日常生活をとりまくさまざまなもの。家具、電気製品、食器・・・、なにげない存在を通して見た短歌の世界を歌人がつづる。
数ある家電製品の中で、最も家事労働の負担を軽減したのは、何といっても洗濯機だろう。水を汲むところから始まって、洗濯板にこすりつけながら洗い、繰り返しすすぎ……という手順を考えるだけで気が遠くなりそうだ。休日の午後、ずーっずーっと水を回している洗濯機の横で文庫本なんか読んでいる気楽さはいい。忠実なる僕を一人雇っているような気分だ。二槽式の洗濯機を使っていた時期が長かったせいか、いまだに全自動洗濯機には申しわけない思いを抱いてしまう。洗い終わった洗濯物を脱水槽に入れ、また水のたまった洗濯槽に入れ直す、という繰り返しには、洗濯機と私の共同作業という感じがあった。全自動だと「いやー、全部やってくれちゃったの? 悪いなー」と、どことなく後ろめたい。
見下ろせば逆巻く怒濤唸りたる愛妻号といふ洗濯機
早野 英彦
そう言えば「愛妻号」なんていう名前の洗濯機が販売されていた。休日だろうか、作者はぼんやりと洗濯中の洗濯機を覗き込んでいる。逆巻くような渦、脱水の際の力強い轟音。「かわいい名前だけど、案外パワフルだな」と思った瞬間、自分の「愛妻」を連想する。新婚の頃にはしとやかで愛らしかった妻が、今では時折自分に対して「逆巻く怒濤」や「唸り」を向けてくることがある。「ふむ」と作者は、再び洗濯槽を覗き込む。男は洗濯槽の渦の中に、何を見るのだろう。
一首の終わりに「洗濯機」が出てくることで、読む方は途中まで「逆巻く怒濤」が何か分からず、どきどきしながら読んでゆく。その周到な計算と真面目くさった詠みぶりが可笑しさを誘う歌である。
春のまつこころみだるる寒の夜の洗濯機逆回転をはじむ
小泉 史昭
最近、夜に家事をする人が増えているという。一人暮らしだと仕事から帰ってからでないと出来ないということもあるし、夜間電力を利用するという利点もあるらしい。そういう状況を踏まえて、洗濯機の音の小ささが購入する際のポイントになったりする。この作者は寒の夜に、洗濯機を動かしている。回転方向を変えながら洗濯物が洗われてゆく様子を見て、作者は何か決意をしたようだ。なぜ、立春が近い夜というそのことだけで「こころみだるる」のだろう。自らも「逆回転」をしなければならないと、思い定めているような重々しさが漂う。どうも男性は、洗濯をするくらいで力が入っていけない。
風邪に臥し長き昼すぎどの階か洗濯機の音鈍痛に似る
藤永 洋子
風邪をひいて寝ている昼間というのは案外いいものだ。日常とは違う時間の流れに身をまかせる快感がある。でも、この作者は熱が高いのか、だいぶ苦しそうだ。集合住宅に住んでいると、よそから聞こえてくる妙な音が気になることがあるが、体調の悪い時は特に、日ごろは気にならない音が耳に障る。低い唸りのような音に、最初はぎょっとしたのかもしれない。「ああ、洗濯機か」と分かってからも、神経がそちらに行ってしまい、頭に響くようだ。
何でもない日常のひとコマを捉えた歌だが、「どの階か」で高層マンションの一室に臥す作者が浮かび上がり、風邪の苦しさと共に宙吊りになったような心もとなさが伝わってくる。音というものが空気の振動であることを実感させる意味でも、繊細な感覚がうまく詠われた作品だ。
洗濯機に浮き沈みするものの中白足袋の爪先出づるぞ恐し
河野 愛子
洗濯機の中の渦を眺めていると、人はいろいろなことを考える。洗濯物の「浮き沈み」と自分を重ね合わせたり、昔の出来事を思い出したりしていると、すぐに時間がたってしまう。ふと見ると、足袋の爪先が洗濯槽の濁った水面から突き出している。まさか人が洗濯機の中で溺れているのでは……。そんなことがある筈はないのだけれど、もの思いに耽っていた作者は、目の前の洗濯槽の渦ではなく、非現実世界の濁流を眺めていたのだから仕方がない。作者と一緒に、読む方もびくっとさせられる。ソックスだと爪先が突き出ることはないから、足袋ならではの光景である。足袋を履いているならば着物を着た人であろう。そこも非現実を思わせて面白い。強調の「ぞ」のものものしさも効果的だ。水面に突き出しているのが作者の足袋だとすると、もう一人の自分が溺れているのを見るような恐さと取ってもよいかもしれない。
この作者は、洗濯している時ぼんやりともの思いに耽るのが好きだったようだ。「日常の影かゆらめくとふと怯ゆ洗濯機が廻りをさめてゐたり」という歌も詠んでいる。来し方をあれこれ思っているうちに、洗濯機の動く音は遠のいてゆく。はっと気づくと洗濯機が回り終えていたという場面だが、「邯鄲の夢」という言葉など思い出させられる。
洗濯機のなかった頃、女たちは水辺へ行き、近所の人と四方山話などしながら洗濯していたのだろう。誰もいない時には、もの思いに耽りつつ手を動かしていたこともあっただろう。現代の私たちが洗濯機の渦を覗き込みながら、つい、いろいろなことを考えるのは、その頃の名残なのかもしれない。
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