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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
SERIES 06 世界10大気持ちいい
横井 弘海
第2回 アイスホテル

 世界の観光スポットや娯楽についての情報は、いまやさまざまなかたちで手に入れることができる。しかし、それでもまだまだ知られざる「楽しみ」がある。場所、季節、食べ物、人間、そして旅の技術・・・。世界約50ヵ国を旅してきた横井弘海氏が「気持ちいい」をキーワードに、女性の視点からとっておきのやすらぎのポイントを紹介する。

雪と氷で作られたアイスホテル

ホテルの入り口
Photo by Peter Grant

「アイスホテル」という名前を聞いたことのある人は多いと思う。スウェーデンの北部、北極圏の200キロメートル北に位置するユッカスヤルビという村にできた、気温が氷点下になる時期のみにオープンするホテルである。氷でできたシャンデリアやベッドといった幻想的な装いがテレビや雑誌で紹介され、すっかり人気となり、日本からも多くの人が訪れている。5年前にはカナダのケベック州に姉妹ホテルもできた。
 私が「アイスホテルに行く」と話すと、「美しいのはわかる。でも、氷のホテルに泊まることがどうして気持ちいいの?」と友人は言う。しかし、「ICE」という語感がかもし出す何か神秘的なイメージに惹かれるものがあったので、2002年11月、ホテルの開業には少し早いが、「アイスホテル」を訪ねてみた。

 スウェーデンの首都ストックホルムを経由して、ユッカスヤルビに近いキルナ空港へ降り立つと、肌を刺すような空気の冷たさに一瞬にして時差ぼけが取れた。小雪がチラチラと舞っている。空港からホテルまでの道はすでに雪に覆われており、すっかり冬景色だ。地球もここまで北に来ると、午後2時半には太陽がすでに西に傾き、景色をカメラに収めると夕方のように映ってしまう。

ホテル付近を流れるトルネ川

 ホテルの敷地からすぐのところに、「アイスホテル」の「源泉」ともいうべき、トルネ川があった。実は、この川でできる氷を使って、アイスホテルはできている。川はまだ全部は凍っていなかった。でも、周りの針葉樹や茜色の空を鏡のように映すさまを橋の上から見ているだけで、水の冷たさが伝わってきた。

「アイスホテル」と書かれたフラッグが、道路沿いの街灯にかかっているのが目立つようになってほどなく、ホテルに到着した。「アイスホテル」といっても、普通のロッジやコテージもある。ホテルのレセプションも木造の小さな家だ。

ホテルのレセプション

「テレビで見たアイスホテルはどこにあるのかなぁ」と周りを見渡すと、かまぼこ型の屋根をいくつも横に並べたような白い建物が目に入った。「アイスホテル」なんだから氷だけでできていると思い込んでいたが、実は雪と氷の両方がふんだんに使われているのだ。トンネルが並んだような建物は雪で作られた客室と回廊だったのだ。ホテルの人気に応えて、毎年、部屋数が増えているという。今年のシーズンはスイートが25室、ダブルの部屋は60室もあるらしい。まるで、本当のホテルみたい?

「防寒具に寝袋」で、氷のベッドに横になる

 客室だけでなく、実際に結婚式をあげられる氷の教会や、320人も入れるような劇場など、大きな建物も営業が始まる頃になれば登場するらしい。客室の中はまだ建設中というより製作中だった。ノミで削られた後が残る氷の柱や氷の板が立てられ、ちょうど棟上げが終わった後のようだ。このホテルはほとんど手作業で作られていく。

氷のベッド
Photo by Peter Grant

 客室となる場所をのぞくと、内装を任された一人の芸術家が作業をしていた。彼女に頼んで、部屋ができていく様子を見せてもらった。いくつも疑問が浮かんできた。
「2階建てのホテルは構造上不可能なのだろうか(本当のところはわかりません)」「ここで本当に熟睡することができるのか」「一回眠ったら、次の日に目が覚めないかもしれない」など。この時は、幻想的なイメージに感動するより、寒さに参っていたせいか、ネガティブな考えばかりが浮かんだ。
 しかし、ノコギリで氷をカットしたり、手袋を取って、まるで子供の頭でもなでるように、やさしく素手で雪や氷をじかになでたりしながら部屋のイメージを形作っていく彼女に、「この人にとって、氷はただの冷たい物質ではないのだ」ということが感じられた瞬間、氷に対する見方がちょっと変わった。

