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Series 本・文化
本の未来を考える 
08/05/15

第1回 大学図書館の現在と未来 早稲田大学図書館 中元 誠 さん

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図書館を学生の生活動線の中へ
学術総合目録の課題
研究教育成果のオープン化
古典籍総合データベース

図書館を学生の生活動線の中へ

早稲田大学図書館
 図書館などに行かなくても、ネットで充分情報は得られるという学生に対して、むしろ、図書館の側から一歩足を踏み出していく、たとえば、教室や研究室の方へ向かって積極的に図書館サービスの拡大をすすめていくという発想が必要なのではないかというふうに最近考えるようになりました。図書館の外に出て、どのようなデジタルコンテンツがあって、このように利用できると、図書館サービスのプレゼンスを示していく、それは電子ジャーナルの使い方でも何でもいいのです。出来るだけ研究や教育の現場に図書館側から出向き、積極的に研究者や学生にかかわっていていくことが必要なのではないかと考えています。
 最近、アメリカの大学図書館の取り組みとして、図書館を学生の生活動線の中に位置づけている実例が紹介されていました。アメリカの大学図書館でもプレゼンスがどんどん低下しているという危機意識が日本以上に強いものがあります。その中でも注目されている試みなのですが、図書館が生協の中にあって、入り口にスターバックスコーヒーがある。そのほか学生相談窓口などもあり、意識するとしないとにかかわらず、学生が生活の中で図書館に接する機会を作っているのです。同様の試みとして東部のアイビーリーグの大学図書館などでも、ソファーを配置したコーヒーショップが入り口近くに設置され学生や教職員の人気を博している実例もあります。図書館内に所蔵資料の展示コーナーを作って、学部学生にアカデミックな雰囲気に少しでもふれさせようという試みもあります。

学術総合目録の課題

 グーグルなどは世界を索引するといっているのですが、図書館の世界で索引というと、蔵書目録とか、専門家が作成した索引誌とかで、これはいわば閉じた世界です。ところがインターネットは逆にどこまでもオープンであるという基盤の上に構築されていきます。図書館の側から見ると、従来の索引の形のままで、グーグルにどこまで対抗できるかというととても難しい話になります。伝統的な目録の世界を今後、どのようにオープンにしていくのか、コンテンツそのものとどのように関係させていくのかということが、非常に大切なテーマになってきます。
 たとえば、現在の学術総合目録ですが、これで検索して得られる情報は、紙に印刷された資料の所在だけです。一方で、グーグルでは何をめざしているかというと、索引の検索結果からコンテンツそのものにまで行き着けるようになってきています。電子ジャーナルの世界はすでにそれに近い状態に来ています。
 また、最近では、人文社会科学分野でも電子化が非常に進んできています。英語圏のものが多いのですが、たとえば、イギリスでは18世紀の刊本がマイクロフィルムに収録されて販売されていましたが、テキストを光学的に読み取り電子化する技術が発展し、「18世紀コレクションオンライン」というデータベースとして最近リリースされました。これは全文検索が可能なのです。こうした劇的な技術革新により、昔なら学者が一生をかけて完成させたコンコーダンス(用語索引)が、一瞬にして出来てしまうという状況すら想像にかたくありません。分野間での電子化への対応の違いは確かにありますが、遅かれ早かれ、こうした劇的な変化はすべての学問分野でおきてくることになるでしょう。
 伝統的な図書館蔵書目録にどういう機能を持たせるべきかということを考えるうえで、一つ大切なことはオープンにしていった場合何が得られるかが重要です。現在の総合目録は、基本的に図書館間の相互貸借をその大きな目的としています。おそらく、混合型というか紙とデジタルのハイブリットな状況はしばらく継続していくでしょうが、ネットワーク情報資源が拡大整備されていった先に、紙媒体のみをその基盤としてきた総合目録がどのように進化しているかは、たいへん興味深いテーマです。
 現在、世界最大の総合目録は、OCLC(Online Computer Library Center)がリリースしているWorldCatといわれています。つい先日、このWorldCatがグーグルからリリースされました。つまり、誰でも無料で使えることになりました。WorldCatという巨大なデータベースの提供元として事業をなりたたせていたOCLCの今後の世界戦略を象徴する出来事として図書館の世界で話題となっています。いずれにせよ、図書館の世界もサービスの基軸が、紙から電子にどんどん変化していく中で、図書館サービスの質も量も劇的に変化しているのだと思います。図書館運営の側からは、とても難しい時代に入りつつあるという実感を強く持ちます。

