風
 
 
 
 
 
 
[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
Series 世界
人間を傷つけるな! 土井 香苗
10/07/15

第14回 HRWの名声が確固となった南米での調査活動

戦争や虐殺など世界各地で今日もなおつづく人権蹂躙の実情に対して監視の目を光らせる国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)。2009年春開設したHRW東京オフィスの土井香苗ディレクターが問題の実態を語る。

レーガン政権が覆せなかったHRWの正確な調査報告
先日スペインの優勝で幕を閉じたW杯南アフリカ大会では、南米各国が活躍しました。ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)が現在のように名声を獲得したのは、南米での調査活動が評価されたためと聞いています。
土井
 HRWは、世界各国の人権監視団体が集合して設立されたのですが、その始まりは1978年にソ連がヘルシンキ協約※を順守しているかを監視する組織として、当時の米国ランダムハウス社社長が作ったNGOでした。当時は、ヘルシンキ・ウォッチと呼ばれており、出版人の作ったNGOということもあってか、ソ連及びその衛星国である東欧諸国で弾圧される言論人の状態などに光をあてる活動を行い、1980年代におきた東欧地域での民主化にも大きな役割を果たしました。

※米国と欧州諸国が戦争防止と人権保護を目的にソ連と締結した協約

 しかし、HRWが今につながる真の名声、つまり正確な調査をする機関としての名声を得たのは、ラテンアメリカ地域での調査だったと思います。ニカラグアのコントラ戦争やエルサルバドル内戦など、中米で、血みどろの内戦が繰り広げられていた1981年、「アメリカズ・ウォッチ」が設立されました。中央アメリカの独裁政権による人権侵害を調査することが主な目的でした。現在のHRW南北アメリカ局の前身です。
 冷戦下の当時、ソ連は、アメリカの裏庭ともよばれた中米で、アメリカ側の政権に対して抵抗運動を行う反政府左翼ゲリラを軍事的・経済的に支援していました。ニカラグアのサンディニスタ革命やエルサルバドルの軍事クーデターなどがおきると、当時の米国レーガン大統領は、政府軍や親政府右翼民兵に経済的・軍事的支援を行いました。アメリカズ・ウォッチは、詳細な現地調査を何度も行い、政府軍はもちろん、反政府武装勢力による戦争犯罪等についても明らかにしていきました。このときの正確性を何より重んじた現地調査が、今のHRWの調査の基調をなしています。
 そして、具体的に現地でどのような人権侵害が行われているかを明らかにするのみならず、そうした戦争犯罪を行っている軍に対し、外国政府(なかでも米国政府)が、政治的・軍事的支援を与えている実態についても明らかにしていきました。ですから、レーガン政権はHRWの調査に激しく抵抗し、「事実誤認だ」と主張しましたが、結局、HRWの調査結果を否定できませんでした。こうしたことから、HRWの名声はますます高まっていったのです。
 さらに、こうした流れのなかで、アフリカ、アジア、中東にも『ウォッチ委員会』ができ、この5つの委員会は、1988年からHRWという共通の名前を使い始め、今につながっていきました。
南米はソ連崩壊後、内戦やゲリラ活動も収束して、今では人権的に進歩的な地域になっているようですが、実際はどうなのでしょうか。
土井
 確かに、内戦状態は1980年代後半にソ連が経済的にも政治的にも破綻して、中南米の左翼ゲリラ組織に支援を行うことができなくなってきたことや、アメリカの支援を受けていた親米軍事政権が冷戦終結をうけてアメリカからの支援を減らされたことなどから相次いで倒れ、次々と、民主的な自由選挙が行われ、民政移管が行われました。
 例えば、ニカラグアでは1988年の停戦合意に続いて1990年に選挙が行われましたし、エルサルバドルでも1992年に和平合意が実現し1994年に内戦後初の総選挙が行われました。また、1976年にクーデターにより軍事政権が成立していたアルゼンチンも1983年に民政移管しましたし、1970年にアジェンデ社会主義政権が誕生したチリでは、1973年にクーデターによりピノチェト軍事政権が成立しましたが、1990年に民政移管(エイルウィン政権)した、という具合です。
 そのような過程で、中南米の人権状況はずいぶん改善しました。現在では、国連などの国際フォーラムの場でも、人権を尊重する側に立ったリーダーシップが、日本などのアジア諸国よりも頻繁に見られるといっても過言ではありません。