氷のシャンデリア
Photo by Peter Grant

 芸術家や腕のいい職人は作品の仕上げを自分の手の感触に任せるというが、彼女がまさにそうだった。5分も作業をながめていると、寒さは感じなくなり、自分の部屋のようにくつろげてくるから不思議だ。
 考えてみれば、日本でも「かまくら」にコタツを入れてみかんを食べるし、北極圏に住む先住民族には「イグルー」という氷の家に住んでいる人たちもいる。寒いと思っていた「アイスホテル」の中は意外に暖かいのだ。天井が高くて圧迫感がないのも気持ちがいい。それに、氷と雪に囲まれた部屋の空気は、まるで冷蔵庫を開けたときのようだ。清涼な風に吹かれつつも、それはホワンとしていて、包み込まれるようだ。氷の部屋は確かに現実の世界だが、そこにいると、どこか現実ばなれした感じがする。
 部屋が完成すると、2人がゆったり眠れる広さのベッドと机と椅子が置かれる。それらもすべて氷で作られる。スーツケースなど普段の生活を思い出させるものは別の場所に預ける。氷だけの世界にひたらせてくれるのだ。ここからがさらにおもしろい。
 客は防寒服に身をまとい、寝袋に入って、ベッドの上に敷かれたトナカイの毛皮の上に寝る。年齢が80歳を超えるある老夫婦のゲストは「ファンタスティックな体験だった」と感激していた。氷のベッドに、彼らのように2人で仲良く眠ってみたい。1人で泊まることもできるけれど、やっぱり2人で、氷の放つクリスタルの光に「まぁ、きれい」と言ったり、雪の壁が作り出す暖かみのある白さを一緒に見つめたりしたほうが気分が盛り上がるだろう。

青く透明な光を放つ幻想空間

氷の柱

「アイスホテル」を飾る氷のシャンデリアや柱や壁は、ふつうの氷とは思えないほど青く透明な光を放っている。照明器具で照らされて、より幻想的な雰囲気をかもしだしている氷もある。その空間は、海のなかに漂っているというか、表現は古いけれど「竜宮城」がもし現実のものなら、こんなんじゃないかな。また、ここの氷は見た目はとても暖かくて柔らかそうだ。
「どうして、ここの氷はこんなに青いの?」と、ホテルのアートディレクターのアルネさんに尋ねたら、その種明かしとばかりに、トルネ川に連れて行ってくれた。同じ川でもホテルのすぐ裏のあたりは表面がすでにカチカチに凍っている。すると、アルネさんはもってきたチェーンソーのような大きな電気ノコギリを凍った水面に立て、厚さ50センチくらいの氷の塊を切り出した。そして、その塊にノミを器用にあてて、15分もしないうちに抽象的なオブジェを作ってくれた。
 すると、光はあてていないのに、オブジェがキラキラと青白い光を放つではないか。人工的な氷で作る彫刻ではこうはいかないだろう。「アイスホテル」のアイディアはアルネさんたちが生み出したが、影の立役者は、汚れなきトルネ川の水だったのだ。
 そして、このトルネ川に「アイスホテル」は雪解けとともに、毎年、水となって戻ってしまう。そのはかないところは、つかの間の美を感傷的に受け入れる日本人のメンタリティーにあっているかもしれない。しかし、いくつかの氷の作品は、ホテルの敷地に立つアート・センターという建物の中に残され、ホテルが形を消す4月末日から12月の間もオープンしている。
 このアート・センターは建屋全体が巨大な冷凍庫だ。冬の間にトルネ川から氷を切り出して、翌年まで保存しておく貯蔵庫でもある。アート・センターには、氷の客室のなかがどうなっているかを見せるモデルルームもある。せっかくなので氷のベッドの硬さをこっそりチェックしてみた。当然硬かったけれど、トナカイの毛皮は厚みがある。これなら眠れるかもしれない。

