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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
SERIES 01 遠いパラダイス
藤原 章生
第9回 幸せ呼び込むラテン気質

 冷戦が終わり、諍いも隔たりもない世界が広がる。そんな風に考えたのもつかの間、人々は以前よりも内向きに、自らの殻、国家や民族に閉じこもり始めた。これは一時的な反動なのだろうか。それとも、こうした息苦しさはこれからも続くのか。人々が国家や民族、人種という鎧を剥ぎ取り、自分自身になれる時代はやってくるのか。ジャーナリスト藤原章生氏が、世界各地の現場から、さまざまな人間との出会い、対話を通して考察する。

死霊祭りで踊る地元女性たち
04年12月、コロンビア・第三都市メデジン市

 ときどき「ラテン気質」という言葉を目にする。たとえば、「こんな暗いご時世でも大阪人は根っからラテン気質というのか、下手にくよくよしたりしない」といった使い方をする。なるほどと思いつつも、なぜか連想してしまうのは、自民党の政治家で故人となったミッチーこと渡辺美智雄氏の失言だ。
 1988年7月の自民党軽井沢セミナーで、政調会長だったミッチーは米国家庭の赤字についてこんな風に説明した。
「日本人だと破産は重大に考えるが、クレジットカードが盛んな向こう(米国)の連中は、黒人だとかいっぱいいて、『家はもう破産だ。明日から何も払わなくてもいい』。それだけなんだ。ケロケロケロ、アッケラカーのカーだよ」
 当時何かと日本人の黒人差別、というより実際は黒人をはじめとした異民族に対する日本人の無知にうるさかったワシントンポストの記者がこれを大きく取り上げ、ミッチーがなんら釈明もしないまま、単に陳謝するという出来事があった。
 そのころ、88年は私が新聞記者になろうと思い立ち、多少は世間のことに関心を持ちはじめたころだった。鹿児島の独身寮にいた私は6畳一間で新聞をながめたり、巷のニュースに耳を傾けていた。当時、世間をにぎわせていたのは、リクルートコスモスと、消費税と竹下。それに潜水艦なだしおあたりがメジャーだったように思う。大型間接税がどうのこうの、なだしおの右舷がいけなかった、といったことを丸暗記する受験勉強にいそしみながら、ミッチー発言をどこかで小耳にはさんだのだと思う。でも、「自民党の渡辺美智雄政調会長が米国労働者について発言したのは、次のうちどれか」といった問題は出ないと判断した私は、「アッケラカーのカー」を暗記する必要はないと思っていた。
 そのとき、その言葉を一度か二度聞いただけなのに、私は
「ケロケロケロ、アッケラカーのカー」
 という一節をしっかり覚えていた。
 今回、この話を取り上げようと思い、念のために調べてみたところ、
「ケロケロケロ、アッケラカーのカー」
 の部分は一字一句間違いなかった。失言であるかどうか、品があるかどうかなどは別にして、やはり人の口からついて出る言葉には「魂がこめられている」と言われるだけのことはある。どんな詩人でも、一言でこれほどの強い印象を他人に植えつけるのはそうたやすくない。
 ミッチーは前半で、
「向こう(米国)の連中は、黒人だとかいっぱいいて・・・」
 と発言しているが、では、この「だとか」は何だろう。文脈から解釈するに、おそらくラティーノ(あるいはヒスパニック)を指していたのではないだろうか。

通りすがりに笑顔を見せる少年
04年12月、コロンビア・チョコ州

 なぜなら、この前年の87年、中曽根康弘元首相は自民党全国研修会で、
「・・・日本はこれだけ高学歴社会になって、相当インテリジェントなソサエティーになってきておる。アメリカなんかより、はるかにそうだ。アメリカには黒人とかプエルトリコとか、メキシカンとか、そういうのが相当おって、平均的にみたら非常にまだ低い」
 と語っている。
 ここでいう「メキシカンとか、そういうの」とは、やはり当時、急激に数を増やしつつあったラティーノのことを言いたかったようだ。
 17年も前、中曽根氏もミッチーもラティーノがはびこることで米国人が本来のアングロサクソン的なアイデンティティを失う、そして米国がそれにいずれ危機感を抱きはじめると、ある程度、予想していたのかもしれない。
 でも、ミッチーが米国に渡って、マイノリティーの家庭事情をつぶさに見て歩いたとは思えない。おそらく、中曽根元首相らとの内輪話で、
「まあ、アメリカ人など偉そうにしてますがねえ、たいしたことないですよ。あっちには黒人だとかいろいろいますから」
 などと話していたのが、そのまま、考えもなしに出てしまったのだろう。
 こうした失言が取り上げられる場合、
「あなたは公人なんだから、本音と建前をうまく使いわけなさい」
 という教訓ばかりが後に残り、発言の真意が問われることが少ない。そのせいか、どうしても不満が残る。当時のミッチーや中曽根氏の無知からくる傲慢さをいくら追及しても何も出てこないと言われればそれまでだが。

