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うたごえは死なず、団塊恐るべし
10/10/15

編集部 川井 龍介

「うたごえ」あるいは「歌声」をご存じだろうか。ただの歌うときの声のことではない。ロシア民謡など、歌声喫茶といわれるところで歌われるような曲をみんなで合唱しようというレクリエーションが「歌声(うたごえ)」である(以下一部をのぞき「うたごえ」と表記)。
 ずいぶん昔に流行ったものじゃないか、と思われる人もいるだろうし、「なんですか、歌声喫茶って」という30代以下もいるだろう。だが、この「うたごえ」がいまもってというか、ここへ来て再び団塊の世代やそれより上の60年安保世代によって、全国各地で熱を帯びているという。
 歌声喫茶だけでなく、臨時に会場を設けて大勢が集まりひたすら歌う。定年退職を迎えて、団塊の世代に時間的なゆとりがでてきたことがこうした動きを後押ししているようだが、さきごろこの種のイベントに出席する機会があったので、ぜひこの場を借りて知る人ぞ知るうたごえの世界の一端をご報告したい。
 いつからか多くの日本人が、カラオケという、一人がマイクを握って機械的なバック・ミュージックに合わせて歌うことに慣れきってしまった。それに対して大人数で、生楽器の伴奏にあわせて一気に歌いあげるといううたごえのパフォーマンスは、なにやら日本人に忘れていた団結を思い出させる。

西津軽の小さな町にぞくぞくと集合

日本海沿いを走る五能線

 前置きが長くなった。10月10日、場所は青森県の日本海側に位置する、西津軽郡深浦町。東には世界遺産の白神山地を抱え、南は秋田県境に接するこの町の海岸沿いには、鉄道ファンなら知らない人はいないJR五能線が走り、変化に富んだ海岸線から眺める夕陽には定評がある。
 その海沿いにあるこぢんまりとした深浦観光ホテルの宴会場で、この日の夕方「深浦のうたごえ」という集いが開かれることになった。開会の午後5時を前に、3時ごろには各地から三々五々うたごえファンが、マイカーであるいは大型の観光バスをしたてて日本海を見下ろすこのホテルに集まってきた。その数は最終的に約190人。
 といっても、この深浦は簡単に来られるようなところではない。なにしろ、青森空港からでもレンタカーで2時間半はかかる。それでもほとんどの参加者は、首都圏をはじめ仙台、秋田など県外からはるばる歌うためにやってきた。
 首都圏からの一行は、前日仙台に集合して、現地の歌声喫茶バラライカで"ひと歌い"してきてから貸し切りバスに乗り換え、道中さらに歌いつづけてきたというから、うたごえのはしごである。なかにはバイクで横浜からやってきたという男性も。ほとんどが見たところ団塊の世代と60年安保世代のようだ。
 今年で8回目を迎える「深浦のうたごえ」は、地元のうたごえ愛好家で、「サークルおけら」をつくってきた佐藤英文さんと英子さん夫妻が主催者として毎年開催してきた。 参加者数は年々増え、同町の吉田満町長も「夫婦で毎年これだけの人を集められるのは、ちょっとした町おこしになるくらいで、すごいことだ」と、感心するほどだ。英文さんは、地元にある県立深浦高校(現在、木造高校深浦校舎)で理科の教師を長年つとめたのちに退職。一方の英子さんは、地元の保育園で、これもまた長年、子供たちの保育に関わってきたがすでに退職した。高校野球ファンなら記憶にあるだろうが、同校は1998年の夏の甲子園の青森県大会で「122対0」という前代未聞の大敗を喫したことでも知られる。
 団塊の世代の夫妻は、いまでは、海を見下ろす丘の上に建つ自宅で、リタイヤ後の暮らしを送っている。ともに約40年の"うたごえ"歴をもち、全国各地のうたごえのイベントにも参加、うたごえ仲間とのつきあいも広い。この趣味の活動のなかで、「深浦でもうたごえのイベントをやってみたらどうか」と、仲間に勧められ、開いたのが始まりだった。

いきなりトップギアで会場は大盛りあがり!

 この日は、うたごえのお客さんでホテルは貸し切り状態。長方形の宴会場で、横に長いところの中央がステージとなって、マイクが立ち音響関係の装置がセットされた。それに並んで、横一線にキーボード、アコーディオン、ギター、ウッドベースといった歌の伴奏をするスタッフが顔をそろえる。この世界ではなじみの顔ぶれのようだ。
 そのなかの一人で歌声喫茶の司会のプロでもある、森のフクロウこと、金谷守晶さんがこの日の司会を担当、ロシアの民族衣装らしき上着に身を包み、だじゃれ混じりのトークで会がはじまった。
 円形のテーブルに分かれて座った参加者は、司会者の話もそっちのけで、まだおしゃべりをしている。しかし、空気が一変したのはその次だった。司会が「では、○○○○のカチューシャ」と、最初に歌う曲の番号と名前をつげると、伴奏がはじまった。ステージの左右に置かれたスクリーンにはプロジェクターに映し出された、歌のリストが見える。
 曲名をクリックすると、すぐに歌詞が現れる。それとは別にテーブルの上には歌集がいくつも置かれている。
 イントロとともにしっかりした手拍子がなる。そして見事なくらい一斉に、「♪リーンゴーの花ほころび~」と、大合唱がはじまった。それまでのおしゃべりはどこへいったのだろう。まるで条件反射的に怒濤のような歌声がつづく。なんだよこのパワーは。自動車でいえば、いきなり高速回転のトップギアでの走行だ。
「♪君なーき里にーも~」というあたりでは、タコメーターが振り切るくらいの回転数か。この盛り上がる有名なロシアの歌が終わると、「せっかくですから」という司会の声におされて、ロシアの名曲「トロイカ」へ。「♪はしーれ、トロイカ 軽やかに~」と、盛り上がりは頂点に達した。大きな口を開けて発する自信に満ちた歌声。このあとは、少しトーンを落として、同じくロシアの歌で「ともしび」でしっとり声をあわせる。さらに、だめ押し的に「ウラルのぐみの木」という、題名からしてわかるロシアの歌が登場。こうしてロシアの歌四連発でオープニングは終わった。どうしてこんなにロシアなのか。
 そんなことを考えている間もなく、間髪入れずに歌が変わる。「里の秋」といった童謡が登場したり、歌謡曲のなかから山口百恵が歌った「秋桜」も。また、沖縄の新しい民謡とも言える「芭蕉布」など、ジャンルを超えて声を合わせるのに相応しい曲は聴きごたえがある。
 会場からのリクエストもどんどん届けられ、リクエストの主をはじめ歌いたい人が、その都度入れ替わりで、積極的に前に出てマイクを握る。自主的主役入れ替え制だ。

