風
 
 
 
 
 
 
[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
現役日系人将校が投げかけたイラク戦争の是非-軍人が反戦を訴えるとき-
「北米報知」記者 佐々木 志峰
  「私はイラク戦争への参加を拒否します」。2006年6月、アメリカ軍の現役将校、アーレン・ワタダ中尉(当時28歳)が宣言した。イラク戦争の不法性を訴え、同軍将校として初めて公式に従軍を拒否した。彼は軍法会議にかけられたが、この問題は退役、復員軍人会、日系人社会、反戦団体のみならず、連邦裁判所をも巻き込んだ。若き日系人の決断から始まった、約1年半の流れを振り返る。
1
1.「イラク戦争は違法」―混迷を極める情勢を非難
2.素顔―あらゆる不当な行為から米国を守る
3.市民を巻き込んだ軍法会議
1
「イラク戦争は違法」―混迷を極める情勢を非難
 2003年3月の開戦以来、イラクでのアメリカ兵の死者数は3870(11月18日現在)に達し、有志連合軍の犠牲者も合わせるとその数は4100を越えた。さらに現地の市民犠牲者数を調査するイラク・ボディー・カウント(IBC)によると、イラクでの犠牲者数は11月4日の段階で約8万人前後に達した。
反戦集会の会場に置かれるブーツ。それぞれにはイラクで戦死した兵士の情報が記入されている。
  日々伝えられるアメリカ軍駐留兵の犠牲者に加え、次々と投入される軍事費用は将来的に計1兆ドル(約110兆円)に上るとされ、市民の一部からは疑問や批判の声が上がる。教育や医療保険制度への予算手当を望む声は絶えず、2008年に大統領選挙を控える今、イラク戦争の是非はアメリカでますます大きな政治上の争点となっている。
  平和団体American Friends Service Committeeによれば、アメリカがイラク政策で費やす一日当たりの費用は7億2000万ドル(約800億円)。この費用で、16万人以上に健康保険を提供でき、約3万5000人の学生を4年制大学へ進学させ、84の小学校をつくり1万2000人以上の教師を雇うことができるという。
  定期的に開かれる大規模な反戦集会では、ブッシュ政権が唱え続ける「テロとの戦争」の命令に従いイラクに赴いた帰還兵が、戦争終結を求め声高に叫ぶ姿も見られる。さらに現役兵士の中にも、イラク派兵を拒否する者が後を断たない。
  太平洋岸の都市、シアトルから南へ50マイル弱(約80km)にある、アメリカ軍フォートルイス基地の陸軍第一軍団第3ストライカー旅団に所属していたワタダ中尉もその一人。2006年6月7日、彼はイラク戦争が国際法上違法であると主張、「アメリカ軍将校として、不正義に異議を唱えることは義務と考えます」と、不当な戦争、戦後占領政策への一切の加担を拒否する声明を発表した。
2
素顔―あらゆる不当な行為から米国を守る
アーレン・ワタダ中尉
  ワタダ中尉はハワイ州ホノルル出身の日系三世。ハワイ・パシフィック大学在籍中に起きた9・11、米中枢同時テロ事件を機に陸軍へ志願した。士官学校に通い03年11月に少尉として韓国に赴任、フォートルイス基地には05年6月に転属された。「不当な敵から米国を守りたい」――。ブッシュ政権が掲げたテロとの戦いに共感し、その思いを体現する一将校として、軍内でも活躍が期待される存在だった。
  しかし、同基地転属まもなく受けた、イラクへの赴任準備命令でワタダ中尉の心情に変化が起きた。この時点で、イラク戦争の大義名分だった大量破壊兵器の存在、アルカイダとの関連の可能性は認められず、彼は日々犠牲者を増やすこの戦争を遂行することに対して疑問を抱くようになっていた。帰還兵などの話に耳を傾け、自ら調査を進めた結果、「イラク戦争は根拠なく開始された、道義的、法的に不当なもの」との結論にいたる。違法である以上、自らその行為に加担することは許されないと判断した。
