風
 
 
 
 
 
 
[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
SERIES 06 世界10大気持ちいい
横井 弘海
第4回 キヤラ・オーシャン・スパ

 世界の観光スポットや娯楽についての情報は、いまやさまざまなかたちで手に入れることができる。しかし、それでもまだまだ知られざる「楽しみ」がある。場所、季節、食べ物、人間、そして旅の技術・・・。世界約50ヵ国を旅してきた横井弘海氏が「気持ちいい」をキーワードに、女性の視点からとっておきのやすらぎのポイントを紹介する。

街中でよく見かける
国民的英雄ボブ・マーリーの写真

 カリブ海北部に浮かぶ島国ジャマイカは、黒人音楽レゲエ発祥の地である。2005年は、伝説のヒーロー、ボブ・マーリーの生誕60年。「島の真ん中の北側に行く」とレゲエ好きの友人に言うと、「えっ、ナイン・マイルズに行くの?すごい」と勝手に盛り上がっている。ナイン・マイルズには、ボブ・マーリーの生家とお墓がある。「もう少し海側のオーチョ・リオス」「何だ・・・」で、話は終わった。
 けれども、ジャマイカの見所はレゲエだけではない。秋田県とほぼ同じ約1万991平方キロメートルの大きさのこの島は、薬草や香草、つまりハーブのパラダイスでもあるのだ。国名の語源「ザマイカ(Xamayca)」が、先住民族アラワク族の言葉で「木と水の大地」を意味しているように、この土地に種を蒔けば大抵の植物は芽を出し、実をつけるそうだ。

 そんな自然豊かな材料を使ってトリートメントやマッサージをしてくれるスパがジャマイカのオーチョ・リオスにある。しかも、そこには、“神の手”との誉れ高いエステティシャンがいると聞いた。今まで、あちこちのエステティックは試してきたが、やはり最後は「人の手」。エステティシャンの腕で効果に差が出る。その方に会うためにも、どうしてもジャマイカへ行きたくなった。

BGMは、ボブ・マーリー

ホテルから見える海

 2005年1月末、大雪のニューヨークを経由して、島の北西部にあるジャマイカ第二の都市、モンテゴ・ベイのサングスター国際空港に向かった。ニューヨークから空路で約3時間半。近づくと、緑に覆われている島が見えてきて、「ハーブの島の“神の手”か・・・」と胸がときめいた。
 この時期、サングスター国際空港は、寒さを避けてバカンスを楽しむ欧米のカップルや家族でごった返している。彼らは、真冬の日本から来た厚着の私たちと入れ替わりに、真夏の格好で帰る。このコントラストが面白い。彼らの姿から、どんなに暑いのかと思ったが、ニューヨークを襲った寒波の影響のせいか、半袖になっても汗ばむほどではなかった。
 お目当てのスパは、オーチョ・リオスの「ジャマイカイン」の中にある。北海岸の中央に位置するオーチョ・リオスへは、サングスター国際空港から、海岸線を車で東に向かって約2時間。左側には遠浅の海、右側にはなだらかに続く緑の山が見える。もちろんBGMにはボブ・マーリー。景色を眺めながら「スッチャカ、スッチャ・・・」のリズムに揺られていると、ほんの数時間前まで寒くて緊張していた肩のこりが自然に取れ、気持ちも緩んでいくのがわかる。道路は舗装されていて、幅も2車線程あるので、ゆったりと快適だ。たいてい中央ラインがないが、対向車が来ると互いにうまくすれ違っていく。信号も、2時間のドライブの間、1つしかなかった。町なかでも人々は何事もないように車の間をスルスル抜けて道を横断している。無いなら無いなりになんとかなるのだろう。 “No, Problem! ” が口癖のジャマイカ人らしさが、ここにも表れているといえよう。

「ジャークチキン」を焼く主人

 途中、小腹がすいたので、タクシーの運転手お奨めのジャマイカ名物「ジャークチキン」を半羽分テイクアウトした。「ジャークチキン」は、いわば鶏肉の炭火バーベキュー。もともと路上で半分に切ったドラム缶に炭を入れて鶏肉を焼くスタイルだったらしい。案内された店は、さながら煙がモクモク上がる有楽町駅ガード下の焼き鳥屋みたいだが、肉を焼く金網は日本よりずっと大きい。とりわけ、主人のキャラクターが抜群で、美味い料理は出すが愛想はまったくなしの頑固タイプ。「写真を撮ってもいいか」と聞いた後すぐにシャッターを切ろうとしたら、「まだ、良いとも悪いとも言ってない」とうつむき加減にボソッと言われてしまった。そのそっけなさに、「これは絶対に美味しい」と確信。車の中で、ぶつ切りの肉をつまんでみると、やっぱり1羽買っておけばよかったと後悔するほど、こんがり焼けた皮とジューシーな鶏肉の味は絶妙。これに喉越しの軽いジャマイカ産「レッドストライプビール」があれば最高だっただろう・・・。

