風
 
 
 
 
 
 
[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
SERIES 06 世界10大気持ちいい
横井 弘海
第8回 台北と日月潭

 世界の観光スポットや娯楽についての情報は、いまやさまざまなかたちで手に入れることができる。しかし、それでもまだまだ知られざる「楽しみ」がある。場所、季節、食べ物、人間、そして旅の技術・・・。世界約50ヵ国を旅してきた横井弘海氏が「気持ちいい」をキーワードに、女性の視点からとっておきのやすらぎのポイントを紹介する。

文武廟の屋根越しに日月潭を望む

「旅に必ず持っていくものは何?」 
 ある日、台湾人の知人にきかれた。
「水着、スリッパ、エッセンシャル・オイル1瓶」
 と私が言うと、その人は
「小さな缶に入れたお茶」
 という。日本茶と梅干がなければ落ち着かない日本人のようだと笑うと、彼は真剣な顔をして、
「そうではない。旅先のホテルのテラスで美しい風景を眺めながら、好きな茶を飲むのが贅沢なのだ」
 と説明する。そういえば台湾でできる烏龍茶は世界有数の品質だと言われるし、「茶芸」なる台湾版茶道もある。
 そんな彼の話や台湾のお茶について考えながら、6月のはじめに台湾を訪れた。
 初めての台湾に胸を躍らせつつ、成田から空路で3時間半、首都台北の中正国際空港に到着した。自然な笑顔で乗客に応じる飛行機のフライトアテンダント、親切な空港の職員に接しただけでも、これまで数回行ったことのある中国本土とはまったく別の国だと感じる。人々のふるまいはむしろ日本人に近い。が、出迎えの人の多くが半袖のシャツやTシャツ1枚の軽装なのを見て、ようやく外国にやってきた気分になった。外はすでに真夏の日差しで、私もジャケットを脱いだ。
 空港から都心までは車で約50分。夕方の台北市内は東京と同じように車で混雑し、建物は東京よりもっと密集している。派手な漢字の看板とあいまって、この国の活気を示していた。

まずは本場の小龍包を食べに行く

あつあつの小龍包

 翌日、台湾を代表する景勝地「日月潭」という湖に泊りがけで行く予定だったので、彼の言葉を思い出し、まずはお茶を買いに行くことにした。だが、
「お茶を美味しく飲むには満腹でなければいけない」
 と思い直し、タクシーで「永康街」に行った。しゃれたブティックやレストランが多い「永康街」には、日本にも支店がある「鼎泰豊」という小龍包で有名な店がある。食べることが大好きな台湾の人々のこと、美味しい店の前にはたいてい行列ができていると聞いていたが、「鼎泰豊」も最低30分待つのは当たり前だそうで、人が溢れていた。店内をのぞくと、ガラス張りのキッチンで自慢の小龍包を10人ぐらいで作っている。その人数のわりに客席が少ないと思ったが、実は2階もあり、
「1人です」
 と言うと、
「ではどうぞ」
 とスッと2階のテーブルに案内してくれた。ラッキーなことに、5分も経たないうちにお目当ての小龍包にありつけてしまった。直径30センチはある木製の蒸し器のなかに、湯気を立てた小龍包が10個も入っている。そのひとつをレンゲに乗せて一口で食べた瞬間、なんとも薄い皮が破れて舌の上に熱いスープがこぼれ出る。豚肉のエキスから生まれるその深い味わいに「んーん」と声にならない声が出てしまう。豚肉の種類の違いからか、日本では同じ味がどうしても出ないらしい。最初は1人で全部食べられるかなと思ったが、あっという間に平らげ、さらにプリプリのエビが入った麺まで食べて、ものすごく幸せな気分で店を出た。

中国茶の奥深さを知る

 台北の街中には昔っぽい純喫茶からスターバックスまでコーヒーを出す店が目立つ。しかしお茶は基本的には家で飲むので、コーヒー店に比べると目立たないらしい。
 知人に紹介された「新純香」という茶舗にお茶を買いに行った。車が一台通るのがやっとの細い道の両側に飲食店や飲み屋が立ち並ぶ。そんなにぎやかな一角に立つ店には、客が入れ替わりやってきて、日本人のビジネスマンと思しきほろ酔い加減のグループもいた。

梨山高山茶とこだわりのお茶請け

 店内は、片方の壁にさまざまなお茶の缶がずらりと並べられ、もう一方の壁側には低いテーブルが3つ、そのテーブルを囲んで椅子が4、5脚ずつ置かれていた。テーブルに案内され、店のお母さんが目の前でお茶を入れて、飽きるまで何種類でも試飲させてくれた。他のテーブルでも同じように、お茶を振舞いながら、店員が客ときさくに話している。日本語も通じる。しかも、お茶請けまでふるまってくれる。梅を干したり、甘く煮たりしたものや、揚げた椎茸やヌガー。

