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新刊月並み寸評

毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

2007年2月刊行から 菊地 武顕

07/03/15

新聞社の“取材力”を生かした『亡食の時代』

  昨年、2006年は「ソフトバンク新書」、「朝日新書」、「幻冬舎新書」といった新たな大型新書シリーズの創刊が相次いだ。その流れは今年も変わらないようで、2月にも新書の新しい仲間が増えた。ディスカヴァー・トゥエンティワン社から「ディスカヴァー携書」が、扶桑社から「扶桑社新書」(奥付は3月1日)が刊行されたのだ。
  恒例通り、書名と著者名を列記する。
「ディスカヴァー携書」の創刊本は、『水はなんにも知らないよ』(左巻健男著)、『なぜ日本にはいい男がいないのか? 21の理由』(森川友義著)、『嶋浩一郎のアイディアのつくり方』(嶋浩一郎著)の3点。科学検証ものというべき『水はなんにも知らないよ』は、ベストセラーとなった『水は答えを知っている』(江本勝著、サンマーク出版)の偽りを指摘するなど、多分に攻撃的な本である。こうした検証はこれまで主に週刊誌が担っていたテイストであり、新書ではあまり例がない。同シリーズがこれからもこのような本を出版するかどうかは分からないが、新書の可能性を広げるものでもあり歓迎したい。
  一方の「扶桑社新書」は、『だめんず症候群』(倉田真由美著)、『スキミング/知らないうちに預金が抜き盗られる』(松村喜秀著)、『偽装国家/日本を覆う利権談合共産主義』(勝谷誠彦著)、『亡食の時代』(産経新聞「食」取材班著)、『カンニング竹山と考える 大阪人はなぜ振り込め詐欺に引っかからないのか』(竹山隆範著)、『親より稼ぐネオニート/「脱・雇用」時代の若者たち』(今一生著)、『「脱・談合知事」田中康夫』(チームニッポン特命取材班著、田中康夫監修)と、一気に7冊も出た。同社刊行の週刊誌『SPA!』の人脈を生かした執筆陣が目立つ。
亡食の時代』は、7人の記者から成る取材班が昨年1月から11月まで産経新聞に掲載した特別企画に加筆した力作ルポ。朝ご飯はガム――こんな驚愕の新事実が、なんと教育現場では常識になりつつあるという。扶桑社は産経新聞との関係を生かして、新聞の機動力を駆使したレポートをどんどん新書の場に出して欲しいと思う。

定年後80000時間の余暇を充実させるには

  では改めて、2月刊行新書(奥付が3月1日のPHP新書を含む)の傾向を見ていこう。
  とにかく目に付くのが、「中高年」の生き方に関する本。特に、定年退職する団塊世代に向けた本が多い。今春、大量に職を離れる彼らは、新書界のいいターゲットになることだろう。
  まずは『定年後/豊かに生きるための知恵』(加藤仁著、岩波新書)。これまで25年間に亘って3000人以上の退職者に長時間インタビューをしてきた著者が、仕事の創造、家族や地域社会との関わりなど豊かに生きるための具体例を紹介する。著者は、ひとつ面白い計算をしてみせている。20歳から働き始めて60歳で定年を迎えたとすると、それまでの労働時間の総計は、2000時間(年間労働時間)×40年間= 80000時間。一方、定年後の余暇はというと、11時間(1日の余暇時間)× 365日×20年間(80歳まで生きるとして)= 80300時間。汗水たらして働いてきた時間と同じだけの時間が、定年後に余暇として使えるのだ。これを充実させない手はない。
  たっぷり時間のある人々に、癒しの旅を勧める本が2冊。『これがほんまの四国遍路』(大野正義著、講談社現代新書)は、定年退職後に四国遍路9回を始め、西国三十三カ所、熊野、長崎二十六聖人巡礼などを重ねた著者による、「現代人の心の再生装置」としての遍路論。『夫婦で行く豪華寝台列車の旅』(川島令三著、角川oneテーマ21)は、チケットの買い方から列車内での楽しみ方まで、初めて利用する人に向けたガイドブックだ。
「現役年齢」をのばす技術』(和田秀樹著、PHP新書)の著者は多くの分野の本を次々に出しているが、専門は老年精神医学。その専門知識を生かして、働き方や遊び方を工夫して「現役年齢」を延ばす方法を説く。「現役」という言葉をタイトルに入れている本は、もう1冊ある。『「70歳生涯現役」私の習慣』(東畑朝子著、講談社+α新書)は、現在75歳の医学博士が、高齢でありながらも健康であるための策を食事や運動の観点から授けるものだ。
  たしかにいくら時間があっても、健康な心と身体がなければ余生は楽しめない。必ずしも定年後の人々に向けた本ではないが、「健康法」を提案する本も2冊。『奇跡のホルモン「アディポネクチン」/メタボリックシンドローム、がんも撃退する』(岡部正著、講談社+α新書)は、テレビ番組「午後は○○おもいッきりテレビ」でお馴染みの医師が、脂肪細胞から分泌されるホルモンについて説明。『心もからだも「冷え」が万病のもと』(川嶋朗著、集英社新書)は「冷え」をキーワードに、病んだ現代人を解説。メタボリック症候群、がん、不妊、ED、非行に走ったりキレやすい少年……こうした諸々を、身体を温めることで解決していこうと主張する。

