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Series 時事・社会
米・大統領選を追う 堀田 佳男
08/11/15

最終回 オバマの勝因と、問われる外交手腕

熱狂に包まれたアメリカ大統領選挙は、民主党のバラク・オバマ氏の勝利で終わった。予備選から本選へと、10ヵ月にわたって大統領選を追った連載の最終回は、オバマ氏が共和党のマケイン候補に大差で勝った要因を総括し、オバマ新政権が直面するであろう外交課題について考察する。

圧倒的な資金力とたくみな選挙戦略

当選は日本のメディアでも大々的に報じられた。
 内外の外交評論家やジャーナリストなどがオバマ旋風の強健さを述べている。勝因はいろいろ指摘されるが、私は3点に絞って説明している。
 一つはアメリカという「政治の振り子」がブッシュ政権の8年間で大きく右に振れ、それがいま左に戻ったという解釈である。9.11の同時多発テロ事件によって、アメリカは国際テロリストから「戦争をしかけられた」と独自判断し、アフガニスタンに侵攻してタリバン政権を崩壊させ、2003年3月にはイラクに攻め込んでフセイン政権を失墜させた。極右思想といっても過言ではないネオコンによって、振り子は右端にまで持っていかれた。
 その後、ブッシュ政権は内外から単独主義(ユニラテラリズム)という批判を受け、少しずつ現実主義(リアリズム)へと移行してゆく。ただ国際関係学におけるユニラテラリズムという言葉は、一国が好き勝手な振る舞いをすることを意味しない。対外的な問題を多国間ではなく一国で交渉・解決する方法論を指す。それであるので、ブッシュ政権初期の外交政策は、独善主義(セルフ・ライチェスネス)と呼ぶべきだろう。
 第二期目になって、ブッシュ政権の支持率は下降し続けた。イラク戦争の泥沼化は避けられず、支持率は20%代へと落ちた。現政権の共和党に元凶があるという流れがアメリカ国民に流布したことで、振り子は自然に左に戻らざるを得なくなった。
 二つ目がオバマ氏のメッセージの明確さである。「変革」と「統一」というシンプルながら、今のアメリカに必要な二点を繰り返し口にしたことで、金融危機の真っただ中にあるアメリカに希望の光を投げた。すぐれた政治家は政策や指導力だけでなく、将来へのビジョンと期待感を国民に示せないといけない。オバマ氏の政策と大統領としての指導力は未知数だが、将来へのビジョンと期待感は多くの国民に受け入れられた。
 三つ目はオバマ選挙対策本部の戦略の優位性である。ヒラリー、マケイン両陣営ともオバマ陣営には敵わなかった。それほど緻密で徹底した戦略が実践されていた。選対の戦略次第で結果が大きく左右される事実は、私の過去20年間の大統領選取材の結論でもある一方、大手メディアの関心は候補の演説や政策に集まる。目立たない一般有権者への這うような選挙活動こそが重要との認識は薄い。
 たとえば2008年1月3日のアイオワ州党員集会で、オバマ陣営はどの候補よりも多額の資金をつぎ込み、多数のTV広告を打った。その数1万本。ヒラリー候補は7000本で、3000本の開きは大きい。同州での勝因は数の勝負だけではない。オバマ選対が巧みに選挙活動を行った結果でもある。そうした努力が最後の投票日まで光っていた。
 また、本選挙直前の10月29日、オバマ陣営はCNNをはじめとする大手TV局のゴールデンタイムを30分も買いあげ、異例のTV広告を流した。マケイン陣営には真似のできない芸当だった。
 さらに多額の選挙資金を集めることにも成功した。選挙直前の10月末までで約640億円というアメリカ選挙史上の最高額を集められる力は尋常ではない。マケイン氏の約360億円という数字を考えると、オバマ氏が負けるわけがなかった。これほどの選挙資金差が開いたことはいまだかつてない。ワシントンでは「大統領はカネで買える」といわれるだけに、資金額の差はオバマ氏が戦略面ではるかに有利に立った証拠でもあった。
 もう一点、選対の巧みさが光ったのは「マケイン候補の政策の90%がブッシュ政権と同じ」というレッテルを貼ったことだった。ブッシュ大統領の支持率が低いだけに、有権者に「共和党はもういい」と思わせるだけの説得力があった。マケイン政権が誕生した場合、第二のブッシュ政権への移行になるというオバマ陣営の目論見は見事に当たったのだ。今考えると、オバマ氏がヒラリー候補を負かした6月初旬の時点で、次期大統領になる要素は整っていた。

