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Series コラム
石垣島に魅せられて ~移住者の南島ルポ 松村 由利子
11/04/30

第4回 星の降り注ぐ島

沖縄本島から南西に400キロ。サンゴ礁を覆うミントブルーの海、ジャングルやマングローブの濃い緑と一面のサトウキビ畑。ある人はただただ自然に魅せられ、またある人は島ならではの食や文化に入れ込みこの島で暮らす。都会の生活から避難した若者もいれば、島興しに燃える島人(しまんちゅ)の逞しい姿もある。昨年5月、都会からこの島に移り住んだ、歌人でありライターの松村由利子が、島に魅せられた人々を通して、その素顔と魅力を探る。

見上げてごらん

「ええっ、南十字星が見えるんですか!?」
オーストラリアなど南半球でしか見ることができないと思っていた南十字星が、石垣島からも見えることを知ったのは数年前である。引っ越したら、ぜひ見なくては、と心に決めた。

南十字星とケンタウルスα,β
(通事安夫さん撮影・提供)

 わが家のあるところは、市街地からだいぶ離れたところなので、街灯もなく夜は本当に暗い。周りに高い建物もなく、全天がほぼ見渡せるから、星の好きな人にはたまらない場所だと思う。月のない、よく晴れた夜空を見上げると、じゃりじゃりという感じで無数の星が見える。星座を探すのが難しいほどだ。
 南十字星が見えるのは、だいたい12月末から6月半ばまでの半年ほどの期間である。南中時刻は、冬のうちは明け方近くで、3~5月には夜中になり、6月後半にはもう夕方になって見えなくなる。石垣島では5月中旬ごろに梅雨入りしてしまうので、4月から5月上旬にかけてが、観測しやすい時期といえそうだ。南の空の水平線ぎりぎりのところにある南十字星を見つめていると、しみじみとした感慨が湧いてくる。
 それにしても、この素晴らしい星空は島の大きな宝物の一つである。石垣島といえば、青い海、青い空、素晴らしいサンゴ礁に、生い茂るマングローブ――そんなイメージを抱く人が多いと思うが、「星の島」という一面もぜひ知ってほしい。

すべての一等星を一晩で

 石垣島はなぜ「星の島」なのか。それは、北緯24度という位置によるところが大きい。北緯36度の東京と比べると、圧倒的にたくさんの星を見ることができる。国際天文学連合(IAU)が決定した星座は全部で88個あるが、本土では一部見えるものも含めて大体70余りしか見えない。しかし、低緯度の石垣島ではそのうち、星座の一部も含め84個が見られるのだ。4つの星から成る南十字星で知られる「みなみじゅうじ座」は、88星座のうちで最も小さな星座である。全く見られないのは、カメレオン座、テーブルさん座、ふうちょう座、はちぶんぎ座の4つのみだ。
 そして、全天にある一等星21個を一晩で見ることさえ出来ることが、2010年に実証された。事の起こりは、NPO法人「八重山星の会」の会合だった。2004年、国立天文台教授の渡部潤一さんを島に迎えて交流会の席で、星の会のメンバーから「八重山ではすべての一等星を見ることができるんです」と説明を受けた渡部さんが、何の気なしに「一晩で全部見られますか?」と訊ねた。メンバーたちはすぐに手持ちのパソコンで計算し、理論的には可能であることが分かった。「でも、実際に観測しないと!」と、一同の探究心が燃え上がり、翌年から「一等星マラソン」がスタートしたというわけである。
 夕焼けの残る空で、まず探さなければならないのは、南の水平線の上に短い時間だけ顔を出すアケルナルだ。本州では見えない星で、このときを逃すと翌日の夜までもう見ることができない。それから西の空に見えるフォーマルハウト、アルタイルを押さえる。アルタイルは翌朝にも見るチャンスがある。それから明るいシリウスや、南極老人星と呼ばれるカノープスなどをチェックしてゆく。カノープスは本州では地平線ぎりぎりにしか見えないので、なかなか観測が難しいが、石垣島では比較的見やすい。
 一等星がすべて見られるのは、1月初めから2月終わりにかけての時期である。この時期は夜が長く、観測に適している。しかし、月齢などいろいろな条件を加味して一等星マラソンの日を決めても、天候が味方してくれるとは限らない。第1回のときは16個、次の年は7個、12個ときて、2008年には20個まで確認できたものの、21個には至らなかった。そして、2009年はゼロ個という結果。すべてを見る「完走」に成功したのは、「一等星マラソン」がスタートして6年目の2010年1月15日から16日にかけてのことだった。この日、日本最西南端の八重山諸島では、日没時に部分日食となり、西表島の南の海に太陽が欠けながら沈むのを観測してのスタートとなった。
 私が石垣島に移り住んだのは、2010年4月だ。島に行ったら、ぜひ参加しようと意気込んでいたのだが、2011年の当日は風雨の強い、これ以上ないという荒天だった。石垣島天文台に集まった星の会のメンバーから、「完走した前の年が、こんなひどいお天気だったから、来年はいいんじゃないかな」と慰められてしまった。

