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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
小学館、日経が参入。顕著な「格差、貧困、労働」―08年「新書」事情を振り返る 02
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4. 裁判は真実を明らかにする場ではない
5. ブームになるテーマを見据えた企画作りを
6. 関心が高かった中国、低かったアメリカ
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裁判は真実を明らかにする場ではない
■田嶌
 それから、タイムリーな話題といえば、重村智計さんの『金正日の正体』(講談社現代新書)。いまでも真偽のほどは不明ですが、この本が出版されてまもなく、金正日総書記が表舞台に登場しなくなって、すわ重病か死亡かとマスコミが報道した。タイミングはたまたまでしょうが、やはり専門家でないと書けない内容ですよね。
 あと気になっていると言えば、「今月もまた出しているのか」といったお馴染みの著者が何人かいますね(笑)
■菊地
 そうそう。今年、新書に限って一番出しているのは香山リカさんで、共著を含め7冊、斎藤孝さんが同じく5冊、同じく茂木健一郎さんは4冊。出せばある程度売れるという人たちに編集部が安易に頼んでいるような構図が見え隠れしますね。
■川井
 それに対して外国を扱っているものは、読者の食いつきが悪いからかあまり見られませんでした。アメリカ大統領が初めて、黒人のバラク・オバマ氏になったのに、新書では大統領関連のものがほとんどない。単行本や雑誌、ムック本などでは散見されるだけに、ちょっと寂しい感じがします。
 もうひとつ。今年は「誰でも良かった犯罪」が頻発してにも拘わらず、真っ正面から書いたのは『誰でもいいから殺したかった!/追い詰められた青少年の心理』(碓井真史著、ベスト新書)くらいでした。
■田嶌
 改正少年法が今日(12月15日)施行されて、少年犯罪の被害者が非公開の少年審判に出席できるようになったけれど、今までは、罪を犯した少年が何を言って、どう審議されたのかが、見えてこなかった。それを取材して書くというのは、相当な労力と時間が必要でしょうから、難しいのは事実ですね。
■菊地
 今年、死刑が執行された東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の死刑囚・宮崎勤は、裁判で「ネズミ人間が現れ……、気がついたらマネキンのようなものが落ちていた」とか、光市母子殺人事件の裁判では、「押し入れに入れたらドラえもんが生き返らせてくれると思った」などの証言が飛び出す。本人が本気でそう言っているのか、弁護団が戦術として言わせているのかは分からないけれど、いずれにせよ、そうした無茶苦茶な論理を展開してしまう事例が増えてきているので、真相に迫ろうにも迫れない。
■田嶌
 裁判というのは、決して事実を明らかにする場ではないということですよね。例えば、弁護士は事実を知っていても、不利に働くことならば裁判で決して言わない訳です。でも、私たちとしては事実こそ知りたい訳ですよね。裁判が事実認定の場であって欲しい。
■川井
 犯罪予防としても、なぜそういった犯罪が起きたのか。その背景に何があるのか。そうした内容の新書が出てきて欲しいですね。
■菊地
 たとえば朝日新聞社会部の取材陣が総力をあげれば、読み応えのある新書ができると思いますね。是非、新聞社系に期待したい。
■川井
 2009年に裁判員制度が始まるのを受けて、裁判官を批判的に論じるものや、裁判の現状を追いかけたような新書も出版されました。元判事の井上薫さんが『裁判官の横着/サボる「法の番人」たち』(中公ラクレ)、『痴漢冤罪の恐怖/「疑わしきは有罪」なのか?』(生活人新書)と2冊立て続けに出しました。やはり関心が向いているテーマですね。
 今年は、サブプライム問題や石油高騰から始まり、世界的な金融不安まで、経済状況がとても悪くなった。そんな中、先月出版された『強欲資本主義 ウォール街の自爆』(神谷秀樹著、文春新書)がベストセラーになっているのはよく分かります。現在のような経済状況にいたった背景を分かりやすく説明している。
■菊地
 経済状況がこうなのに、『ロハスに楽しむFX/外貨投資7つの約束』(大竹のり子著、小学館101新書)とか『2時間でわかる外国為替/FX投資の前に読め』(小口幸伸著、朝日新書)とか、いやしくも小学館と朝日が何をのんきなものを出しているのか!と思います。
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ブームになるテーマを見据えた企画作りを
■川井
 柔らかいテーマでは、やはり“テツ”ですかね。根強い人気です。
■田嶌
 昔の鉄道ファンは、自分が鉄道ファンだとは言わなかった。それが、「テツドル」とかいってアイドルまで出てきた(笑)
■菊地
 確かに多かったですねぇ。しかし、0系新幹線に特化した新書は出ませんでしたね。これからなのかな。
■田嶌
 新幹線の開発に携わった人のインタビューなどを元にして『0系のすべて』みたいな本が出たら面白い。先日、テレビで見たのだけれど、0系の先頭車両の、あの丸いフォルム。あれは、ひとりの板金工がトンカチで叩いて、最終的にピタッとはまったというものらしいんですよね。そういうのをノンフィクションで書いてもらったら、私は読むなぁ(笑)
■菊地
