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SERIES 02 解体・新書
岩本 宣明
第7回 珠玉の宝庫 岩波ジュニア新書

 齢40歳を過ぎて、声を大にして絶賛するのは多少気が引けるのだけれど、岩波ジュニア新書は名著の宝庫である。もちろん500点近くあるラインナップにすべて目を通したはずもなく、手にとって見たのは、ほんの一部なのだけれど、どれをとっても、素晴らしくよいのである。何がそんなによいのか。一ことで言ってしまうと、行間から滲み出てくる、著者たちの情熱のほとばしりである。

 著者陣には、例えば、シェークスピア研究の第一人者小田島雄志であったり、哲学者の竹田青嗣であったり、生物学者の長谷川眞理子であったりと、その道の大家や気鋭の人気学者など、実に豪華な顔ぶれが並ぶ。その人々が、自分の大好きなこと、自分が人生の大半を費やして心血と情熱を傾けてきた分野について、その魅力を少しでもわかって欲しくて、それも、若い、未来のある人々にわかって欲しくて、なんとか、面白く、わかりやすく伝えたいと切に願って、途中で飽きられてしまわないように、さまざまな工夫を凝らして、その人々が書いたこれまでのどの本よりも面白く書いたに違いない、ジュニア新書はそんな本たちなのである。
 ジュニア新書といっても、想定した読者は高校生である。小学生や中学生向けに書いた本ではない。多分、ジュニア新書と書いていなくて、装丁がカラフルで楽しいものでなかったら、普通の新書とどこが違うのか、中身を読んだだけでは、判別はつかないと思う。とくに、易しい言葉を選んで使うことを標準としている(そういう本もあるようですが)訳でもないし、字が大きかったり図が多かったりするわけでもない。ただ、読者に、未来のある高校生を想定した、というだけであり、そこが素晴らしさの源泉なのだ。
 例えば、『哲学ってなんだ』の竹田は、自分がなぜ、哲学に惹かれていったのか、ということについて、20歳代のとても個人的な、普通の著書ではちょっと書けないようなこっ恥ずかしい体験から語り始めている。こういうことは、高校生を読者に想定しなくてはとてもできないことだ。大人相手なら照れたり虚飾を弄したりしてもよいが、未来のある若者には、本気で立ち向かっていかなければならないからである。
 ここまで絶賛したのだから、どの一冊を紹介するというのは、これもとても気が引ける。是非、ご自分の興味のある分野について書かれた本を手にとっていただきたい、と思うのである。

 私の偏った関心分野でお勧めなのは、前述の『哲学ってなんだ』、このコラムの「世界は面白い」で紹介した『進化とはなんだろうか』(長谷川眞理子著)、それから、『ブッダ物語』(中村元、田辺和子著)、『数学がおもしろくなる12話』(片山孝次著)です。
『数学がおもしろくなる12話』は本当にお勧め。数の不思議と、美しさと完璧さを、実に見事に読者に伝えている。「9の不思議」の章では、9という数字のもつ魅力を教えてくれる。123456789×9=111111111(1が9個です)とか、1×9+2=11、12×9+3=111、123×9+4=1111(同じ法則で続きます)とか、9×9+7=88、98×9+6=888、987×9+5=8888(同)とか、初恋の人の美しさを思い出させてくれるような、ドキドキする話が満載。『ブッダ物語』も出色。新書には仏教の入門書がたくさんあるけれども、仏典をもとに、お釈迦さまの人生をたどりながら、これほどブッダの思想の中核を簡潔に説得力をもって語っている入門書は他にないと思う。

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PROFILE

岩本 宣明

1961年生まれ。毎日新聞社会部記者などを経て93年文筆家として独立。同年、現代劇戯曲『新聞記者』で菊池寛ドラマ賞受賞。

主な著作:

新宿・リトルバンコク

哲学ってなんだ/自分と社会を知る

『哲学ってなんだ』
竹田青嗣著
岩波ジュニア新書

ブッダ物語

『ブッダ物語』
中村元 田辺和子著
岩波ジュニア新書

数学がおもしろくなる12話

『数学がおもしろくなる12話』
片山孝次著
岩波ジュニア新書

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