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第17回 『純米酒を極める』『新世代日本酒が旨い』
10/03/15

若い世代がつくる日本酒の新たな時代

編集部 清水 有子

 日本酒好きの知人に「獺祭(だっさい)新酒の会」というイベントに誘われた。「獺祭」というのは、山口県岩国市にある旭酒造株式会社が造っている日本酒の銘柄で、この蔵では純米酒しか造らず、しかも、米を最高で23%に精米して醸すのだそうだ。一般的に日本酒は、精米すればするほど雑味のない澄んだ味になると言われていて、米の77%もの部分を削って、残りの23%だけで仕込むこの酒は、日本酒業界でもトップクラスの贅沢な造りの酒だという。
 知人によると、日本酒はこれまでの歴史のなかでかつてないほど品質が高く、全国各地の蔵が競い合うように個性的な酒を造っている「日本酒新時代」を迎えているのだという。これまでとくに興味をもって日本酒を飲んだことがなかったので、「新酒」「純米酒」「米を削る」と聞いてもピンとこない。よくわからないまま「新酒の会」へ出かけたが、そこで飲んだ日本酒は、これまで味わったことのないようなお酒で、はっとした。これが新時代の日本酒なのかと一気に興味がわいてきた。
 でも、そもそも、米を原料として造られる日本酒をどうしてわざわざ「純米酒」と呼ぶのだろうか?

  「純米」ではない日本酒?

 純米酒とはどういうお酒のことをいうのか。疑問を解くために、『純米酒を極める』(上原浩著、光文社新書、2002年)という新書を手にとってみた。著者の上原浩氏は、長年、鳥取県の工業試験場に勤務しながら日本酒造りの技術指導に尽力した、酒造界の生き字引的存在として知られた人だ(2006年逝去)。冒頭で「日本酒とは本来、米と水だけで造るべき酒」で、醸造用アルコールや糖類などを添加した酒を「日本酒」と呼ぶべきではないと断言する。現在、売られている日本酒には、アルコールなどを添加したものと、米と米麹だけで造られた純米酒がある。
 酒税法上では、日本酒は酒のなかで「清酒」とよばれ、「普通酒」と「特定名称酒」に分けられる。新時代の日本酒として注目されるのは、純米酒をはじめ以下の「特定名称酒」に分類されるものがほとんどだ。

特定名称 使用原料 精米歩合 こうじ米
吟醸酒 米、米こうじ、
醸造アルコール
60%以下 15%以上
大吟醸酒 米、米こうじ、醸造アルコール 50%以下 15%以上
純米酒 米、米こうじ 15%以上
純米吟醸酒 米、米こうじ 60%以下 15%以上
純米大吟醸酒 米、米こうじ 50%以下 15%以上
特別純米酒 米、米こうじ 60%以下又は特別な製造方法(要説明表示) 15%以上
本醸造酒 米、米こうじ、醸造アルコール 70%以下 15%以上
特別本醸造酒 米、米こうじ、 醸造アルコール 60%以下又は特別な製造方法(要説明表示) 15%以上
  国税庁ホームページより

「特定名称酒」以外のものは「普通酒」とよばれ、これらには米・米麹以外に、米・米麹の重量を超えない範囲で醸造アルコール、糖類、酸味料などが加えられている。しかし、もともとアルコールである日本酒に、どうして醸造アルコールを加える必要があるのだろうか。
 上原氏が「日本酒」と呼ぶべきではないとする、アルコール等を添加した酒が造られるようになった背景には、戦争の影響がある。第二次世界大戦中の昭和18(1943)年、米不足を補うため、日本酒に醸造アルコールが試験的に添加されるようになった。戦後も、あらゆる物資が不足するなかで、大衆がお酒を手に入れられるようにと酒造家は日本酒を量産しなければならなかった。また大切な税源として、少しでも多くの酒を造るよう国の指導があったために、苦肉の策として醸造アルコールを添加した酒を造った。上原氏も、戦後、やむを得ずアルコールを添加するよう指導したことがあったという。
 やがて高度成長期をむかえ、米が余るような時代になっても、安く簡単に酒造りができるため、酒造会社はアルコールを添加し続けた。さらに、大量の醸造アルコール添加によって酒の味が辛くなるのをごまかすため、糖類等も加えた三倍増醸清酒(アルコールと調味料を添加することで約3倍に増量されるためこう呼ばれる)が大手の酒造企業によって大量に造られるようになった。このような流れのなかで、米と米麹だけで造られる本来の日本酒は、一時期市場から姿を消してしまった。
 しかし、上原氏は「伝統に裏打ちされた技術も個性もない、大量に“アル添”した三倍増醸の酒ばかり出していたら、いずれ消費者に見放される」と危機感を抱き、米だけの良い酒を造っていこうと決心する。最初、大半の酒造家は聞く耳を持たなかったものの、昭和42(1967)年から鳥取県の一部の酒造家とともに、県内では戦後初のアルコール無添加酒の醸造をはじめる。このような動きは、良い酒を造ろうと志す酒造家の間に少しずつ広がり、1970年代半ばにおこった地酒ブームへとつながっていく。そして、1980年代のバブル景気のなか、ベタベタと甘い三倍増醸酒とは違った、フレッシュでフルーツのような香りがする吟醸酒の人気が高まり、小さな蔵が醸す日本酒が注目されるようになる。

