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Series 世界
人間を傷つけるな! 土井 香苗
09/07/31

第5回 アフマディネジャード政権下で人権問題が急増するイラン

戦争や虐殺など世界各地で今日もなおつづく人権蹂躙の実情に対して監視の目を光らせる国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)。2009年春開設したHRW東京オフィスの土井香苗ディレクターが問題の実態を語る。

丸腰の市民に発砲した治安部隊
2009年6月12日に行われた大統領選挙後、混乱が続いているイランですが、いまどういう状態にあって、HRWとして問題にしている人権問題とはなんでしょうか。
土井
 選挙の結果をめぐる対立から、首都テヘランを中心にイラン全土で、改革派による抗議活動がおきました。概ね平和的な抗議活動だったにもかかわらず、イラン当局は治安目的の取り締まりと弾圧を拡大させました。6月19日に、最高指導者のアリ・ハメネイ師が、選挙結果に対する抗議運動は終結せねばならず、いかなる暴力の責任も改革派政治指導者にある、という強行意見を礼拝で述べました。これを受けて、イラン治安部隊が6月20日、民衆の抗議運動に対する大規模な弾圧を開始しました。結果、数千人が逮捕され、約20人が死亡したと見られ、けが人も多数でています。
 HRWは政治団体ではないので、イランで保守派と改革派のどちらが選挙に勝利すべきかということについて意見はありません。私たちが問題としているのは、イラン政府が平和的な抗議活動を弾圧し表現や集会の自由を踏みにじっていることなのです。
 抗議活動がおこるや、特別機動隊、革命防衛隊、準軍事組織バシジなどが、テヘランをはじめとするイランの全域に配置され、圧倒的な力を誇示しました。そして、抗議運動参加者が集まるのを阻止するとともに、更なるデモを行おうとすると、直ちに暴力で対応しています。そして治安部隊は、丸腰のデモ参加者たちと衝突するや、催涙ガスやゴム弾に加えて実弾までも使用したと報告されています。
 しかも、イラン政府は逮捕された人びとに対し、長時間の取り調べやむち打ち、睡眠妨害などの拷問を加え、虚偽の自白を強要しています。加えて、捕まった人たちは弁護士や家族との面会もほとんど認められていません。イラン政府にはこれまでも、政府を批判する人びとや政治的なライバルを、捏造された犯罪容疑で刑務所送りにしてきた歴史があります。今回の弾圧の際に逮捕された人のうち相当数が、以前にもイラン政府によって刑務所行きにされた経験を持っている人たちです。その点を私たちは懸念しています。
虚偽の自白を強要しているとのことですが、イラン政府はどういった自白を取ろうとしているのでしょうか。
土井
 イラン政府は、抗議運動の背景に国外勢力の支援があり、しかも運動目的はイランの政権転覆だったと主張を続けています。この主張を裏付けるための虚偽自白の強要が行なわれていると考えられます。実際、「逮捕された人びとの多くが、諸外国勢力と謀略して民主化革命を起こし政権を打倒する謀略があったと自白した」と、イラン政府高官らは述べています。
 虚偽自白を強要された人たちの中には、イランのテレビの前で「自白」させられた人もいます。たとえば、ニューズウィーク誌のマジア・バハリ特派員(イランとカナダの二重国籍)。彼は、6月21日に拘束され、今もテヘランのエビン刑務所に拘束中とみられますが、6月30日、半官半民のファルス通信が報じたところによると、バハリ特派員は記者会見で、1989年のチェコスロバキアの「ビロード革命」のときのように、イランでも蜂起を扇動する欧米メディアの取り組みがあったと述べたということです。そして、これらの「非合法デモ」の取材のなかで自らも役割を果たしたと「自白」したと伝えています。もちろん、ニューズウィーク誌は、バハリ特派員の無実を強く主張し、彼の即時釈放を求めています。
子どもの犯罪に対する死刑を続ける
政治的な弾圧などの人権侵害は、以前からあったのでしょうか。
土井
 マフムード・アフマディネジャードが大統領になってからというもの、イランでの基本的人権の保護水準は悪化しています。アフマディネジャード政権下の情報省は、海外の専門家と密接に連絡をとるイラン人専門家を標的にし、イランにおける「ビロード革命」を扇動する西側の手先と非難してきました。特に、米国の大学と連携を取っていた学者たちが標的にされてきました。そのほかにも、平和的な信念や意見に基づき政府に反対する活動家の訴追も強まりました。人権活動家たちは、人権侵害を報告したり取りまとめたりしたことが原因で、日常的に嫌がらせをうけたり、刑務所に入れられています。女性の権利活動家たちも、ノーベル平和賞受賞者シリン・エバティさんらが、暴力や嫌がらせを受けたり、訴追されたりしました。アゼルバイジャンやクルディスタンの民族的少数者や、バハイ教徒などの宗教的少数者も、引き続き厳しい差別に直面しています。
 また、アフマディネジャード政権下では死刑執行総数が急上昇しています。2008年7月には1日で29人もが絞首刑にされました(イラン政府はそのうち10人の氏名しか公表していません)。イランの死刑は公開の場で行われ、クレーンで持ち上げて長時間かけて窒息させて殺すという、本当にむごい方法で殺害することがしばしばです。さらに、18歳未満の子どもの犯罪に対する死刑の問題も重要です。
「子どもの犯罪に対する死刑」とはどんな問題なのでしょうか?
土井
 米国とソマリア以外、世界中すべての国が締約国となっている「子どもの権利条約」は、18歳未満の子どもが行った犯罪について、死刑や釈放の可能性のない終身刑を科してはならないと定めています。
 にもかかわらず、2008年のHRWの調査で、イラン、サウジアラビア、スーダン、パキスタン、イエメンの5ヵ国では、子どもの時に犯した犯罪により死刑を執行していることがわかりました。
 具体的には、2005年1月から2008年8月までの間に、イランで26人、サウジアラビアで2人、スーダンで2人、パキスタンで1人、イエメンで1人に対し死刑を執行しています。イランは子どもが犯した犯罪に対し、世界で一番多くの死刑を執行している国なのです。しかも、全世界が処刑でのぞむことを廃止する方向で動いているなか、イランは逆に、処刑を増加させているのです。イランは、先に述べた子どもの権利条約の締約国としてはもちろんのこと、もう一つの重要な条約である「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(国際人権B規約)の締約国としても、犯行時に18歳未満の者の処刑を禁止する義務を負っています。HRWは2008年7月、23の主要な国際団体・地元団体などとともに、未成年者の犯罪に対して死刑をもってのぞむのをやめるように要求しました
 HRWには、弁護人などを通じて、処刑が行われる直前に「まもなく処刑されそうだ」という情報がもたらされ、世界に対し、処刑を止めるように情報発信を行うことなども多くあります。
親イラン国として確固たるメッセージを!
先だって、ジャーナリストであるロクサナ・サベリさんが、逮捕され、裁判にかけられた後、釈放されました。彼女のお母さんが日本人で、ロクサナさんが日系人だったことで、日本でもニュースになりました。
土井
 今年4月18日、イランの裁判所はロクサナさんにスパイ罪で禁固8年の刑を言い渡しました。その後の上訴審で、彼女に対する処罰は、執行猶付きの判決に変更されたので、彼女は米国に帰国しました。
 彼女の逮捕から裁判にいたる一連の動きのなかに、イランにおける政治犯たちの裁判の特徴があらわれています。イラン政府は、彼女を逮捕してから2週間も、家族や弁護士に連絡することを完全に拒否していました。彼女が弁護士と初めて面会できたのは、逮捕されてから1ヵ月以上もたってからでした。また、弁護士にロクサナさんの容疑が正式に知らされたのは、地方裁判所の裁判の数日前で適切な弁護をすることも許されませんでした。イランの法律は、逮捕から24時間以内に、被疑者に容疑を知らせるように定めているにもかかわらず、です。また、地裁裁判は非公開の秘密裁判でした。
 こうした動きに対して、日本政府も中曽根弘文外相が、アフマディネジャード大統領やモッタキ外相に対して透明性のある訴追プロセスと公正かつ寛大な措置を期待していることを求めるなど、働きかけをしていました。ロクサナさんの判決が執行猶予付きに変わったのは、米国政府や日本政府の働きかけの成果であり、歓迎したいと思います。
ロクサナさん逮捕に関して、日本政府が一定の役割を果たしたようですが、現在のイランに対して、日本政府にはどのような行動を求めますか。
土井
  日本は、米国などとは一線を画し続けている親イラン国です。イランは反欧米感情、なかでも反米感情が強い国です。イランに対して友好政策をとり、かつ、アジアの一国である日本は、イランで苦しむ人びとの人権をまもるため、独自の役割を果たすことができる立場にあると思います。
 しかし、イランとの友好的二国関係を保つことが第一の目的となってしまい、人権などの重要問題が、二の次になってしまっては元も子もありません。今回の大統領選後の混乱に対しても、日本からのメッセージはとても弱いもので、独自の立場を十分に活かした外交ができていません。日本政府には、イランも約束している人権の保護について、守らなくてはならないものは守るべきというもっとしっかりしたメッセージを発してもらいたいと思います。

