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Series 世界
人間を傷つけるな! 土井 香苗
09/06/15

第4回 天安門事件後も人権問題山積の中国

戦争や虐殺など世界各地で今日もなおつづく人権蹂躙の実情に対して監視の目を光らせる国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)。2009年春開設したHRW東京オフィスの土井香苗ディレクターが問題の実態を語る。

20年経っても獄中に100人以上の逮捕者が
2009年6月4日で、中国の天安門事件(第2次、以下同)からちょうど20年になりました。この事件は、学生を中心とする人びとが、社会と政治の民主化を求めたものでしたね。
土井
 そうですね。1989年6月3日から4日を中心にして、中国人民解放軍によって、北京をはじめとする中国の諸都市で、数多くの丸腰の民間人を殺害されました。天安門広場やその他の主要都市には、「虐殺」が行なわれた2ヵ月前の89年4月から、労働者や学生などが集まり、複数政党制を要求する平和的なデモをはじめました。こうした抗議運動が、解散されないままに5月下旬を迎え、危機感を抱いた中国政府は、戒厳令を宣言したのです。続いて、武力・武器を行使してでも街頭の抗議運動を排除するよう、軍に対して許可を与えました。この抗議運動壊滅の命令が実行される過程で、人民解放軍は厖大な数の民間人に発砲し、殺害しました。犠牲となった民間人の多くは、抗議運動にまったく関係ない人たちでした。さらに事件後、中国政府は、全国一斉の取締りや弾圧を敢行し、「反革命」容疑、あるいは放火や社会秩序混乱などの刑事犯罪容疑で、何千もの人を逮捕したのです。20年経った今でも、100人以上が獄中にいます。
事件から20年が経過しても、いまだに大きな人権問題なのですね。
土井
 犠牲になった学生や民間人の母親たちが中心となって作った団体「天安門の母」は、軍によって殺害された民間人たちの名簿を作っていますが、判明しているだけで150人以上にのぼります。しかし政府は、この天安門事件の再調査を求めるあらゆる動きを拒絶してきました。そればかりか、この天安門事件の生存者やその家族、また事件に関する「政府公式見解」に異論を唱える者に対して、今も、脅迫や差別、そして暴力や身柄拘束などの人権侵害を続けています。
天安門事件後、表現の自由に対する抑圧はさらに広がりました。HRWは、2008年の北京五輪の際に、表現の自由を実現するために大掛かりなキャンペーンを行ないましたね。
土井
 はい、そうです。北京五輪の組織委員会執行副主席だった王偉氏が01年7月12日、国際オリンピック委員会で北京が開催地に指名される前日の記者会見で、「我々は、中国にやってくるメディアに対し完全な報道の自由を与える」と述べました。そこでHRWは、北京五輪の約1年前から中国政府に対して「メディアに対する完全な自由」を実現させる公約を遵守するよう求めた人権状況改善のためのキャンペーンを開始したのです。
実際に北京五輪では改善されたのでしょうか。
土井
 中国は北京五輪開始前に、外国メディアだけに適用される暫定法をつくりました。ジャーナリストは、取材対象者からの了解を得さえすれば、だれでも取材できるという、極めてシンプルな内容です。それまでは、あらゆる取材について、当事者の了解のみならず、中国の外交部(外務省)の許可が必要とされていました。当局の許可のない取材は違法だったのです。外国メディアに対して取材の自由を許すこの暫定法は、北京五輪後に、恒久法となりました。これはひとつの前進と言えます。
 しかし問題もあります。ここで認められている取材の自由は、中国人のジャーナリストには適用されません。さらに、五輪期間中も、チベット人居住地域については、この法が適用されず、自由な取材は許されませんでした。
「万里のファイアーウォール」—強力なインターネット監視体制
北京五輪後、その恒久法のもとで、自由に取材したり報道したりできているのでしょうか。
土井
 残念ながら、依然として政府の監視や検閲、嫌がらせや拘束の被害は続いています。国内、海外を問わず、公共の場での記者の行動は有線TVに記録されています。携帯電話からは位置情報が傍受されています。電子メールなどの通信手段も監視されています。そして、先ほど述べた新しい規則のもとでも、外国人記者が書いた記事の情報源や、記事で発言を引用された人びとなどは、危険な目にあっていることが少なくありません。
インターネットの発信についても政府の監視が強力であると、大きな問題になっていますね。
土井