電波望遠鏡の見る宇宙

 実は、八重山星の会に参加する前から、石垣島が天文と深い関係があることは、うすうす気づいていた。
 というのも、何度か島を訪れてドライブするうちに、於茂登山のふもとに巨大な電波望遠鏡があるのを見つけていたからだ。私と相棒は、この手の施設には目がない。かつて長野を旅したときは、国立天文台野辺山宇宙電波観測所まで車を走らせ、直径45mの電波望遠鏡を見上げて「おお~、すごいねえ」と感動を味わった。石垣島のドライブマップに「VERA石垣島局」とあるのを見つけ、レンタカーのナビゲーションシステムが道を示さないような農道を走って、直径20mの電波望遠鏡を見に行ったのは当然であった。
 石垣島の電波望遠鏡は、「銀河系の立体地図」づくりを目的とするVERA プロジェクトのために建設されたものだ。電波望遠鏡は、天体が発している微弱な電波をキャッチする装置である。複数の電波望遠鏡で同じ天体を同時に観測すると、望遠鏡間の距離に匹敵する口径の望遠鏡と同じ性能を発揮でき、天体の位置を正確に把握することができる。VERAプロジェクトでは、石垣島のほか、岩手県の奥州市水沢、東京都の小笠原村父島、鹿児島県の薩摩川内市入来の全4ヵ所に電波望遠鏡が設置され、銀河系内の星の位置と回転速度を精密に計測して、銀河の構造と質量分布を明らかにする研究や、星の進化に関する理論の検証などが進められている。

名蔵ダムの近くに立つ石垣島VERA観測局

 電波天文学を専門とする国立天文台の宮地竹史さんは、「これまで銀河の端っこは、ゆっくり動いていると思われていたが、もっと早いことが分かり、ダークマターがあるためではないかと考えられています。銀河系の動きが解明されれば、ダークマターの存在や分布状態も分かるでしょう」と話す。
 VERAプロジェクトのうち、石垣島以外の3局は1999年度の補正予算で建設が決まったが、石垣島局の予算化は1年遅れとなり、アンテナが完成したのも3局に1年遅れた2002年3月だった。本来、電波望遠鏡の焦点は1つだが、2つの焦点を設けることで、1つのアンテナで、銀河系内の星と、銀河系からはるか遠くの星と、2つの天体を観測し、大気の揺らぎを取り消すことができるようになっている。このシステムは世界初の2ビーム受信機構である。

灯りを消して天の川を!