「アイスバー」でウォッカを一杯

氷のスクリーン

 氷でできたシャンデリアや氷のスクリーンに映画を映すシアターもあった。一番面白かったのは、氷のカウンターでお酒が飲める「アイスバー」である。
 氷をくりぬいて作った角グラスに注がれた酒が、冷たい氷のカウンターの上に出てくる。そこにひじをつき、酒を飲む。ここで飲むならやはりウォッカとばかりに私も試してみた。防寒服を着て手袋をはめてグラスをつかむ。氷のグラスが唇に触れる冷たい感触を楽しみながら、グラスを傾ける。唇の温かさのせいか、氷がほんの少しだけウォッカに溶けて、ぐっと飲みやすくなる。透明の液体がのどから食道、胃袋へと通過する瞬間にジワーッと熱さが身体にしみる。アルコールが回ってくるせいか、氷のバーはますます幻想的な世界になる。

氷のオブジェ

 氷の部屋で寝ることと同様、「どうしてこんな格好をしてまで、そんな寒いところで酒を飲まなければいけないのか」という思いがめぐらないわけではない。けれど、もし誰かがそんな言葉を発したら、多分、そこにいる人たちは全員「そうだよね」と同意しながら、次の瞬間、「じゃぁ乾杯!」と杯を挙げることだろう。一緒に変なことをしている?感覚を共有しているからか、そこにいる皆は妙に楽しげで、自然に笑顔がこぼれる。
 ほろ酔い気分で、アイスホテルを離れて森の暗闇に入り、空を見上げると、CG(コンピュータ・グラフィックス)で合成されたかと見まがうほどの美しいオーロラが広がっている。酔っ払っていたことなどすっかり忘れて、首が痛くなるまで空を見上げてしまう。オーロラは空全体がまるでダンスをしているかのようだ。そして、オーロラは、毎日、赤や緑や白などに色をかえ、形も面白いくらいに変化する。オーロラを見るためにわざわざ海外旅行に行くのは世界でも日本人ぐらいらしいが、本当に神秘的な美しさだ。

臭いも病みつきになる美味しさ「シュールストロミング」

気絶モノの臭さ「シュールストロミング」

 お酒とくれば、次は食事だが、スウェーデンでは戦慄の食べ物に出合った。その名は「シュールストロミング」。「スウェーデンに行ったら試してみないといけない」と悪友にそそのかされていたので、スーパーマーケットで探したら、簡単に見つかった。棚に山のように積んであるし、きっと一般的な食べ物なのだろう。スウェーデン版「クサヤ」のようなものらしい。臭いも病みつきになる美味しさだと聞いた。
 ホテルのコテージで缶を開けようとしたら、この臭いをすでに知っている知人の大反対にあい、仕方なく小雪の舞う屋外で開けることになった。別の知人が何気なく缶を手に取り、「プシュッ!」と缶切りで小さな穴を開けた瞬間だ。あたりには今まで嗅いだことのない、OOOが顔についてしまったようなものすごい臭気が立ち込めた。「ギャー」と叫び、そこに集まっていた全員があちこちに逃げた。だが、5メートルや10メートル缶から離れたくらいではとてもその悪臭から逃れられない。缶の中の汁が手についてしまおうものなら、一生臭いが消えないと思えるくらいだ。まちがいなく「世界10大気持ちいい」ならぬ「世界3大臭い」食べ物の一つだろう。
 結局、あまりの臭さに、誰もそれ以上缶を開ける勇気がなく、中身を味わうどころか、中が何なのか、どんな風になっているのかも確かめることなく、もったいないが捨ててしまった。それはそれで心残りになり、「もう一つ買って、日本に持って帰りたい」と言ったら、「もし飛行機の中で缶が破裂したら、いくら賠償金を請求されるか知らないよ」とマジ顔で言われて、しぶしぶあきらめた。
 後で調べてみたら、シュールストロミングはイワシの頭を取って身を発酵させた缶詰だった。缶の中ではずっと発酵が続いているので、気圧の違う飛行機の中で破裂するというのも、大げさな話ではないらしい。それはさておき、この食べ物を好きな人はこの臭さも気にならないというから驚きだ。でも、それほど食に対するこだわりがあるなら、食文化は発達しているはず。臭いがなくて美味しいものもあるのではないかと探してみた。

