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日本は初戦がすべて、開催国、南アフリカに注目せよ
 アフリカでは初めての大会となるサッカー・ワールドカップが6月11日からはじまる。過去10回、世界各地でW杯を取材、今回もまた開会から決勝までを現地で取材するサッカー・ジャーナリストの牛木素吉郎氏に、大会の見どころや日本代表の勝算をはじめ現地での取材態勢などについて聞いてみた。聞き手は、世界のサッカーに詳しい駿河台大学教授の明石真和氏と三度海外のワールドカップ観戦の経験のある本誌編集部の川井龍介。
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1. 優勝はブラジルかアルゼンチンか
2. 日本は盛り上がらなくても南アはちがう
3. 日本は、初戦がすべて
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優勝はブラジルかアルゼンチンか
■川井
 まず、今大会の見どころをお聞きしたいのですが、ずばり牛木さんが現時点で、予想される優勝候補はどの国でしょうか。
■牛木
 グループリーグが終わってみないと見通しはつけにくいのですが、南米勢、つまりブラジルとアルゼンチンが有利ではないかと思います。ワールドカップでは、南北アメリカ大陸で開催したときには中南米勢が、ヨーロッパ大陸でやったときにはヨーロッパの国がほとんど優勝しています。今回は初のアフリカ大陸なので、予想が難しい。ただ南半球なので、冬の大会になるから、気候的には同じ南半球の南米勢が有利ではないかと。
 ヨーロッパ勢が有利なのは時差が同じであるということですが、現在のブラジルやアルゼンチンの選手は、その多くがヨーロッパのリーグでふだんプレーしている。だから、時差の点でも不利ではありません。そうした要件を組み合わせて考えると、やはりブラジルとアルゼンチンが優勝候補でしょうね。
■明石
 ヨーロッパ勢で優勝候補になりそうなのはどこでしょうか。
■牛木
 組合せから考えるとドイツかな。ドイツが入るグループDには、オーストラリア、セルビア、ガーナがいますが、特に強敵ではないですから。
■明石
 ワールドカップでは、どこのグループに入るかという「くじ運」みたいなものが、優勝には影響を及ぼしますか。
■牛木
 グループリーグでは、あまりないと思いますよ。「くじ運」という意味では、決勝トーナメントが問題です。ドイツはグループリーグを突破すれば、グループCで勝ち上がった国とまず対戦しますが、グループCには今回、飛び抜けて強いチームがないから、ベスト8まではおそらく勝ち進むだろうと予想できる。決勝リーグの対戦カードがどう組まれるかという部分で「くじ運」はあるかもしれませんね。
 でも、その国の国民を含めて、ワールドカップに取り組む姿勢であるとか、地の利などの方が戦局に与える影響は大きいと思いますね。
■川井
 スター選手というか、力量のある選手個人が及ぼす力はどうでしょうか。
■牛木
牛木素吉郎さん
 多くの人は、例えばメッシがいるから、ロナウドがいるから、その国は強いとか言うけれど、リーグ戦を勝ち上がっていく上では、一人の選手が大きな影響を与えることはほとんどない。例えばメッシの力が100で、彼が出られないからチームの力がマイナス100になるかというと、そうではない。別の選手だってちゃんと90くらいの力を持ってます。
■明石
 グループリーグの8つのグループを眺めてみて、見どころを教えていただけますか。
■牛木
 どのグループでも、第1シードと第2シードのチームが順当ならベスト8に進出するでしょう。おおむね欧州勢と南米勢ですね。1グループから2チームずつ進出できるから、強いチームが2つあっても問題はない。3番手のチームが手ごわいかどうかですね。そういう意味での激戦区は、Cグループのイングランド、アメリカ、スロベニア、アルジェリアだと思う。かつてはサッカーが盛んでないと思われていたアメリカが欧州勢と互角になりつつある。イングランド対アメリカがグループの初戦だからおもしろい。Gグループのブラジル対ポルトガルは強豪同士だけれどもグループの最終戦だから、両チームとも、すでに進出が決まっていて、いわゆる「お花見試合」になっているかもしれない。
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 日本は盛り上がらなくても南アはちがう
■川井
 今回の大会は、どうも今ひとつ盛り上がりにかけるという声をよく聞きますが、牛木さんはどう思われますか。
■牛木
南アフリカ代表チームの試合に沸くファン