協調的な外交姿勢を貫けるか

 マケイン氏に圧勝したオバマ氏が本当に国民から慕われる偉大な大統領になるかどうかは、選挙結果とは別問題である。金融・財政対策が早急の課題であるが、オバマ氏の力量が本当に試されるのは外交手腕だろう。そこで、今後の重要案件をいくつか挙げたい。
 アメリカが今後相対する最重要国はたぶんイランでも中国でもなくロシアになるはずだ。豊潤な天然資源を背景に、経済力をさらに活性化させ、軍事力を増強して再びアメリカと肩を並べる超大国に君臨する可能性を秘めている。メドベージェフ大統領は、アメリカがポーランドとチェコに配備予定のミサイル防衛(MD)に警戒心を抱いており、米ロの新たな軍事対立が際立つことも考えられる。さらにウクライナとグルジアの地域紛争に、オバマ氏がどう対応するかも注目される。
 次に対立構造が際立つと思われる国は中国である。オバマ氏は中国のことを「敵でも友人でもなく競争相手」と位置づけている。実は、オバマ氏はヒラリー氏と共にアメリカに流入する安価な中国製品に対して高関税をかける法案を共同提出する意向もあったほどで、貿易相手国として警戒感を解いてない。
 けれども、オバマ氏の対中政策チームのリーダーといわれるブルッキングズ研究所のジェフリー・ベイダー研究員は穏健派で、協調的な関与政策によって二国間関係を円滑にまとめあげるタイプだ。そう考えると、選挙前は有権者獲得のために保護主義的な発言をし、政権誕生後はより現実的で穏健な対中政策に移ることも考えられる。
 イラクについては、すでに2010年夏までに米軍の撤退を完了させると繰り返し述べている。ただ、イラクに留まる外交官や民間人の保護目的で、小規模の米軍をイラクに残留させるだろう。さらに約2000億円を割いて、400万人といわれるイラク難民の支援をする予定だ。イラクから退いた米軍をアフガニスタンに再配備し、アルカイダの残党の掃討作戦を展開する。
 イランの核開発については、核兵器が開発された時点で中東の安全保障の勢力図が変わってしまうため、オバマ氏は政権樹立後1年以内にアフマディネジャド大統領と直接会談する意向を示している。その大胆さは民主党内からも反発があるが、こうした積極姿勢は北朝鮮の金正日総書記に対しても同様だ。
「北朝鮮に核開発を放棄させるには、6ヵ国協議のような多国間交渉で北朝鮮を包囲するのが望ましい。同時に根気よく、積極的な直接交渉をすることも重要で、ブッシュ政権が北朝鮮との交渉に失敗しているのは、ひとえにトップ会談を行ってこなかったから」(オバマ氏)
 最後に対日政策だが、オバマ政権になっても日米関係は盤石であり、安全保障面での絆は揺るがない。よく日本軽視論がでるが、それはワシントンのシンクタンクの研究者の言葉を借りれば「過去20年で日米関係はもっとも平穏」だからに他ならない。けれども、新しい政権が誕生したからこそ、日本政府は自分からワシントンにボール
を投げて、日米関係を基礎にした新しい東アジアの枠組みのイニシアチブをとってもいい。もはや、アメリカからの出方を待つ時代ではない。

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PROFILE

堀田佳男

国際政治ジャーナリスト

1957年東京生まれ。
早稲田大学文学部を卒業後、ワシントンのアメリカン大学大学院国際関係課程修了。米情報調査会社などに勤務。永住権取得後、90年にジャーナリストとして独立。政治、経済、社会問題など幅広い分野で活躍。過去4回の大統領選を取材した唯一の日本人ジャーナリストでもある。著書に『大統領のつくりかた』(プレスプラン)、『MITSUYA 日本人医師満屋裕明―エイズ治療薬を発見した男』(旬報社)など。

大統領はカネで買えるか?/5000億円米大統領選ビジ ネスの全貌

『大統領はカネで買えるか?/5000億円米大統領選ビジ ネスの全貌』
堀田佳男著
(角川SSC新書)

堀田佳男さんのHP:
www.yoshiohotta.com/

 
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