 中国茶は日本茶と入れ方が大きく違うので、見入ってしまった。蓋のついた茶碗や小ぶりの急須に熱湯を注ぎ、1煎目は捨て、その後、何煎も立てて、味や香りの変化を楽しむ。茶碗も小さく、ぐい飲みくらいの大きさの「品杯」と口の細い「聞杯」があり、「聞杯」は香りを楽しむ。
 2煎目を「聞杯」に注いで、それを「品杯」に移し、空いた「聞杯」の残り香をかぐ。香道のように、鼻に杯を近づけて、大きく息を吸い込むと、甘い烏龍茶の香りが、鼻の奥の粘膜全体にくっつくような感じがした。「聞杯」から「品杯」に移したお茶はスーッと喉の奥に入ってくる。そのいい感じを「喉韻」というらしい。さらによいお茶には「回甘(ホェカン)」がある。「回甘」とは後になって喉に甘みを感じることだ。
 中国茶は鼻の奥と喉で味わうのだろうか。味や香りは3煎、4煎とだんだん薄く優しくなる。なんと美味しいのだろう。しかも「美味しさ」を表現する言葉がいくつもあることがすごい。発音は忘れてしまったが、ノートに書いてもらった漢字を見ると、今でも香りや味が蘇ってくる。
 烏龍茶の最高級といえば「凍頂烏龍茶」と思っていたが、お店の人は「梨山高山茶」がお奨めだという。日月潭のあたりではアッサム紅茶も取れるらしい。何杯飲んだだろうか、どのお茶も気持ちをゆったりとさせてくれた。「茶をもって、旅に出る」と言った知人の気持ちが少しわかってきた。結局、その梨山高山茶を日月潭にもっていくことにした。

いざ、日月潭へ

 日月潭は英語で“Sun Moon Lake”という。台湾島のちょうど真ん中、海抜750メートルの高地にある、周囲24キロの台湾一大きな湖だ。東側に太陽、西側に細長い月を組み合わせたような形から、「日月潭」の名がついた。

縁結びの神様、月下老人

 湖の中心に浮かぶ拉魯(ラルー)島にはかつて「月下老人」という台湾の縁結びの神様が祭られていて、カップルが船で島にやってきていたという。月下老人が手にもつ赤い帯の右側を男性、左側を女性がもって祈ると、願いがかない、幸せに結ばれるという伝説があるからだ。1999年の大地震で祠が壊れ、月下老人像は湖畔の「竜鳳宮」という寺に移されたが、そんなロマンチックな話や名前に惹かれ、泊りがけでゆっくり行ってみたいと思っていた。

 台北から車で3時間。喧騒の街を離れると、周囲に濃い緑のなだらかな山々が見えてくる。台湾の高速道路は場所によっては片側4車線もあり、広々として快適だ。中山高速道路で台中まで行き、国道台74号中彰快速道路を経て、さらに国道台14号を走った。

檳榔の木

 気候がよく、果物や野菜の種類の多さは日本とは比べものにならない。一般道に下りると、道端で果物や野菜を売っている露店がいくつも出ていた。タネが小さい種類のライチ「玉荷包」やバナナ、実が黄色いサツマイモ(地瓜)、とうもろこし(玉米)など。道の脇の畑には桃やパパイヤの木が見える。面白かったのは「檳榔(ビンロウ)」という椰子のような木の実だ。気分を高揚させる嗜好品で、発がん性があるのではと心配されているが、先住民族や街道を走るトラックの運転手らが好んで、石灰と一緒に噛むのだそうだ。街道のいたる所に檳榔を売る3畳くらいの小さな、何故かガラス張りのボックスがあって、その中にやたら肌の露出度の高い売り子の女の子が座っているのが目を引く。販売競争が激しいので、少しでも売れるようにという思いからだという。商売もたいへんだ。

邵族の聖地ラルー島

 山の盆地にできた日月潭周辺は雨がよく降るらしい。それで植物が茂り、ますます緑が濃くなる。到着した午後にも大粒の雨がバケツをひっくり返したように激しく降って、すぐカラリと晴れ上がった。標高が多少高いせいか、暑くもなく、寒くもなく、ちょうどよい。

邵族の漁民が使う四手網

 日月潭は、昔、この地に古くから暮らす先住民族「邵(ツオウ)族」の先祖が、1頭の大きな白鹿を山で追っているときに見つけたという伝説がある。今や200人程度しかいないという邵族は、農業と漁業で暮らしを立てている。鬱蒼と樹木の茂る湖の周囲をドライブした後、ボートに乗ってみると、湖畔に邵族の漁民が仕掛けた昔ながらの四手網が見えた。そのそばに小さな浮島がいくつも作られ、植物を植えてあった。水に伸びる根のところに餌を求める魚が集まるのだという。明るいエメラルド色をした水面はキラキラ光っている。