「うたごえ運動」から歌声喫茶を経てうたごえへ

 この日のホテルでの集まりは、最初の3時間はアルコール抜きの合唱大会で、3部構成になっている。第1部、3部はひたすらみんなで歌い、第2部は、うたごえの世界では有名なヤギさんこと、青柳常夫さんによる歌と語りのミニコンサート。本格派の歌手である青柳さんは、新宿の有名な歌声喫茶「灯(ともしび)」で長年、歌唱指導者並びに司会をつとめてきた、うたごえの生き字引的存在だ。青柳さんと彼の目を通したうたごえの世界については、『歌声喫茶「灯」の青春』(丸山明日香著、集英社新書)で紹介されている。
 ここで、うたごえそのものについて、歴史を振り返ってみたい。先月出版されたばかりの『歌う国民-唱歌、校歌、うたごえ』(渡辺裕著、中公新書が、うたごえ運動とうたごえについてまとめている。それによると、うたごえ運動は、第二次大戦後に、労働組合などを母体として作られた合唱団による合唱祭の開催などによって展開された組織的な運動で、日本共産党などの左翼勢力と密接に結びついて、政策的に推進されてきた。
 しかし、のちに社会性や政治色をともなったうたごえ運動の流れを汲みながらも、これらに必ずしもとらわれず、自己表現として歌うことそのものを楽しみとする動きがでてきた。その象徴が50年代半ばに生まれた歌声喫茶で、ここを拠点としてうたごえは、幅広い層に受け入れられ発展してきた。深浦の集まりも、この歌声喫茶から生まれた広義のうたごえ愛好家の集まりだった。

 青柳さんのコンサートに戻ろう。ジョークとしゃれた話を交えてのステージは、大いに参加者を沸かせた。ソロならではのシャンソンやアメリカンフォークも披露された。この後休憩を挟み、3部に移り再び会場全体での合唱になった。

連帯して歌う参加者たち(中央が佐藤夫妻)

 ここからは、主催者の佐藤さんが司会で登場、作務衣を着て口ひげを生やした佐藤さんは、ちょっととぼけた独特の雰囲気でこれも笑いを誘いながら、リクエストをもとに合唱をもり立てていった。
 また、地元青森県の弘前をはじめ秋田、仙台、東京といったように、グループ別に前に出てきて得意の歌を披露する。といってもだれが歌っても常に全体合唱になる。童謡「村祭り」や合唱の定番「山小屋の灯」や昨今流行った「千の風になって」を歌う。
 歌によっては、どうやらおきまりの振り付けがあるようで、みんなが一斉に歌いながら体を動かす。70年代にテレビでよく見たスクールメイツを思い出す。そのうち、マイクの前に立った男性が「レッツ・ゴー青春!」と叫んだ。
 なんだか、すごいことになってきた。団塊の世代より一回り若い私にはあまり聴いたことがない、軽快な歌がはじまった。あとでこれが「青春」といううたごえの世界では有名な歌だと知った。それで、レッツ・ゴーなのか。森田公一とトップギャランの「青春時代」の元祖のようなこの歌とともに、座っていた人が立ち上がり、歌詞に合わせて腕を振り上げたりと、見事としかいいようのない統一感と力強さを見せる。

『歌う国民 : 唱歌、校歌、うたごえ』 (渡辺裕著、中公新書)
力強い振りのついた歌も。
 以前、都内のカントリーミュージックのライブハウスで、本場の音楽に合わせて、ジーンズとワークシャツ姿の年配のカントリーファンがおそろいのステップを踏んでいたのを思い出した。民謡や沖縄音楽だけではない、ここにもファンだけが知るステップがあった。
 こうした盛り上がりのなかで、8時過ぎに前半はひとまず終了。そしてしばらくして、今度はアルコールつきの交流会という名のうたごえがさらに続いた。
時間は刻々と過ぎ、どうだろう、もっとも歌い続けている人で、前日から延べ10時間くらいは声を出し続けているのではないか。歌集がある限り、エンドレスなうたごえの力は絶えることなく、およそ午後11時まで、海沿いの宿に反響した。
 この世代だけが守り続けるのか、それとも若い世代が引き継ぐのかわからないが、この勢いを見る限り「うたごえは不滅、団塊パワーは恐るべし」である。
>> うたごえサークル「おけら」
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