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Series 時事・社会
米・大統領選を追う 堀田 佳男
08/06/30

第3回 オバマとマケインの政策の違いはどこか

4年に1度のアメリカ合衆国大統領選挙。激戦が続いた民主党の予備選は、バラック・オバマ氏がヒラリー・クリントン氏を破って大統領候補となった。過去4回の選挙を現場で取材したジャーナリスト・堀田佳男氏が大統領選とは何かを解説する。第3回は、オバマ候補と共和党・マケイン候補の政策の違いを考察する。

 米大統領選挙は予備選が終了し、民主党のバラック・オバマ候補と共和党ジョン・マケイン候補が11月4日の本選挙に向けて一騎打ちの戦いを始めた。両候補は8月末から始まる全国党大会(民主党は8月25日からコロラド州で、共和党は9月1日からミネソタ州でそれぞれ4日間)に向けて選挙戦略を練り込んでおり、政策の違いが明確化している。

大統領選挙は“経済政策”で決まる

「It’s the economy, stupid!(すべては経済なんだよ。わかっているのか)」
 このフレーズを覚えていらっしゃる方はよほどのアメリカ通である。1992年、クリントン前大統領がブッシュ元大統領(父)に挑んだ時、クリントン選挙対策本部長のジェームズ・カービル氏が編み出した選挙用コピーである。選挙運動前、ブッシュ氏は湾岸戦争で勝利をものにして高い支持率を保っていたが、不況に直面して支持率は急落した。それに追い討ちをかけるように発せられたのがこの言葉だ。
 過去4回の大統領選挙を取材して気づいたことは、ほとんどの選挙で経済が最優先事項に挙げられてきたことである。今年の選挙は昨年末までイラク戦争の収拾が最大のテーマで、候補たちも対イラク政策を真っ先に説いた。だがアメリカ国内の経済状況が変化し、イラクよりも経済に比重が置かれるようになった。
 経済といっても、有権者が目を向けるのは経済成長率や消費者物価指数(CPI)などではない。家計に直接響くガソリン代や医療費、さらに税制や輸出入業に影響がある貿易政策などが主な関心テーマである。
 予備選は党内での戦いだったので政策の違いは際立たなかった。特に民主党は、オバマ候補が「クリントン候補とは政策の95%が同じ」と述べたほど差がなかった。ところが本選挙では政策が右と左の両極に分かれる。たとえば年収450万円の会社員は、オバマ候補が提唱する「ミドルクラス減税」に期待して票を投ずる可能性がある。ブッシュ政権では富裕層の所得税減税を行ったが、オバマ候補は中流層を中心に、一世帯あたり年間1000ドルの所得税減税を実施する考えだ。
 一方、年収5000万円の会社経営者は、マケイン候補が唱える富裕層への所得税減税に賛同する公算が高い。同候補は以前、ブッシュ政権の大型減税に反対していたが、今春発表した税制では現行の「ブッシュ減税」を恒久化するつもりだ。同時に法人税35%を25%に引き下げる案も提唱している。オバマ候補は逆に35%から40%に引き上げる予定なので、両候補の税制政策案は対極に位置する。

 内政のさらなる重要テーマである医療保険制度改革でも両候補の政策の違いは鮮明だ。オバマ候補はクリントン議員同様、最終的には日本のような国民皆保険の導入を主張している。その根本には現在4700万人といわれる無保険者の存在がある。オバマ案では1500万人をカバーしきれないといわれるが、マケイン案よりは手を差し伸べる範囲が広い。民主党という弱者救済の理念に立つ政党の大統領としては、ある意味で当然の政策だ。
 対するマケイン候補は、政府主導で国民皆保険を実現すべきではないと考える。その代わり、無保険者が医療保険に加入した場合、一世帯あたり年間5000ドルの所得控除を提案している。しかし、基本的に現行法を継続しているので、抜本的な医療保険制度改革にはならない。このように両候補の税制政策案と医療保険制度改革案だけでも、差異は際立っている。
 要約すると、オバマ候補の内政は「増税による社会保障の充実と弱者への手厚い保護」という従来型の民主党政策に落ち着く。逆にマケイン候補の内政公約は、典型的な共和党の「小さい政府」である。政府負担と規制を最小限にとどめ、民間に任せられるところは任せるという政治姿勢だ。
 社会政策においても同様である。女性にとって重要な人工中絶の問題でも両候補の違いは歴然としている。オバマ候補は中絶するか否かの選択肢は女性が握るべきであり、政府が関与すべきではないとの立場をとる。だがマケイン候補は保守本流の立場から、基本的に人工中絶に反対だ。それは同候補の考えでもあるが、中西部や南部を中心にしたキリスト教保守派の支持を取り付けるために、必須の立場なのだ。
 ワシントンに住む私の友人は敬虔なプロテスタントで、人工中絶を殺人とみなしている。イラク政策や内政は極めてリベラルな考え方で民主党寄りだが、宗教上の教えから人工中絶には賛成しない。
「オバマ候補は好きだが、人工中絶に賛成しているので票を入れられない。そうかといってマケイン候補の熱烈な支持者ではない。けれども、人工中絶のことを考えるとマケイン候補に一票を投じると思う。」