 VERA石垣島局の建設が始まったころ、国立天文台の台長だった海部宣男さんは「伝統的な七夕」を提唱していた。『宇宙をうたう――天文学者が訊ねる歌びとの世界』などの著書もある海部さんは、七夕はもともと旧暦の7月7日の行事であり、梅雨の真っ最中には星が見えにくいことを残念に思っていた。そこで「旧暦の七夕に天の川を見ましょう。その夜は、1時間だけ街の灯りを消してはどうでしょう」と各地で呼びかけたが、2001年の時点では、ライトダウンに応じた自治体は一つもなかったという。
 電波望遠鏡の設置のために何度も石垣島を訪れていた宮地さんが、当時の市長に国立天文台の「伝統的七夕」の呼びかけについて話したところ、「それじゃ、石垣市でぜひ実現させましょう」ということになった。2002年8月、「南の島の星まつり」と銘打って、1時間のライトダウンを実行したところ、夜空には見事な天の川が浮かび上がった。港湾地区にあるサザンゲート緑地公園の広場に集まった約2000人は、星空の美しさに圧倒された。島のお年寄りたちは「自分たちが幼いころは、縁側でこんなふうに天の川がちゃんと見えたものだ」と大喜びだった。
 一方、最新の観測装置を見ようと、VERA石垣島局には島の内外から見学者が訪れるようになった。ところが、電波望遠鏡は、光学望遠鏡と違って実際に天体の姿を映し出すわけではない。絶え間なくデータが磁気テープに記録される様子を見るしかないことに、がっかりする人も多かった。宮地さんらは「少しでも宇宙に親しんでほしい」と2003年夏、「八重山星の会」と合同で市民のための天体観望会を開くことにした。ちょうど火星が大接近するということもあり、参加希望者は瞬く間に数百人に上った。会場になった石垣少年自然の家(現・石垣青少年の家)周辺では、車が渋滞して長い列ができたという(石垣島では、車の渋滞はほとんどあり得ない)。慌てて1日だけの観望会の予定を2日に延長したが、最終的な参加者は3000人を超えた。
「南の島の星まつり」が全国的に知られたこともあり、星を見るために島を訪れる観光客が少しずつ増えてきた。「島に天文台が欲しい」という声が高まり、国立天文台と石垣市が予算を出し合って、共同で建設する話が進み始めた。しかし、小さな島の予算はそれでなくても乏しい。市議会では天文台建設に反対する意見も出された。そのときに尽力したのが、地元の高校生たちだった。VERA観測局への見学や星まつりで、生徒たちは天文学にすっかり魅了されたのである。県立八重山高校の地学部の生徒を中心に、他の県立高校2校の生徒たちも一緒に取り組んだ。父母たちも動き始め、ついに石垣市議会は満場一致で、天文台の建設を受け入れることになった。

山のてっぺんの天文台

 天文台の建設が決まると、次は場所の選定だった。石垣島の人口のほぼ8割は、市役所や市立図書館などのある市街地に集中している。そこから遠いところの方が光害の影響が少なくてよいのは当然だが、あまり遠くても今度は利用者が減ってしまう。「市街地から車で20分で行けるところが限度だろう」というのが大方の意見だった。私の住んでいるところは市街地から車で30分、はっきり言うと過疎地域である。「何でそんなところに、わざわざ住むかねえ」というのが島の人の反応なので、「20分」という目安は何となくわかる。

石垣島天文台は前勢岳のてっぺんにある

 そこで、市街地から北西へ向かって3kmほど離れたところにある、標高197mの前勢(まえせ)岳が選ばれた。真っ白な天文台のドームが山のてっぺんに見えている様子は、まるで小さなキノコのようで愛らしい。前勢岳のふもとまでは車で10分程度だが、天文台にたどり着くまでには、それからさらに10分ほど見ておいた方がよい。細くて曲がりくねった山道をかなり登らないと、目的地に着かないからだ。総延長4.6kmの前勢岳林道を、私はひそかに「石垣島のいろは坂」と名付けている。天文台のサイトを開くと、「カーナビを使うと間違った案内をされます。地図で確かめてお越しください」と赤い文字の注意書きが複数のページにある。
 天文台がオープンしたのは2006年4月。私と相棒は早くも同年夏に訪れた。例によって島を訪れ、新しいドライブマップを見ていたときに「石垣島天文台」という文字を見つけたのである。「あれ、VERAじゃなくて?」と不審に思った私たちは、地図を頼りに、そしてカーナビの声を無視し続けて天文台を目指した。現在、前勢岳のふもとには「石垣島天文台」という立派な看板があり、その道に入ればよいことがわかる。しかし、当時は何の表示もなく、「こんな細い道を行くのか?」「どこまで登ればいいんだよ」と不安に駆られつつのドライブであった。
 天文台では突然の来訪にもかかわらず、とても親切に迎え入れられた。あれは、今から思えば、八重山星の会のメンバーの方だったのだろうか。「ここはいつ出来たんですか」と質問する私たちに、にこやかに「今年の春ですよ~」と答えてくれた。
 天文学の研究と教育普及活動の両立を目指す石垣島天文台は、国立天文台と、地元である石垣市、石垣市教育委員会、NPO法人八重山星の会、それから沖縄県立青少年の家、琉球大学の6者の連携によって運営されているユニークな研究施設である。八重山星の会は、天文台とVERA観測局にメンバーを職員として派遣するほか、会独自の天体観望会や小中学生を対象にした勉強会を開き、石垣島から見える星のこと、その時々の天文トピックスなどをレクチャーしている。市民が観光客や市民のために活動し、さらに研究を支えるという、新しいタイプの天文台といってよい。