研究教育成果のオープン化

 日本の大学は多くの紀要を発行していますが、本学でも近年、図書館が中心となって主要な紀要論文や学位論文などを電子化し、ネットワーク情報資源として広く社会に公開していく試みをはじめています。研究成果は積極的に社会に向かって発信され還元されなければなりません。また、このことは、大学の責務であるといっても過言ではありません。
 先日、ある社会科学分野の教員から、日本の人文社会科学分野の研究は、今後、同じテーマの複数の研究者と大学院学生などが組織的に研究成果を上げていく研究ファクトリーの機能をもたなければ世界に伍していけなくなるとお話をうかがいました。仮にそうなるとしたら、そこに、図書館がどのようにかかわっていくか、付加的な価値を持つ図書館サービスというものも考えていく必要があると思います。

古典籍総合データベース

 オープンコースウェア(OCW, Open Course Ware)という取り組みがアメリカのMIT(Massachusetts Institute of Technology)を中心に世界的な大学の取り組みとしてすすめられています。極端に言いますと、大学の授業そのものをネットワーク上に無償公開し一般の市民も参加できるようにしようというものです。本来ならば、優れた研究者、優れた学生、そして優れた授業ないし教育コンテンツがその大学のブランドの中核であったわけですが、MITのOCWの取り組みは、そこまでしないと大学としてのブランドを維持できないという現実があります。ネットワークの中で非常に人気のある授業も出てくる。そこでは授業もあるし、チャットのセッションの場を作ることも出来る。従来の大学という枠の中では考えられなかった出会いが生まれるかもしれません。
 本学には30万冊にのぼる古典籍がありますが、これらを5年かけて全て電子化しようという事業を展開しています。現在、準備の整ったところから、特色あるコレクションを順次公開しています。このデータベースの利用状況を見ていると、逆にオリジナルを見たいという要望が多いことに驚かされます。本学には重要文化財に指定されたり、教科書に掲載されるような貴重資料が数多くあります。従来、こうした資料の利用には資料保全の観点から厳しい制限を設けていましたが、これらが電子化、データベース化され、公開されることによって周辺の資料もあわせて研究者のみならず広く学校教育や社会教育の場で教材として積極的に使ってもらうことが、ひいては大学の認知度を高めることにもつながっていくことを期待しています。
 本学が所蔵する500万冊の蔵書を全て電子化するということも将来的には考えられますが、その場合に著作権や版権のハードルが出てきます。古典籍のような資料では問題ありませんが、明治末期から大正、昭和前期のものなどには微妙な問題があります。新しい、いわゆるボーンデジタルといわれる現在のデジタル情報をどのように蓄積していくのかという、また別の次元のハードルもあります。また、将来古くなっていくデジタル情報をどう再現していくか再生手段の保存という問題もあるし、取りあえず一部だけはプリントして保存しようという考えは依然強いものがあります。
 全体としてデジタル化の流れは確実ですが、かといって紙媒体を無視することは出来ません。研究の基盤がデジタル情報にたよっているというのは、現実的にはごく一部で、やはり紙の資料だという人は沢山いますし、古典籍総合データべースによってかえってオリジナルな資料が見直されるという傾向があるように、デジタル化されていくという状況をもっとポジティブにとらえることが大切ではないでしょうか。
 
(以上は、談話原稿に手を加えて頂いたものです。『日本古書通信』2008年5月号、日本古書通信社編集部)

(敬称略、つづく)

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