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雑誌的新書はもういらない? 堅調な「池上彰」「歴史本」-2010年新書事情を振り返る
"新書界"を賑わせた、勝間和代、香山リカ、齋藤孝、茂木健一郎が失速するなか、「池上彰本」のブームが話題となった。一部教養新書をのぞいて、タイトル、内容とも、ますます新書が雑誌化してくるなど”新書”とは何かが定義しにくくなった。本誌編集長、菊地武顕氏、田嶌徳弘氏が2010年の新書の世界を振り返る。
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ネタ不足? 新書四天王もついに失速
ビジネスノウハウ本はもういらない?
"新書は時代を映す鏡"のはずが……
ネタ不足? 新書四天王もついに失速
■川井
 実は去年のこの鼎談の冒頭で「09年の新書でこれが面白かったとか、この本が読み応えがあったという、印象深い本は少なかったように思うんですが……」と切り出して、顰蹙を買った覚えがあるんです。でも今年も同じ事を言わないといけないんでしょうかねぇ(笑)。
■菊地
 内容も売り上げも芳しくない。ひとときのブームは完全に終わったといえるでしょう。特に今年は、私が勝手に新書四天王と呼んでいる4人が失速した感があります。
■田嶌
 ああ、事業仕分けなど政治面で忙しくなった勝間和代、それに香山リカ、齋藤孝、茂木健一郎の4人ですね。うん、たしかに失速。もっとも、それはそれでいいことかも(笑)。さすがにもうネタ不足なんでしょう。
■菊地
 それとも読者に飽きられたか。
■川井
 去年は、オリコンによる年間本ランキングのベスト10に、新書は1冊も入っていなかったんです。でも今年は、6位に池上彰本が入りました。『伝える力/「話す」「書く」「聞く」能力が仕事を変える!』(PHPビジネス新書)です。これは2007年4月刊行ですが、今年増刷されてベストセラーになりました。それと次点というべき11位にも池上本が。『知らないと恥をかく世界の大問題』(角川SSC新書)で、こちらは2009年11月の刊行です。
■菊地
 池上ブームで、以前刊行された本が売れ出したということですね。
■田嶌
 池上本は読みやすいですからね。
■川井
「池上さんの新書が売れる」という視点で見えることは何でしょうか。
■田嶌
 分かりにくいことを分かりやすく書く。説明する技術は見事ですよね。ただそれほど専門的なことは書いていないとも言えます。だから、池上手法みたいなものが、他のジャンルで活かされることが望ましい。学者も、新書を書く場合は、専門書でないことを肝に銘じて分かりやすく噛み砕いて書くという手法を真似なくてはいけない!
■川井
 なるほど。では他に売れたというと……
■田嶌
  内田樹がいますね。去年の11月に出た『日本辺境論』(新潮新書)と、それから『街場のメディア論』(光文社新書)。
■菊地
 ただ難癖をつけるようで恐縮ですが、今名前が挙がった4冊のうち3冊までもが今年の本ではない。最上位の『伝える力/「話す」「書く」「聞く」能力が仕事を変える!』はそもそも月刊誌の連載をまとめて07年に出したものですし。唯一今年出た『街場のメディア論』は、内田先生が神戸女学院大学で行った授業を録音。それをまず編集者がまとめ上げ、本人が加筆修正したもの。つまりこの4冊の中には、渾身の力を込めて今年書かれた新書は1冊もないことになります。
ビジネスノウハウ本はもういらない?
■川井
 硬派の教養新書では『ルポ 貧困大国アメリカⅡ』(堤未香著、岩波新書)がよかったと思います。渾身の力を込めて今年書かれた新書で、売れたと言えるのは、これくらいですかね。
 ところで、確かに『伝える力/「話す」「書く」「聞く」能力が仕事を変える!』は売れましたが、他の仕事術に関する新書で印象に残る物はない。今年は特に、コンサルタントがたくさん本を出したようですが、「コンサルタントによるビジネス書」は、どれもほとんど売れなかったように思います。
■菊地
 あの手の本を読んでも、ビジネスマンの参考になる訳がないと思うのですが……。
■田嶌
 コンサルタントは宣伝上手で、プレゼン上手ですから、企画段階では編集者もだまされちゃって(笑)。でも実際に書いたものを読んでみると大して面白くない、と言うことに後で気付くということがあるんじゃないかな。で、読者もみんな気付きだしたから、もう手を出さないようになったということでしょう。
■川井
 とある現象に対して、なぜそうなるのか、その現象の背景は何かといった答えを求めている読者に対して、必ずしもその答えが書かれていない本が多くなった印象があります。
■田嶌
 特にコンサルタントによる本は、結局、深い意味での答えが示されません。タイトルも、広告のコピーみたいで何を言いたいのか分からないし。
■川井
 そんな小手先のことよりも、新書というのは「基本のキ」を考えることが大事なんですよね。
■菊地
 ノウハウ本は教養新書ではなく、実用新書というべきものですが、それにさえ含めたくないビジネスノウハウ本が多すぎます。ノウハウ本は、「健康」だけにしろといいたい。
■川井
 まぁまぁ良かった健康本としては、『医師がすすめる男のダイエット』(井上修二著、集英社新書)ですかね。
■菊地
「男性には、肥満を解消できない理由があった」と解説したうえで、男性向けに有効なダイエットを提唱するこの本はまだしも、ダイエット本の多くは女性誌の特集8ページくらいで充分。新書という形を取る以上、脂肪とは何かあたりからしっかり説明をして欲しいですよね。
"新書は時代を映す鏡"のはずが……
■川井
 他に、今年出版された新書で、特に気になったものはありますか?
■田嶌
同性愛と異性愛』(風間孝、河口和也著、岩波新書)ですね。
■菊地
 同性愛者である2人の学者による書。エイズ問題や公共施設の利用拒否など、日本における同性愛者の受難の歴史や課題について記していますね。こうした本はなかなかなかっただけに、貴重だと思います。
 でも、またまたネガティブな話で恐縮ですが、僕はサッカー本と政治本が振るわなかったことを挙げたいですね。ワールドカップがあったわけですし、政権交代して2年目ですからそろそろ民主党についてきちんと分析した本が出ていいはず。なのに、読み応えのある本は出なかった。実際に起こっている事柄に、書き手の伝える力が追いつかない。そういう風にさえ思います。
■川井
 たしかに、サッカーも政治も印象に残る本がなかった。そう言っていいでしょうね。
■菊地
 新書は時代を映す鏡のはずですが、今年刊行され、なおかつ話題になった新書は、どうも2010年を現しているとは言い難い。
■川井
 iPhone/iPadが人気を博し、電子書籍元年と呼ばれましたが、いくつか時流をとらえて関係する新書が後半でましたがどうでしょう。
■田嶌
 電子書籍と言えば、もう新書のビジネス関係の本は電子本でいいのかなと思った。新書、とりわけ実用新書系は電子書籍に行く可能性があるかもしれません。
■菊地
 たしかに新書は、月刊誌に近い感じになってきたと感じますから。1ヵ月経てばもう平積みからは撤収されて、新しいのが並ぶ。そういうスパンを前提に出されている企画ならば、新書という紙よりも電子書籍というスタイルで読むのがいいかもしれません。
■川井
 月刊誌と変わらないという印象を受ける新書はたくさんあります。先程出たビジネスノウハウ本や健康ノウハウ本の多くは、雑誌で読めば充分という内容のものをせっせと水増しして新書に仕立て上げている感じがします。
 一方で、単行本で読むべき内容の新書も数多く出ています。これは新書というよりも単行本の企画だろうというものが。
■田嶌
 新潮新書などは「新書」というスタイルに合わせて原稿を書かせているように感じます。ちゃんと、どの本も同じくらいの厚さです。それに対して平凡社や文春は、単行本的な企画を新書で出している。厚さがまちまちで、新書としての統一感がない。今の流れとしては、後者の方が多い気がします。ますます、一般の本との境がなくなってきています。
■菊地
 新書的というのも問題があって……。例えば、先月出た海部俊樹の回顧録、『政治とカネ/海部俊樹回顧録』(新潮新書)。面白いんですよ。でも、とても軽い、薄い内容で……。あっさりと読めるんですが、もっと詳しく知りたいことだらけで。なんでこんなに薄いのか? 小沢一郎流にいえば「軽くてパーだから」なのか(苦笑)。それとも新書だから、敢えて簡単にサラッと書いたのか。後者だとしたら、とてももったいないことです。
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PROFILE

