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13年目にして認められた過労死― 仕事の犠牲になった息子のために母は闘い続けた (3)
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5.いよいよ初戦開幕!
6.8回裏、ついに1点を返す
7.分校野球部、それぞれの夏
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いよいよ初戦開幕!
 今年の相手は黒石高校。伝統ある学校で、生徒数は593人、野球部員の数は47人だ。ざっとみて深浦の10倍の規模である。野球部も訓練されていて、実力は深浦に勝る。しかし、昨年の八戸北戦と同様、決して勝利の可能性がない相手ではなかった。
 深浦-黒石の一戦は、7月14日、青森市営球場での第1試合だった。前日に、いつものように2台のワゴン車に分乗して青森入りした深浦ナインは、午前中市内のグラウンドで練習をした後、球場で他校の試合を観戦。午後は風雨が強くなってきたので、市内のバッティングセンターで打撃の練習をした。ついでにゲーム機で遊ぶなどしてしばし緊張感をほぐし翌日に備えた。
少人数だが力強い深浦の応援団
 試合当日は、例年通り全校生徒あげての応援となり、生徒たちや関係者は、学校が用意したバスと町から借りたマイクロバスに分乗して、早朝深浦を発ち会場にやってきた。今春卒業して青森市内の学校へ通う先輩やかつてこの学校で教鞭をとった先生の姿もあった。その一人、尾崎充美氏は、「122対0」の試合の翌々年に深浦高校に教頭として赴任、どん底からの巻き返しを見てきた。最後は木造高校の校長をつとめて退職した尾崎氏は、深浦高校と野球部の成長ぶりをずっと見守り、自宅の鰺ヶ沢から毎年、球場に足を運んでいる。
 応援席では、有志でつくる応援団が太鼓を鳴らし、メガホンをもった生徒たちや先生たちが一塁側応援席を埋めた。といっても全校生徒69人のうち、野球部12人を除いた生徒と十数人の先生たちである。
ピンチにマウンドに集まる深浦ナイン
 グラウンドでシートノックを受ける深浦ナインは、3年、2年、1年とも3人ずつで、控えは2年が1人に1年が2人。3年生の大川、小山、田畑が攻守の要で、そのほかの1、2年生がどこまで力を出すかにかかっていた。対する黒石の先発はすべて3年生だった。
 後攻めに回った深浦は、大川がマウンドに立ったが、初回いきなりピンチを迎えた。黒石の先頭打者に左前に安打され、2番打者の送りバントも安打になり無死一、二塁。3番は抑えたものの4番に左前に安打されて、走者二人が還って2点を先制された。
 大川の投げるボールのスピードが、黒石の打者が振り抜くタイミングにぴったりとあってしまった感があり、2死としたところでも黒石打線に中前、左前と3連続安打を浴びせられ、結局この回、打者一巡の攻撃で合計4点を奪われた。あとで振り返ってみれば、初回の4点が重くのしかかっていた。
 深浦の監督は、昨年部長をつとめた竹内俊悦氏。青森高校時代は野球部に所属し、2001年の夏の大会では惜しくも決勝で光星学院に破れ甲子園への道をたたれたという経験を持つ。大学卒業後に深浦に赴任して4年目の彼は、理科を教えるかたわら野球部と関わってきたが、監督としては初めてのベンチ入りだった。
大きな声援をとばすナインの家族
 その裏、深浦は先頭の3年生の田畑が左前安打で出塁すると、すぐさま反撃だとばかりに一塁側スタンドの意気も上がった。2番安田は手堅く送り、さらに3番のキャプテン小山が死球を受け1死一、二塁という好機を迎える。が、つづく4番大川、5番中村は連続三振に倒れた。
 3回裏には1死後に田畑、安田の1、2番が連続安打などで、2死一、三塁の形にしたが後続を断たれて得点できなかった。このあと7回までは1安打と打線は沈黙した。
 一方、2回、3回と深浦の大川は、走者を出しながらも要所をおさえて立ち直った。が、4回には長短2安打で1点を追加され5-0に。5回の途中からは、大川に代えて捕手の小山がマウンドに立ち、大川が捕手に回った。小山も、センター長尾のファインプレーなどもあり7回まで黒石打線を抑えた。
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8回裏、ついに1点を返す
8回裏、大きなチャンスを迎える
 しかし8回、小山の投球にタイミングがあってきた黒石打線が一気に攻め立てる。先頭打者が中前で出塁すると、送りバントで1死のあと、長打を含む6連続安打で6点をもぎ取った。つぎつぎと本塁を踏む黒石ナインの姿に、深浦の応援席の声も沈んできた。が、「ユースケ(裕輔)、がんばれ、一つずつアウト取っていけ-」と、小山投手の母親から大きな声援がかかる。
 なんとか2死としたあと、投手は2年生の西崎に交代、1安打を許したが追加点を与えなかった。8回表を終わって11-0という大差がつく。予想外の展開だと誰もが思ったろう。なんとか一矢報いたい深浦は、ここで意地を見せた。