 しかし一方で、人権侵害が全くなくなったわけではありません。内戦が続いている国として、コロンビアがあります。日本でも、殺人率や誘拐率がとても高いことで有名ではないでしょうか。あるいは、内戦はありませんが、反米的な言動で注目を集めるベネズエラのチャべス政権は、メディアに対する規制などを行い表現の自由を制限していますし、メキシコでは、軍や警察の麻薬密売組織に対する麻薬撲滅戦争のなかで、多くの市民も巻き込まれて死亡しています。
内戦が続いていて、殺人や誘拐が多いと言われているコロンビアの状況について、具体的に教えて下さい。
土井
 コロンビアは、1960年代以来、内戦が続いており、その結果、毎年新しい避難民が発生しています。2009年末時点で、国内で合計300万人以上が故郷を離れて国内避難民生活を余儀なくされています。また、人権活動家、ジャーナリスト、地域リーダー、労働活動家、先住民リーダー、土地を追い出された人びとのリーダー、パラミリタリー(民兵)の被害者などが、暴力や脅迫の標的となっています。
 内戦の一方の当事者は、コロンビア革命軍(FARC)及び国民解放軍(ELN)などの反政府武装ゲリラです。今も活発に活動し続けており、40年にわたり、コロンビア政府、治安当局に対する攻撃はもちろん、一般市民に対する虐殺、殺人、脅迫、少年兵の徴兵などの残虐行為を続けています。また、対人地雷も頻繁に使っており、2009年1月から9月の間だけでも、対人地雷やIED(あり合せの爆発物と起爆装置等で作られた簡易手製爆弾)などにより、109人の民間人がケガをおい、32人が死亡したという調査結果もあります。
 もう一方の内戦当事者であるコロンビア国軍も、超法規的な殺害に手を染めています。ゲリラ殲滅に向けた結果を見せるプレッシャーから、民間人を殺害しておいて、ゲリラを殺した手柄としてしまうのです。2009年末現在、検察庁は2000人の被害者の事件について捜査をしているといいますが、その進展はなかなか進まず、国連の超法規的殺害に関する特別報告者であるフィリップ・アルストン(国連特別調査官)は、2009年6月の調査訪問の際、「事件が多数であること、国中の地域にまたがっていること、関与している部隊も多数にわたることなどからみて、こうした殺人は、軍の中枢部が関与しながら、一定程度、組織的に行ったことだと考えられる」と指摘しています。
 コロンビア国軍以外にも、パラミリタリーと呼ばれる準軍組織が存在しており、FARCやFLNとの戦いを続けています。パラミリタリーも、FARCやELNと同様、民間人に対する様々な残虐行為を行ってきました。
ブッシュもウリベも人権賞には値しない
土井
 コロンビアのウリベ大統領は、すでにパラミリタリーはすべて武装解除されていなくなった、と主張していますが、実際にはそうではありません。2003年から2006年にかけてパラミリタリーに対する武装解除プログラムが行われ、確かに、3万人以上が武装解除プロセスに参加しましたが、その多くは実際パラミリタリーではなかったという証拠も多数存在しているほか、もともと参加しなかったパラミリタリーや、武装解除されたものの再武装したパラミリタリーも多いと見られています。
 また、以前パラミリタリーの中堅幹部だった人物たちが、新たな後継グループを組織しはじめているという動きもあります。コロンビア警視庁によると、2009年7月時点でこうした後継グループのメンバーは4000人を数え、その数は急速に増え続けています。こうした後継グループは、パラミリタリーと同様、虐殺、殺人、レイプ、脅迫、人びとの追放などに手を染めています。
 HRWは2年近い調査を経て、2010年2月、この後継グループの実態を明らかにした122ページの報告書「民兵組織を引き継ぐ武装グループ:コロンビアにおける暴力の新顔」を発表しました。この報告書では、パラミリタリーの後継組織の実態を明らかにするとともに、政府当局と政府治安部隊が、後継グループの活動を黙認しているという批判があることにも触れて、懸念を表明しています。HRWは、調査するために訪れた地域すべてで、治安部隊が後継グループを黙認しているという話を繰り返し聞いたほか、検察官や警察幹部たちからは、コロンビア政府の黙認姿勢が自分たちの職務に障害になっている、訴えられました。本報告書のプレスリリースは日本語にも訳されています。
 また、近年、コロンビアの最高裁は、パラミリタリーと協力関係にあったコロンビアの国会議員の調査に向けて大きな進展を見せています。80人以上の国会議員が捜査対象とされた「パラポリティックス」スキャンダルでは、その議員のほとんど全員がウリベ大統領の党に所属していました。