 どの大会でも、オリンピックでも、始まる前はそういうふうに言われるものですよ。それから、盛り上がらないのはなぜかという質問をされたときに、必ず確認するのですが、日本で盛り上がっていないという話なのか。あるいは開催地・南アフリカが盛り上がっていないということなのか。川井さんはどちらのことを聞いていますか。
■川井
 日本で、盛り上がっていない方を指して聞きました。
■牛木
 それは確かに……。なぜ盛り上がらないかと言えば、岡田ジャパンに人気がないからですよ。岡田監督の選手起用が今ひとつ面白くないということと、スターがいないことが大きい。
■川井
 それでは、南アフリカでは盛り上がっているのでしょうか。
■牛木
 実は私もそこにとても興味があるのです。南アフリカで、どのように盛り上がっているのか。1995年のラグビーのワールドカップのときは、当時のマンデラ大統領が「ラグビーは白人のスポーツだが、この大会を南アフリカとして成功させよう!」と南アフリカ全体が一丸となって、この大会を成功に導いたのです。今回はラグビーと違って、もともと黒人のスポーツであるサッカーのワールドカップ。国民の意気込みが違うのではないかと思っています。このワールドカップという世界的大会を、自分たちが運営しているんだ、というプライドが高まっているようです。
 今回、南アフリカ・チームは不運にも強豪がならぶグループAなので、おそらくグループリーグ突破は難しい。けれども、南アフリカ国民が、この大会に対してどんな思いを抱いているのか。南アフリカの現場に私が行きたいのは、南アフリカの社会に、このワールドカップがどのような影響があるかを見たいからと言っても過言ではありません。
 南アフリカに行く前にもちろん情報収集はしていますが、それほど大げさな危険はなさそうです。危ない所はもちろんあると思います。しかし、どこの国にでも危険な地域・エリアはあるものです。真夜中の盛り場に、女性が一人でうろうろできるのは日本くらいです。だから日本の標準的感覚で、南アフリカが安全かどうかと考えてはいけないでしょう。
 しかし、ヨハネスブルクでも、殺人事件が起きている場所は限られています。南アフリカの駐日大使の話を聞いたのですが、確かに南アフリカ国内の殺人件数は多いけど、観光客が殺人事件の犠牲者にはなっていないと。
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家を借り切ってハイヤーで会場を回る
■明石
 牛木さんはすでに10回もワールドカップを取材していますが、これまで取材で危険を感じた経験はありますか。
■牛木
 生命の危険という意味では本当にないです。一番危険なのは「スリ」ですよ。スリの世界でもワールドカップに合わせて、スリのワールドカップとでもいえるものを開催しているのではないかと思うくらいです。私もかつて一度やられました。1986年のメキシコ大会のとき、長距離バスに乗ったのですが、降車してホテルに着いてから、内ポケットに入れていた封筒の中のお札が盗まれていたことに気付いたという経験があります。内ポケットのボタンをはずして盗んで、そのあとちゃんとかけて、封筒だけ内ポケットに残して中身だけなくなっていました。
 翌日、メディアセンターで「昨日、スリにやられた」とこの話をしたら、現地の人が「それはメキシコ人のスリじゃない。メキシコにはそんな名人はいない。イタリアから来たスリに違いない」と冗談を言っていました(笑)。
■明石
 貴重なものが盗まれなかったのは不幸中の幸いでしたね。
■牛木
 特に危ないのはカメラマンなんです。高価な機材を持っているからね。知り合いのカメラマンの中に被害にあった人が何人もいます。宿泊している部屋にもどったら、ベッドの上に置いていたカメラと望遠レンズ一式がなくなっていたとか、白タクに乗ったら、人気のないところに連れていかれ、カメラだけでなく、身ぐるみはがされた例もあります。
■明石
 牛木さんは前回のドイツ大会のときには、一軒の家を共同で借りて、取材したと聞いていますが、今回も一軒家をまるごと期間中借りて、取材をするそうですね。
■牛木
 ドイツでは、フランクフルトで、たまたまいい場所にペンションを借りることができたんです。観戦にも、ファンフェスタにも、競技場にも交通至便。3階建ての建物で、4部屋6ベットを借りきりました。
 そもそもワールドカップのときは、慌てて宿を探さないことにしてるのです。というのは、一年くらい前はとにかく値段が高い。今回は1泊4万円らいで提示されていました。しかし、大会が近づくと暴落するものなんです。今年の2月に入ってから現地のホテルの値段が下がり始めた。それで、どこか長期で取材、観戦するための拠点となる物件を私が主催するビバサッカー研究会という仲間と探していたんです。
