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MUSIC“風”のオススメ ジャンルを超え、名盤、新作の別なく、テーマにそって聴きたいCDやライブについての“音楽情報エッセイ
プレイング・フォー・チェンジ~音楽の楽しみと力を知る
10/11/15

編集部 川井 龍介

 さまざまなミュージシャンが、それぞれどこかの路上で、「スタンド・バイ・ミー」を歌い、それがつながってきこえる。そんなテレビCMを見た記憶はないだろうか。大和証券グループのCMなのだが、実は、これはPlaying for Change (プレイング・フォー・チェンジ、PFC)という音楽プロジェクトの一シーンだ。
 昨年、CD+DVDとしてリリースされ、話題を呼んだことはワールドミュージックやブルース・ファンなどの間ではよく知られていたようだし、いま話題沸騰のYouTube でも盛んに紹介されてきたので、こちらで味わった人も多いだろう。このプロジェクトに参加したミュージシャンたちによるライブも行われ、この11月中も全米でのライブツアーが続いている。
 このあたりの流れは、ライ・クーダーがプロデュースし、大きな話題となったキューバ音楽の「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」と似ている。しかし、さらにこのプロジェクトが広がりをもつのは、基金を設けてさまざまな地域のなかに芸術と音楽の学校を作ろうという目標などをもって、活動を永続させているところにある。

音楽で世界を結ぼう!

「SONGS AROUND THE WORLD~Playing for Change」
(ユニバーサル ミュージック)

 私は、遅まきながらこの「SONGS AROUND THE WORLD~Playing for Change」というCD+DVD(ユニバーサルミュージック)と、このプロジェクトが進行する過程を追った「PEACE THROUGH MUSIC~Playing for Change」というDVD(同)をじっくり観た。そして、改めて、音楽の楽しさ、素晴らしさに胸をうたれた。
 この作品を鑑賞すればわかる。ほんとうに、どこの国でも音楽に惚れ込んだミュージシャンという人たちは、思い思いのスタイルで歌うことを、演奏することを自然と楽しんでいる。売れる売れないとか意識する様子はないし、ショービジネスの演出もない。
 音楽業界がビジネスとして厳しい状況にあるなか、当たり前のことだが「いかに売るか」という姿勢ばかりが業界には目につく。先日、外資系の大手レコード会社の社長が自殺したという、こうしたこととの関係を推測させる惨事もあった。また、私の所には数ヵ月に一度は音楽業界で働く知人からの転職のメールが届く。
 音楽ビジネスが将来どうなるかと心配になる。が、少なくとも音楽自体がなくなることはないだろうし、その楽しみが失われることもない。売れる売れないよりまず、自分が表現したいようにし、人々に問いかける。そして共感を得れば音楽によって人がつながっていく。理想かも知れないが、そもそも音楽は最初は産業ではなかったのだから、こうした音楽表現の原点に還るような創造性がいままた求められているような気がする。
 出版でも同じだろう。売りたいもの、売れそうなものばかりを求めるあげく、つくりたいものが遠くなってしまう。PFCはつくりたいもの、つくるべきものをつくって、結果として商業的にも成功した。
 PFCに登場する人たちは、有名ミュージシャンもいるが、ほとんどがわれわれにとっては無名の人たちだ。が、そんなことは関係ない。南アフリカの集落、イスラエルのテル・アビブの広場、チベットの高原、アルゼンチン、北アイルランド、そしてアメリカのインディアン居留地など、世界のあちこちで実際に歌っているライブ音楽と映像からは音楽の魅力がほとばしる。
 このプロジェクトは、グラミー賞の受賞歴もあるアメリカのマーク・ジョンソンというプロデューサーでもあるエンジニアによって、いまや紛争や摩擦でぎくしゃくした世界を、音楽によって結ぼうというテーマのものとに2001年から開始され、その成果として生まれたのがCDでありDVDである。
 世界中を歩き回り、さまざまなミュージシャンに演奏してもらう。映像で見る限り、現場は、都会や田舎の違いはあっても、ほとんどが人々の暮らす路上やコミュニティーのなかである。そのライブ演奏を最新のモバイル技術をつかって収録して、ひとつの楽曲としてつなぎあわせ編集している。一見なんてことはないようだが、よく考えれば大変な作業だ。一人の楽曲を基本にして、多くのミュージシャンたちにそれと同じように、歌い、演奏をしてもらい、あとで全員が部分部分で参加したように編集されているという、手間と時間がとてつもなくかかった贅沢な作品でもある。

