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蔵書全文デジタル化の先に見える図書館の未来
 これまで2回にわたって紹介したマイク・ケラー氏の講演録では、マルチメディア機器とネットワークコミュニケーションが「本」にもたらす影響、情報検索の重要性などをふまえ、未来の図書館とライブラリアン(図書館司書)が果たすべき役割を示した。最終回の今回は、マイク・ケラー氏が関わるプロジェクトについて、国立情報学研究所の高野明彦教授が聞く。質疑応答では、書籍のデジタル化がもたらす出版社と読者の関係、アーカイブ事業の運営などについて具体的に説明し、今後、ライブラリアンは、オンラインの検索機能以上の質とサービスを提供していく必要があるとあらためて提唱する。
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Through Air設立の経緯と成果
HighWire Press創立の経緯について
アーカイブ化から学んだこと
ロボットブックスキャニング
書店などの私的企業による本の保存の役割とは?
SULAIR設立の経緯と成果

高野教授(以下、高野):マイクさんのスタンフォードでの最初の仕事であった、学術情報資源を総括する組織SULAIR(Stanford University Libraries & Academic Information Resources)の設立にあたり、学術情報支援(Academic Information Support)をライブラリーに取り込んだ経緯と成果はどんなものだったのでしょうか?

マイク・ケラー氏(以下、ケラー):そもそもの意図は、1965年以降のコンピュータの台頭とデジタル化の波を受けて、様々な分野におけるデータやマニュスクリプト(手書き文書)などさまざまな学術情報を図書館という場に統合させ、スタンフォード大学の学生や職員たちに対して、より効率的に情報を提供する機会を設けるということでした。また学術情報学として統合することによって、学術全体を牽引し発展させるという目的もありました。
その成果は目に見える形で出てきていると思います。高野先生との協力をはじめ、電子ジャーナルプラットフォームを提供するHighWire Pressの設立、Eブックの作成、ミシガン大学やインディアナ大学などとの提携による授業のコースワーク運営システムの開発など、さまざまな動きが生まれました。ただ、大学同士のネットワークやサーバは外部委託しており、あくまで私の責務は、大学においてリサーチと教育の環境を整え、サービスを施すことです。

HighWire Press創立の経緯について
高野:1995年に非営利組織であるHighWire Pressを立ち上げて、従来、紙であったジャーナルのデジタル化をサポートすることを決断されたのはどのようなきっかけだったのでしょうか?
マイク:HighWire Pressを立ち上げたころは、多くの科学技術系や医学系ジャーナルの出版社が増益を見込み、その購読料が急激に高価になっていた背景がありました。この組織を立ち上げたのはいくつかの理由があります。一番目にはこうした状況を打破し、特に特定の出版社による一種の搾取的な市場の状況を改善するためでした。二番目には学術出版会の影響力を高め、質の高いジャーナルを出版していくプラットホームの役割を提供するねらいがありました。三番目には大学のイニシアチブによる非営利の大学出版会やその編集者とのコミュニケーションを通じて、学問のいっそうの発展の場を提供するという目的がありました。約150の出版社と関係を築き、私たちのシステムとサービスの利用に対して料金を支払ってもらい、その収益によって、1500ものジャーナルをさまざまな機能を付け加えてオンライン化したり、オックスフォード辞典をはじめとする辞書のウェブサイトなども集めています。私たちのアイデアと技術をもとに、編集者らとの対話を通じてさらに新しい開発を進めています。
アーカイブ化から学んだこと
高野:次にアーカイブについてお聞きします。イギリス国教会成立からの資料をオンライン化して有料で提供するケンブリッジ大学のParker Library on the web(以下、パーカー・ライブラリー)というプロジェクトや、Stanford Sillicon Valley Archives(以下、シリコンバレーアーカイブス)という、スタンフォード大学の位置するシリコンバレーの中心地であるパロアルト(Palo Alto)という立地を活かし、現地で生まれた企業に関する資料をアーカイブするという事業を進められていますが、それらの経験をふまえ、アーカイブする際の資料の選別と保存方法を、教えていただけますでしょうか?

ケラー:シリコンバレーアーカイブスはすでに長い歴史を持っています。アップルなどの大企業やシリコンバレーで生まれた各種のベンチャー企業や個人による1980~90年代の技術、ソフトウェア、知識が収められています。私たちはこのプロジェクトを通じて、長期にわたってどのように情報を保存すべきかということを考え、経験から学び続けています。
 また、ユーザーにどのように情報へのアクセスを提供するかという問題もあります。私たちは映像資料なども所有していますが、重要なのは常にアップデートされた最新の情報を利用者に提供することだと思います。スタンフォードにはデジタル資料保管倉庫があり、様々な種類の資料を収集しています。その際に様々な機材を駆使して、情報を使いこなすことがいかに大切であるかを学びました。このプロジェクトはまだ始まったばかりで、どれだけ正確にオリジナルの資料や形式をデジタル版に複製するかも未解決の大きな課題です。以上のようなデジタル化の困難にも関わらず、一方で私たちはこのプロジェクトを通じてスタッフの一人ひとりがアイデアをしぼって、デジタルの論文に脚注をつけたり、ハイパーリンクをはったりして、デジタル文書に「物語」を与えるという大きな成果をあげてきたといえると思います。こうした技術は時代ごとにつねに変化しているので、私たちはそれらに対応できるよういっそうの努力を行っています。
ロボットブックスキャニング
高野:現在スタンフォード大学図書館には、最も大事な財産とも言える800万もの書物があると聞いています。そのすべてをデジタル化するという壮大な目標を掲げ、2003年に自動的にページをめくりながらスキャンを行うロボットを使用したロボットブックスキャニングプロジェクトを始められたそうですが、その際の夢や思い、またこのプロジェクトがGoogle Print(のちのGoogle Book project)に与えたインパクトについてお伺いしたく思います。