 このように、パラミリタリーと国会議員などの有力者たちのマフィア的ネットワークの捜査や解体の進展について、HRWは、コロンビアで1年以上にわたって、検察官や捜査官から聞き取り調査をしたり、目撃者の証言を集めるなどの調査をしました。これらに基づき、最高裁が不退転の決意をし勇気をもって対処し、ウリベ政権が捜査を著しく妨害する行動に出ている実態も明らかにした140ページの報告書「闇の支配を打ち砕けるか?コロンビアのマフィア民兵組織の犯罪に対する正義実現の妨害に関する報告」を、2008年に発表しています。本報告書のプレスリリースは日本語にも訳されています。
 こうした実態を背景に、2009年1月に、アメリカのブッシュ大統領(当時)がウリベ大統領に、文民に対する最高の栄誉である「自由のメダル」を授与した際には、HRWの代表ケネス・ロスが、「自由のメダルがウリベ大統領に授与された理由は、民主主義、自由、そして人権の促進だと理解している。とすると、個人的には、いったいどちらがよりひどいのか、考えあぐねているところだ。ブッシュ大統領が人権賞を授与していることと、ウリベ大統領がその受賞者であること、どちらがよりひどいか、とね。いずれにしても、ブッシュ大統領もウリベ大統領も、人権分野で特に表彰されるべき理由はみあたらない」とコメントしました。
反対派のメディアの言論を封じるチャベス政権
反米姿勢を鮮明にしているチャベス大統領については日本のメディアもよく取り上げていますが、人権問題も起きていると聞いていますが、実情はどうでしょうか。
土井
 約10年前に大統領となったチャベス氏は、貧困削減という観点からは、おそらく、評価すべき政策もすすめているのではないかと思います。しかし、自らに対する批判に寛容でないという点で、人権の面からは、問題の多い大統領です。
 まず、チャべス大統領は、司法の独立を無力化したのです。2004年、彼とその支持者たちは、議会を動かし、チャべス政権の支持者を裁判所に配置し、裁判官を自由に罷免できるようにしました。その結果、裁判所はほとんど政権のいいなりと化してしまい、政権による表現の自由や集会の自由の制限など、ベネズエラの憲法で保障された基本的権利の侵害についてもこれを違法と判断していません。
 ベネズエラは元来、親チャべス派のメディアも反チャべス派のメディアも、盛んでした。しかし、チャべス大統領は、自らの政権に批判的な放送局に対して差別的な取扱いを開始しました。そのため、チャべス政権に批判的な内容を放送しないよう自己検閲しなくては、と多くの放送局が思ったのです。自己検閲を加速した原因として、刑法改正による「不敬罪」の適用範囲の拡大や、あいまいな「煽動罪」によって恣意的に放送を停止できることとしたことなどが挙げられます。
 テレビのなかで、唯一政府に対してはっきりと批判していたGlobovisionは、あいまいな「公的秩序の維持」違反を問われて、CONATEL(政府通信委員会)による調査の対象となりました。また、表現の自由の危機に立たされているのはラジオも同様です。2009年、CONATELは、32のラジオ局に対して、その許可証に問題があるとして、突如ラジオ放送を止めてしまいました。この際、ラジオ局は、証拠や弁論を行う正当な機会も与えられませんでした。
 2008年9月には、HRWが、チャべス政権の10年を振り返り、人権状況改善の機会が生かされなかったと結論付けた報告書を報告しました。首都カラカスの記者会見で発表したところ、数時間後に、同報告書を発表したHRWのスタッフ2人が国外退去となったという事件もありました。
独裁政権と言えば中米キューバも当てはまると思います。キューバについては、どのような現状でしょうか。つい最近、アメリカ人がキューバに行くことが緩和されたというニュースが発表になっていましたが。
土井
 キューバは、日本では、サルサ音楽や整った医療と教育の国というイメージが大きいかもしれません。しかし、市民の政治的な自由という点では、この国は、ラテンアメリカの中で、まだいかなる形でも政権批判がほとんど許されていない唯一の国といっても過言ではないと思います。
 2006年、フィデル・カストロの引退に伴い、弟のラウル・カストロが、キューバ共和国国家評議会議長を引き継いだとき、世界は、キューバの人権状況が少しでもよくなるのではと期待しました。
 しかし、ラウル・カストロの支配に移ってからも、刑事訴追や長期・短期の身柄拘束、嫌がらせ、雇用機会を剥奪、移動の自由の制限など様々な手段を使いながら、カストロ政権の政治的見解を国民に押し付けるやり方は続いています。
