風
 
 
 
 
 
 
[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
Series コラム
鏡の言葉 川井 龍介
09/06/30

第7回 疑問な疑問形?

言葉は人の心を映す鏡であり、社会を映す鏡でもある。気になる言葉、問題な言葉、悲しい言葉など、いまの世の中で人の心や社会を映すような言葉の周辺を探ってみる。

「昔は、こういう言い方がそんなにあったかなあ」
 と、ときどき思うのが語尾上げの疑問形による話し言葉である。これに対してオーソドックスな疑問形としては、「○○ですか?」とか「××ですよね?」などがある。「やばくない?」という若者の言い方も、「すごくないですか」というのと同じで、形としては普通の疑問形である。
 これに対して疑問なんだかそうでないのかがわからない疑似疑問形がある。「私って、魚とかが苦手な人じゃないですか」というのがその一つ。自問自答しているような、自己陶酔しているような、なんとも言えない踏ん切りの悪い表現だ。私は個人的に、はっきりしない、うねうねした言い方はあまり好きではないので、つい辛口の言い方になってしまうがお許しいただきたい。
 この言い方は、そのあとに「ウン、ウン」とでも、相づちを打ってあげればいいのだろうが、打たなければ自分で「ウン、ウン」という人もいる。まさに自問自答であるが、できれば誰もいないところで一人でやっていただきたい。同じように、疑問のような疑問でないような、自問のような確認のような言い方が、語尾のイントネーションを上げる言葉遣いだ。
 これについては、議論になって久しく、ウェブサイト上には「語尾上げ撲滅闘争」なる怒りのページまで発見できた。気になる人、毛嫌いしている人は多いようだ。私も正直言えば、あまり好きではない。だからといって撲滅まではいかないが・・・。

居心地の悪さを感じる、疑似疑問形

 例えば「明日静岡から東京にいとこの美保ちゃんが同窓会に出席するためうちに来ることになっている」という文章を、そのまま読めば普通の言い方になるが、これを語尾上げにすれば、最大どれだけ、上がり箇所があるかというと、以下のようになる。
「明日?静岡から?東京に?いとこの?美保ちゃんが?同窓会に?出席するため?うちに?来ることになっている?」

「?」がついたところが、すべてイントネーションが上がる可能性のあるところだ。最後の「?」は場合によってはノーマルでもある。英語の会話と同じように語尾を上げれば疑問文になるのはよくあることだが、あとはどうだろう。状況に応じて話している途中に、確信がもてなくなって「?」とイントネーションが上がるところが一つくらいならないこともないが、人によってはこの程度の文章で複数の「?」が入ることがある。
 試しに三つ、四つ入れてみて話してみると、耳障りというか、背筋がむずむずしてくる。実際こういう言い方をよくする人にきくと、表現のニュアンスを和らげるためや、確かではないことを示すためについ語尾上げをしてしまうようである。前者の例でいえば、「現金で支払っていただかないと困ります」という場合、「現金で?~」と語尾を上げることで、語感を和らげることになるというのだろう。
 後者については語尾を上げれば確証のなさは確かに伝わる。しかし、語尾上げを批判する側としては、こうした自信のなさや不安や曖昧さを示す語尾上げは、ときに責任転嫁のようでもあり、またときに相手に失礼に聞こえる。確かに、曖昧さや責任転嫁という点では、「私がそれを担当しています」というのを「私が?~」と言われると、「ほんとにあんたでいいのか?」と突っ込みたくなる。
 また、自信のなさや不安であるのを表す気持ちはわかるが、やはりそのまま会話の相手にぶつけるのはちょっと失礼とはいわないまでも、戸惑いの気持ちを与える。どういうことかと言えば、基本的にイントネーションを上げるのは疑問形である。つまり、誰もいないところで独り言のようにつぶやくのならともかく、話し相手を前に疑問形で尋ねられても、言われた方は「なんか相づちを打たないといけないかな」という、居心地の悪さを感じるのだ。もっときつく言えば、「いちいち尋ねるように言わないで、自分のなかで解決してから言ってよ」となる。

