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小学館、日経が参入。顕著な「格差、貧困、労働」―08年「新書」事情を振り返る
大手出版社として唯一「新書」を出していなかった小学館が、ついに「新書」シリーズを創刊した。取り扱われるテーマや分野が飛躍的に広がっているなか、岩波新書は創刊70周年を迎え、格差や貧困などの社会問題に鋭く切り込んだものを出版。「老舗」教養新書としての面目をほどこした。08年の新書傾向と09年の展望について、「新書マップ」の編集に携わる本誌編集長と、菊地武顕氏、田嶌徳弘氏に語ってもらった。
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1. 大手出版社が新書を創刊するも軽めの内容
2. 内容が的確に伝わるタイトルを
3. 親も患者も妻までも… "モンスター"化する人々
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大手出版社が新書を創刊するも軽めの内容
■川井
 今年もまた新書シリーズが幾つも創刊されました。主なところでは「小学館101新書」と「日経プレミア新書」ですね。
■菊地
 昨年と違って、大手出版社が満を持して出したという印象ですね。とは言え「小学館101新書」ですが、ビートたけし『貧格 ニッポン新記録』は週刊ポストの連載をまとめたもの。純粋な、硬派な教養新書を求めていた読者層にとっては、許し難いラインアップだったかもしれません。
■川井
 小学館はバック・グラウンドが大きい出版社ですから、堅い教養ものを出すかなと期待していましたが、ワンテーマ・マガジンに近いものでした。ますます新書が柔らかい内容になってきましたね。「日経プレミア新書」の方はどうでしょうか。
■菊地
 創刊ラインアップのナンバー「1-1」が小泉純一郎による音楽本ですからね……。格差社会を生み出した張本人というべき人が、この時期に脳天気にクラシック音楽を語っても、ピンときませんね。
■田嶌
 石田衣良さんとか、著名な作家を連ねた印象はありますけど。
■菊地
なんと言っても“日経”ですから、経済学者だとか経済記者だとか、「経済」ものを充実させるのかなと思っていましたが、あまりそういう感じもしないです。
■川井
 ほかにも「ソニー・マガジンズ新書」、「ビレッジブックス新書」などが出ましたね。
■菊地
 どちらも、とても薄いんですよ。
■田嶌
 創刊新書もそうだし、既存の新書シリーズにも言えることですが、こんなにも柔らかいテーマばかりでいいのかなとは思います。最近、岩波新書が創刊70周年フェアの一環で、いくつか復刊をしました。あれを見ると、やっぱり以前の新書はとても硬派だったんだなと思いますね。かつてはこれを「新書」と言っていたんだと。
■菊地
 軽さという意味で、吉田茂と麻生太郎くらいの違いがありますね(笑)
■川井
 岩波のPR誌『図書』で岩波新書創刊70周年を記念して、識者が岩波新書の中で推薦したい本を3冊取り上げるという特集をしていましたが、最近のものがほとんどありませんでしたね。
 一方で、12月14日付けの毎日新聞朝刊で、『2008年「この3冊」』と題して、書評欄執筆メンバーがそれぞれ今年のお勧めベスト3を紹介していましたが、新書もたくさん推されていました。『アダム・スミス/『道徳感情論』と『国富論』の世界』(堂目卓生著、中公新書)、『地震の日本史/大地は何を語るのか』(寒川旭著、中公新書)、『金融権力/グローバル経済とリスク・ビジネス』(本山美彦著、岩波新書)、『奇想の江戸挿絵』(辻惟雄著、集英社新書)、『ジャガイモのきた道/文明・飢饉・戦争』(山本紀夫著、岩波新書)、『広田弘毅/「悲劇の宰相」の実像』 (服部龍二著、中公新書)、『気骨の判決/東條英機と闘った裁判官』(清水聡著、新潮新書)、『紫禁城/清朝の歴史を歩く』(入江曜子著、岩波新書)の名が挙がっています。
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内容が的確に伝わるタイトルを
■川井
 柔らかい内容のものが多くなりましたが、一方で、中公新書は頑なに“保守派”というか、オーソドックスな教養新書を出していますね。そこが、面白い。
■菊地
 昨年の「07年『新書』事情を振り返る」特集で、岩波新書にはもっと頑張ってもらいたいと述べましたが、今年は中公新書に引っ張られたのか、岩波新書も復活傾向に。たとえば『反貧困/「すべり台社会」からの脱出』(湯浅誠著)は注目を集めました。
  それに、中公新書や岩波新書は、タイトルがとても分かりやすくていいですね。
■川井
 中公新書は特にストレートなタイトルが多い。『英語の歴史/過去から未来への物語』(寺澤盾著)、『電車の運転/運転士が語る鉄道のしくみ』(宇田賢吉著)、『黄金郷(エルドラド)伝説/スペインとイギリスの探険帝国主義』(山田篤美著)、『正倉院/歴史と宝物』(杉本一樹著)など、本当に直球勝負。逆に、ちくま新書はタイトル付けが迷走している印象があります。
■菊地
 全般的に、何を言いたいのかよく分からない本が、何を言いたいか全く分からないタイトルで出てるように思いますね。タイトルを見て、「これは何について書かれた本だろう?」と手に取ってみると、案の定、中身を読んでもさっぱり分からない(笑)
■川井
 いまの時代の現象や問題をテーマにして本をつくりたいという意図はわかるのですが、いろいろな分野の専門研究から論じてもらおうというところにちょっと無理を感じます。
■菊地
 「新書はタイトルが9割」くらいのつもりで作っている編集者が多いのではないでしょうか。あまりにも、奇をてらいすぎているのはいかがなものかと。やはり内容が重要だし、その内容が伝わるタイトル付けが必要だと思います。
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親も患者も妻までも… "モンスター"化する人々
■川井
 話を変えて、今年、気になったテーマは何でしょうか。
■菊地
 特に上半期に刊行数が多かったのですが、モンスターペアレントに代表されるような、クレーマー関係ですかね。3月には一気に3冊も"バカ親本"が出ました。『親たちの暴走/日米英のモンスターペアレント』(多賀幹子著、朝日新書)、『バカ親、バカ教師にもほどがある/子ども化する大人たち』(藤原和博談、川端裕人聞き手、PHP新書)、『オレってバカ親?/モンスターペアレンツにはなりたくない』(眞邊明著、ソニー・マガジンンズ新書)の3冊です。つい先月には、モンスター・ペイシェントに関する本が出ましたし(『モンスターペイシェント/崩壊する医療現場』南俊秀著、角川SSC新書)、『モンスターワイフ/幸せなふりはもうしない』(二松まゆみ、講談社+α新書)なども出版されました。いろんな人が“モンスター”化しているということでしょう。
■川井
 世相の反映なのでしょうね。ビジネス用として、そういう人にどのように対処すればいいかといった内容のものも出ました(『プロ法律家のクレーマー対応術』横山雅文著、PHP新書、『ぼくが最後のクレーマー/クレーム攻防の方法』関根眞一著、中公ラクレ)。
■菊地
 こうした本が売れているということは、クレーマーと言われる人たちの言動を、おかしいんじゃないか、困ったなと思っている良識ある人が多いということだと思うんですよ。それには救われますね。
■田嶌
 クレーマー自身は、こういう本は買わないでしょうからね(笑)
■川井
 格差や貧困についての新書が、ますます出ましたね。岩波新書からは先ほど挙げた『反貧困』の他にも、アメリカの貧困問題を扱った『ルポ 貧困大国アメリカ』(堤未果著)や、格差問題が教育現場でも大きな問題になっていることを述べた『子どもの貧困/日本の不公平を考える』(阿部彩著)などが出ましたが、読み応えがありました。
■菊地
 子供の教育格差が大きな問題になっているのが、よく分かりました。それを伝える本は他にも、『子どもの最貧国・日本/学力・心身・社会におよぶ諸影響』(山野良一著、光文社新書)、『教育格差が日本を没落させる』(福地誠著、新書y)が出ています。
  その反対に「名門校」を賞賛するような新書が出ているのも、格差という時代を受けてのことでしょう(『名門中学 最高の授業/一流校では何を教えているのか』鈴木隆祐著、学研新書、『名門中学の作り方/未来志向の学校を選ぶ8つのポイント』本間勇人著、学研新書、『47都道府県の名門高校/藩校・一中・受験校の系譜と人脈』八幡和郎、CDI著、平凡社新書)
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PROFILE