聖地ラルー島の夜鷺

 湖の真ん中に浮かぶ邵族の聖地ラルー島に寄った。日本統治時代に発電所を建設するため、濁水渓という川から日月潭に水を引き込んだ。水面が上がり、そのためにできた周囲数百メートルしかない小さな島だ。今は、まわりに作られた浮島から島を見学できるだけでちょっと物足りないが、島の松の木は威厳をもって立ち、そこに夜鷺(イェルー)という鳥が何羽も止まっていて、物見遊山の観光客を拒絶している雰囲気だった。

邵族をモデルにしたアート

 台湾にはマレー・ポリネシア語系の先住民族が各地にいて、近所にある「九族文化村」というテーマパークを訪れるか、特別な行事に合わせて行くしか彼らの生活を知ることはできないが、この湖はそんな多民族文化の一面も垣間見ることができる。

信心深い台湾人

 再び車に乗り、湖の北西の高地に立つ寺「龍鳳宮」へ「月下老人」に会いに行った。彫刻した石に派手な色をつけた門をくぐった右横に、人間とほぼ同じ背の高さの御像が立っていた。まわりを若いカップルが何組も取り囲んでいた。しばらく様子を見ていたが、皆周りで話しているだけで、実際に帯を持とうとするカップルは誰もいない。恥ずかしがっているのか、それとも、互いにここで本当に決まったら困る(?)という、妙な信心深さからお願いをためらっているのか、なかなか興味深い光景だった。
 日月潭北側の斜面に沿って立ち、湖の全景を見渡すことのできる「文武廟」という大きな寺にも行ってみた。勉学と仕事の神様、文聖孔子と武聖關羽などが祭られている。黄土色の寺の屋根から見る景色は壮観だったが、それ以上に、ここのおみくじと占いは楽しい。

占いの道具、ジーチャオ

 お茶の入れ方同様、神頼みの作法は日本とは異なる。台湾では自分の名前や生年月日、住所を心の中で神様にお伝えして、まず、その願いを聞いてもらってもよいか、神様に確認を取るところから始まる。答えを聞くために使うのが、祭壇に置いてある、木を櫛形に削って赤く塗った1組の道具だ。「擲筊」という字を書いて「ジーチャオ」と読む。2つを同時に地面に投げ、その表裏の出方で神のご意志を伺う。表裏の組み合わせが3回連続して出ればYESということでおみくじを引き、さらに、そのおみくじの内容であっているのかと再びジーチャオを投げて確認し、線香をあげて、またジーチャオを投げ、もっと詳しい願いを聞いてもらったりする。遊びでなく、皆けっこう真剣に祈っている。私のおみくじは100番で「終わりよければ全てよし」という内容だと、日本語を話せるおじいさんが教えてくれて、ちょっと安心。

占い師のおじさん

 風景を楽しみながら、恋愛・仕事・勉強と全て相談に乗ってくれるのは世界中の美しい湖でも日月潭だけではないだろうか。最近のリゾート地にはたいていスパがあって、疲れた身体を癒してくれるが、神様がいて心まで癒してくれる場所はなかなかない。お伊勢参りではないが、神様にお参りしつつ、旅も楽しむというパターンは、日本人としてはとても楽しいのである。

総統魚を食べる

日月潭は蒋介石も好んだ景勝地

 ところで、日月潭の美しさは昔から有名だったらしい。西側の湖畔に「涵碧樓」という日本家屋の貴賓館があり、昭和天皇が皇太子時代にいらしたとガイドさんが言っていた。その後、この建物は国民党の蒋介石の別荘となった。それは先の大地震で崩壊し、現在は最高級リゾートとして名高いアマンリゾートの設計を手がける、ケリー・ヒルが担当した全室スイートのホテル「The Lalu」に生まれ変わり、注目を集めている。
 蒋介石は自分の母への感謝を表わすために、湖を一番よく見渡すことのできる山上に慈恩塔も立てた。よほど日月潭を気に入っていたのだろう。さらに、この湖でとれる「曲腰魚」という白身魚を好んだ。台湾に来てから食べ続けだが、別名「総統魚」と呼ばれるこの魚を食べに、「The Lalu」の中国料理レストラン「湖洋軒」に行ってみた。
 これは恐ろしく細長い骨が、しかもたくさんある魚だ。バリバリ噛んで食べてしまえないこともないが少し抵抗があるし、かといって1本1本口から骨を出していれば、食べ終わるのにどれくらい時間がかかるかわからない。総統ほど偉くなれば、骨を全部取ってもらってお皿に載せてもらえたのだろうか。ただ、輝くような白い身はやわらかく、口に入れるとホワッと溶けるような品のよい味だった。