 そもそも、0系新幹線が注目されるのは、ずっと前に分かっていたはず。新書の場合、企画から出版までどんなに早くても3ヵ月かかるとしても、前々から気付いていれば、タイムリーに出版できたと思うんですよ。明らかに何ヵ月後、何年後にブームを起こすテーマを見据えて、企画を立てて欲しい。いま、クレーマーがブームだから、クレーマーについての本を出そうではなくて、先を見越して、時宜にかなった本を世に出していこうと言うことも大切だと思います。
■川井
 それから、アンチ健康も目立ちました。例えば「脱メタボ」と言われているが、そんなのは医療関係者がそういうムードを作って、自分たちが金儲けをしようとしているだけだという観点ですね。『痩せりゃいい、ってもんじゃない!/脂肪の科学』(森永卓郎、柴田玲著、文春新書)、『病気にならない体はプラス10㎏』(柴田博著、ベスト新書)を読んで、安心した人も多いのではないでしょうか(笑)
 同じように、幻冬舎新書のベストセラーになった『偽善エコロジー/「環境生活」が地球を破壊する』(武田邦彦著)といったアンチ・エコものが目につきました。他にも『環境活動家のウソ八百』(リッカルド・カショーリ、アントニオ・ガスパリ著、新書y)や『科学者の9割は「地球温暖化」CO2犯人説はウソだと知っている』(丸山茂徳著、宝島社新書)も出ましたし。
■菊地
 確かにメタボ検診に意味があるかは疑問ですけど、メタボは良くないと思いますよ(笑)。ただ、定説のように流布していることが本当に事実かと問うているものとして、「アンチ健康」「アンチエコ」本は注目されましたね。
■田嶌
 私が気になったのは、講談社のブルーバックスですね。今年はさらに柔らかい内容になった気が……。本来は理系の人たちのための入門書だったのに、ずいぶん文系でも分かるような、つまり一般向けの本が増えた。『料理のなんでも小事典/カレーはなぜ翌日に食べる方がおいしいの?』(日本調理科学会編著)、『理系のための人生設計ガイド/経済的自立から教授選、会社設立まで』(坪田一男著)、『デジタルカメラ 「プロ」が教える写真術/機材選びから撮影、画像補正まで』(長谷川裕行著)など、切り口はブルーバックスらしいのだけれど……。読者層を広げようとしているのは分かりますけどねぇ。
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関心が高かった中国、低かったアメリカ
■川井
 地域ものではどうでしょうか。『「チベット問題」を読み解く』(大井功著、祥伝社新書)、『チベット問題/ダライ・ラマ十四世と亡命者の証言』(山際素男著、光文社新書)などチベットものが出ましたね。それから、ロシアを扱った新書が多かったのも特徴的でした。変わったところでは、フィンランド。『フィンランド 豊かさのメソッド』(堀内都喜子著、集英社新書)、『フィンランドの教育力/なぜ、PISAで学力世界一になったのか 』(リッカ・バッカラ著、学研新書)。
■菊地
 経済一辺倒で突っ走ってきた日本が曲がり角に来て、本当の豊かさをフィンランドに求める機運が高まったのでしょうか。
 それに、『BRICsの底力』(小林英夫著、ちくま新書)のようにBRICsに関するものも出始めましたね。
■田嶌
 私はやはり、酒井啓子さんの『イラクは食べる/革命と日常の風景』(岩波新書)。タイトルは少し砕けた感じですが、中身は本当にしっかりした本。日本ではイラク問題はブームが過ぎた感じでしたが、専門家が面白い切り口でしっかり書けば、やはり読み応えのある本になるんだということを、はっきりと示したいい例だと思いましたね。
■菊地
 今年はオリンピックイヤーでしたから、やはり中国ものが多かったですよね。中国の歴史から、中国人とビジネスするにはどうすればいいかまで。北京オリンピック前には、「嫌中」を煽るような内容のものも出た。その一方で、大統領選もあったというのに、アメリカ本は少なかったですよね。中国には関心が向くが、アメリカには関心がない。そういう1年だったということでしょう。
■川井
 日本国内に目を向けると、沖縄案内の本で、『沖縄イメージを旅する/柳田國男から移住ブームまで』(多田治著、中公ラクレ)は斬新な捉え方だったと思います。それなのに、トカラ列島の本は……。来年、皆既日食がトカラ列島から一番よく見られるとかで注目されていますが、こと新書に限って言えば、あまりそこを強調していません。もっと前面に出してもおもしろいと思いましたね。
■田嶌
 国内の地域ものして思わず笑っちゃったのは、『北海道から沖縄県まで日本全国「ヨイショ」のツボ』(岩中祥史著、祥伝社新書)。
■川井
 たしかに。笑いながらもうなってしまったのは、『ホームレスどっこいお気楽名言集』(矢野弥八著、ベスト新書)ですね。
■菊地
 いやいや、あそこまでホームレスの取材をするのは大変なんですよ。僕も経験があるから分かります。本当によく取材したなと思いましたね。手抜き新書が多い中、大変な労力だったと脱帽です。
■川井
 先月出たビートルズの2冊も、一気に読めました。『ビートルズの謎』(講談社現代新書)の著者・中山康樹さんは超ビートルズファン。これまで『超ジャズ入門』(集英社新書)や『クワタを聴け!』(集英社新書)などを書いてきた人で、表現力が豊かで読んでいて楽しい。もう1冊の『真実のビートルズ・サウンド』(川瀬泰雄著、蔭山敬吾編、学研新書)は音に特化していて、これも興味深い。新書の可能性を感じました。
■菊地
 特に団塊世代には、たまらないでしょうね。
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金正日の正体