語尾の表現によって変わる印象

 この気持ちが、頂点に達したときがあった。「いくら何でもこの場合はやめてくれ」と、いらいらしたのが、テレビのあるクイズ番組を見ていたときだった。回答者の一人である三十歳前後の女性が、答えを言うときに、つねに語尾上げをするのだ。
 例えば、出題者が「では、この半島の名前はなんと言うでしょうか」と、問うと、彼女は「伊豆半島?」と答えるのだ。答えるときはすべてこの調子である。なんという違和感だろう。「おい、ちょっと待てよ。問題を出しているのは、出題者の方だぞ。クイズの答えを言うのに尋ねるような形で答えるのはおかしいだろ。合ってるかどうかきくような言い方は変だろ?」
 きっといつも語尾上げをしているのが、こんなところでも表れたに違いない。いっそのこと出題者は彼女が「伊豆半島?」と答えたときに「きかれても困りますね。さて、その答えでいいですか」とでもはっきり言ってやればいいのに。
 この話を同年配の知人にすると、「いいじゃないか、迷っている気持ちを素直に表したんだから」と、なんとも物わかりがいい。そんなものなのかねぇ。私だけが女性相手に意地悪でうるさいのだろうか。まあ、それで納得してしまうと話が進まないので、ここはひとつ小うるさいオヤジに徹して先へ進もう。
 自分のなかで解決しないで、疑問をそのままぶつける語尾上げの問題点である。以前このコラムで、婉曲な表現の過剰な使用例について取り上げたが、この語尾上げもその一つとも考えられる。また、見方によっては、前回テーマにした言葉の省略の一つの形とも言える。しかし、婉曲という点についていえば、語尾を上げた本人はそのつもりかもしれないが、言葉自体は平叙文と同じであり、その効果はあまりないのでは。また、省略ということでいうなら、疑問か曖昧さか表現をやわらげるための省略表現なのか、非常にはっきりしない。これも話者本意の言い方のような気がする。
 最初の例文に沿って言えば、例えば「~美保ちゃんが?~」と、言って不確かな気持ちを表したいのなら、「~たしか美保ちゃんだったと思うけれど~」と、丁寧に言えばすっきりする。変に省略しない方が気持ちがいい。
 先日、たしかテレビ朝日の「報道ステーション」だったと思うが、松岡修造氏が女子卓球界のホープである16歳の石川佳純選手にインタビューをしていたニュースを見ていて、表現の仕方について気がついたことがあった。以前と比べて格段に受け答えがうまくなった彼女の話し方に好印象を得たのだが、彼女によれば、インタビューの受け答えについては指導者がいて、「語尾を最後まではっきり話すこと」などを教えられたと言っていた。妙に省略したりするのではなく、言葉にして最後まではっきりと自然に話すことが好印象を与えることがわかった。

語尾上げが表す「架空の仲間意識」とは

 ところで、この語尾上げについては、日本だけでなくアメリカ(英語)でも使われていて、近年広まってきたという。ハーバード大学の心理学者、スティーブン・ピンカー氏が著した『思考する言語(下)-「ことばの意味」から人間性に迫る』(NHKブックス、幾島幸子・桜内篤子訳)に、「この語尾上げの話し方はいうまでもなく、一般には若者やカリフォルニア州の住民(とりわけバレーガール[ロサンゼルス郊外の裕福な地域サンフェルナンド・バレー周辺に住む少女たち]の『方言』の特徴とされるものだが、近年はそれ以外の年齢層にも急速に広まっている」と記されている。
 そして、非常に伝染力の強いこの語尾上げのイントネーションは、「おそらくポライトネスを反映したものとして始まったと思われる(平等と社会的親密さを重視する二〇世紀の動向を反映している)」という。「ポライトネス(Politeness)」は、一般に礼儀正しさ、丁寧さという意味の英語だが、言語学でいうところの「ポライトネス」とは、「聞き手の気を悪くさせないよう、話し手がさまざまな調整を行うことを指す」のだそうだ。
 このポライトネスは「架空の善意」ともいい、このなかには「相手が幸福かどうかを聞くうわべだけの問い(How are you? [お元気ですか?]、How 's it going?[調子はどう?])や、わざとらしい誉め言葉などがある、といくつか例を挙げている。そして、この「架空の善意」を一歩進めたものが「架空の仲間意識」だそうだ。日本語で言えば仲間でもないのに「よう、相棒」などと呼びかける言葉の使い方だ。こうしたもののなかに、「平叙文をまるで疑問文のようなイントネーションで言って、聞き手の注意と承認を確認する」ことがあるという。
 そうであれば、やはり「注意」をいちいち単なる語尾上げという「省略形」によって喚起されるのも乱暴な気がするし、また、「確認」のために聞き手がいちいち心のどこかで返事をしなくてはいけないような「架空の仲間意識」は「架空」なだけに中身がなく、わざとらしく映っても仕方ないだろう。
 しかし、これだけ問題がある語尾上げが、一方でこれほど広く“伝染する”のはどうしてだろうかという疑問もまたある。いちいち相手の注意と承認を必要とするほど、相手に神経質にならざるをえない社会になっているのだろうか。仮にそうだとしても、繰り返しになるが、それがかえって聞く者に違和感を与えるというのであれば、じつに皮肉なこと?ではないだろうか。

BACK NUMBER
PROFILE

川井 龍介

 
PAGE TOP
Copyright(C) Association Press. All Rights Reserved.
著作権及びリンクについて