 中国のインターネット検閲と監視の制度は、「万里のファイアーウォール」としてよく知られています。ある意味、世界の「最先端」と言えるかもしれません。インターネット警察(公式には「インターネット安全検閲のための特別警察」)が、ネットを使う推定2億2000万人の中国市民を見張っているのです。また、世界を代表するIT企業であるヤフーやグーグル、マイクロソフトなども、中国では検閲の役割を担っています。マイクロソフトは、敏感な政治トピックを避けるため、検索内容やブログタイトルを検閲し、平和的な政治意見を載せているページすら検索結果から削除したりしています。グーグルも、中国版のGoogle、つまり「Google.cn」サービスでは、中国政府による検閲を受け入れました。ジャーナリスト擁護委員会(Committee to Protect Journalists、通称CPJ、非営利団体)によると、08年5月1日現在で中国に身柄拘束中のジャーナリスト26人のうち18人は、オンラインで仕事をしていたということです。
「表現の自由」以外では、チベット問題も大きな人権問題ですね。
土井
 その通りです。チベット人抗議者の弁護を申し出た中国人弁護士たちは、弁護士資格を取り消すと司法部から脅しにさらされ続けています。また、北京五輪前の08年3月14日に、チベットでの抗議行動が「蜂起」と化して以降は、中国政府はチベット地域に記者や国際的組織の調査員などのアクセスを遮断したため、死者や逮捕者の数は依然として不明のままとなっているのも問題です。
 チベット問題とならんで、ウィグル族の抑圧も大きな人権問題です。中国政府は「テロとの戦い」の名目の下、ウィグル族(中国の新疆ウィグル自治区に居住し、チュルク語を話すイスラム系民族)の間に、「3つの悪の勢力(テロ、分離主義、宗教過激主義)」が蔓延しているとして、撲滅政策を正当化しています。新疆のイスラム武装グループの存在を利用して、政府が弾圧を強めてきているのです。表現の自由は厳しく規制され、「分離主義者」に傾倒するウィグル人たちは、秘密裏の略式裁判であっというまに処罰されてしまっています。時には大量処罰集会が催されることもあります。
 このような人権に対する姿勢は、国内だけでなく海外に対してもとられています。中国は「責任ある政府」と見られ、国際社会から尊敬されたいと望んでいますが、実際には、人権を侵害する国家を支援し続けているのです。あらゆる政府批判を鎮圧しているビルマの軍事政権を援助し、原油の買い付けなどの支援によりスーダンの財政状況を支え、一触即発の状況にあるジンバブエに武器を輸出してきました。こうした政策は、財政的・政治的圧力でこれらの国の人権状況を改善しようとする国際社会の努力を損なっています。
宗教の自由も制限されていますね。
土井
 中国で承認されているのは、5つのみ、つまり仏教、道教、イスラム教、カトリック、そしてプロテスタントの中の一宗派です。中国政府は国家統制外の信教の自由を承認していないのです。未承認のいわゆる「家の教会」(地下教会)は禁止され、法輪功などのグループは抑圧されて「カルト集団」に指定されています。
表現の自由を実現することが日中双方にとって利益になる
政治的な自由もありませんね。中国はいまだ共産党一党独裁体制です。
土井
  独立政党は非合法とされており、共産党が政治権力を独占しています。巨大な警察・治安機構は、政治活動家や市民活動家を様々な側面から取り締まっています。「国家転覆扇動罪」「国家機密漏洩罪」「社会騒乱罪」などの多様な犯罪があいまいに規定されているものですから、政府から独立した立場で政治的意見をいう人たちを脅す道具となっています。そして、こうした法律の規定が、政府に批判する者の口を実際に塞ぐために使われています。
 これに関連して、監獄、死刑、処刑も大きな問題です。中国政府は死刑の数を公表していません。68以上の犯罪が死刑の対象となっており、正確な数は国家機密とされていますが、毎年の処刑数は1万件にのぼると推定されています。
 大勢の人権擁護活動家や政府批判者が嫌がらせを受けているという政府批判者の拘禁と自宅軟禁の制度も大きな問題です。人権のために裁判を行なう中国人弁護士や地方からの請願者や、政府に対し人権を守るよう求める市民社会のリーダーたちは、表現手段を奪われ、自宅軟禁されて社会から隔離されたり、実際に逮捕されて拘禁されるケースも多くあります。
具体的な中国の人権活動家の例を紹介していただけませんか。
土井
