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新刊月並み寸評

毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

2006年11月刊行から 菊地 武顕

06/12/25

 10月に朝日新書が創刊されたのに続き、11月にも新たな新書シリーズ・幻冬舎新書が誕生した。しかし前々から入念な広告等で告知を打ってきた朝日新書とは異なり、こちらは刊行日の30日になって初めて、その存在が知られることとなった。しかも、なんと17冊も一気に刊行されたということに驚かされる。これからは毎月ではなく、隔月で出されるという。また幻冬舎社内に新書編集部は特に設けられないなど、他の多くの新書とは異なる性格を持っているだけに、今後に注目したいものだ。本来なら新創刊新書シリーズ刊行全書の書名・筆者名を冒頭で紹介するところだが、刊行点数があまりにも膨大なために、最後にまとめて記すことにする。

「格差社会」問題―安倍総理には届いているか?

 では、過去最多の本が出た11月刊行新書の傾向を見ていこう。
 まずは、またまた「格差社会」。「下流」という言葉を流行らせた著者が、再び挑んだ『難民世代/団塊ジュニア下流化白書』(三浦展著、生活人新書)。団塊ジュニアは第二次ベビーブーム世代であり、その数は多く、全国に1000万人もいる。そのうちなんと、未婚男女は377 万人、非正規雇用者は 164万人。そんな彼らの実態をレポートする。もう1冊、『ワーキングプア/いくら働いても報われない時代が来る』(門倉貴史著、宝島新書)はその書名通り、わずかの見返りしか得られない労働者の生活に迫る。働いているにもかかわらず年収が 200万円未満の「ワーキングプア」層は 550万人(全労働者の25%)もいる。ちなみに東京都内で家族3人(夫33歳、妻29歳、子供4歳)で暮らす家庭の場合、生活保護を受けられる家庭の年収基準もまた 200万円未満である。つまり労働者4人に1人は、生活保護世帯と同じレベルの年収しか得られていないことになる。
 当欄では3ヶ月連続で、「格差社会」を取り上げた新書を紹介することになった。これが、新書界において最も時事的なテーマなのだろう。奇しくも安倍晋三政権誕生直後に、「格差社会」が大変な問題として提起され出した。こうした庶民の実態は、岸信介の孫であり安倍晋太郎の子という良血宰相の耳に届いているのだろうか。
 前月に触れた話題といえば、もう1テーマ。いよいよ「武田信玄」本が本格的に刊行されだした。
信玄の戦略/組織、合戦、領国経営』(柴辻俊六著、中公新書)は、信玄が信濃・駿河・遠江と領国拡大できた背景にある組織運営や経営の妙を分析。そのうえで西上作戦について記す。それに対し『武田信玄の古戦場をゆく/なぜ武田軍団は北へ向かったのか?』(安部龍太郎著、集英社新書)の著者は古戦場を訪ね歩きながら、信玄が西上せず北進を目指した理由を探る。
 いずれにせよ「最強」と謳われながらも、天下を取ることなく倒れた信玄。なぜ彼が地方の強豪のままで終わってしまったのかを考えるのが『信玄の戦争/戦略論『孫子』の功罪』(海上知明著、ベスト新書)。信玄が用いた孫子の兵法の限界こそが、彼を天下取りに失敗させたという。「武田信玄」本の刊行は、もちろん07年の大河ドラマを見据えてのことだ。10月、11月で4冊も出たわけで、2年前の「源義経」本以来の人気テーマとなりそうな勢いである。
  前の月とだぶるテーマは、このふたつくらいだろうか。11月には、最近あまり出版されていないテーマを取り上げた本が目立つ。

「体」も「心」も健康でいたい!!

