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Series 本・文化
本の未来を考える 
08/06/15

第2回 出版、書店業界の現在と将来 文化通信社・出版担当部長 星野 渉 さん

 古書収集のノウハウ記事や、全国の古書店の通信販売目録などを掲載する、本好き、読書好きの情報誌『日本古書通信』。1934(昭和9)年の創刊だから、70年以上の歴史を誇る。
 通称「古通」でこの春から連載する「本の未来を考える」を、本誌「風」でもほぼ同時に掲載。出版社や書店、図書館、情報サービスなど"本"と関わって活躍する人々に、なにを読者に伝えるべきか、これからの本はどうあるべきか、そのために何に取り組んでいるかなどを語ってもらう。

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1.雑誌に頼る構造不況
2.インターネットの影響
3.求められる徹底した商品管理とマーケティングの必要
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雑誌に頼る構造不況

星野 渉 さん
 現在書籍や雑誌が売れなくなっている理由なのですが、そのマーケットを考える場合に、書籍と雑誌を分けて考える必要があります。出版科学研究所の1950年から2007年までの統計を見ると、1997年から出版不況ということが言われています。書籍の販売部数に関する限り、1988年をピークに確かに緩やかに下降して、最近も販売金額はやや落ちていますが、販売部数はさ程減っておりません。しかし、雑誌は販売金額よりも、販売部数の減少のほうが激しいのです。雑誌はピークが1995年で、「少年ジャンプ」が670万部という世界でも例を見ない発行部数を記録したこともありましたが、現在の雑誌の総販売部数は当時から比べると昨年は33パーセントも減っています。読まれていた雑誌の約3分の1がこの10年間に消えたということで、これは大きな問題です。
 書籍に関してはここ数年「ハリー・ポッター」が出るか出ないかで数字が動くのですが、1セット約4000円で、200万部からの発行ですから、影響が大きいのです。ところが昨年の書籍の販売部数は23万部増えたのですが、「ハリー・ポッター」は出ていないのです。それを見ても書籍市場は飽和したことは間違いないと思いますが、需要は安定していると考えてよいのではないかと私は考えています。
 昨年は亀山郁夫新訳の「カラマーゾフの兄弟」が60万部も売れるとか、ケータイ小説がベストセラーになるとか象徴的な現象があり、書籍というメディアはまだきちんと役割を果たしている。読者に受けいれられるように加工さえすれば、依然力を持っていると考えています。

雑誌が売れないから書店がつぶれる!

 それに対して、雑誌は、インターネットなどの普及で消費者の情報入手手段が変化しているというのが明らかに数字に出ていると思います。日本ABC協会の部数調査や出版科学研究所の統計を見ますと、刊行周期の短い週刊誌や情報誌といったものが最初に落ちだして、最近では月刊誌の発行部数も減少している。ストレートな情報で構成されている雑誌ほど需要の落ちが激しかったということからも、インターネットやケータイの影響がわかります。この雑誌の低下はしばらく止まりそうもありません。
 そこで問題になるのは、日本の出版産業は、製造も流通も販売も含めほぼすべて雑誌で支えられているという構造があることです。取次にとっても雑誌は少人数で高収益をあげられるのに対して、書籍は人も費用もかかり低収益という構造です。日本の大手出版社は、欧米に比べ雑誌も書籍も出しているケースが多いですから、雑誌の収益で書籍を補うという内部補助の関係になっています。10年前ですと、うちでは書籍は赤字だ、という大手出版社は沢山ありました。そうした構造が取次にも出版社にもあります。大手書店は違いますが、中小の書店の場合は、雑誌の売り上げが、全体の低くて4割、多い場合には7割ほどのシェアがありますから、雑誌が売れないという現状は非常に厳しいものがあります。
 雑誌が売れなくなった原因に中小書店の減少をあげる意見もありますが、私は逆に雑誌が売れなくなったことが中小書店の経営を厳しくしていると考えています。もちろん書店減少の背景に競争が激しくなって大手チェーン店に食われているという面はありますが、雑誌の低調が、この産業に大きな影響を及ぼしていることは確実です。そこで、一番懸念されるのは、日本の出版のインフラである取次が機能しなくなるということです。現在はまだそこまでは行っておりませんが、取次の収益は低下しています。たとえば、中堅取次である大阪屋の経営数字を見ますと、2000年から他の取次はどこも減収減益なのに、大阪屋だけは増収基調できています。これは取引先にアマゾン・ジャパンやジュンク堂、ブックファーストなどの書籍中心で成長している大型書店があることで、書籍の売り上げが上がっているのです。しかし雑誌は落ちていて全体で見ると営業利益は落ちている。
 アマゾンの影響は書籍売り上げにとって大きなものがありますが、書籍の比率が大きくなるほど取次の経営は困難になっていくのです。この辺が、出版不況というべき構造的な要因です。雑誌によりかかってきた日本の出版産業の構造は危うくなっているのです。
 この先さらに悪化していけば、雑誌に付属するような形で運んでいた書籍の流通が出来なくなるという事態も考えられます。すでに、大手出版社の中では書籍の刊行点数を減らし、部数を抑える傾向が出ています。大手が書籍で利益を上げるために、今までは出していなかった分野の本に進出し、中小出版社が困っているということも売り場で起こっています。

