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雑誌的新書はもういらない? 堅調な「池上彰」「歴史本」-2010年新書事情を振り返る 02
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なぜ得意分野で勝負しないのか?
本づくりをなめてる?「朝日新書」
就活本はいったい誰が読んでいるのか
根本的なことを、きちんと伝える新書を
なぜ得意分野で勝負しないのか?
■川井
 新書それぞれのシリーズを見てみるとどうですか。中公新書は相変わらず教養新書のど真ん中を走っている感がしますが、それでも後半には時流に乗ったものを出しました。来年の大河ドラマに合わせる形で、11月に『江の生涯/徳川将軍家御台所の役割』(福田千鶴著)を。それに今月出た『カラー版 小惑星探査機はやぶさ/「玉手箱」は開かれた』(川口淳一郎著)は、写真付きですし。
■田嶌
 ブルーバックスからは、「らしくない」内容のものが出てきました。今月出た『「交渉力」を強くする/上手な交渉のための16の原則』(藤沢晃治著)には、ついにブルーバックスまでもがビジネスノウハウ本かとビックリさせられました。
『院生・ポスドクのための研究人生サバイバルガイド/「博士余り」時代を生き抜く処方箋』(菊地俊郎著)も、2月に出た『理系のための研究生活ガイド 第2版/テーマの選び方から留学の手続きまで』(坪田一男著)、1月に出た『理系のための「即効!」卒業論文術/この通りに書けば卒論ができあがる』(中田亨著)も、いってみれば勝つための研究ノウハウ本といえるでしょう。
■川井
「自然科学をやさしく紹介するシリーズとして、35年以上も親しまれている」と銘打っているのが、ブルーバックスなんですけどね。
■菊地
 同じ講談社の現代新書もまた、よく分からなくなってきました。もともと岩波や中公ほどガチガチの教養新書を出してきたシリーズではないとはいえ……。さっきの話の通り、このシリーズも単行本に相応しい内容のものが増え続けていると思います。なんだかもう、講談社現代新書とブルーバックスとの境が分からなくなってきました。
■田嶌
 現代新書の『生物と無生物のあいだ』(福岡伸一著、07年5月刊)も、今ならブルーバックスから出ておかしくない。少なくとも、『「交渉力」を強くする/上手な交渉のための16の原則』より遙かにブルーバックス的ですよ。
■川井
 最近、私が注目をしているのが祥伝社新書。ジャーナリスティックな内容のものを出し始めて、なかなか興味深いんです。今年後半に、『尖閣戦争/米中はさみ撃ちにあった日本』(西尾幹ニ、青木直人談)、『高層マンション症候群』(白石拓著)、『なぜ韓国は、パチンコを全廃できたのか』(若宮健著)と立て続けに出しています。特にパチンコ問題は、業界から多額の広告料をもらっている他のマスメディアにとってはタブー。決して悪いことは報じられません。そんな問題に斬り込んだわけですから、これは快挙でしょう。
本づくりをなめてる?「朝日新書」
■菊地
 それに対して情けないのが朝日新書。分社化したとはいえ、いやしくも朝日。なのに硬派の本がほとんどない。
 もはやいったん廃止して出直すべきでしょう。僕が朝日に期待するのは、朝日新聞記者たちによるジャーナリスティックな書。記者が、新聞では紙幅の関係で書ききれなかったこと、その当時は書けなかったが、今なら改めて世に出せること。そうした取材の積み重ねを1冊の新書として発表して欲しい。これができるのは、朝日新書と中公ラクレしかないのだから。
■川井
 以前は朝日もそのような本も出していたんですがね。2007年5月に出版された『偽装請負/格差社会の労働現場』(朝日新聞特別報道チーム著)は秀逸でした。でも最近はさっぱりですね。
■菊地
 朝日新書についていうと、呆れ返るほどたくさんの誤植をした本を出しました。社の体質として、本というものをなめて手抜きしているんでしょうかねぇ。出版界にいる者として、あの誤植は許せない!
■田嶌
 そうそう。『「健康格差社会」を生き抜く』(近藤克則著)ですね。著者の生年が、カバーでは63年。奥付では59年。でもどっちも違っていたというやつ(苦笑)。
■菊地
 出版社にはそれぞれ得手不得手の分野があるわけです。なのに新書に限っていうと、さっきの朝日のように、なぜか得意分野で勝負しようとしないところがある。10月に創刊された主婦の友新書もそのひとつです。
■川井
 タイトルに「……がなくなる日」と打っているシリーズですね。
■菊地
 創刊の4冊は、『「婚活」がなくなる日』(苫米地英人著)、『末期がん、その不安と怖れがなくなる日』(樋野興夫著)、『政治家がなくなる日』(平野和之著)、『「暮らし力」がなくなる日』(近藤典子著)といった顔ぶれ。主婦の友社の強みを生かしているといえるのは、『「暮らし力」――』だけでしょう。なんで自社の強みを活かさないのか不思議です。
就活本はいったい誰が読んでいるのか
■川井
 出版社も縦割りで、横の連繋がないのでしょうか。
 ところで、今年刊行された新書で、多かったテーマは何でしょう。
■田嶌
 やはり歴史物。戦国武将、江戸や幕末維新は多かったですね。古き良き時代を知って、自分自身を高揚させたいのでしょうか。取り上げている内容も、戦国時代や江戸時代の庶民の暮らしぶりではありません。天下を取るとか、日本を導こうというような壮大なもの。閉塞感でいっぱいの現在、こうした本は読んでいて気持ちいいんでしょう。
 それと、意外と古代史に関する本も多かったと思います。『図説 地図とあらすじでわかる!続日本紀と日本後紀』 (中村修也監修、青春新書INTELLIGENCE) なんて本まで出た。ついに続日本紀まで出たのか、と驚きました。
■川井
 青春新書の「図説 地図とあらすじでわかる!」シリーズ、好きですよ。図表をたくさん入れて、分かりやすく読めるように随所に工夫がされています。
 ところで、後半、就活本が多かったようですが、どう思います?
■菊地
 おそらく大学生は読まない。親が読むのでしょうか?
■田嶌
 日本には職がない、職がないというけれど、だったら海外に行けばいい。海外になら、仕事なんていくらでもある。とはいっても、旅行でさえ海外に行こうとしないんですから、就職のために海外に行くなんて、今の若者にはできないでしょう。
■川井
 そういえば去年末の鼎談では、「この調子でいくと、草食男子を取り上げた本が出てくるか?」「いや、覇気のない若い男の分析書なんて読みたくない」なんて話が出ましたね。やっぱり売れないと思ったのか、草食男子の分析本はほとんどなかった。
■菊地