 まずは「老い」。『老いるということ』(黒井千次著、講談社現代新書)は、70代となった作家によるエッセイ集(NHKラジオ第二放送での講座が土台)。『生涯現役』(吉本隆明著、今野哲男編、新書y)は、知の巨人が、老いとどう対峙するべきかを語ったもので、親鸞やマルクスの思考からの考察も含まれている。
「健康」の観点から「老い」の問題に迫るのが『ぼけとアルツハイマー/生活習慣病だから予防できる』(大友英一著、平凡社新書)。ぼけを生活習慣病と捉えたうえで、予防ポイントを指摘する。同様に健康と老いについてなら、『自由訳・養生訓』(貝原益軒著、工藤美代子訳・解説、新書y)が面白い。とかく「接して漏らさず」ばかりが有名となってしまった古典啓蒙書の現代語訳。「気」の考えから、健康と長寿の方法を説いている。
 健康でありたいのは、肉体ばかりではない。「心」を取り上げた本も出ている。精神科医による『メンタルヘルス/学校で、家庭で、職場で』(藤本修著、中公新書)は、長期間の臨床現場でのデータを基に、些細なことで変調をきたしがちな心の安らぎを保つための方法を紹介する。強いメンタルを作るノウハウを満載しているのが、『「頭がいい人」のメンタルはなぜ強いのか』(保坂隆編著、中公新書ラクレ)。必要以上に頑張りすぎてしまう、過度にストレスを感じたり、家庭でもくつろげない――こうした「A型」と呼ばれる行動パターンの人の言動を反面教師にメンタル強化法を紹介する。
 こうした精神科的な「心」をテーマにした書とは異なり、心とスポーツとの関係を取り上げた本も出た。『なぜナイスショットは練習場でしか出せないのか/本番に強いゴルフの心理学』(市村操一著、幻冬舎新書)。元日本オリンピック委員会スポーツカウンセラーが、ゴルフを題材にメンタルトレーニングを説明する。
「脳の活性化」を取り上げた本も2冊出た。『脳が冴える15の習慣/記憶・集中・思考力を高める』(築山節著、生活人新書)によれば、足・手・口をよく動かす、適度な運動と腹八分目を心がける、失敗ノートを記すといった生活改善を行うことで、脳の働きが良くなるという。『頭がよくなる照明術』(結城未来著、PHP新書)は、脳をコントロールしているのは光なのだから、照明を工夫せよと主張する。
「憲法」を取り上げた本も2冊。『みんなの9条』(『マガジン9条』編集部編、集英社新書)は、橋本治、黒田征太郎、広井王子、大田昌秀ら22人へのインタビュー集。『これが憲法だ!』(長谷部恭男、杉田敦談、朝日新書)は、憲法学者と政治学者による対談で、現在の憲法学者への痛烈な批判も飛び出して面白い。だが前述の「老い」の2冊といい、この「憲法」の2冊といい、きちんと書かれたものでない本には、抵抗を感じる。教養新書の佇まいは、これからどうなっていくのだろう。
 その点、読み応えがあるのが「国際関係」を取り上げた3冊。『国際連合/軌跡と展望』(明石康著、岩波新書)は、元国連事務次長による国連入門書を20年ぶりに全面改訂したもの。実はこの本の元は、40年余り前に刊行された。それが10年後、20年後に全面改訂。トータルで20万部という異例の支持を受けてきた。このたびの改訂は、実に3度目となるのだ。『凛とした日本/ワシントンから外交を読む』(古森義久著、PHP新書)は、戦後日本の平和主義がいかに非国際的であるかを訴える。『ジャパン・ハンド』(春原剛著、文春新書)は、ワシントンの知日派の姿や考えを明らかにしていく。
 最後に幻冬舎新書の顔触れを。『右翼と左翼』(浅羽通明著)、『なぜナイスショットは練習場でしか出ないのか/本番に強いゴルフの心理学』(市村操一著)、『女はなぜ土俵にあがれないのか』(内館牧子著)、『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』(香山リカ著)、『大学病院のウラは墓場/医学部が患者を殺す』(久坂部羊著)、『死にたくないが、生きたくもない。』(小浜逸郎著)、『考えないヒント/アイデアはこうして生まれる』(小山薫堂著)、『2週間で小説を書く!』(清水良典著)、『大人のための嘘のたしなみ』(白川道著)、『マネーロンダリング入門/国際金融詐欺からテロ資金まで』(橘玲著)、『快楽なくして何が人生』(団鬼六著)、『インテリジェンス 武器なき戦争』(手嶋龍一、佐藤優談)、『男も知っておきたい骨盤の話』(寺門琢己著)、『すぐに稼げる文章術』(日垣隆著)、『金印偽造事件/「漢委奴國王」のまぼろし』(三浦佑之著)、『はやぶさ/不死身の探査機と宇宙研の物語』(吉田武著)、『バカとは何か』(和田秀樹著)。これから隔月でどのような“色”が見えてくるのだろうか。

2007年にはこんな新書を読んでみたい!