金正日の正体
重村智計著
(講談社現代新書)

痴漢冤罪の恐怖/「疑わしきは有罪」なのか?

痴漢冤罪の恐怖/「疑わしきは有罪」なのか?
井上薫著
(生活人新書)

強欲資本主義/ウォール街の自爆

強欲資本主義/ウォール街の自爆
神谷秀樹著
(文春新書)

偽善エコロジー/「環境生活」が地球を破壊する

偽善エコロジー/「環境生活」が地球を破壊する
武田邦彦著
(幻冬舎新書)

科学者の9割は「地球温暖化」CO2犯人説はウソだと知っている

科学者の9割は「地球温暖化」CO2犯人説はウソだと知っている
丸山茂徳著
(宝島社新書)

理系のための人生設計ガイド/経済的自立から教授選、会社設立まで

理系のための人生設計ガイド/経済的自立から教授選、会社設立まで
坪田一男著
(ブルーバックス)

「チベット問題」を読み解く

「チベット問題」を読み解く
大井功著
(祥伝社新書)

BRICsの底力

BRICsの底力
小林英夫著
(ちくま新書)

沖縄イメージを旅する/柳田國男から移住ブームまで

沖縄イメージを旅する/柳田國男から移住ブームまで
多田治著
(中公新書ラクレ)

ホームレスどっこいお気楽名言集

ホームレスどっこいお気楽名言集
矢野弥八著
(ベスト新書)

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