“ナイーブな”オバマ外交か、“力”のマケイン外交か

 外交政策に目を転じても、両候補の立場は対立している。オバマ候補はブッシュ政権の外交政策からの離脱を明確に打ち出している。すでに「オバマ・ドクトリン」と呼べる基本理念を発表した。それは「ブッシュ政権で失墜したアメリカの威信を回復し、民主主義を世界に広める」という趣旨だ。まずイラク戦争を終結させるため、大統領就任後すぐに米軍の撤退を開始し、16ヵ月以内に完了させる決意である。さらにキューバのグアンタナモ基地の閉鎖、アルカイダとのテロ戦争の終結をあげている。
 マケイン候補のイラク政策はまったく逆の立場で、一時は「米軍100年駐留案」を説いたほどだ。さすがに予備選後半で修正したが、ブッシュ政権のイラク政策では不十分であるとして、米軍の増派を主張した。ブッシュ政権は実際に増派し、イラク国内の治安が以前より改善したため、同候補は自信を深めている。2013年まで米軍の駐留は必要と考える。
 さらなる違いは、オバマ候補が諸外国との対話路線を打ち出している点だ。それはイラクや北朝鮮といった「ならずもの国家」の首脳とも無条件で会うとの考えで、内外から「ナイーブな外交」と批判されている。この関与政策はリベラリズムの外交といえる。敵対国家であっても対話が続いている限り紛争には至らないとの外交指針に基づいている。マケイン候補は逆にイランには圧力の強化、北朝鮮には圧力と対話の両面を駆使するいわゆるリアリズムの外交を眼前に出している。強大なパワーを維持する国家が常に有利な立場にたてるという力の外交である。
 その中で二人の対日政策は、現在のブッシュ政権の対日政策から大きな方向転換はないだろう。マケイン政権が誕生すれば日米同盟はアジア外交の中心に据えられるだろうし、オバマ政権になっても盤石の日米間関係をいじれるわけではない。その時は、日本がむしろ指導的な立場で新たな二国間関係を牽引すべきである。日本政府はアメリカ民主党とはパイプがないという弱気な態度ではなく、直にホワイトハウスと交渉できる外交力を持たなくてはいけない。それが今、日本に求められていることである。

(敬称略、つづく)

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PROFILE

堀田佳男

国際政治ジャーナリスト

1957年東京生まれ。
早稲田大学文学部を卒業後、ワシントンのアメリカン大学大学院国際関係課程修了。米情報調査会社などに勤務。永住権取得後、90年にジャーナリストとして独立。政治、経済、社会問題など幅広い分野で活躍。過去4回の大統領選を取材した唯一の日本人ジャーナリストでもある。著書に『大統領のつくりかた』(プレスプラン)、『MITSUYA 日本人医師満屋裕明―エイズ治療薬を発見した男』(旬報社)など。

大統領はカネで買えるか?/5000億円米大統領選ビジ ネスの全貌

『大統領はカネで買えるか?/5000億円米大統領選ビジ ネスの全貌』
 堀田佳男著
 (角川SSC新書)

堀田佳男さんのHP:
www.yoshiohotta.com/

 
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