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インターネットの影響

 インターネット普及の影響ですが、欧米では、オンライン書店の売上げが全体に占める割合は1割程度が上限であろうといわれています。書籍の流通がどんどんインターネットにシフトしていくのかというとそうでもない。日本の書籍売り上げの中で客注品の比率は8パーセントほどと言われていましたが、取りこぼしを拾い上げて1割というのが、その数値に対応しているのではないかと思います。あとは価格競争の問題があり、韓国では、リアル書店の定価販売に対し、オンライン書店は割引販売していたために2割ほどのシェアがあると言われています。いずれにしろ、インターネットが、市場全体に与える影響という意味ではそれほど大きくない。むしろ大きい書店の方が影響を受けやすい面があるかもしれません。大手でしか買えなかったような専門書の出版社がネット販売へ比重を移しつつあるからです。

“ロングテール”の重要性が流通を変えた!!

 オンライン書店の登場が取次とか出版社にあたえた影響の一番は、例えば取次では、従来軽視されていた単品流通を重視して在庫を持つという方向に考え方を変えたことがあげられます。これまで、取次は刊行された新刊書をいち早く全国に配本して、なるべく在庫は持たないことを最善と考えてきたのです。かつては売れ筋中心に10万点くらいの在庫であったのが、現在では80万点からの在庫を標榜しないと、単品受注中心のオンライン書店からは相手にされなくなった。そういう意味で、日本の書籍流通の枠組みは変化したと考えられます。もうひとつは、ネットで書籍を購入される方は、商品の状態にうるさいために、ともすればぞんざいであった倉庫での商品取り扱いが丁寧になったというようなことがあります。日本出版販売の王子流通センターのリニューアルとか、ウェブセンターの設立とか、トーハンの桶川SCMセンターの建設など、単品流通の精度を上げる努力がされるようになった背景にも、ネット販売の普及があると言えます。
 また、出版社が予約販売とかリコメンドなど、今までなかった販売促進の仕方やプロモーションについて考えるようになっているのも、ネットの影響でしょう。オンライン書店は売り上げ規模やシェアの問題以上に、この業界にさまざまなインパクトを与えたことは確かです。