 編集者も作りたくないんでしょう。セックスもしたくない、酒も飲まない、車に興味がなく、スキーもサーフィンもしない――そんな男の分析本なんて。
■川井
 そんな中で、『一億総ガキ社会/「成熟拒否」という病』(片田珠美著、光文社新書)は、丁寧に分析をしていました。
■田嶌
 ガキというものが、文字通りの"餓鬼"のようなギラギラとした存在ならば、迫力のある分析本になるんでしょうけどね。
根本的なことを、きちんと伝える新書を
■川井
 では、来年、読んでみたい新書についてうかがいましょう。
■菊地
 中国人、もっと正確にいうと漢民族に関しての本。なんであの人達は、あんな風な思考回路で異様なまでに傲慢なのか、根本的な理解を促すような内容の本が欲しい。訳が分かりませんもの、中華思想とやらは。
■川井
 なるほど。私も中国には関心があります。支配者たる中国共産党エリートの実態、共産党を中心とした彼の国の形について、もっと知りたいですね。
 これは中国本に限らず、近頃刊行される新書は、現象を追い、その現象を読み解くだけのものが多い。そうでなくて、もっと根本的なところを述べる、論じるものが出てきて欲しいですね。中国共産党の歴史を紐解いて、徹底的に論じる本を読んでみたいと思います。
■田嶌
 税金に関するものですね。日本人はもっと税金のことを知るべき。新書を通じて、税への関心を高めるべきじゃないかと思うんです。日本人のかなり多くがサラリーマンで、会社がすべてやってくれる。海外でもたしかに源泉徴収をやる国はあっても、年末調整までやるような国は少ない。日本人もアメリカ人のように、ひとりひとりが確定申告をやれば、税に対する意識は相当変わるはず。確定申告をしないから、国民は税について感心も知識もないんです。
■川井
 今年後半になって、斎藤貴男が『消費税のカラクリ』(講談社現代新書)、『消費増税で日本崩壊』(ベスト新書)の2冊を出しました。このような、税とは何かという根本的なことをきちんと伝えて欲しいですよね。
■菊地
 こんなことを言ってはなんですが、そろそろ新書も淘汰されて欲しい。そう思います。新書は売れる――そういう時期があったから、各社が次から次へと参入してきました。書店の狭い棚を奪い合うように、散文的なタイトルや派手派手しい帯を付けて目立とうとして。ここまで多くなると、書店に行って手に取るのが嫌になってきたくらいです。ブームが去り、売れない時代になった以上、金儲け目当てに創刊した会社はそろそろお引き取りいただけないでしょうか。
■田嶌
 売るということを考えるのも大事ですが、読み応えのある良書を作るという姿勢も大事。
 池上彰はたしかにいいけど、でもそれぞれの分野には、彼よりもはるかに深い知識を持つ人がいるわけです。そうした専門家・学者をちゃんと見つけ出して、書かせて欲しい。ただ、そうした"すごい人"が、自分の知識を他者に伝える技術があるとはかぎりません。編集者が一から文章を教えて、世に出して欲しいと思います。
■菊地
 とはいっても、今、出版界には恐ろしいまでの無力感が漂っています。『KAGEROU』の売れ行きをみると、真面目に本を作るのが馬鹿馬鹿しくなってくる。そう感じている人は多いですよ。
■川井
 実は今でも、かなり難解な専門書や翻訳書を読む人はちゃんといるんです。一方で、普段はまったく本を読まないのに、水嶋ヒロが書いたというだけで飛びつく人もいる。もの凄い本好きと、まったく読まない人の中間層に、どう訴えるかですね。中間層のための知の入門書として、新書には頑張ってもらいたいと思います。
■菊地
 売るために、各編集部は相当努力していると思います。でも皮肉なことに、その努力が、教養新書というもののブランド価値を下げている。タイトルの付け方が、本の名というよりも雑誌の特集の見出しといった感じになってしまった。今や、サブタイトルなしの本が珍しいくらいでしょう。2本のタイトルが並ぶなんて、まさに雑誌的ですよ。
■田嶌
 新書ブームで、とにかく数を出さないといけないというので、やたらめったら作ってきた結果ですね。
■菊地
 若者に向けて本を出しても、売れない。ここは定年になって暇を持て余している団塊世代を狙うべきではないか。そう思うんですが、意外と団塊向けの新書というのは多くない。電車の中でも、新書を読んでいる団塊世代はあまり見掛けない。どうなんでしょう。団塊世代にとっては、字が小さすぎるんじゃないでしょうか?
■田嶌
 でも字を大きくすると、年齢を意識した教養新書っぽくなくなってしまって、団塊世代に嫌がられるかも。
 いずれにしても、もう一度教養新書とは何かという原点に帰ってみることが大事でしょう。実際に電子書籍が読めるようになったこの時代に、このサイズの新書がどういうものなのかということを、コンセプトをもう一度しっかり考え直す時期なのではないでしょうか。
■菊地
 書店で買うときに、「カバーかけますか?」と聞かれて、大抵の人はかけてもらいますよね。どうしてカバーをかけるのか? 読後、美しい表紙のまま本棚に飾りたいのか、あるいは古本屋に少しでも高く売るためなのか。いや、電車の中などで、自分が読んでいる書名を見られるのが嫌なのかなぁと勘ぐってしまう。新書の場合、表紙をしっかり世間様に見せて自慢できるようなものになって欲しいですね。持っていることが自慢でき、格好いいというものに。新書を電車の中で読んでいると知性的に見られるようになって欲しい。
 以前の講談社現代新書の表紙は、本当に美しかったし、知性が感じられました。それが例のデザイン変更で……。しかもものすごく醜悪な帯が付いている。いや、帯については、どこの社も同じで、とても趣味が悪い。タイトルはダラダラと長いし。
■一同
(12月刊行本を一堂に集め表紙を眺め)たしかに、昔と比べて、持ってて知性的とは思われない。
■川井
 さっき田嶌さんが「すごい専門家や学者を見つけてきて、一から文章の書き方を教える」とおっしゃいましたが、まさしくその通りなんです。今は会社の事情で、どの編集者もものすごく忙しい。売れる本を出せという圧力も大変なものでしょう。そんな中で、無名の専門家・学者に手を取り足を取り書かせるなんて、やっている場合でないかもしれません。でも、何冊かに1冊は、そういう難易度の高いものを作って欲しい。何冊かに1冊あるだけで、やっぱり教養新書ってすごいな、捨てた物じゃないなと読者は感じるでしょう。それこそが、新書生き残りの唯一の方法のような気がしてきました。このあたりを2011年の新書には期待したいものです。
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江の生涯/徳川将軍家御台所の役割