隠れ家ホテル、「ジャマイカ・イン」

ホテルの廊下

 スパのある「ジャマイカ・イン」に到着した。名前だけ聞くと、カジュアルな宿を想像するが、実は世界中の著名な旅行雑誌で必ず取り上げられるほどの隠れ家ホテルである。門からのアプローチには、熱帯植物の生き生きとした緑、ブーゲンビリアの濃いピンクが広がり、鮮やかな色であふれている。低層のコロニアル様式の建物は、薄紫に近い水色の壁に白い柱で、コントラストが美しい。この水色は「ジャマイカイン・ブルー」という色名で登録されているとか・・・。色とりどりの宿は、訪れる人を圧倒するような豪華な概観ではないものの、手入れがよく行き届いていて美しい。
 フロントロビーは、左右の建物をつなぐように天井だけが渡されていて、開放的な構えをしている。ロビーに置かれたソファのセットの向こうには青々とした芝生とプール、さらにビーチが広がる。
「こんにちは」と背の高い美形の女性が日本語で出迎えてくれた。彼女の名はテリー。10年間、日本でモデルを経験したテリーは、流暢な日本語を話す。ロビーでテリーと話し込んでいると、次の客が車寄せに到着した。今度は勤続43年のロイドが「Welcome Home! (おかえりなさいませ)」と、車に駆け寄ると、お馴染みさんと思しき夫婦が、ニコニコしながら車から降りてきた。このホテルの客は、圧倒的にリピーターが多いそうだ。個性あふれるスタッフのアットホームな雰囲気を見ているだけで、納得させられた。

ベッドルーム
(ジャマイカ・イン提供)

 部屋も清潔で、全室がオーシャンビュー。どの部屋も廊下側にベッドルームがあり、サンドベージュのビーチに向かって広い屋根付きのベランダが続く。ベランダとビーチの仕切りは、腰の高さほどの欄干のみ。たいていの宿泊客は、この欄干を飛び越えてビーチを行き来する。
 ふと、あたりが静かなことに気づいた。部屋にはテレビもラジオも時計もない。聞こえるのは、波の音と「ピーピー」という甲高い鳥のさえずりだけ。窓から入ってくる浜風も心地よく、サラサラという規則的な波音を聞いているうちに、ベランダのソファでいつの間に眠ってしまった。

 もっと豪華なホテルならいくつもあるが、こんなに平和で静かな時間が流れるホテルは珍しい。外出せず、日がな一日ビーチやソファに寝そべって「静けさ」に浸る宿泊客も多いという。こんなホテルなのだから、スパも並ではないはずと、「神の手」への期待はますます高まった。

「神の手」による「ジンジャー・ジュビリー」

スパの入り口

 スパの名前は「キヤラ・オーシャン・スパ」(KiYara Ocean Spa)。KiYaraとは、先住民族アラワク族の言葉で、「大地の精神の清らかな場所」を意味する。スパは、ホテルの玄関から一番離れた高台の、花と植物に囲まれた場所に立っていた。竹の塀に沿って進むと、赤土の暖かみのある壁、彫刻された木の柱、椰子の葉で葺いた屋根の素朴な平屋が現れた。そこに、笑顔で出迎えてくれたのが、“神の手”をもつといわれるエステティシャンのキャロリン。スパの責任者でもある彼女の信念は「よいものは何でも取り入れる」こと。例えば、ヨガのチャクラ(ツボ)の考え方も活用している。けれども、根底にあるのはアラワク族への尊敬の念だという。スパの内装も彼らのモチーフを意識して作られている。キャロリンはこう語る。
「アラワク族は、とても温和な人々で、自然を愛し、自然から学び、薬草に関するたくさんの知識をもっていました。私が行っていることは、このジャマイカの自然から得たエネルギーを皆様の身体に送ることです。特に、都会からいらした方は、知らず知らずのうちにストレスを体内に溜めています。ここで心や身体を自然のバランスに戻していただければと思っています」