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求められる徹底した商品管理とマーケティングの必要

 書店でPOSシステムが採用されるようになったのは、今から20年ほど前からだと思います。その後、出版社との間でデータの共有化を図ろうという動きが出てきたわけですが、これが今なかったらと考えると、そら恐ろしいような気がします。POSレジが書店に普及し始めた当時は、本というのは、繰り返し購入されるものではないから、おにぎりなんかと違って、POSデータを見たってしょうがないし、これが普及したら本屋はみな金太郎飴みたいにどこも同じになってしまうなど、どちらかといえば批判的な意見が多かったと思います。ところが、今になってみると、もしPOSがなかったらどんなことになっていたか。例えば、1997年以降のマーケットがシュリンクしていく状況のなかで、取次が出荷制限をしていくと、出版社側は、全く市場を読めなくて、ただただ、取次に頼るしかない状況に陥っていたと考えられます。POSのお蔭で、データをしっかりと活用していた出版社が、ある程度市場を把握して、供給のイニシアチブを取れていたというのは大きなことだったと思います。
 少量多品種である本こそ、実はPOSが必要だったのです。現在では、本にRFIDというICタグを埋め込んで管理するという動きがあります。投資資金が大きいので躊躇しているようですが、実施されれば大変有効であろうと思います。
  取次のSCM(サプライチェーンマネジメント)、つまり供給連鎖管理といいまして、流通の各段階で販売・在庫・返品などのデータを開示共有して効率を高める経営手法ですが、市場がシュリンクしてきた時に、市場を見ないで商品ばかり供給していたらますますロスが大きくなっていく。それに対してマーケットを把握して、適品適所適時という発想であるSCMを、各取次が同じ頃から実施しています。さきほど、書籍は儲かっていない、効率が悪いといいました。マーケットとして書籍は比較的安定していますが、雑誌の売り上げに頼れない状況のなかで、書籍で収益を上げていかねばならなくなっている。しかし、今後日本の人口や日本語を読める人口が増えるとは考えられない。そこで、結局は書籍出版の生産性を上げるしかないわけですが、そのためには返品率を下げていくしか方法は無いのです。
 それがSCMの採用につながっています。現在このシステムの導入については日販が先行しているのですが、トリプルウイン(WWW)という形で、書店のPOSデータを取って、出版社にも公開して、書店と取次、取次と出版社が、通常の取引契約とは別の、返品率などを設定したSCM契約を結んで、効率的な販売をしようという動きです。この方式による売り上げが既に全体の2割くらいになっている。それに大手の紀伊国屋や丸善の売り上げを含めると、既に売り上げの相当部分が見えるものになっているのだろうと思います。

書籍の価格は下がりすぎている!!

 しかし、日販のトータルの返品率は減っていないのです。その原因として、新刊点数の多さを指摘する方がいますが、これは関係ありません。先日朝日新聞の記事にもありましたが、ドイツは新刊が毎年9万5000点、イギリスでは11万5000点くらいで、8万点弱の日本より多いのですが、返品率は日本の38.5パーセントに対して、ドイツやイギリスは5パーセントから多くて15パーセントです。ですから返品率が上がってしまうのは新刊点数とは関係なくて、委託販売という返品自由の方式を採用している限り、返品率の低下は望めないのではないかと考えています。
 再販制度の問題ですが、最近公正取引委員会が様々なヒヤリングを実施していて、きな臭いなという感じです。1980年と90年にそれぞれ見直しがあり2001年に結論を出しましたから、そろそろ何か動きがありそうです。
 そのほか、少し気になるのは、書籍の販売部数は安定しているのに、販売金額が低下していることです。これは単価が下がっているということです。他の分野でもデフレで商品の単価が下がり、消費者も廉価のものを求めているという状況はあります。しかし、出版界では、新書、文庫が主流となり、かつては1200円とか1300円の単行本で売っていたものを、今は700円とか600円の新書、文庫にしています。普通の商品は売れなければ小売段階で価格を下げていくのですが、本はそれが出来ないから、メーカーがダンピングしているのではないかと思いますね。版元側で消費者マインドが冷え込んでいることに過剰に反応して、価格を下げすぎているように思えて仕様がないのです。市場における価格の弾力性のなさということが、弊害として現れているのではないかとすら思います。

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PROFILE

星野 渉

文化通信社出版担当部長。出版業界紙「文化通信」の編集に携わる。
 
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