  彼はまず除隊を嘆願した。しかし受け入れられなかったため、アフガニスタンへの赴任地変更を求めた。9・11に直接関連があり当地への出軍は不当性がないと思われたからだ。だがこれも却下された。
  イラク従軍拒否の声明発表から約2週間後、派遣日にあたる6月22日にワタダ中尉は改めて命令を拒否し、基地に留まった。彼の部隊は当日、イラクへ向け出発していった。
2
市民を巻き込んだ軍法会議
 アメリカ軍は即座にワタダ中尉を軍法会議にかける。イラク派遣の部隊に合流しなかった「任務拒否罪」、任務拒否に伴う「上官侮辱罪」(2件)、メディアを通じイラク戦争を批判した「将校としてふさわしくない行為」(3件)の計6件の罪を問うたが、これらがすべて有罪として認められると懲役7年の刑に相当する。
  一方、ワタダ中尉側は、イラク戦争が国連安全保障理事会の承認なしに始められたこと、当時報じられていた捕虜への扱い、クラスター爆弾などの兵器使用が国際法などに違反していると指摘。国の政策を批判した事に対しては、アメリカ憲法にある「言論の自由」は万人に認められた権利と主張した。
支援者へ感謝するワタダ中尉の母親、キャロライン・ホーさん。
  平和活動家を含め、ワタダ中尉を擁護するグループは、アメリカ各地で集会を開き、彼の父親でベトナム戦争で徴兵拒否の経験を持つボブ・ワタダさん、母親のキャロライン・ホーさんら家族が各地をまわり、一般市民へ支援を訴えた。
  その後の予備審理で「上官侮辱罪」2件と「将校としてふさわしくない行為」の1件が取り下げられ、軍法会議では3件について争われることになった。罪状がすべて認められた場合の懲役は4年となったが、ワタダ中尉が主張するイラク戦争の違法性は、あくまで軍法会議では審議対象外とされた。一方ワタダ中尉は、自らの主張を貫き通すかわりに有罪となる覚悟を口にしていた。
2月5日、フォートルイス基地前に集まるワタダ中尉擁護派。
ワタダ中尉に賛同する市民たち
  軍法会議は07年2月5日に始まった。この日、フォートルイス基地の前では、反戦派として知られる俳優のショーン・ペンさんら反戦活動家とワタダ中尉を擁護する人たち数千人が集会を開いた。一方、これに反対するグループもまた、「言い逃れをするワタダを投獄せよ」といったプラカードを片手にアピールを繰り広げた。
  注目を集めた公判は開廷3日目の2月7日、ジョン・ヘッド軍判事が審理無効を宣言し、意外な形で閉廷を迎えた。理由は、訴訟内容の事前合意書にある「イラク従軍の任務に応じなかった」という一文に両者の理解不一致が見られたということだった。軍側がもっとも裁きたい任務拒否の罪は、ワタダ中尉が主張するイラク戦争の違法性にまで審議が及ぶ必要性が生じたこともあり、これをとりあげることを避けた様子がうかがえた。
<< PAGE TOP
1 2
PROFILE

佐々木 志峰

 1976年東京都生まれ。立教大学法学部、オレゴン大学ジャーナリズム学部卒業後、04年からシアトル日系新聞社「北米報知」記者として日、英両語の編集に携わりながら、幅広くシアトル日系コミュニティーを追う。平成19年度海外日系新聞放送協会写真部門賞受賞。
shihou@napost.com (アットマークを小文字に書き換えて下さい)
北米報知
 1946年創業のシアトル邦字新聞社。前身は北米時事社(1902年創業)。主に日系一世と戦後日系移民に情報を提供してきた。活動は徐々に縮小、世代を通じ、シアトル唯一の日英バイリンガル新聞として日系社会の声を伝える。海外日系新聞放送協会会員。外務大臣表彰受賞(2005年)。週1回発行。www.napost.com (現在工事中)
 
<< PAGE TOP
Copyright(C) Association Press. All Rights Reserved.
著作権及びリンクについて