風
 
 
 
 
 
 
[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
Series 世界
人間を傷つけるな! 土井 香苗
09/06/15

第4回 天安門事件後も人権問題山積の中国 [2]

内戦終結するも、いまだに拘束されているタミル人
ところで、本誌09年3月15日号で「第2回 民間人を虐殺するスリランカの内戦」取り上げた、スリランカ政府軍と「タミル・イーラム解放のトラ」(「タミルの虎」・LTTE)の間の25年にわたる内戦は、膨大な民間人犠牲を伴いながら、この5月に終結しました。日本の新聞の見出しは「政府軍が制圧した」というものばかりでしたが、「内戦終結、膨大な民間人死者をともなう」のような視点も必要ではなかったでしょうか。
土井
 25年にわたる内戦が終結したことは事実です。しかし、国連推計で、現在わかっているだけでも、1月後半から5月半ばまでの4ヵ月で、少なくとも7000人の民間人が死亡しました。膨大な数の民間人が殺される可能性が高い、だから、民間人を戦闘が行われているエリアから逃がさなくてはならないと、私たちも国連も、何度も要求してきました。しかし、スリランカ軍もLTTEも、国際社会からの声に耳を貸しませんでした。また、国連安全保障理事会や国連人権理事会などの国際機関も、民間人保護の動きをとりませんでした。
どのくらいの民間人が犠牲になったのでしょうか。
土井
 1月後半から5月半ばまでの4ヵ月で、いま分かっているだけで、国連の推計で少なくとも7000人が死亡しました。しかし、イギリス・タイム誌などは、独自調査を行い、2万人程度死亡したのではと推計しています。
その統計には、どのような根拠があるのでしょうか。
土井
 7000人という数字は、戦闘が行われている地域に残されていた中立的立場の医者などが数えた犠牲者の数です。ですから、実際にはもっと多くの人が死亡したというのは明らかです。とくに、内戦の最後の約3日間は、そうした国際社会に犠牲者数などについて報告を続けていた医者たちも、最も激しい戦闘の中、消息不明になりました。したがって、最も死者数が多かったと予測できる3日間については、詳細が不明のままになってしまっています。しかも、こうした民間人を、スリランカ政府は、うその情報を流したとして身柄拘束中であり、裁判が始まるまでに少なくとも1年、非常に長い間身柄を拘束されるとの予測がされており、非常に懸念しています。
当事者、つまりスリランカ政府やLTTEは、犠牲者について発表はしていないのでしょうか。
土井
 スリランカ政府は、この内戦の最終局面で、犠牲者や盾にされている人の数を、大幅に少なく発表してきました。逆に、LTTEは非常に多く発表してきました。どちらも太平洋戦争中の日本の「大本営発表」のように、正確な情報でななかったわけです。そして、スリランカ政府は、昨年秋以来、メディアが戦闘地域周辺に入ることを禁止し続けていますので、独立した調査を行うことは今までも、そして、現在もできていません。
そうすると、中立的立場の医者からの情報発信は極めて重要だったわけですね。
土井
 そうです。だからこそ、現在、スリランカ政府から「報復」を受けている彼らの釈放を実現する必要があります。ヒューマン・ライツ・ウォッチやアムネスティはもちろん、化学兵器、地雷、拷問、戦争犯罪の研究や調査を医学・科学的な方法で行っているPhysicians for Human Rightsなども声をあげています。日本の医療関係者の方々にも、声をあげていただければうれしいですね。日本政府のスリランカ政府に対する影響力は強いのですから。
人間の盾にされていた民間人で、幸運にも戦闘を生き延びられた人たちは、こんどは、スリランカ政府の強制収容キャンプに閉じ込められているそうですね。
土井
 そうなんです。2008年以来、戦闘を避け政府支配地域に逃げることのできた民間人はほぼ全員、スリランカ北部にある政府の強制収容所送りになっています。子どもも女性も含め家族全員が収容されてしまったケースも多くあり、約30万の人びとがこれらの収容所に拘禁中で、移動の自由などの基本的な権利を奪われたままの状態です。しかもこのキャンプは軍が支配しています。こうした状態は、人道支援の国際基準に反する状況で、人道支援機関が何度も、人びとの移動の自由の確保や軍の支配をやめることを要求していますが、スリランカ政府は耳を傾けていません。人道支援者たちは、自分たちの基準をねじまげて現状に甘んじるか、人びとが食糧不足や病気に苦しむのを傍観するか、という二者択一を迫られています。