菊地 武顕

雑誌記者
1962年宮城県生まれ。明治大学法学部卒業。86年1月から、「Emma」(当時は隔週刊。後に週刊化)にて記者活動を始める。以後、「女性自身」、「週刊文春」と、もっぱら週刊誌で働き、近年は映画、健康を中心に取材、執筆。
現在はグラビアを担当。記者として誇れることは「病欠ゼロ」だけ。

田嶌 徳弘

1954年東京都生まれ。埼玉大学理工学部数学科卒。80年毎日新聞入社。大阪社会部、外信部、カイロ特派員、毎日インタラクティブ編集長、毎日ウィークリー編集長などを経て、現在、生活情報紙「ここち」編集長。

川井 龍介

「風」編集長。
近著に『「十九の春」を探して/うたに刻まれたもう一つの戦後史』。

 

伝える力/「話す」「書く」「聞く」能力が仕事を変える!

『伝える力/「話す」「書く」「聞く」能力が仕事を変える!』
池上彰著
(PHPビジネス新書)

知らないと恥をかく世界の大問題

『知らないと恥をかく世界の大問題』
池上彰著
(角川SSC新書)

日本辺境論

『日本辺境論』
内田樹著
(新潮新書)

街場のメディア論

『街場のメディア論』
内田樹著
(光文社新書)

ルポ 貧困大国アメリカⅡ

『ルポ 貧困大国アメリカⅡ』
堤未香著
(岩波新書)

医師がすすめる男のダイエット

『医師がすすめる男のダイエット』
井上修二著
(集英社新書)

同性愛と異性愛

『同性愛と異性愛』
風間孝、河口和也著、
(岩波新書)

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