 8回裏。「さー、反撃だよー、カズキー!」という大きな声援。これに応えるように、先頭打者の1年生の9番坂本一生が、この回からマウンドに立った黒石の小山内投手から右前にポトリと落とす安打を放つ。
 1番に戻って、この試合2安打と絶好調の田畑は四球で出塁した。さらにこれもここまで2安打の2番安田が四球を選び、無死満塁と絶好のチャンスを迎えた。3番小山は三振に倒れたが、4番大川のショートゴロの間に坂本が還り、ようやく1点を返した。
ようやく1点を返して沸く応援席
 2死二、三塁となって、つづく打席に2年生の中村元気が入る。打線はいままでこうしたチャンスに一本がでなかったが、中村の放った打球はレフト前に。3塁から田畑が還って追加点をあげた。スタンドはこの日一番の盛り上がりとなる。なおも2死一、三塁とチャンスはつづく。ここで、7回裏から打席に立った1年生の6番山本が打った一塁ゴロが相手のエラーを誘い、安田が還って11-3と追い上げた。
 点差は8点。すでに7回を過ぎているから7点以上の差がつけばその段階でコールド負けが決まる。あと2点取らならなければ9回裏の攻撃はない。ベンチの竹内監督としてもなんとかコールドは逃れたいところだった。しかし、7番の1年生、川村の打球はピッチャーライナーに。深浦の追撃もここまでに終わった。
試合終了を告げるスコアボード
 8回を終えて11-3のコールド負け。実力の差といえばそれまでだが、点差ほどの実力差はなかった。やはり初回の4失点と、主力に一本が出なかったところが大きかったといえよう。
「選手たちの動きや、野手同士の指示などをみていても、野球を知っているし、練習してきたいいチームだと感じましたよ」と、試合を見ていた県高野連の渡辺学理事長は、試合後に話していた。
 試合後、選手たちの目にほとんど涙はなかった。「初回に自分が打っていれば」(大川)、「力は出し切った。実力の差です」(小山)、「3年生は最後だから勝たせてあげたかった」(安田)など、思いはそれぞれだったが、思い切りやり通したという3年生と、まだ力を出し切れていないという1、2年生の違いはあったようだ。
試合後、球場外で竹内監督から話をきく選手たち
 試合を終え記者たちの質問に答えた竹内監督は、「走りを見せたかったんですが、4点差となるとそれを出す機会がなかった」と、機動力を生かす練習に力を入れてきただけに、それが生かせなかったことを悔やんだ。また、ピンチに立ったときを振り返り、「自分の力のなさを感じた。次の一手が出てこない」と、静かに話した。

 一昨年、昨年と初戦を突破してきただけに、今年の初戦コールド負けは、関係者にとっては残念だったろう。それでも、1年生3人をレギュラーにしてのチームで、実力校を相手にしっかり戦えるだけの力を少ない間によく整えたとみるべきだろう。
 こうして2010年夏の深浦の戦いは終わった。今回の試合開始時刻が8時58分。終了が11時09分。わずか2時間11分の間で一年間の実力が試されたことになる。あっけないといえばそれまでだが、どれも本番の戦いとはそういうものだろう。
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分校野球部、それぞれの夏
 青森県大会は、最終的には八戸工大一高が決勝で光星学院を破り、甲子園出場を決めた。深浦以外の"分校"の成績はどうだったかというと、平内は初戦でコールド負け。昨年は速球派のエースで初戦を勝ち抜いた今別は、今年は1、2年生だけの部員10人で戦い、同じく初戦でコールド負けに終わった。
芝の緑にあじさいの花が映える深浦のグラウンド
 15人の部員で春には9年ぶりに公式戦で勝利をおさめた大畑は、初戦を勝てば2回戦であたることになる柏木農業に対して、昨夏のリベンジを果たしたいと意気込んだが、初戦で惜しくも敗退した。唯一、昨年夏、深浦と接戦の末敗れた川内は、2回勝ってベスト16まで進み、ベスト8をかけた光星学院との試合に6-0で負けた。川内の部員は13人、すべて地元の生徒たちであり、大健闘だったと言えよう。
 八戸工大一高以外のチームは、大会を終えて、たいていがしばしの休みをとったのもつかの間、秋の大会へ向けて走り出した。深浦もまた、海を遠く見下ろす広大なグラウンドで練習を開始した。
 昨年は、夏の大会のあと人数が足りず秋の大会は参加を見合わせたが、今年はなんとか1、2年で9人確保できるので参加するつもりだという。
 10年前、深浦の生徒数は126人だった。この10年でほぼ半減したことになる。特別な施策や社会環境の変化がなければこの先もこの傾向はつづくだろう。そこで野球部はどうなるのか、学校はどうなるのか。
 不安と緊張感はあるだろうが、はっきりしているのは、来年もまた、なんとか夏の大会を迎えることができそうだということだ。そのときを楽しみに、彼ら分校野球部の足跡をしばし追ってみたい。
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