争いも文化も宗教も超えて

 そもそもプロジェクトのきっかけとなったのは、カリフォルニア海沿いのリゾート地、サンタモニカのストリート・ミュージシャンであるジョン・リドリーの歌う「スタンド・バイ・ミー」だという。ジョンソンは、リドリーの歌から世の中の流行廃りとは関係のない、音楽がもつ魅力の普遍性に気づいて、世界中への旅を始める。
 CDもDVDも1曲目は、ベン・E・キングがつくりジョン・レノンのカバーでも知られる「スタンド・バイ・ミー」からだ。レストランやブティックなどが並ぶおしゃれな通りで、座りながらギターを抱えて弾くリドリーがアレンジしたオリジナルのイントロからつづく「When the night ~」という掠れたボーカル。
 この彼の歌を世界中のミュージシャンが聴いて、これに合わせるかたちで思い思いのスタンド・バイ・ミーを歌い、奏でる。
 リドリーにつづいては、場面は変わってニューオリンズの町の片隅でグランパ・エリオットという年輪を重ねた渋いボーカル。そして今度はアムステルダムに移り、クラレンス・ベッカーのソウルフルな声となる。さらにアメリカのニューメキシコの砂漠のなかで先住民によるツイン・イーグル・ドラム・グループがシンプルにドラムを打ち鳴らす。
 それからトゥールーズ(フランス)、リオデジャネイロ、モスクワと場面はつぎつぎと移り変わり、ミュージシャンも、タンバリン、ウクレレ、チェロとそれぞれの持ち味を醸しだし参加する。こうしてプロジェクト全体を通して関わったミュージシャンは世界中で100人以上にのぼるという。場所も人も楽器も多種多彩だ。
 1曲目と同じように、CDでは全10曲、DVDでは全7曲が収録されている。音だけでも十分楽しめるが、やはり映像が加わっていると臨場感がぐっと増してくる。このなかで粋な計らいというか"サプライズ"は、大物アーティストが登場することだ。
 一つは、すでに亡くなって久しいレゲエの神様ボブ・マーリーで、彼のライブ映像が、2曲目の彼の曲「ワン・ラブ」のなかに出てくる。そしてもう一つは、社会的な問題意識の高いアーティストとしても知られるU2のボノが、3曲目の「ウォー/ノー・モア・トラブル」で絶唱するシーンだ。

「PEACE THROUGH MUSIC」
(ユニバーサル ミュージック クラシック)

 CD+DVDを観たら「PEACE THROUGH MUSIC」も是非おすすめしたい。このプロジェクトの制作過程をドキュメンタリーで描いたもので、音楽の魅力と意義をさらに考えさせる。ミュージシャンへのインタビューなどを通して、音楽と生活や地域、宗教との関係も垣間見ることができる。音楽が人を励まし、癒してくれることが、世界の各地での音楽のある風景とともに伝わってくる。
 北アイルランドのオマーという町で結成されたクワイヤ(聖歌隊)での若者たちの歌と指導者の言葉は特に印象に残った。宗教上の対立が長年続いてきたこの地では、1998年に大規模なテロがあり多くの死傷者を出した。
 これを教訓に作られたクワイヤでは、カトリックの子もプロテスタントの子も一緒にひとつの歌を合唱する。その姿に未来へ向けての希望を感じ、文化、宗教、社会的な背景はさまざまだが、音楽は地球上で共通した力をもっていることを痛感するばかりだ。争いを続ける人々は、こうした音楽ともっとも遠いところにいるのではないか。
 国や人を非難したり、されたりすることがつづいている。まだ、このプロジェクトに接していない人は是非ご覧いただきたい。

Playing for Changeの公式HP: http://www.playingforchange.com/

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