人道的な問題としては、移動の自由がないことだけでしょうか。
土井
 もちろん問題はそれだけではありません。今、スリランカでは、再び、「強制失踪、拉致」の危険性が高まっています。ここ数ヵ月、スリランカ政府によって、LTTE戦闘員とみなされた者や、LTTEと関係があったと疑われた者たち、9000人以上が拘束されました。国連などの国際機関は、逮捕者を決定するプロセスにほんとど、もしくは全く参加できていません。政府は、多くの場合、逮捕された人の家族に何の情報も提供していません。つまり、家族が、突然、逮捕されたり消されたりしてしまっている状況――まさに、拉致・強制失踪――がたくさん起きています。逮捕されてしまった自分の家族の消息や居場所を知らないままなのです。
 こうした状況に対する懸念は、過去の実態にも基づいています。スリランカ軍は、LTTEの拠点を奪取した後、長期にわたり強制失踪や非合法殺人に関与した、という報告が、これまでも何度もなされています。例えば、1995年12月に政府軍が、北部の町ジャフナ(Jaffna)をLTTEから奪還しました。その後の1年間で、LTTEとの関係を疑われていた若者600人以上が"失踪"してしまいました 。そして、多くの遺体が埋められた場所が幾つも発見されました。そして、大半の失踪者の消息は今も不明のままなのです。スリランカ軍のメンバーが訴追され処罰された事例もほとんどありません。このような不処罰が横行している現状では、今回も、多くの人が失踪してしまうのではという懸念には、残念ながら、非常にリアリティがあります。
こうした状況に対して、日本政府はどのように対応しているのでしょうか。
土井
 日本政府は、難民キャンプにテントを送るなどの物資支援や、国内避難民支援のための資金を出すと表明しています。また、明石康政府代表をスリランカに派遣して交渉し、民間人を犠牲にしてはいけないと大統領に伝えたということです。
 もちろん、民間人の大量犠牲という問題の第一の責任は、民間人を人間の盾として使ったLTTE、そして、民間人に無差別攻撃を加えたスリランカ政府軍にあるわけですが、しかし、民間人を救出するための行動を起こさなかった国際社会にも責任があります。なかでも、OECD諸国で最大の援助国であり、スリランカ政府に極めて大きな影響力を持つ日本の責任は重いです。日本政府は確かに、物やお金は送ると表明し、二国間外交では、大統領にメッセージも伝えました。しかし、国連安全保障理事会や国連人権理事会の場では、民間人保護のための行動をとることに対し抵抗し続けたのです。その結果、閉じ込められた民間人のための人道回廊を設置して、戦闘地域から逃すという行動は、取られずじまいでした。また、民間人の無差別攻撃などの戦争犯罪を犯しているスリランカ政府とLTTEに対し、そうした行動をとれば将来責任追及が必ず行われるというメッセージも送られませんでした。
 国連が民間人保護のための行動を取ろうとすると、通常抵抗するのは、中国とロシアです。今回、これに日本が加わったこと、とくに、中国やロシア以上に抵抗が激しかったことが、世界中に衝撃を与えました。ヒューマン・ライツ・ウォッチやアムネスティ・インターナショナルなど国際NGO4団体は、、この点について、異例の書簡を日本政府に送付しました。
http://www.hrw.org/ja/news/2009/05/10-0
 スリランカの悲劇は、予測されていました。私たちをはじめ、多くの機関が、警告を発し続けました。しかし、国際社会は、必要なプレッシャーをスリランカ政府にかけることから逃げ続け、結局、多くの人命が失われたのです。国際社会は、1994年のルワンダ虐殺の経験から何も学んでいないのではないでしょうか。

(敬称略、つづく)
1 2
BACK NUMBER
 
PAGE TOP
Copyright(C) Association Press. All Rights Reserved.
著作権及びリンクについて