  誠実な酒造りと日本の食の未来

 1990年代に入るとさらに、伝統的な酒造りの手法に最新の化学知識と技術が加わり、日本酒の質は格段に向上していく。ほんとうにおいしい酒を造ることに意欲的な酒造家は、その地方ならではの個性ある酒を目指し、原料である米を育てることから取り組む酒蔵もあらわれはじめた。
 日本酒造りでは、一般に私たちが日ごろ食べる米とは違う、酒造好適米という米がつかわれる。このなかのひとつ、山形県の鯉川酒造では、地元でとれた米と水をつかって酒を造りたいと、まだまだ三倍増醸酒が主流だった昭和56(1981)年、「あの米で造った酒はうまかった」と伝説のように語りつがれていた幻の米「亀の尾」の復活栽培をはじめた。「亀の尾」という米は、穂丈が高く育つため倒れやすく、化学肥料で育てると米がもろくなる。栽培に手間がかかるため敬遠され、半世紀近く絶滅していた。しかし、鯉川酒造の熱意によって地元の農家たちが動き、わずかに保存されていた種籾を少しずつ増やしていった。そして、4年かけてようやく酒が仕込めるだけの「亀の尾」を収穫し、念願の酒を造った。
 鯉川酒造のこの挑戦は各地の酒造家への意欲をかきたてた。自分たちも地元にしかない米と水をつかってどこにも負けない酒を造りたいと、米作りに関心をよせる蔵が増えてきた。鳥取県にある山根酒造では、絶滅していた酒米「強力」を復活させ、契約農家に栽培してもらっている。山根酒造のブログでは、農家をたびたび訪れ米作りについて熱心に語り合う様子が、田植えから刈入れまでの写真とともに綴られている。
 こうした活動が除々に知られるようになり、最近は、よりおいしい酒を造ろうと有機・無農薬米の栽培に取り組み、熱意をもって酒造りにむかう30代から40代の若い世代の酒造家が目立つようになった。

 若い世代がひらく新しい日本酒の世界!

 今年2010年1月24日刊の『新世代日本酒が旨い:いま飲むべき全国の36銘柄』(かざまりんぺい、角川SSC新書)では、日本酒の現代史を簡単に説明しながら、現在の日本酒がかつてない品質の高さへ至った道のりを説明しているが、そのなかで、昭和63(1988)年から青年コミック誌『モーニング』に連載をしていた漫画「夏子の酒」(尾瀬あきら著、講談社)が、若い世代の酒造家に与えた影響は大きいと指摘している。
 物語のなかで主人公・夏子は、酒造会社の跡取りである兄を亡くしたため、東京でのコピーライターの職を捨て実家へ戻ってくる。蔵を継ぐ決心をした夏子は、兄の夢であった幻の酒米を大変な苦労をしながら復活させ、数年後にはとうとう復活米での酒造りを果たす。尾瀬氏はその後も、2006~2009年まで『ビックコミックオリジナル』(小学館)で「蔵人」という、日系3世のクロードが祖先の酒蔵を再建する物語を連載していた。尾瀬氏の漫画に感動し蔵を継ぐ決心をした人や、都会でまったく別の業種の仕事をしていた30代~40代の若い世代が酒造家となり、今まさに日本酒の味や業界の慣行に新風を吹き込んでいるという。

18種類もの新酒をふるまう旭酒造のスタッフ

18種類もの新酒をふるまう旭酒造のスタッフ

「獺祭 新酒の会」の当日、会場となったホテルの宴会場に入ると、300人を超えると思われる人々であふれていた。旭酒造のウェブサイトのトップページには「酔うため、売るための酒ではなく、味わう酒を求めて」というコピーが掲げられている。効率化のためだけにむやみに機械化することなく、おいしい酒を造ることに真剣に取り組んだ結果として、現在では純米吟醸酒、純米大吟醸酒のみを仕込んでいるそうだ。
 伝統的な酒造りの体制としての、杜氏(とうじ:酒造りの総責任者)と蔵人(くらびと:杜氏の下で働くスタッフ)による酒造りではなく、平均年齢の若い社員たちが酒を造っているという。たしかに、会場の隅に控えている半被を着たスタッフには若い人たちが多く、なかには外国人もいた。社長の桜井博志氏によると、彼はフランスから研修に来ているのだという。
 桜井氏は「新酒の会」冒頭の挨拶で、「25年間、ひたすらおいしい酒を目指してようやく95点がつけられるような酒が造れるようになってきた。あと残りの5点に到達するために、これまで”神業”といわれてきた職人の勘の領域に、技術を数値化することで踏み込んでいきたい」と意欲的に語った。
 会場で、米を77%も削って造った「獺祭 磨き二割三分 純米大吟醸」を試飲してみると、口に含んだ瞬間に、華やかなフルーツのような香りがするではないか。米の旨味が感じられるのにすっきりと爽やかで、とてもきれいな味がした。そのほかの酒も、それぞれ味わいに個性があり、会場に用意された料理とあわせるとおいしさが増す。日本酒ってこんなにも楽しい飲み物だったのかと、これまでの無関心を恥じた。
 誠実な作り手が醸したおいしい日本酒を飲むことで、食の伝統を支え、農業や自然を少しでも守ることができ、なによりも食の楽しさが広がる。これまで日本酒に関心のなかった人や日本酒が嫌いだという人こそ、『純米酒を極める』『新世代日本酒が旨い』のなかで紹介されている、著者厳選のおすすめ銘柄を試してほしい。きっと、おいしくて楽しい日本酒の世界が目の前に広がるはずだ。

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