ケラー:本プロジェクトに使用されているロボットの試作品に出会ったのは1999年頃だったと思います。スイスの4Digital Booksという企業がつくったものですが、その後、同社に発注して製作した私たちのロボットが世界最初の製品となりました。私は新聞大の原稿のスキャンニングに対応したサイズのものを特注しました。人間の手によってカメラ撮影を行うスキャンニングはそのスピートが欠点ですが、このロボットを使うと人力による場合と比べて5~6倍、さらに、高解像度のカメラを導入したことにより、7~10倍まで効率が上がっていると思います。旧式の方法では1000年かかるとされているスキャニングの作業が、ロボットを導入すれば「たったの100年」で済むようになったわけですが、それでも私たちだけの力ではとうてい不可能であるということです。
 そしてちょうどその頃、Googleとの協力も始まったと記憶しています。Microsoft創始者の一人であるPaul Allenの招きでとある学会に出掛けた際、Googleの創立者である、当時大学院生だったLally Pageがおり、HighWire Pressの技術で本のインデックス化をしようということなりました。これによってHigh Wireのトラフィックを10倍も高めることができました。
 その約1年後、今度は本をデジタル化し、本のコンテンツから膨大なインデックスを作ることによって、本の文章をあらゆる言語によって検索可能なものとしようということになりました。このプロジェクトは教育の上でも、社会的にも有益で、法律上も問題がないという結論に達したので、さっそく実行に移し、現在に至ります。

高野:Google Booksは日本でも昨年(2009年)大きな話題となり、日本語の本はその対象からとりあえず除かれるということになっています。単一のチャンネルからの情報の独占化の脅威についての話と関連して、紙の書籍を扱ってきた図書館が、これからデジタル書籍を扱っていくうちに、どのような点が担保されなくてはならないとお考えでしょうか? Googleと協力していくうえでのサイブラリアンとしてのジレンマなどがあったら教えてください。

ケラー:私たちはEブックやEジャーナル、データソースなど多様なデジタル情報を購入し、コミュニティに提供しています。現在150万のEブックを所有しています。Googleのプロジェクトでは情報の独占化が懸念されていますが、契約内容を詳しくみていくと、第一に、他の企業(MicrosoftやAmazonなど)と共にデジタル化をすることを禁止する項目はないことに気がつくと思います。第二に、実際にデジタル書籍は私たちのもとに返却されるということです。例えば貴重本をデジタル化した場合、それを一般の人々の閲覧用の書籍として提供する利点が発生するということです。第三に、Googleが権利を乱用し過ちを犯した場合のヘッジングの項目があり、その場合私たちは他の企業に書籍を渡すことが許されています。
 現在Googleのプロジェクトに反対するのは主に商業的な競争相手である企業です。反対する理由は商業的なインセンティブによるものですが、それが一般の人々のGoogleへの脅威の感情を植え付けているようです。Googleはデジタル化プロジェクトを行った最初の企業ですが、間違いなく最後の企業ではありません。今後同じようなプロジェクトを実行する企業が登場するでしょうし、それらに対して私は反対の立場にいるわけではありません。いずれはより大規模にまた多様に書籍のデジタル化が進行するのですから、Googleが行っている一連の現象は情報へのアクセスと解析をより容易にするという大きな流れのなかで捉える必要があると思います。
書店などの私的企業による本の保存の役割とは?
高野:最後の質問になりますが、本の保存に関して、日本の国会図書館のみに限らず、神保町の150もの店舗が集まる古書店街などには約1000万もの本があるとも言われていますが、こうした公の機関以外の団体が本あるいは知識の保存に果たす役割とはどのようなものでしょうか?

ケラー:古本市場の大きな役割は本の循環だと思いますが、本が書棚にしまわれることなく、使用されている限りにおいては、保存されていく性質を持つと言えると思います。1960年代から70年代は図書館がこの古本市場に投資して、蔵書を集め、複製本が出回ったため、多くの本が保存されることとなりました。おかげで個人のコレクターの間でも本の売買がなされ、図書館に本が戻ってくることにもつながりました。出版社と図書館と同様に、図書館と本屋にもシナジー効果があり、古本市場は本に再び価値を与えることもあります。一方で図書館は市場価値がなくなった本を保存する役割も担っています。
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PROFILE

Michael A. Keller

1993 年から現在まで、スタンフォード大学図書館長(Ida M. Green University Librarian)。1995 年にHighWirePress を設立、今では世界中の1000タイトル以上の学術誌の電子出版を手がけるその非営利団体の創立者・出版人である。その活動を通じて学術誌の電子化が商業出版社の利益追求の道具とされることに一貫して抵抗してきた。2000 年からは、スタンフォード大学出版の発行人も兼任している。

 
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