 そして、首都プレトリア郊外の丘の上にある家を借りることにしました。寝室が5つ、ゲスト用の寝室や応接間や居間があり、庭にはプールがあってバーベキューなんかもできる。プールは冬ですから役には立ちませんが。
 家賃は1泊1ベッドあたり130ドルくらいになる物件だったのですが、交渉して40日間借り切って2万8000ドルで手を打ちまた。仮設ベッドを入れて15人も泊まれる。40日間平均して7~8人泊まるとして、1人1日、80ドル以下になる。宿泊希望者が予想以上に集まったのと、ドルの値下がりで、充分ペイしそうです。
■川井
 具体的に誰が泊まるかということは決まっているのですか。
■牛木
メインスタジアムとなる
ヨハネスブルクのサッカー・シティ
 僕ともう2人は40日間まるまる滞在する。その他、カメラマンが3人ほどわりと長く滞在。40日間めいっぱい滞在する人は一人80ドル、前半は日本戦なんかもあって人気があるから原則、一人100ドル、後半は5日以上の滞在者は90ドル、4日以下の短期だけという人は110ドル、飛込みで宿泊する場合は140ドルと、細かく決めてるんです。床にごろ寝でもいいから泊めてと言う人が出てきた(笑)。もう定員超過でお断りしています。
■明石
 大繁盛ですね(笑)。
■川井
 今大会中、現地でスタジアムなどへの移動など交通手段はどうされるんでしょうか。
■牛木
 買い出しなどをするために、共用のレンタカーを借りることにしています。とにかく、山の上ですから、買い物や空港へ送り迎えに車はあった方が便利だろうと。朝食は食堂にパンと飲み物くらいは用意します。昼食、夕食はたいてい外で食べますが、キッチンがあって、料理が好きな人もいるから、自由に用意できるはずです。
 しかし、試合会場へ行くときはレンタカーは使いません。今回、心配だったのはその移動手段をどうするかということだったのです。借りる家の大家さんに尋ねたところ、レンタカーは、地理を知らない人が運転するのは危険だから止めた方がいいと言われました。危ないエリアに行かない限り危なくはないと、先ほど言いましたが、遠方まで車で移動していると、その危険なエリアに、そうとは知らずに入ってしまう可能性があるわけです。
 実際に一直線にまっすぐ通っている道の途中で、前後から挟まれて襲われた例があったそうです。大家さんからは移動にはハイヤーがいいと勧められました。そこで値段はどのくらいか、何か条件などはあるかFAXで送ってもらったのですが、半日借りて日本円で約6000円、遠出の場合は1キロにつき割り増し料金がかかり、途中で運転手に食事を食べさせてほしいなどの条件がありました。
 法外な値段や条件ではなく、私たち日本人としても常識の範囲内だと思ったので、現地では主にハイヤーを使うことにしているんです。移動することがすでに分かっている日については、予約していますよ。
■明石
 いつも思うのですが、牛木さんのマネージメントというか、その計画性の高さには、本当に驚かされます。ハイヤーだとしかし、大勢で移動するときには大変ですね。
■牛木
 大勢で、遠くのスタジアムに行くときには、バスをチャーターすることも考えています。でも私のように取材で行く人は基本はハイヤーを使う。試合が終わっても取材が終わらないと帰れないから、その間、バスをずっと待たせるのは申し訳ないでしょう。
■川井
 バスで移動するというのは、具体的にはどのスタジアムですか。バスを運転するのは現地の人ですよね。
■牛木
 まずブルームフォンテーンの日本対カメルーン。ここまでは片道4時間強だということです。次はダーバンの日本対オランダですね。こちらは6時間もかかる。おそらく夜行になるだろうと思います。運転手はもちろん現地の人をお願いしています。
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PROFILE

牛木 素吉郎

1932年生まれ。元読売新聞(東京)運動部記者。ワールドカップを70年メキシコ大会で日本人の記者としてはじめて取材、以後毎回現地で取材。「サッカーマガジン」誌に66年の創刊以来、2006年まで時評を連載。現在、ビバ!サッカー研究会、日本サッカー史研究会を主宰。
主な著作:
『ワールドカップのメディア学』
(共編著、大修館書店)
他、多数
ワールドカップのメディア学
PROFILE

明石 真和

1957年千葉県銚子市生まれ。現在駿河台大学教授、2010年3月までサッカー部部長。2003年度ミュンヘン大学客員研究員としてドイツ滞在。本誌にて、「ドイツとドイツサッカー」を連載。
グループリーグ
 
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