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新刊月並み寸評

毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

2009年9月刊行から 菊地 武顕

09/10/15

"身近な疑問を大切にする"新シリーズに期待!!

 またまた新書の新しい仲間が誕生した。PHP研究所がふたつめのシリーズを創刊したのだ。その名は「PHPサイエンス・ワールド新書」。奥付は10月2日だが、実質9月25日に創刊された。なんと、理系の新書シリーズである。「発刊にあたって」にはこのように書かれている。
〈「なぜだろう?」「どうしてだろう?」――科学する心は、子どもが持つような素朴な疑問から始まります。(略)内なる「私」の好奇心を、再び取り戻し、大切に育んでいきたい――。PHPサイエンス・ワールド新書は、「『私』から始まる科学の世界へ」をコンセプトに、身近な「なぜ」「なに」を大事にし、魅惑的なサイエンスの知の世界への旅立ちをお手伝いするシリーズです。「文系」「理系」という学問の壁を飛び越え、あくなき好奇心と探求心で、いざ、冒険の船出へ〉
 教養新書として、大いに期待を持てるではないか。その栄えある第1回刊行本は、以下の5冊。
『あなたにもわかる相対性理論』(茂木健一郎著)、『数学が歩いてきた道』(志賀浩二著)、『環境を知るとはどういうことか/流域思考のすすめ』(養老孟司、岸由二著)、『寿命はどこまで延ばせるか?』(池田清彦著)、『なぜ飼い犬に手をかまれるのか/動物たちの言い分』(日高敏隆著)。
 先輩のPHP新書は最近、ビジネスマン向けハウツー本の比率がますます高くなってきた。両者はずいぶん異なる道を歩むようだ。

目立つハウツー本 コミュニケーションから就活、受験まで

 さて、9月刊行新書を概観していこう。
 目立つのが「コミュニケーション」に関する本。
『対話力』(樋口裕一、久垣啓一談・著、中公ラクレ)は、それぞれ「小論文の神様」、「図解教の教祖」と称される2人の幼なじみの対談。2人は共に多摩大学で教鞭を執っているが、そこでは若者に対話力をつけさせることに尽力しているという。対談後に樋口氏が記す〈恥やプライドとは、つまり過去の自分に対するこだわりでしかありません。それを捨てれば人間はかなり変わることができます。(略)対話力がない、仕事がうまくいかないと悩んでいる人は、恥を捨て過去の自分を捨ててみてはどうでしょう。人間は変わることができるのです〉という結論には思わず納得した。
『やる気を引き出す会話のマジック/NLPコミュニケーション入門』(千葉英介著、朝日新書)は、ページの半分が漫画! 朝日新書らしい(と敢えて言いたい)中身の薄い本。
 前述のようにハウツー本が得意なPHP新書からは、このテーマで2冊の本が出ている。『"口ベタ"でもうまく伝わる話し方』(永崎一則著)では、話下手の人が聴かせる話をするためのノウハウを伝授する。『「ホンネ」を引き出す質問力』(堀公俊著)は、上司と部下とのコミュニケーションを円滑にして課題を共有するべく、自然に本音で語り合うことの大切さとその方法を説く。
 他にも9月には、ノウハウものの本が多く出ている。
「キャリアプラン」に関するものが2冊。『就活って何だ/人事部長から学生へ』(森健著、文春新書)は、JR東海、全日本空輸、三井物産など15社の採用責任者が、本当に欲しい人材、仕事とは何かを本気で語った書。『アカデミア・サバイバル/「高学歴ワーキングプア」から抜け出す』(水月昭道著、中公ラクレ)は、博士号取得者が大学で教鞭を執るための術を記す。
「受験」についても、『「反貧困」の勉強法/受験勉強は人生の基礎学力』(和田英樹著、講談社+α新書)、『中学受験SAPIXの授業/有名塾では何を教えているのか?』(杉山由美子著、学研新書)という本が出ている。加えて『東大合格高校盛衰史/60年間のランキングを分析する』(小林哲夫著、光文社新書)は、受験に興味関心の強い親の世代向けの資料集というべきか。
「ダイエット」本も、『書くだけで30㎏やせました』(大橋健著、宝島新書)、『モーニングカレーダイエットは「リバウンド」知らず』(丁宗鉄著、講談社+α新書)という2冊が出た。

プライドが若者の成長を阻んでいる!?

