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検索の世界を牛耳るグーグルの野望とは?―巨大企業をとらえたNHKスペシャル、担当ディレクターが明かす
 情報検索を広告ビジネスと結びつけて、驚くべき成長を遂げた企業グーグル。彼らは何を目的とし、検索の世界をリードしつづけるのか。TV番組「グーグル革命の衝撃」を制作、このほど同名の書を出版し話題を呼んだNHKのスタッフの一人、岡田朋敏氏にグーグルの野望と検索ビジネスの今をきいた。
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1. グーグルは技術者にとっては“理想郷”だが...
2. ユーザーを増やすことが全ての行動原理!
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グーグルは技術者にとっては“理想郷”だが...
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今回、実際にグーグル本社の取材して、どんな会社だという印象を持ちましたか?
岡田
 企業としては働きやすくて良い会社なのだろうと思いましたね。経営と技術が一体化していて、技術者が作ったサービスをすぐに社会に出せる体制が整っている。だから、技術者は、この上なくモチベーションが高いのだろうと感じました。つまり、彼らにとっては、世界に向けてサービスを提供できることがこの上ない魅力ということなのです。技術者が夢を描いて、それを短期間で実現できるのですから。
  本にも書きましたが、待遇がいいとか環境がいいと語る社員は多いし、実際にそう宣伝されています。ただ、こうした宣伝の多くは、雇用戦略、イメージ戦略の意味合いも強いと感じました。本には載せなかったインタビューで印象深かったのは、実際に働いているプログラマーが「仕事をどこでやってもよく、洗濯や食事という日常的なことからパソコンのメンテナンスといった業務上のことまで、プログラム以外のことはやならなくてもいいという環境を魅力的に思うかもしれないが、それは逆に言えば、24時間、会社に奉仕することが義務付けられているということと同じだ」と語ったことです。
  つまり、彼らにとって環境よりも強いインセンティブになっているのは、一人の技術者として自由なデザインを描き、それが世界に大きな影響を及ぼせるということなのだと思います。
――
全体的には社員が意欲的に働くためのインセンティブは高いということですか?
岡田
 そうだと思いました。例えば、自分が立ち上げた地図表示ソフト会社のキーエンス社がグーグルに買収されて、そのままグーグル・アースの開発チームリーダーになったチカイ・オハザマさんの例がそうだと思います。彼に「買収されたことは悔しいですか?」と聞いたのですが、「そんなことはない。逆にグーグルに入ることによって、自分の作り出したサービスのユーザーが格段に増えたのでうれしい」と答えていました。
  技術者にとって何が楽しいかと言えば、自分が作った製品が社会に出て、それを使ってもらえることだと思うのです。グーグルを使うことで認知度は高まり、格段にソフトの利用者数やアクセス数は増えます。だから、グーグルは自分で何かを成し遂げたい技術者にとっては“理想”的な会社なんだと思います。
――
しかし、そうした技術者にとっての“理想”を追求することが、社会に対してどんな影響を及ぼすのか。グーグルが大きくなったからこそ、社会に対してどうアプローチしようとしているのかを見極めることは重要ですね。
岡田
  そう思います。確かに、グーグルユーザーのなかには、「便利なんだから、それでいいじゃないの?」という人が多いのは事実です。けれども、本当にそれでいいのか?便利だからといって、そのバック・グラウンドを考える必要はないのか?という疑問が湧きます。私たちは何となく便利だからというだけで検索サービスの提供する情報を深く考えずにうのみにしていないか。
  だからどんな会社なのか、どんな背景で彼らが活動を広げ続けているのか、冷静な目で見つめ直そうというのが取材の動機だったわけです。
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ユーザーを増やすことが全ての行動原理!
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今回の取材を通して、岡田さんや番組制作スタッフが、一番知りたかったことは何だったのでしょうか?
岡田
グーグルの初期のサーバー
 私たちが、取材を通して一番明らかにしたかったことは、「検索」という技術と経済が融合した社会がどこへ向かうのかということことでした。グーグルの中の個々の技術者がいったい何を考えて、そして何のために大量のサービスを矢継ぎ早に出すのか?それを使うユーザーや企業はどう変わり、金の流れはどう変わり、社会がどこへ向かおうとしているのかということなのです。
  もちろん、ユーザーの利便性をはかるためにグーグルが活動していることはよく分かります。しかし、それはどの会社でも当たり前の活動ですよね。消費者やユーザーのために良かれと思ってサービスを提供しないような会社はありません。しかし、グーグルの特異なところは、ほとんどが無料のサービスだということです。ですから、彼らは商品を売って稼ぐためにサービスを開発しているといった単純な動機では開発をしていない。
  しかもグーグルの経営陣は「グーグルのコアなサービスは“検索”です」と答えるのです。Gmailとかグーグル・アースなどの他のサービスは派生でしかない。実際は多種多様なサービスを持つにもかかわらず、今でも“検索”がコアな技術だというのです。そしてよりよい情報の“流通”を導きだすために、世界中の情報を集めたいという。「利益とその対価としてのサービス」という概念を超えている。ですから、その真意は何なのかと考えてしまいますよね。そこで、何のためにそうしたことをしたいと思っているのか、さらにはどんな未来図を彼らが描いているのか、私たちはそれとどう向き合っていくべきなのか、知りたいと思ったわけです。
