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Series 本・文化
本の未来を考える 
08/05/15

第1回 大学図書館の現在と未来 早稲田大学図書館 中元 誠 さん

 古書収集のノウハウ記事や、全国の古書店の通信販売目録などを掲載する、本好き、読書好きの情報誌『日本古書通信』。1934(昭和9)年の創刊だから、70年以上の歴史を誇る。
 通称「古通」でこの春から連載する「本の未来を考える」を、本誌「風」でもほぼ同時に掲載。出版社や書店、図書館、情報サービスなど"本"と関わって活躍する人々に、なにを読者に伝えるべきか、これからの本はどうあるべきか、そのために何に取り組んでいるかなどを語ってもらう。

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大学図書館の役割
限られた予算の中で
デジタル情報提供が図書館サービスの中核に

大学図書館の役割

中元 誠 さん
 大学も競争の時代ということが言われるようになって20年近くたちます。競争の時代にあって、各地に新しい大学が続々と設置され、大学は競って学生をひきつける魅力的なキャンパスをつくりました。また、図書館の充実を魅力的なキャンパスにと考える大学も数多くありました。最近の統計を見ますと、私立大学は現在も増え続けています。どのようにして質の高い学生を集めるかということが増え続ける私立大学にとって非常に重要な課題になっています。一方で学生数確保のためにここには大変厳しい競争があり、定員割れを起こしている私立大学がすでに3割近くに上ります。その中で、とりわけ私立大学においては、何を目的に競争するのか、誰を競争相手に設定するのかということが大切になってきています。
  大学の目的はいうまでもなく教育と研究ですが、初めから研究を指向しない大学も現れています。つまり良質の学部教育をほどこした学生を社会に提供していくことを最大のミッションにする大学があります。伝統校といわれる大学では、研究の分野でも国立大学のレベルに伍していきたいし、教育の面では同じように良質の学生を社会に輩出していきたいと考えています。こうした競争的な環境の中での目的達成を考えるとき、図書館の提供できるサービスの質とか量が重要な課題となってきました。
 教育研究環境を支える情報基盤をどのように構築していくかということが、現在、図書館運営をすすめるうえで、最も重要なテーマになっています。たとえば、教育を最大のミッションととらえる大学は、当然優秀な学生を輩出するためにどのような情報基盤が必要なのか、そのための図書館サービスはどうあるべきなのか、ということもあります。たとえば、千葉県のある大学が、キャンパスのある地元公共図書館と連携を始めるということが最近話題になりました。大学がキャンパスの中で、自己完結的に学生のために資料を収集して学生に特化してサービスしていくことには限界があります。地元の公共図書館との連携を図ることで、地元の人々との交流も生まれるでしょうし、大学図書館としては収集の対象にはならない、ベストセラーなどは公共図書館の資料を利用してもらうことが可能となります。こうした事例は、大学の限られた予算をどのように効率的に運用していくかという点でも示唆に富んでいます。

限られた予算の中で

 一方で、国立大学は始めから国の予算を投じる研究を主体とした組織ですから、学部学生用の図書購入予算は非常に限られています。図書館予算の大半が研究を目的とした資料の購入ですとか、研究支援を目的とした情報基盤の整備に投下されています。私立大学は、国立大学よりも、大学院生数に対して学部学生数の方が圧倒的に多いので、研究の水準で国立大学に伍していくにはどのような情報基盤の整備が必要とされるのか、あるいは財政的に可能なのかという問題があります。教育と研究とどちらが大切かと問われれば、どちらも大切であると答えなくてはなりませんが、私立大学図書館の抱える課題は大きいといわざるをえません。

デジタル情報提供が図書館サービスの中核に

 本学図書館の場合、幸いなことに比較的長い歴史がありますので、ストックとういう面では非常に大きいものがあります。ただし、情報の伝達手段として90年代の中ごろからネットワーク情報資源に対する取り組みが大切になってきました。これまで、紙を媒体として流通していた学術情報が、最初からデジタル情報で生産、流通する事態が分野によっては一般化されるようになってまいりました。将来的にすべての学術情報が電子的な形態でネットワーク情報資源として学術コミュニケーションの中核となっていくとしたら、大学図書館としては、これらネットワーク情報資源を前提とした学術情報基盤の整備にどれだけの優先順位を与えられるかが重要な課題となってきます。
 ここ10年くらいの間に、必要とされるネットワーク情報資源の利用契約に図書購入予算の相当な割合の財源をさかなければならなくなっています。本学の場合を例にとりますと、図書購入予算全体のおよそ3分の1がネットワーク情報資源の利用契約にあてられています。それでは、その分だけ図書購入予算が増えているかというと、かなり長い間ゼロベース、つまりまったく増額されないできています。与えられた限りある財源をどのように効率的かつ必要なところに配分するかが大きな課題となる所以です。
 昨今、自然科学分野を中心として、学術情報の流通形態として紙媒体に依存しない研究のスタイルがあらわれ始めています。たとえば、これまでですと、紙による情報のストックが膨大にあって、その中から索引などを検索して必要なものを、保管場所から取りだしてくる必要があったわけですが、必要とされる学術情報がネットワーク情報資源であれば、わざわざ図書館に足を向ける必要がなくなってしまいます。ネットワークが接続されたPC上での検索ですので、端的にいうと自宅からでも研究室からでもアクセスが可能となります。遅かれ早かれ人文社会科学の分野でも同じような現象がおこることが予想されますから、そうなりますとおもに紙媒体を膨大なストック、つまり蔵書として収蔵してきた図書館とは何かという議論が起こってきます。
 ここ数年の間、一般的な傾向として図書館への入館者数は減少しており、セルフ式コピー機の利用枚数も劇的に減少しています。これらの現象の背景のひとつとして、ネットワーク情報資源の利用の浸透があげられます。私ども図書館運営を預かる者が今真剣に考えなければならないのは、図書館が伝統的にミッションとして捉えてきた物理的な空間としての図書館は本当に必要なくなるのかという大きな問題です。少し前に、明治大学の新しい図書館を見学させていただいたおりに、閲覧室の一部を区切っていわゆるクワイエットルームが設けられていることに感心させられました。携帯やパソコンなどの機械音がしない静かな読書空間の確保ということであろうと思います。これは私ども大賛成で、そこへ行くと昔ながらの紙の本が書架に並んでいて、つまり物理的な図書ときちんとした読書空間があり、学生や教師との関係が伝統的な形で保たれている空間がやはり現在でも必要であると考えます。

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PROFILE

中元 誠

早稲田大学図書館事務副部長兼総務課長。
私立大学図書館における電子ジャーナル・データベース導入、2003年7月に発足した公私立大学図書館コンソーシアムに携わる。
 
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