露店の手伝いをする少女
04年12月、コロンビア・メデジン市

 最近米「タイム誌」2月7日号が「幸せの科学」と題する特集を組み、その中で、幸せ度数なるものを紹介していた。Richard LayardのHappiness: Lessons from a New Science (Penguin, 2005)という本を原典に、国民の平均所得と幸福の相関関係を示したものだ。ここで0%から100%で示される「幸せ度」は、自分自身を幸福または満ち足りていると感じている国民の割合を示したもので、あまり緻密なデータとはいえない。でも、個人が幸せと感じるかどうか、というのはあくまでも相対的なもので、絶対評価などないと思えば、これも「幸せ」を示す、当たらずとも遠からぬ数字なのだろう。
 いわゆる欧米や日本など先進国の幸福度はいずれも80%以上で、中でもオランダが96%(平均所得2万4000ドル)と一番高く、以下、アイルランド(同2万2000ドル)、カナダ(同2万5500ドル)と続き、デンマーク、スイス、ベルギーなどが90%前後に団子のように固まっている。
 団子の中にある唯一のアジアの国がシンガポールで、所得が同じ英国よりもやや幸せになっている。米国は所得は3万2500ドルと圧倒的に多いものの、幸せ度は同じく90%弱だ。
 日本は所得がカナダや欧州諸国と同じだが、幸せ度はやや落ちて80%。なぜか、ドイツがぴったりとくっついて、その上にいる。
 ちなみに、欧州のラテン諸国、イタリア(平均所得2万2000ドル)、スペイン(同1万7500ドル)は日本より収入が低いものの幸せ度は日本と同じ80%。フランス(2万3000ドル)はその上の84%だ。

死霊祭りを見にきた人々
04年12月、コロンビア・メデジン市

 欧州を見る限り、ラテンだからといって極端に明るくケロケロしているわけでもないようだ。ただ、この調査が面白いのは、途上国がかなりくっきりと分かれるところにある。
 一番低い40%前後にいるのはロシア(同7500ドル)とウクライナ(同3000ドル)だ。私は両国ともよく知らないが、先入観だけでいえば、なんとなくその暗さはわかるような気がする。
 その辺りにムガベ大統領の独裁で国がめちゃくちゃになったジンバブエ(同2500ドル)が並ぶが、どうしたことか同じ程度の収入の中南米は出てこない。もう少し上の50%付近には東欧圏が目立つ。
 60%辺りを見ると、タンザニア(同1000ドル未満)、インド(同2000ドル)、ヨルダン(同4000ドル)と中東が顔を出し、中国(同4000ドル弱)がそこから突き出し73%となかなかの幸福度を示している。
 ラテンアメリカは70%台後半から顔を出し始める。なぜか、景気も悪くなく一番自由そうなブラジル(同7000ドル)が76%と最も低く、チリ(同9000ドル)が日本を抜いて83%、「内戦とコカイン」と外向きには暗いイメージが漂うコロンビア(同6000ドル)は88%と日本人よりも幸せなのだ。ラテンの中では今ひとつ暗いメキシコ(同8500ドル)は89%と、欧州並の高さだ。
 このラテンの幸福ぶりは、まさに「お金で幸せは買えない」という証(あかし)と言えそうだ。だとすれば、幸せを感じる能力も結局、遺伝子次第ということなのだろうか。つまり、生まれながらにして決まっていると。
 ちなみに「タイム誌」は
「ラテンアメリカ人は人生の日の当たる部分のみを見ようとするから幸せでいられる」
 と解説し、
「一方、東アジア人は人生の満足度を計算する際、人生における最悪の部分に重きを置いている」
 とまとめている。

朝日に染まる町を通勤する人々
05年1月、キューバ・ハバナ

 これも多分に類型的な見方という気がするが、何か一つでもいいことがあれば幸せと感じる人と、一つでも欠けていれば不幸と感じる人の違いだろうか。
 英国の作家A S Byattも作品 Elementals : Stories of fire and Ice (Chatto & Windus,1998)の登場人物にこんなことを語らせている。
「世の中の人々は主人と召使、あるいは富める者と貧しい者の二つに分かれるのではない。常に不平を言う人と、どこにいても、どんな環境でも人生を楽しむ人に分かれるのだ」
 先日、一年ちょっとぶりに会ったキューバのハバナでビルの掃除婦をしている中年女性は、会うなりこんなことを言った。
「ねえ、ねえ、いいことだけ話して。ね。とにかく。一つでもいいから、いいことだけ、嬉しくなるようなことだけ話して」

早朝、談笑しながら通勤する女性達
05年1月、キューバ・ハバナ

 ラテン人から「老後の不安」という言葉をあまり聞かないのもその辺の違いかもしれない。不安が大きくなければ蓄財も考えまい。「金は使えるときに使え。年取ったらもう使えないよ」とは、あるアルゼンチン人の言葉。でも、なかなかそんな風にはなれない。
 それなりにお金が貯まりながら、古い車も買い換えず、月に一度の散髪代も「1400円の店でいい」とけちって、つましく病院の大部屋で死んでいった身内のことなどを思うと、「アッケラカーのカー」の方がはるかに幸せにも思える。
 でも、倹約し、子供もしっかりと育て、質素に生きるというのは、哀れである半面、いとおしくも思える。

(敬称略、つづく)

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PROFILE

藤原 章生

1961年、福島県常磐市(現いわき市)生まれ。 北海道大学工学部資源開発工学科卒業。住友金属鉱山で鉱山技師を経て89年に毎日新聞社入社。長野支局、大町駐在を経て92年より外信部。93から94年、メキシコ、グアダラハラ大学留学(メキシコ文化研究)、95年10月から01年3月までヨハネスブルク支局、アフリカ特派員、02年4月からメキシコ市支局、ラテンアメリカ特派員。03年から04年にかけ、米国、イラクにて、イラク情勢、米大統領選を取材。

主な著作:
『世界はいま
どう動いているか』

(共著、岩波ジュニア新書)

世界はいまどう動いているか

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