――
取材を通して、その疑問は解決しましたか?
岡田
  “解決”というには程遠いのが正直なところですが...まず、今、グーグルを動かす一番重要な原動力であり、原理となっているのは、「ユーザーを増やす」ということだと思いました。彼らにとって、「ユーザーを獲得する=善」というのが一番大事な原理になっているんですね。
  本にも書きましたが、2006年6月に発表した「グーグル・チェックアウト」という決済サービス。開発を任されたのは、スタンフォード大学で博士号を取ったばかりのベンジャミン・リンという若者です。しかし決済サービスについては、イーベイなどの競合する先行サービスがあり、広告に比べてそれほど巨額の収益につながるサービスというわけでもない。ではグーグルがこの事業に参入するのにはどんな目的があるのか?と尋ねると、「便利になって使い勝手が良くなれば、それだけユーザーが増えるからだ」と回答したのです。つまり、ユーザーが増えることが最終的に自分たちの基盤を強くするということが分かっているのですね。だから、その目的に合致するのであれば、たとえ無料で、グーグルに直接収益をもたらさなくてもサービス化しようとするわけです。
  それと、ユーザーを増やすには相当に周到な調査をしていることもわかりました。グーグルラボなどの実験的サービスは次々に試しますが、それすらも社内で徹底的な議論の結果として出てきたもので、「なんとなく開発しちゃたのでお試しください」と言ったレベルでは絶対に出していない。どうしたらユーザーが喜ぶか、ユーザーが飛びつくか、そしてそこから再帰してグーグルの使用頻度を高められるか、ほかのサービスにつなげられるかといった点を考えています。無料のある種の“撒き餌”的サービスを作りながら、グーグルという一つの巨大情報ネットワークが拡大する方向だけを徹底的に行っているのだ、つまりそれこそこのグーグル革命の原動力であり、本質なのだということなのです。
――
検索ユーザーと広告主が増えることで、グーグルのネットワーク全体が拡大するというわけですね。それで、拡大させた結果、グーグルは何を目指しているのでしょうか?
岡田
  それが最終的に何につながるか、どういう未来を考えているのかとなると、そこはもう闇の中というか...実は誰も分かっていないのではないかとさえ思っています。ユーザーが増え、誰もがそうした利便性によってグーグルに頼るようになるという変化が、人々のライフスタイルをどういう方向に向けようとしているのかは、当のグーグルの幹部も、そして社員も、誰も詳細には分析できていない状況ではないかと思います。
――
だとすると、社是と言いますか、社員全員にいきわたっている最低限の統一した目標というのは何なのでしょうか?
岡田
グーグル本社の中央にある看板
  社員の共通意識は、ユーザー獲得を目指してサービスを提供するということに尽きると思います。グーグルの社是は有名な「悪事を働くな」ですが、逆にいえば、その原理にはずれない範囲で、どんなサービスを作って注目を集め、ユーザーを獲得するかに心血を注いでいるのです。個々のサービスについて、それぞれの技術者が得意とする分野で一旗揚げたいという気持ちもあり、それが結果的に革新的なサービスの開発につながり、便利で使いやすいものにする。すると、そうしたサービスによってさらにユーザーが集まる。使ってもらえたことで今度はユーザーの情報が集積される。さらにその情報を利用して、検索結果や広告に反映させ、収益を稼ぎ、再びその収益で検索できる情報源を集めてサービスを作る。このように、情報の循環、再帰的な利用と拡大を常に意識していますね。
  ただ、気になったのは、そこに未来社会のグランドデザインについて、透徹した視点があるかどうかについては、最後の最後まで分からなかったことです。
  本の中にもいつでもどこでもだれでもすぐに情報をいきわたらせることはこれまでと違った社会が現れると彼らは語っている。しかし、技術者レベルではサービスの開発について少人数でやっていて、その個々の技術者がプロジェクトごとに三々五々会議室に集まり、ブレーンストーミングをして、またオフィスに帰っていくというスタイルでやっている。部屋の場所も部署ごとにまとまっていない時もしばしばあるようで、しかも会議で常に移動している。ですから、取材中も、誰がどこにいるのか、分らないということが頻繁に起こっていました。
  ですから、こうしたプロジェクトの総体は何を目指しているのか、統一した目標やグランドデザインは何なのか、「ユーザー利便性」「ユーザー獲得」以上にはうまく言葉にできないような気がしたのです。私たちが幹部に何度もしつこく尋ねたのも、まさにこの全体がどこに向かっているかを知りたかったからでもあります。
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PROFILE

岡田 朋敏

1972年生まれ。97年東京大学大学院総合文化研究科(理論物理学・素粒子論)修士修了後、NHK入局。科学文明の問題を中心に番組を制作。NHKスペシャル「立花隆最前線報告 サイボーグ技術が人類を変える」でバンフテレビ祭 ロッキー賞(自然科学部門)、第32回放送文化基金賞テレビドキュメンタリー番組賞、ドイツワールドメディアフェスティバル2005技術部門銀賞、ギャラクシー賞奨励賞を受賞。現在、報道局社会番組部ディレクター。
 
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