材料はジンジャーとハニー

 客1人1人に合わせて、ジャマイカ産の自然の材料を調合するキャロリン。私には、「ジンジャー・ジュビリー」というトリートメントを施してくれた。東洋の陰陽の考えに基づいたもので、ショウガと蜂蜜、ココナッツをブレンドした材料を使ったマッサージだ。値段は60分でUS90ドル。
 メインビルの奥の熱帯植物に囲まれた場所に案内された。ここが、トリートメント用の建屋らしい。建屋は海を見下ろす崖にもあと二つあるが、どれも風が通るようにと涼しそうな椰子の葉に覆われている。室内は椅子と小さな棚と寝台があるだけのシンプルな作りだ。サロンに着替え、ベッドにうつぶせになると、青い海が目の前に見えてきた。日本にも良いエステティックはあるが、こんなにも自然あふれる環境はあまりないだろう。

エステティシャンのキャロリン

「では深呼吸をしましょう。自然の中にいるということだけに意識を集中して、波の音を聞き、風の音に耳を澄ませて・・・」とキャロリン。
「身体が冷えているので、これがいいかなと思ったの」と言いながら、ショウガなどをすりつぶした材料を身体に丹念にこすりつけていく。塗られる感触はホワッと柔らかい。材料は、日本のショウガよりも白っぽいが、ほのかによく知っている香りがした。
 ジンジャーまみれになったところで全身にラップを巻かれた。「このまましばらく待っていてね」とキャロリンは席を離れた。
「これが神の手?」 見たこともない凄いマッサージが施されるものと期待していただけに、あっけなく終わり、「アレッ」という気がしてしまった。
 ところが突然、急に身体が熱くなってきた。まるでお湯をかけられたかのよう。さっきまでの鳥肌がウソのようだった。
「何これ?」ジワジワッと暖かさが身体に浸透してくるこの感じは、よくわからないけれど、なんとも気持ちいい。「どう、気分は? 」と、キャロリンが部屋に戻ってきて尋ねた。「不思議です」と答えつつ、夢うつつ状態の私・・・。

キヤラ・オーシャン・スパ提供

 続いて、ジンジャーをシャワーで洗い流し、ハチミツマッサージへ。キャロリンは「これで、あなたの肌は赤ちゃんのようにツルツルになるわ」と言いながら、足先から少しずつ身体の上半身に向けてマッサージを始めた。東洋医学は独学だと言うキャロリンが滑らせる手は、スルスルと自然とツボに入っていく。ときどき、足先に戻って冷えた足の加減を見てくれる細やかな気遣いもある。甘い香りに誘われて、思わず眠りに落ちてしまった。
 耳元でささやくキャロリンの声で目を覚ます。「あなたの身体は今、自然の中にあり、最高にバランスが取れた状態よ。ただ自然の力を感じて・・・」
「ワァ、また来た!」今度は身体がグアングアンと回る感じがする。実際にはベッドに寝ているのに、体内の液体があっちこっちに動いて、身体ごと振り回されたかのようだ。だが、ベッドから起き上がっても、ふらつくことはない。さらに、身体は温かく肌もスベスベ。なんとも軽くすっきりとした気分になった。キャロリンが唯一知っている日本語は、客が漏らした「気持ちいい」だという。本当に気持ちよく、“Mysterious! ”だ。

レモングラスのアイスティ

 マッサージの後、オープン・テラスのソファで海を見ながら、レモングラスのアイスティをご馳走になった。酸っぱいけれどストレス解消に良いらしい。キャロリンにお礼を言いつつ、“神の手”を見せてもらう。身体は華奢な彼女だが、大勢の人をマッサージしてきたからか、しっかりと厚みのある手をしていた。
“神の手”とは、いったい何なのだろうか。マッサージを受ける感覚というのは、人ぞれぞれなので、一概に解説できるものではない。一度のマッサージで難病が治るという類のものでもないし、本当のところどんなものなのかも、実はよく分からない。ただし、私の場合に限れば、彼女のマッサージで、よどんだ体液が一気に動かされた感じがして、気分の爽快さは帰国後一週間も続いた。おそらく、ジャマイカの自然のパワーを最大限に活かし、身体に本来の元気を取り戻させてくれるのがキャロリンであることは間違いないだろう。

海中乗馬「ビーチライド」

ハーモニーホール

 気分爽快のまま、近くにあった「ハーモニーホール」というアートギャラリーに出かけてジャマイカ人現代芸術家の作品を鑑賞。昼食はホール1階のレストラン「トスカニーニ」で、本格的なイタリア料理を味わうというのもいいかもしれない。