  今年最後の原稿であるだけに、2006年の新書の傾向のおさらいと、07年に刊行されることを期待したい新書について述べてみたい。
 ソフトバンク、朝日、幻冬舎と、新しい新書シリーズが続々と創刊された06年。上半期に目についたテーマは、なんといっても「日本史」だった。圧倒的な刊行点数を誇った。さらに「皇室」や「日本の宗教」を取り上げた本もたくさん出て、さしずめ日本ブームだったといえるだろう。外国を取り上げた本では、「中国」「韓国」についての本は前年より大幅に減り(とはいえ「中国」本は、それでもかなりの点数が出た)、代わって「ヨーロッパ」本が多く出された。
 昨年秋から今年秋にかけて、「スローな旅」の本が多く出続けたことも記さねばならない。「鉄道」ファン用のマニアックな本もあったが、ほとんどは時間に余裕のある団塊世代に向けた本。来年以降も、このような旅本は出版されるだろう。
 下半期になると、俄然「格差社会」本が出始めた。安倍政権誕生と期を一にしているが、小泉前首相が取った政策の歪みがこの時期にきて話題になってきたということだろう。何度も繰り返すようだが、安倍首相には、庶民の生活レベルをいかに上げていくかを考えていただきたい。それなくして『美しい国へ』(文春新書)向かうことはできないのだから。
 今年、世間を大きく騒がせた事件に関して、取り上げた新書がないのが気になる。来年には是非読みたいので、各出版社に提案したい。
 まずは秋田県でのふたつの殺人。母親による子殺し(まだ容疑者段階であるが)という常軌を逸した事件が起こった。共に母親は日常的に子供を虐待し、一方で性に奔放であったといわれる。ほかにも、親による虐待で亡くなった子供がたくさんいた。一体、「母親」に今、何が起こっているのだろうか。
 また「いじめ」については、これまで新書はまったく取り上げてきていなかった。教育についてなら数年前に、「学力低下問題」を取り上げた新書が数多く出た。しかし「いじめ」というテーマの本は、さっぱりないのである。各社は現在、「いじめ」をテーマにした本を製作中なのかもしれない。一日も早く読みたいものだ。
 私は、福岡県の三輪中学校に取材に行った。そこで感じたのは、学校の行うことに異を唱える父兄や地域住民がいないということだ。そのため学校が強大な権力となり、非常識極まりない暴走をしている姿には驚かされた。例えば、遺族宅を合谷智校長が訪ねた時の様子。深夜に、報道陣を避けるために2人のボディガード(体育教師だろうか?)を伴っての訪問であった。ついでにいえばこのボディガード達は、ジャージ姿だった。遺族宅を訪ねるというのに! さらに朝日新聞によれば、学校が開いた保護者を対象とした説明会を傍聴しようとした町議会議員は、「保護者ではない」という理由で入場を断られたという。
 なんという閉鎖性! 「いじめ」と同様に、組織としての学校の在り方、学校と共に歩むべきPTAの在り方について記した新書があってもいいのではないだろうか。
 三輪中学校は、「PTA」名で全校生徒に「私は取材を受けません」と記された取材拒否カードを配ってもいた。生徒に口封じをさせていたのだ。これは、憲法二一条で保証されている言論の自由を犯すもの。新書が取り上げる「憲法」というと、とかく九条ばかりだが、実は二一条こそが危機的状況であることは間違いない。サッカー評論家のセルジオ越後氏は、8月に上梓した『日本サッカーと「世界基準」』(祥伝社新書)で、川淵三郎日本サッカー協会会長が、批判的な記事を書く記者を遠ざけることで言論を封じている……と指摘している。このような例は枚挙に暇がない。そろそろ、二一条を真っ向から取り上げた新書が出てもいいのではないか。来年には読みたいものだ。私はそう願っている。

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PROFILE

菊地 武顕

雑誌記者
1962年宮城県生まれ。明治大学法学部卒業。86年1月から、「Emma」(当時は隔週刊。後に週刊化)にて記者活動を始める。以後、「女性自身」、「週刊文春」と、もっぱら週刊誌で働く。
現在は、映画、健康、トレンドを中心に取材、執筆。記者として誇れることは「病欠ゼロ」だけ。

ワーキングプア/いくら働いても報われない時代が来る

ワーキングプア/いくら働いても報われない時代が来る
門倉貴史著
(宝島社新書)

武田信玄の古戦場をゆく/なぜ武田軍団は北へ向かったのか?

武田信玄の古戦場をゆく/なぜ武田軍団は北へ向かったのか?
安部龍太郎著
(集英社新書)

老いるということ

老いるということ
黒井千次著
(講談社現代新書)

ぼけとアルツハイマー/生活習慣病だから予防できる

ぼけとアルツハイマー/生活習慣病だから予防できる
大友英一著
(平凡社新書)

自由訳・養生訓

自由訳・養生訓
貝原益軒著 ; 工藤美代子訳著
(新書y)

メンタルヘルス/学校で、家庭で、職場で

メンタルヘルス/学校で、家庭で、職場で
藤本修著
(中公新書)

「頭がいい人」のメンタルはなぜ強いのか

「頭がいい人」のメンタルはなぜ強いのか
保坂隆編著
(中公ラクレ)

なぜナイスショットは練習場でしか出ないのか/本番に強いゴルフの心理学

なぜナイスショットは練習場でしか出ないのか/本番に強いゴルフの心理学
市村操一著
(幻冬舎新書)

脳が冴える15の習慣/記憶・集中・思考力を高める

脳が冴える15の習慣/記憶・集中・思考力を高める
築山節著
(NHK生活人新書)

頭がよくなる照明術

頭がよくなる照明術
結城未来著
(PHP新書)

これが憲法だ!

これが憲法だ!
長谷部恭男,杉田敦著
(朝日新書)

国際連合/軌跡と展望

国際連合/軌跡と展望
明石康著
(岩波新書)

ジャパン・ハンド

ジャパン・ハンド
春原剛著
(文春新書)

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