(敬称略、つづく)

【インタビュー後のイラン状況について編集部補足】
 大統領選挙後の抗議デモへに参加したなどで拘束されていた140人が7月28日、釈放された。また、著名な改革派指導者のサイード・ハッジャリアン氏も、近日中に釈放されるとの報道もある。アフマディネジャード大統領は、重大犯以外の拘束者を8月上旬までに釈放するよう求める書簡を、シャハルディ最高裁長官に送ったと公式ホームページで発表した。多数の改革派支持者の拘束が1ヵ月以上続き、拘束中に死亡した例も明らかになっており、改革派だけでなく、保守派や宗教界からも批判が強まってきたことが背景にあると思われる。
 一方で、今回のデモに参加したり、政府批判をした人など数百人が依然拘束中とみられるほか、総選挙後に逮捕された人のうち100人近くに対する裁判が8月1日に開始されたとイラン国営通信などが報道している。
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PROFILE

土井 香苗

1975年神奈川県生まれ。1994年東京大学入学。大学3年生で司法試験に合格し、4年生のときNGOピースボートのボランティアとして、アフリカで一番新しい独立国・エリトリアに赴き、1年間エリトリア法務省で法律作りに従事する。2000年から弁護士活動をする傍ら、日本にいる難民の法的支援や難民認定法改正のためのロビーイングやキャンペーンにかかわる。06年から研究員として国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのニューヨーク本部に在籍。07年から同NGO日本駐在員。08年9月から同東京ディレクター(日本代表)。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのHP:
http://www.hrw.org/
 

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