「ノーベル・ディナー」を満喫後、ジャズを聴く

ノーベル・ディナー2000年コース

 ストックホルムに戻り、市庁舎の中にあるレストラン「スタッドヒュス・シャラレン」に行くことにした。公共施設に入っているからといってあなどれない。ここは、かの有名なノーベル賞の表彰式の後に開かれる晩餐会を取り仕切る由緒正しきレストランでもある。メニューのなかには、毎年晩餐会で振舞われるのと同じ「ノーベル・ディナー」があるのだ。
 私は、2000年度ノーベル化学賞受賞者の白川英樹博士が召し上がったコースを選んでみた。前菜は魚介類のテリーヌ、メインディッシュは鴨の胸肉、デザートはアイスクリームとシャーベットで、晩餐会で使用されるのと同じ食器やグラスで優雅にサーブされる。このコースにはシャンパンとワインもついている。
 材料は吟味された新鮮なものばかりでやはり美味しかったが、正直言ってものすごく個性的な料理というわけではない。どこの国の、どんな信仰の受賞者にも味わってもらえるように気を遣いつつ、かつ美味しいというのが「ノーベル・ディナー」の最大のウリであり、シェフの腕の見せどころなのである。ノーベル賞受賞者は、晩餐会に自分のゲストを10数人呼べるらしい。いつかこの市庁舎の大ホールに招待してくれる天才の友人知人がいなかったかなとその顔を思い出しつつ、料理を味わった。

ストックホルムのジャズバンド

 腹ごなしにそぞろ歩く石畳の旧市街は、クリスマスの飾りつけがあちこちに施され華やかだ。一軒のジャズ・クラブに入った。北欧ではジャズが盛んだ。米国でジャズの人気に陰りが見えた60年代に、多くのミュージシャンが北欧に拠点を移したという歴史がある。店はにぎわっていたし、演奏していた人たちは有名ではなさそうだが、とても洗練されていた。
 ジャズは、スウェーデンの寒く長い夜に似合う。ジャズ・クラブのあちこちで揺れるキャンドルの灯りも暗闇をロマンチックに彩る。そういえば、「アイスホテル」の氷も夜の闇の中が最高に美しい。光と影。空が暗くなればなるほど輝きを増す氷の世界は、クールな神秘のベールに包まれている。

(敬称略、つづく)

宿泊案内:
Icehotel
Marknadsvägen 63/ 981/ 91, Jukkasjärvi, SWEDEN

問合せ:
Tel: (980) 66-800 Toll Free number within Sweden: 020-29 14 33
Fax: (980) 668-90
E-mail: info@icehotel.com
URL: http://www.icehotel.com/

宿泊料金:
Aurora house(3人用2ベッドルーム)・・オーロラ観測用天窓付き、朝食込み・SEK 2800 *1SEKは約15・521円(2004年12月15日現在)
“Kaamos” hotel rooms(ダブルルーム)朝食込み・SEK 2800

各種情報:
Icehotel /入場料(2004/2005)

AdultSEK 120 / person
Child (up to 12 years)SEK 60 / person
Senior citizens and studentsSEK 100 / person
Group exceeding 10 personsSEK 100 / person

その他のサービス

氷の彫刻クラスSEK 450 / person
ほかにも各種アクティビティーあり
サウナ (private use)SEK 2000 / 1-4 persons
伝統サウナSEK 1500 / 1-4 persons

アクセス:
ストックホルム・Arlanda空港 ― キルナ(Kiruna) 空路1時間半

キルナ空港 ― アイスホテル 17キロ
ストックホルム中央駅 ― キルナ 陸路16時間

アイスホテルから駅または空港への送迎あり・片道一人SEK100

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PROFILE

横井 弘海

東京都台東区生まれ。
青山学院女子短期大学卒業。国際英語学校通訳ガイド科修了。ヨーロッパに半年間遊学。テレビ東京パーソナリティ室所属後フリーとなる。「世界週報」(時事通信社)で「大使の食卓拝見」を連載。エジプト大統領夫人、オーストラリア首相夫人、アイスランド首相をはじめ、世界中のセレブと会見しインタビューを行っている。

主な著作:
『大使夫人』
(朝日選書)

大使夫人

ユッカスヤルビ(Jukkasjärvi)
キルナ(Kiruna)から約17キロ

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