川島隆太教授の“脳を鍛える”ための新書

  他には時節柄か、「受験」を取り上げた本も2冊出ている。どちらも中学受験に関するもので、受験生を持つ親へのメッセージだ。『中学受験/わが子をつぶす親、伸ばす親』(辻太一朗著、生活人新書)は、ノウハウ書。「私立中学に進学させないと、落ちこぼれる」という強迫観念に囚われてしまっている親が多い。その焦りが子供に過度のストレスを与え親子関係を壊してしまったり、受験勉強さえやればいいと子供を過保護に育てたために性格が歪む――。そんな実態を踏まえた上で、我が子を伸ばすための中学受験ガイドだ。『父と子の中学受験ゲーム』(高橋秀樹著、朝日新書)は、著者とその息子との二人三脚の中学受験騒動記。
  それにしても……。NHK(生活人新書は日本放送出版協会が刊行)と朝日新聞という日本の2大メディアが、中学受験に邁進する親を肯定的に捉えて、彼らに向けた本を出したわけだ。放送と新聞という“本体”ではなかなか見せない本音を、新書で見せてくれたような気がする。実に興味深い。
  さて「脳」に関する本は、前の月にも紹介したが、2月にも3冊出たので触れておこう。とはいえ1月に出た「脳」本が、脳とは何か、脳と進化の関係はどうなのか、といったアカデミックな内容だったのに対し、2月刊行の「脳」本は、いかにして脳をうまく使うかといった実用書的なものである。
  大人の脳を鍛えるためのドリルを開発して「脳トレ」ブームを巻き起こした東北大学教授による『現代人のための脳鍛錬』(川島隆太著、文春新書)。今回は、子供からビジネスマン、さらには老人まであらゆる世代に向けた脳の鍛錬法を記す。『脳は直感している』(佐々木正悟著、祥伝社新書)の著者によれば、脳は本人が自覚できない情報を直接感じ取り(直感し)、指令を出しているという。この「直感」を最新の脳科学から分析し、鍛え方を提案する。『脳トレ体操』(野沢秀雄著、角川oneテーマ21)は、これまで身体のトレーニングに関する書を多く出してきた著者が、脳も身体の一部だとしてそのトレーニング法を提唱する。
  以上が2月刊行本の中で多かったテーマである。それとは別に、気になる本があるので触れておきたい。当サイト「風」の「Series」欄で丸島和洋氏は「創られた“軍師”山本勘助」を執筆している。同様の視点で、誤ったままに常識となってしまった歴史上のエピソードを集めた本が出た。『戦国時代の大誤解』(鈴木眞哉著、PHP新書)で著者は、桶狭間の奇襲、武田騎馬軍団、火縄銃による鉄砲隊などに異を唱える。
  定説とは異なる「真実」を記す書が続々出れば、新書市場はますます活況を呈するに違いない。

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PROFILE

菊地 武顕

雑誌記者
1962年宮城県生まれ。明治大学法学部卒業。86年1月から、「Emma」(当時は隔週刊。後に週刊化)にて記者活動を始める。以後、「女性自身」、「週刊文春」と、もっぱら週刊誌で働き、近年は映画、健康を中心に取材、執筆。
現在はグラビアを担当。記者として誇れることは「病欠ゼロ」だけ。

水はなんにも知らないよ

水はなんにも知らないよ
左巻健男著
(ディスカバー携書)

亡食の時代

亡食の時代
産経新聞「食」取材班編
(扶桑社新書)

定年後/豊かに生きるための知恵

定年後/豊かに生きるための知恵
加藤仁著
(岩波新書)

これがほんまの四国遍路

これがほんまの四国遍路
大野正義著
(講談社現代新書)

「現役年齢」をのばす技術

「現役年齢」をのばす技術
和田秀樹著
(PHP新書)

奇跡のホルモン「アディポネクチン」/メタボリックシンドローム、がんも撃退する!

『"奇跡のホルモン「アディポネクチン」/メタボリックシンドローム、がんも撃退する!"』
岡部正著
(講談社+α新書)

中学受験/わが子をつぶす親、伸ばす親

"中学受験/わが子をつぶす親、伸ばす親"
安田理著
(生活人新書)

現代人のための脳鍛錬

現代人のための脳鍛錬
川島隆太著
(文春新書)

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