天文学者への夢を育てる

 連携型の天文台の活動に連動し、VERA石垣島観測局でも地元の中学生や高校生たちの体験学習を受け入れている。天文学研究の体験企画「美ら星研究体験隊」(略称「美ら研(ちゅらけん)」)である。島内の県立高校3校の生徒らで結成されているが、2008年からは沖縄本島の開邦高校からも参加がある。
 体験企画の内容は、2泊3日の日程で電波望遠鏡を使っていくつかの星の電波を計測し、電波を出している星を新しく見つけるという内容だ。生まれたての星は、周りに高密度の分子ガスがあり、分子同士がぶつかると電波を放出しやすい状態になる。放出された電波が新たに別の分子に刺激を与えて電波を放出させてゆくと、次から次に電波が増幅されて強力な電波となる。これが「メーザー放射」だ。その中でも、水の分子がメーザーを放つのが「水メーザー」である。
 第5回となった2010年の美ら研では12人が参加し、天文台のスタッフが用意した資料をもとに観測する天体を決めた。そして3班に分かれ、割り当てられた時間帯でそれぞれ観測を行った。観測データを専用ソフトで解析する。

石垣島天文台にある「むりかぶし」望遠鏡.

 3日間で合計48天体を観測し、複数の天体から水メーザー放射と思われる電波を検出した。ほとんどが過去に見つかっていたものだったが、八重山高校と開邦高校のチームが観測した15天体のうち1つが、これまでに観測されたことのない新しい電波星(水メーザー天体)であることが判明した。
 この天体は、銀河系中心方向のいて座方向にある。正確な距離が決まれば、VERAの「銀河系の立体地図」づくりにも役立つ。「美ら研」によって見つかった新しい電波星は、これで合計3個となった。発見したチームの生徒たちは、「大きな計画に石垣島から成果を残せた」と喜びを語っている。
 VERA観測局は、今や全国から修学旅行生が訪れる島の観光地の1つでもある。私が訪れた日にも静岡県の私立高校の2年生たちが大型バスでやってきた。石垣島天文台副所長と、VERA石垣島局の運用を担当している宮地竹史さんが、生徒たちをにこやかに迎え入れ、分かりやすくVERAプロジェクトについて話し出す。
「銀河系という渦巻きの中にいると、その動きや大きさが分からないが、銀河系の1000個の星の電波を毎日毎日計測し、星の位置のデータを10年分集めると、3Dで銀河系の形や、どういうふうに回っているかが分かります」「この研究は、日本が世界に先駆けて行っている研究なんです」
 高校生たちは「面白い!」「日本って案外すごいんだな、と感動した」などと話してくれた。
 身近なところに天文台やVERA観測局があり、その活動を目の当たりにすれば、親しみや興味が増すのは当然のことだろう。石垣島の中高生たちにとって、天文学者は憧れの職業の1つになりつつある。見学や体験学習で天文学の面白さに魅せられた生徒たちの中には、大学の理学部を目指したり、進学を果たしたりした子も数人いる。離島で育まれた夢が世界へ大きく羽ばたこうとしている。

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PROFILE

松村 由利子
(まつむら・ゆりこ)

歌人、ライター。
1960年生まれ。2006年春まで毎日新聞記者。『与謝野晶子』(中央公論新社)で平塚らいてう賞、『31文字のなかの科学』(NTT出版)で科学ジャーナリスト賞を受賞。2007年、歌集『鳥女』で現代短歌新人賞、2009年、「遠き鯨影」30首で短歌研究賞を受賞。

『与謝野晶子』
(中央公論新社)

『31文字のなかの科学』
(NTT出版)

『鳥女』
(本阿弥書店)

 
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