草むらにハイヒール脱ぎ捨てられて雨水(うすい)の碧(あを)き宇宙たまれり
栗木 京子
雨上がりの草むらに、なぜかハイヒールが片方落ちている。雨水が中に溜まって青空を映しているのが、小宇宙のようだ。本当にありそうな、しかし、作り物めいた感じもする不思議な歌である。
道端に靴が落ちていると、本当にどきっとする。道路なら、交通事故かしら、と思うが、落ちているのが草むらの中だったりするとますます分からなくなる。小さな子どもの靴だと、おんぶされていて落っことしたのかなと、にこにこしてしまうが、大抵は少し気味悪く思いながら通り過ぎる。だから、この作者がハイヒールを見て「脱ぎ捨てられ」と断定しているのは、とても面白い。作者は私のように「あ、ここで何か性犯罪が……?」などと思わないのだ。草むらにハイヒールがあれば、それは女が自ら脱ぎ捨てたものに決まっている。女は草むらをどんどん駈けていって、どこかへ行ってしまったのだ。あるいは、天に昇っていったのかもしれない。そういう女が脱ぎ捨てたハイヒールだから、中にたまった雨水が青空を映して底知れぬ深みを湛えているのである。
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『綺羅/栗木京子歌集』
栗木京子著
(河出書房新社)
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