 HRWは、2009年、ラウル・カストロ政権も、基本的な自由を行使した人びとを投獄し続けている実態を明らかにした報告書「新しいカストロ、同じキューバ」(123ページ)を発表しました。(プレスリリースの日本語訳はこちらからご覧いただけます
 この報告書では、ラウル・カストロ政権が、刑法の「危険」条項違反での処罰に急激に依存を強めている実態を明らかにしています。刑法の「危険」条項とは、個人が犯罪をおかしていなくても「将来犯罪を行う可能性がある」という疑いに基づいて、当局に個人を投獄することを許す犯罪です。キューバの社会主義規範と対立する行為を「危険」と定義するこの「危険」犯罪条項は、刑事司法を政治弾圧に使うための道具となっています。そして、人権活動家、ジャーナリスト、その他市民運動団体のメンバーたちが、適正手続きを無視された裁判に次々とかけられています。
 この報告書では、キューバへの事実調査ミッションと60を超える念入りな聞き取り調査に基づいて、HRWは、基本的人権を行使したために「危険」条項に違反とされて投獄された、40を超える事件を取りまとめています。
 例えば、ラモン・ベラスケス・トランゾ(Ramon Velasquez Toranzo)は、人権保護と政治犯の釈放を求めてキューバ全域で平和行進をした人物ですが、2007年1月に「危険」条項違反とされ、逮捕されて懲役3年の刑に処されました。
 また、2006年に「危険」条項違反を問われ、懲役4年の刑に処された政治家アレクサンダー・サントス・フェルナンデス(Alexander Santos Hernandez)は、HRWに「[警察に]午前5時50分、家で寝ていた時に逮捕されて、その日の朝の8時30分には、すでに刑を宣告されてたんですよ」と語りました。サントスは弁護士を付けることを認められず、しかも下された判決は、裁判が行われる2日前の日付となっていました。
 米国政府は、こうしたキューバに対し、広範囲な禁輸措置で圧力をかけて改革を求める政策をとってきました。しかし、HRWはこの禁輸措置は、キューバ国民全体に厳しい困窮をもたらし、キューバにおける人権状況を改善することは全く出来なかったという点で、代償が大きい失策であったという立場をとっています。米国政府の対応は、キューバの人権状況改善のために米国と協同できる可能性のあった国々を逆に遠ざけ、キューバよりもむしろ米国を孤立化させてしまいました。HRWは、オバマ政権に対し、「『6ヵ月以内に速やかかつ無条件の全政治囚釈放』という要求を、EU、カナダ、ラテンアメリカの各国と協力してキューバに求めるべき」と提言しています。
中南米でその他に、人権問題がある国はありますか。またHRWは今でも積極的に活動していますか。
土井
 その他にはブラジルがあげられます。とくに多くの子供たちが殺されている現状は憂うべき問題です。貧民窟では子供たちが強盗や殺戮を繰り返しており、それに対して治安当局は子供たちを殺している現状です。
 中南米は、HRWの活動が、歴史的にも、大きな影響力をもってきた地域です。しかし、20年前に比べると、人権状況は大幅に改善しており、アフリカやアジアなどのほうが人権状況の悪い国が多いというのが実態です。ただし、もちろん、内戦の続くコロンビアや、政権批判が一切ゆるされないといってもいいキューバなど、問題が続いている国もあるので、私たちはウォッチを続けていきますし、日本政府への働きかけも行っていきたいと思っています。
BACK NUMBER
PROFILE

土井 香苗

1975年神奈川県生まれ。1994年東京大学入学。大学3年生で司法試験に合格し、4年生のときNGOピースボートのボランティアとして、アフリカで一番新しい独立国・エリトリアに赴き、1年間エリトリア法務省で法律作りに従事する。2000年から弁護士活動をする傍ら、日本にいる難民の法的支援や難民認定法改正のためのロビーイングやキャンペーンにかかわる。06年から研究員として国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのニューヨーク本部に在籍。07年から同NGO日本駐在員。08年9月から同東京ディレクター(日本代表)。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのHP:
http://www.hrw.org/
 

新書マップ参考テーマ

PAGE TOP
Copyright(C) Association Press. All Rights Reserved.
著作権及びリンクについて