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SERIES 02 解体・新書
岩本 宣明
第12回 新書のトリビア

 最近、仕事上の必要があって、太平洋戦争の軍記や軍人の自伝、回顧録、評伝などをたくさん読んでいる。私は時代遅れの非武装中立論者であるし、いざとなったらどう思い、どう行動できるかは別として、殺すよりは殺される方がましと固く信じてきたので、そういう気持ちが潜在的なブレーキになっていたのか、太平洋戦記の類は、無意識に避けていてこれまでほとんど読んだことがなかった。が、読んでみると、戦争礼賛的な書き様のものには閉口するものの、興味深かったり感慨深かったり日本の問題を改めて考えさせられたりする、真摯で真面目な作品も少なくない。
 テーマを決めてたくさんの本をまとめて読むのは骨が折れるけれど、楽しい作業である。その上、本筋にはあまり関係のない豆知識が増えていくのも嬉しい。
 総兵力14万のうち日本に帰還できたのはわずかに1万足らず、補給を絶たれて孤立し地獄の戦場と言われたニューギニア作戦を指揮し、戦後、ラバウルの収容所で自決した第18軍司令官安達二十三陸軍中将は「二十三(はたぞう)」というユニークな名前の持ち主だった。13人兄弟の5番目で、明治23年の生まれだから「二十三」なのだそうだ。それだけでも驚きだが、明治16年生まれの兄が「十六」、19年生まれの兄が「十九(とく)」、37年生まれの弟は「三十七」だったという。山本五十六は父が56歳のときの子供だから、というのはわりと有名な話だが、「二十三」兄弟には参った。
 こういう知識は知っていてもほとんど役にはたたないけれど、酒場ではちょっと人気者になれる。
 ゴールデンになってからは「へー」と思う話が少なくなったが、「トリビアの泉」というテレビ番組が職場の話題になったり、お笑いコンビ「くりぃむしちゅー」の上田某がその薀蓄で人気を得たりしたのも、そうした豆知識を提供するからなのだが、豆知識なら新書も負けてはいない。

『名前のおもしろ事典』(野口卓著、文春新書)は、名前に関する豆知識満載の本だ。「名前のふしぎ」「名前を付ける」「名前あれこれ」「独り歩きする名前」「名前を巡る言葉とことわざ」――と、目次を拾っていくと察しがつくように、名前に関する「へー」が百花繚乱なのである。
 いくつか紹介すると――。戒名料の相場は平均40万円(東京都調べ)で、都知事の弟石原裕次郎は「陽光院天真寛裕大居士」の10文字で500万円。さらに、徳川家康の戒名は「一品大相国安国院殿徳蓮社崇譽道和大居士」の19文字で、「現代の相場では軽く一千万円を超える」のだそうである。溺死体のことを「土左衛門」というのは誰でも知っていることだが、その謂れは、江戸時代の力士成瀬川土左衛門による。成瀬川はさして強い力士ではなかったそうだが、その太りようには強烈なインパクトがあったのだとか(水死体はもの凄く膨張します)。
 ちょっと前にテレビのコメンテイターをしていた学者が覗きで捕まったが、そういう人のことを「出歯亀」という。その謂れは、明治時代に強姦殺人の罪で無期懲役になった植木職人池田亀太郎なる人が出っ歯だったから、というところまでは知っている人も少なくはないであろう。が、なんと、それが実は冤罪である可能性が非常に高いのだそうである。「へーーーー」と、私は驚いた。
 紙幅があればもっと紹介したい話はたくさんあるのだけれど、こういう本は、あったら面白いなと思っても(つまり、企画を立てるのはそう難しくないが)、書こうと思って書けるものではない。また、書こうと思って無理して題材を探したような本は、大抵面白くない。成功するかどうかは、一重に著者の博識と、それを再構成できる力量にかかっている。

『色彩の世界地図』(文春新書、21世紀研究会編)というのも、豆知識満載のよくできた本である。(前言を翻すようで恐縮ですが)こちらは、企画力を発揮している。一人じゃ無理だったら大勢でとばかりに、9人の学者を集結させて色の話を集めたものだ。
 人気絶頂の青木さやか、好感度女優黒木瞳、金八先生の校長先生赤木春江、40代以上なら知らない人はいない白木みのる、といろんな木がありますが、さて青木、黒木、赤木、白木の違いはなんでしょうか? 葉の茂る青木を切り倒すと黒木となり、樹皮を剥ぐと赤木になり、乾燥させて製材すると白木になるのだそうです。(なんか順序もぴったりはまりました)
 自白、告白、白状と「白」は申すという意味で使われるが、それは陰陽五行説が由来で、五色の白に五事の言が対応するからである。
 積年の疑問を晴らしてくれた記述もあった。オランダは赤白青の三色旗なのに、サッカーユニフォームがオレンジなのはどうしてか。それは彼のオレンジ公ウィリアム(オランダ独立運動の指導者)を讃えてのことなのだそうだ。同研究会編のシリーズには他に『民族の世界地図』『地名の世界地図』『人名の世界地図』『常識の世界地図』『イスラームの世界地図』がある。

 ところで、色という字は、男女の交合を象形した文字だという説があるそうである。それを教えてくれたのは『取るに足らぬ中国噺』(文春新書、白石和良著)であった。「春風」は男女の交合、「雲雨」は性交、「東西」は男性の陽物、「人道」は男女の交わり、「神女」は娼婦を意味するそうだ。手垢に塗れた人道主義も中国では素敵な言葉になる。「花子」は中国語では乞食の意味だから気をつけてというのもあった。
 著者は農水省の役人で中国の農業、農村を専門とする人である。日本の官僚も捨てたものではない。白石氏の名誉のために書き加えると、著書の前半「少しやわらかい話」は下ネタのオンパレードながら、2部「少しまじめな話」には、文字通りまじめな話が、3部の「どうでもいい話」にはどうでもいいけど爆笑ものの下ネタではない話が満載されている。
 紹介した3冊は偶然にも文春新書ばかりだが、偶然ではなく、文春新書は案外、このあたりを狙っているのかもしれない。

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PROFILE

岩本 宣明

1961年生まれ。毎日新聞社会部記者などを経て93年文筆家として独立。同年、現代劇戯曲『新聞記者』で菊池寛ドラマ賞受賞。

主な著作:

新宿・リトルバンコク

名前のおもしろ事典

『名前のおもしろ事典』
野口卓著
文春新書

色彩の世界地図

『色彩の世界地図』
21世紀研究会編
文春新書

取るに足らぬ中国噺

『取るに足らぬ中国噺』
白石和良著
文春新書

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