 人権を守るために危険にさらされつつも活動を続けている中国の人々がたくさんいます。その中でも、人権活動家・胡佳(Hu Jia)さんを紹介しましょう。胡佳さんは北京を拠点とする人権活動家で、オリンピック招致の際の人権促進の公約を中国政府が果たしていないと声をあげた人物です。2007年9月10日、別の活動家との共同署名で「真実の中国とオリンピック」と題した公開書簡を発表しました。その後の2007年12月27日に中国政府に身柄拘束されてしまいました。そして1ヵ月後に逮捕され、2008年4月には「国家権力転覆扇動罪」により3年半の禁固刑に処せられてしまいました。現在、妻の曾金燕さんとまだ生まれて間もない子どもの谦慈ちゃんも、北京の自宅に軟禁されたままになっています。逮捕の直前、胡佳さんは、北京愛知行健康教育研究所の最高責任者として、特に中国のHIV問題についてアドボカシー(政策提言や権利擁護活動)を行っていました。
日本政府は、このような数々の人権問題を抱えている中国と、どう付き合えばよいと思われますか?
土井
 日本政府にとって、中国が大事な隣人であることは言うまでもありません。しかし、大国であれば人権侵害が許されるということはあってはなりません。日本政府も、人権侵害については、しっかり声をあげるという外交政策をとるべきです。
 中国が人権を尊重する国になることは、中国にとっても国益であり、しかも、日本にとっても国益であるはずです。なぜなら、人権がしっかり尊重される国家であれば、日本に対して戦争をしかけるなどの安全保障上の脅威となることは想像しにくいと思います。お隣の問題国家・北朝鮮を考えても、安全保障問題と人権問題は、深く関係していると考えざるを得ません。
 表現の自由は、それ自体が非常に大切な人権であることはもちろんです。そして、その他の人権を守るためにも、表現の自由がなければなりません。表現の自由は、すべての人権の基本にあるといえるでしょう。しかも、表現の自由を実現することは、長い目で見ると、中国政府にも重要な利益となると思います。現在の中国共産党政府が最も望んでいることは「社会の安定」です。そして、一番恐れているのが社会の「不安定化」です。まさに、天安門事件のような暴動などが起き、共産党政権の安定が損なわれるのを一番恐れているのです。中国では、政府が数年前まで発表していた統計をもとにしても、年間8万件程度の抗議行動が起きています。今の中国は圧力釜のようなものだと思うのです。このまま、人びとの不満を押さえつけていれば、爆発しかねません。表現の自由を実現してメディアに自由に議論をさせ、そして、社会の不正を暴き、ひとつひとつ不正を正していくしか、結局、社会の安定を実現する道はないのだと思います。そして、不正を正すために必要不可欠なシステムが裁判所です。中国政府は、独立した司法を実現して、社会的正義を裁判を通じても実現することができるようにすることが必要です。そうしなければ、自由な討論、メディアでの議論、裁判所での訴訟に向かうことができな人びとのやり場のない怒りは、街頭での抗議行動としてあらわれるしかなくなってしまうでしょう。
 そして、街頭で中国国民の怒りが爆発する事態となったとき、大きな痛手をこうむるのは日本です。中国ではいつも、日本は格好の悪者役でした。中国国内で大きな不満が生まれれば、それを外に向けるために、日本を標的にするのです。そうなれば、日本の経済的利益や政治的利益はもちろん、安全保障上の利益も阻害されてしまいます。
 日本政府は、中国国民が不満のマグマをためないように、アドバイスすべきだと思います。表現の自由の実現や司法制度の独立など、中国政府にとっての「苦い薬」も、真剣に要求する「真の」隣人であるべきだと思います。
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PROFILE

土井 香苗

1975年神奈川県生まれ。1994年東京大学入学。大学3年生で司法試験に合格し、4年生のときNGOピースボートのボランティアとして、アフリカで一番新しい独立国・エリトリアに赴き、1年間エリトリア法務省で法律作りに従事する。2000年から弁護士活動をする傍ら、日本にいる難民の法的支援や難民認定法改正のためのロビーイングやキャンペーンにかかわる。06年から研究員として国際NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのニューヨーク本部に在籍。07年から同NGO日本駐在員。08年9月から同東京ディレクター(日本代表)。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのHP:
http://www.hrw.org/
 
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