内(ハマム・ブルギバ):
El Mouradi Hammam Bourguiba
Hammam Bourguiba
8136 Ain Draham, Tunisia

問合せ:
Tel:+216 78 65 40 55 / 56
Fax:+216 78 65 40 57
E-mail:info.hb@elmouradi.com

宿泊施設:
144室、ジュニアスイート6室、バンガロー23棟

各種情報:
レストラン:Les Ombrelles
107 Avenue Taieb M'hiri
Gammarth-Plage
Tel: +216 71 74 29 64

現地旅行会社:Optima Travel
Tel: +216 71 33 32 55
Fax: +216 71 33 39 04
Email: optima@planet.tn
(英語、フランス語のみ)

アクセス:
空路:ヨーロッパ主要都市やモロッコ、エジプト等の中近東の都市経由で。
ローマ−チュニス 約1時間
ミラノ−チュニス 2時間弱
海路:チュニスとジェノバ、チュニスとマルセイユ間に定期航路あり。

日本での問合せ:
在日チュニジア共和国大使館
〒102-0074 東京都千代田区九段南3-6-6
Tel:03-3511-6622
Fax:03-3511-6600
(電話による問合せは平日9:00〜17:00)
Email: tourism@tunisia.or.jp(観光部)

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PROFILE

横井 弘海

東京都台東区生まれ。
青山学院女子短期大学卒業。国際英語学校通訳ガイド科修了。ヨーロッパに半年間遊学。テレビ東京パーソナリティ室所属後フリーとなる。「世界週報」(時事通信社)で「大使の食卓拝見」を連載。エジプト大統領夫人、オーストラリア首相夫人、アイスランド首相をはじめ、世界中のセレブと会見しインタビューを行っている。

主な著作:
『大使夫人』
(朝日選書)

大使夫人

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