『江の生涯/徳川将軍家御台所の役割』
福田千鶴著
(中公新書)

理系のための研究生活ガイド 第2版/テーマの選び方から留学の手続きまで

『理系のための研究生活ガイド 第2版/テーマの選び方から留学の手続きまで』
坪田一男著
(ブルーバックス)

理系のための「即効!」卒業論文術/この通りに書けば卒論ができあがる

『理系のための「即効!」卒業論文術/この通りに書けば卒論ができあがる』
中田亨著
(ブルーバックス)

生物と無生物のあいだ

『生物と無生物のあいだ』
福岡伸一著
(現代新書)

尖閣戦争/米中はさみ撃ちにあった日本

『尖閣戦争/米中はさみ撃ちにあった日本』
西尾幹ニ、青木直人談
(祥伝社新書)

偽装請負/格差社会の労働現場

『偽装請負/格差社会の労働現場』
朝日新聞特別報道チーム著
(朝日新書)

「健康格差社会」を生き抜く

『「健康格差社会」を生き抜く』
近藤克則著
(朝日新書)

図説 地図とあらすじでわかる!続日本紀と日本後紀

『図説 地図とあらすじでわかる!続日本紀と日本後紀』
中村修也監修
(青春新書INTELLIGENCE)

一億総ガキ社会/「成熟拒否」という病

『一億総ガキ社会/「成熟拒否」という病』
片田珠美著
(光文社新書)

消費税のカラクリ

『消費税のカラクリ』
斎藤貴男著
(講談社現代新書)

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