 元気になると、やっぱり身体を動かさずにはいられなくなる。イルカに乗るか馬に乗るか迷った末、馬に乗ったまま腰まで海に浸かって走る「ビーチライド」という3時間の乗馬コースを選んだ。数年前、馬に振り落とされて以来、落馬しないようにと身構えてしまうが、馬も水の中ではそれほどスピードが出せないはず。鞍は取るが、落ちる心配はまずない。

ビーチライド

 ポロ競技の経験をもつ馬たちは、鍛えられているだけあって、快適な速さで海の中を走った。海風を受けながら、時に波をかぶりつつ進む海中乗馬は、上下動するサーフィンのような乗り心地がした。初体験だが、これはかなりの気持ちよさだ。
 とても楽しかったので、終わってから、その日私をずっと背中に乗せてくれていたシルバー号と一緒に写真を撮ろうと思った。けれども、シルバー号は私を下ろすなり、「ハイ、終わり」というかのように、わき目も振らず厩舎に一目散に消えていった。その態度があまりにも冷たく思えたので、「これって、動物虐待ではないですよね? 」と、後でキャロリンに聞いてみた。実は彼女のお父さんは元ポロ選手で、彼女自身も馬を飼っているというエキスパートなのだ。
「大丈夫。馬は海に入るのが好きよ。ポロに出る馬はよくケガをするのだけど、海に入ってケガを癒すこともあるのよ」とニッコリ。その一言に、後ろめたさはすっかり消えた。
 乗馬の道中、トレーナーのお兄さんが、あちこちの木の葉をつまんでは、「さて、これは何の葉でしょう」と質問してきた。私がわかったのはレモンだけ。ほかは、葉っぱの形すら見たことがなかった。「これは胃の薬、こっちはお腹を壊したとき・・・」と、20歳過ぎにしか見えない若い彼に、民間療法を教えてもらった。

「神の手」をもつキャロリンが尊敬するアラワク族は、島にきたスペイン人を親切に迎えた。しかし、逆に約50年間で根絶やしにされてしまった。それでもなお、アラワク族の残した知恵は、500年経った今でも脈々と受け継がれている。
 ジャマイカに行くと元気になれる。それは、ジャマイカの人や自然から「生きたエネルギー」をもらえるからだと、キャロリンが気づかせてくれた。

(敬称略、つづく)

宿泊案内:
Jamaica Inn
P.O. Box 1, Ocho Rios
St. Ann, Jamaica, West Indies

問合せ:
Tel: (876)974-2514 Toll Free: (877)470-6975
Fax: (876)974-2449
E-mail: info@jamaicainn.com
URL: http://www.jamaicainn.com/

宿泊施設:
部屋数:45室、コテージ10棟

宿泊料金:
04/16/05 - 12/14/05 US235$より
12/15/05 - 04/15/06 US490$より
*タイプにより異なる。要確認

各種情報:
スパ:KiYara Ocean Spa
Tel: (876)974-2380
URL: http://www.kiyaraspa.com/home.htm

乗馬:Chukka Caribbean Adventures
Tel: (876)972-2506
Fax:(876)972-0814
URL: http://www.chukkacove.com

イルカと泳ぐ:Dolphin Cove
Tel: (876)974-5335
Fax: (876)795-3708
E-mail: dolphincovejamaica@yahoo.com
URL: http://www.dolphincovejamaica.com

アートギャラリー:Harmony Hall
Tel: (876)974-2870
Fax: (876)974-2651
E-mail: info@harmonyhall.com
URL: http://www.harmonyhall.com

イタリア料理:Toscanini
Halmony Hall Tower
Tel: (876)975-4785

アクセス:
成田-ニューヨーク      約12時間半
ニューヨーク-モンテゴベイ  約3時間半

モンテゴベイ-オーチョリオス 約2時間(タクシーかレンタカー)

日本での問合せ:
エレガント・リゾーツ・インターナショナル
〒156-8799 東京都世田谷区千歳郵便局私書箱50号
Tel: 03-3302-6138
Fax: 03-3290-1485
E-mail: masayona@aol.com
URL: http://www.elegantresorts.jp

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PROFILE

横井 弘海

東京都台東区生まれ。
青山学院女子短期大学卒業。国際英語学校通訳ガイド科修了。ヨーロッパに半年間遊学。テレビ東京パーソナリティ室所属後フリーとなる。「世界週報」(時事通信社)で「大使の食卓拝見」を連載。エジプト大統領夫人、オーストラリア首相夫人、アイスランド首相をはじめ、世界中のセレブと会見しインタビューを行っている。

主な著作:
『大使夫人』
(朝日選書)

大使夫人

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