日月潭でお茶を飲む

山水画のような山並み

 せっかく湖に面した部屋を取ってもらったのに、ホテルに戻ったときには外は真っ暗。しかし、翌朝は6時に目が覚めた。テラスに出るガラス戸を開けると、涼しい風が入ってきた。いつでもどこでもにぎやかな台湾だが、これくらい朝が早いと、さすがに湖の周辺に住む鳥たちの羽ばたきと、魚が時にジャンプする音が聞こえるだけである。
 部屋のポットの湯は茶舗のようにチンチンに沸騰はしないし、大振りの湯飲みに茶葉を入れてそのまま飲むしかなかったが、パジャマのまま、木を組んだテラスに入れたての熱いお茶をもっていき、椅子に座った。目の前に広がる日月潭を眺めながら、お茶を一口に含むと、甘く芳醇な香りが体の隅々まで広がった。食べ続けで疲れた胃袋を癒してくれそうなやさしい味だ。「はぁ」とため息がでるほど美味しい。

お茶を飲みながら朝を満喫する

 日が少しずつ高くなるにつれて、前日の昼間に見たのと同じように、水の色がエメラルド色に変わっていった。湖を取り囲む前方の山々はいくつにも連なり、遠くの山はグラデーションになっていた。緑の深い色やなだらかに入り組んだ岸辺のカーブ、山並みは山水画の世界を思わせた。いろいろ楽しませてくれる日月潭だが、澄んだ空気や湖本来の静けさや神々しさをこちらに来て初めてゆったりと感じることができた気がする。これも、お茶の「回香」のおかげだろうか。

台湾との時差:1時間

宿泊案内(台北):
台北国賓大飯店(アンバサダーホテル タイペイ)
台北市中山北路2段63号

問合せ:
Tel: +886 2 2551 1111
URL: http://www.ambassadorhotel.com.tw/

宿泊施設:
客室数: 428室

宿泊料金:
スタンダードツインルーム NT$7,100
プールサイドダブルルーム NT$7,100~7,700
*上記料金にサービス料10%、および税金が加算される(要確認)

宿泊案内(日月潭):
哲園名流會館
南投縣魚池郷日月村水秀街31号

問合せ:
Tel: +886 49 285 0055
Fax: +886 49 285 0077
URL: https://www.ezhotel.com.tw/sunmoonlake/

宿泊料金:
ツインルーム NT$4,800より(要確認)

各種情報:
小龍包:鼎泰豊
台北市信義路二段194号(永康街との交差点)
Tel: +886 2 2321 8928
Fax: +886 2 2321 5958
月曜~金曜10:00~21:00/土曜・休日9:00~21:00

茶舗:新純香茶業有限公司
台北市中山北路一段105巷13‐1號1楼
Tel: +886 2 2543 2932
Fax: +886 2 2564 2272
E-mail: taiwantea@seed.net.tw

テーマパーク:九族文化村
Tel: +886 49 289 5361
入場料:大人NT$650、学生NT$500

リゾートホテル:涵碧楼大飯店(The Lalu)
南投県魚池郷水社村中興路142號
Tel: +886 49 285 5311
URL: http://www.thelalu.com.tw/jp/menu_j.htm

アクセス:
EVA AIR他、航空各社
成田 - 台北 約3時間半
中正国際空港から都心部まで車で約50分

日月潭への行きかた:
台北から:国光客運の直通定期バス 毎日4便運行
台中から:仁友客運のバス 毎日2便運行
問合せ:日月潭観光発展協会
Tel: +886 49 285 5220

日本での問合せ:
台北駐日経済文化代表處
〒108-0071 東京都港区白金台5-20-2
03-3280-7800 / 7801(渡航査証)
03-3280-7803(旅券、文書証明)
受付時間:月曜~金曜9:00~17:00

BACK NUMBER
PROFILE

横井 弘海

東京都台東区生まれ。
青山学院女子短期大学卒業。国際英語学校通訳ガイド科修了。ヨーロッパに半年間遊学。テレビ東京パーソナリティ室所属後フリーとなる。「世界週報」(時事通信社)で「大使の食卓拝見」を連載。エジプト大統領夫人、オーストラリア首相夫人、アイスランド首相をはじめ、世界中のセレブと会見しインタビューを行っている。

主な著作:
『大使夫人』
(朝日選書)

大使夫人

新書マップ参考テーマ

PAGE TOP
Copyright(C) Association Press. All Rights Reserved.
著作権及びリンクについて