 一方、教養新書らしい本の中で目についたのは、「長寿・老化」を論じた本だ。敬老の日のタイミングでの刊行だったのだろう。
『長寿を科学する』(祖父江逸郎著、岩波新書)は、加齢による脳や身体機能の変化や長寿の要件など、最新の長寿科学の成果を述べる。そのうえでQOLをはじめ、長寿社会のありようを考察する。
寿命はどこまで延ばせるか?』(池田清彦著、PHPサイエンス・ワールド新書)も、生物学的な視点から長寿や老化を解説。がん細胞の増殖・転移あるいはがん遺伝子の働きを止める可能性を探ったり、活性酸素の制御や細胞内のゴミの除去で老化を防ぐ方策を練るなど、長寿の可能性を追求。その一方で、平均寿命があと20年伸びた社会のシミュレーションもユーモラスに試みる。
 興味深く読めるのが、「インフルエンザ」に関する書籍。
インフルエンザパンデミック/新型ウイルスの謎に迫る』(河岡義裕、堀本研子著、ブルーバックス)は、ロベルト・コッホ賞を受賞したインフルエンザの世界的権威・河岡氏の考え・意向を、彼の研究室で働く堀本氏がまとめ上げたもの。大流行も予想される今冬に備え、是非とも読んでおきたい本だ。
新型インフルエンザはなぜ恐ろしいのか』(押谷仁、虫明英樹談、生活人新書)は対談集。世界保健機関で長年新型インフルエンザ対策を練ってきた東北大学の教授と、NHKで取材を進めてきた記者が、現状と今後の対策を語る。
「うつ病」についても2冊の本が出た。
『うつ病の脳科学/精神科医療の未来を切り拓く』(加藤忠史著、幻冬舎新書)の著者は、これまでも脳と精神疾患に関する本を上梓してきた精神科医・脳科学研究者。鬱には脳の病変や遺伝子が関係するなど、鬱と脳との研究の成果を示し、今後日本が取るべき道を探っていく。
 もう1冊、『若者の「うつ」/「新型うつ病」とは何か』(傳田健三著、ちくまプリマー)は、医学的には定義されていないものの、近年注目を集めている新型うつ病について記す。この鬱病は主に若い人が罹り、「仕事中はうつなのに、休暇中は元気はつらつ」「自分を責めることなく、他人のせいにする」という負のイメージが強い。それに対し著者は、その本態を検討し誤解や偏見を持たれた社会的背景を探ってみる。そのうえであとがきで〈今までの治療法に加えて、対処行動を訓練し、適応の仕方をアドバイスし、コミュニケーションの方法を身につけるような、リハビリテーションを通して学び育てていく対応が必要なのではないかと思ったのです。「新型うつ病」の人たちも、自分が置かれた現状を正直に認めて、プライドをかなぐり捨てて、このようなリハビリテーション・プログラムに参加できるようになれば、治癒への道筋が見えてくるのではないでしょうか〉と結論づけている。
 先述の『対話力』と同じで、「プライド」という言葉が結論部分に出てくる。それも、否定的な意味合いで。プライドこそが、今の若者を蝕んでいる根元なのかもしれない。
 7月、8月と連続で、「新書マップ」における新設テーマについて記した。今回も、9月刊行新書を受けて、新たなテーマを設けることが決まったので、以下報告しておきたい(テーマ名はいずれも仮称)。
シベリア抑留/未完の悲劇』(栗原俊雄著、岩波新書)の刊行を受けて「シベリア抑留」。『検察の正義』(郷原信郎著、ちくま新書)を受けて「検察」。『日本の山と高山植物』(小泉武栄著、平凡社新書)が出たことで「高山植物」。『実践・老荘思想入門/一喜一憂しない生き方』(守屋洋著、角川SSC 新書)により「老子・荘子」。『あなたにもわかる相対性理論』(茂木健一郎著、PHPサイエンス・ワールド新書)で「アインシュタイン」を。
 新たな新書シリーズが出た。また、次々にテーマの新設が必要なほどに刊行本が多様化してきた。下半期の新書界はどうなっていくのだろう。

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PROFILE

菊地 武顕

雑誌記者・編集者
 1962年宮城県生まれ。明治大学法学部卒業。86年1月から、 「Emma」(当時は隔週刊。後に週刊化)にて記者活動を始め る。以後、「女性自身」、「週刊文春」と、もっぱら週刊誌で働 き、近年は映画、健康、食(レストラン・取り寄せ情報)を中心に 取材、執筆。
 現在はグラビアを担当。記者として誇れることは「病欠ゼロ」だけ。

数学が歩いてきた道

数学が歩いてきた道
志賀浩二著
(PHPサイエンス・ワールド新書)

環境を知るとはどういうことか/流域思考のすすめ

環境を知るとはどういうことか/流域思考のすすめ
養老孟司、岸由二著
(PHPサイエンス・ワールド新書)

寿命はどこまで延ばせるか?

寿命はどこまで延ばせるか?
池田清彦著
(PHPサイエンス・ワールド新書)

「ホンネ」を引き出す質問力

「ホンネ」を引き出す質問力
堀公俊著
(PHP新書)

アカデミア・サバイバル/「高学歴ワーキングプア」から抜け出す

アカデミア・サバイバル/「高学歴ワーキングプア」から抜け出す
水月昭道著
(中公ラクレ)

中学受験SAPIXの授業/有名塾では何を教えているのか?

中学受験SAPIXの授業/有名塾では何を教えているのか?
杉山由美子著
(学研新書)

インフルエンザパンデミック/新型ウイルスの謎に迫る

インフルエンザパンデミック/新型ウイルスの謎に迫る
押谷仁、虫明英樹談
(生活人新書)

新型インフルエンザはなぜ恐ろしいのか

新型インフルエンザはなぜ恐ろしいのか
軸丸靖子著
(ちくま新書)

シベリア抑留/未完の悲劇

シベリア抑留/未完の悲劇
栗原俊雄著
(岩波新書)

日本の山と高山植物

日本の山と高山植物
小泉武栄著
(平凡社新書)

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