菊地 武顕

雑誌記者
1962年宮城県生まれ。明治大学法学部卒業。86年1月から、「Emma」(当時は隔週刊。後に週刊化)にて記者活動を始める。以後、「女性自身」、「週刊文春」と、もっぱら週刊誌で働き、近年は映画、健康を中心に取材、執筆。
現在はグラビアを担当。記者として誇れることは「病欠ゼロ」だけ。

田嶌 徳弘

1954年東京都生まれ。埼玉大学理工学部数学科卒。80年毎日新聞入社。大阪社会部、外信部、カイロ特派員、毎日インタラクティブ編集長、毎日ウィークリー編集長などを経て、現在、生活情報紙「ここち」編集長。

川井 龍介

「風」編集長。
近著に『「十九の春」を探して/うたに刻まれたもう一つの戦後史』。

 

奇想の江戸挿絵

奇想の江戸挿絵
辻惟雄著 (集英社新書)

気骨の判決/東條英機と闘った裁判官

気骨の判決/東條英機と闘った裁判官
清永聡著
(新潮新書)

反貧困/「すべり台社会」からの脱出

反貧困/「すべり台社会」からの脱出
湯浅誠著
(岩波新書)

正倉院/歴史と宝物

正倉院/歴史と宝物
杉本一樹著
(中公新書)

親たちの暴走/日米英のモンスターペアレント

親たちの暴走/日米英のモンスターペアレント
多賀幹子著
(朝日新書)

バカ親、バカ教師にもほどがある/子ども化する大人たち

バカ親、バカ教師にもほどがある/子ども化する大人たち
藤原和博著、川端裕人聞き手
(PHP新書)

ルポ 貧困大国アメリカ

ルポ 貧困大国アメリカ
堤未果著
(岩波新書)

子どもの最貧国・日本/学力・心身・社会におよぶ諸影響

子どもの最貧国・日本/学力・心身・社会におよぶ諸影響
山野良一著
(光文社新書)

教育格差が日本を没落させる

教育格差が日本を没落させる
福地誠著
(新書y)

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