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Series 新書・トレンド
新刊月並み寸評 菊地 武顕
NEW 06/09/15

2006年8月刊行から

毎月、約100冊もの新刊が登場する「新書」の世界。「教養」を中心に、「実用」、「娯楽」と、分野もさまざまなら、扱うテーマも学術的なものからジャーナリスティックなものまで多種多彩。時代の鏡ともいえる新刊新書を月ごとに概観し、その傾向と特徴をお伝えする。

 小泉純一郎首相は総裁選時の公約通りに、終戦記念日に靖国参拝を行った。そのため議論が大きな高まりを見せたが、意外なことに新書界では、8月に「靖国神社」について記した本は刊行されなかった。
 それどころか、第二次世界大戦に関する本もわずかに『太平洋戦争の謎/日米対決=魔性の歴史に潜む謎と疑問を追及』(佐治芳彦著、パンドラ新書)があるだけ。先月も記したが、終戦60周年にあたった昨年夏は数多くの戦争関連本が出たのに対し、今年は刊行点数が少ない。昨年で出尽くしたのだろうか?
 とはいえ8月刊行の新書(奥付が9月1日のPHP新書、同5日の祥伝社新書を含む)の中には、中国をはじめとするアジア諸国との関係を論じた本はいくつか出ている。「第二次世界大戦」、「靖国神社」に代わって、これが終戦61年目の8月刊行新書の代表的テーマといえよう。

中国人「反日」新世代の初の”肉声”

 まず、『「反日」とは何か/中国人活動家は語る』(熊谷伸一郎著、中公新書ラクレ)。これは、「愛国者同盟」や「九一八愛国ネット」で活動する中国・新世代活動家へのインタビュー集だ。
 とかくギクシャクしがちな日中関係だが、『中国10億人の日本映画熱愛史/高倉健、山口百恵からキムタク、アニメまで』(劉文兵著、集英社新書)によると、中国人が日本映画に熱狂した時代があるという。具体例が豊富に挙げられているだけに、実に興味深く読める。
 韓国・北朝鮮との関係について編まれたのが、『韓国・北朝鮮の嘘を見破る/近現代史の争点30』(鄭大均、古田博司編、文春新書)。「韓国のナショナリズムは健全だ」と言われたら、「日帝は朝鮮語を抹殺した」と言われたら、「偽札づくり、麻薬製造はしていない」と言われたら、「拉致は解決済み、早く経済協力をしろ」と言われたら……という30の質問に対する回答例である。
アジア主義を問いなおす』(井上寿一著、ちくま新書)は、近代日本の動きを、対米協調とアジア主義の相克という視点から振り返る。
「アジア」本の出版に呼応するかのように、「アメリカ」本も2冊出た。『アメリカよ、美しく年をとれ』(猿谷要著、岩波新書)では、アメリカを愛する著者が「老醜は見たくない」と訴える。『現代アメリカのキーワード』(矢口祐人、吉原真里編著、中公新書)は、傲慢さが際だって見える現在のアメリカを知るための小辞典である。
 国際社会の中の日本を考える時、必ず論争が起きるのが「憲法九条」について。これを取り上げた本も2冊出ている。『軟弱者の戦争論/憲法九条をとことん考えなおしてみました。』(由紀草一著、PHP新書)は、戦場に行きたくない“軟弱者”が平和主義を再検討し憲法を問い直す。もう1冊は、異色の顔合わせによる対談『憲法九条を世界遺産に』(太田光、中沢新一談、集英社新書)だ。

総理大臣に求められる才能とは?

 9月20日に行われる自民党総裁選を前にして、「総理大臣」を論じた書も2冊出た。まず、『歴代総理の通信簿/間違いだらけの首相選び』(八幡和郎著、PHP新書)。吉田茂はA、岸信介はB、田中角栄はD……と採点。まさに総理の通信簿である。『総理大臣の器』(三反園訓著、講談社+α新書)は、日本の総理に求められる品格と器について記す。吉田茂、佐藤栄作、田中角栄、中曽根康弘、小泉純一郎といった総理経験者とともに、安倍晋三、小沢一郎についても触れている。
 ところで、最近あまり刊行数が多くない「健康ノウハウ」本だが、8月には数多く発売された。どのような本か一目瞭然だろうから、書名の列挙に止める。『【用途別】健康食品 本当に役立つ使い方』(渡辺勉著、新書y)、『医者に見放されても病気は自力で治る/究極の免疫力再生法』(安保徹著、講談社+α新書)、『縮めて縮めて関節痛をなおす/自分でできる「関節ニュートラル整体」の極意』(及川雅登著、講談社+α新書)、『病院の「検査」のことがよくわかる本/その検査で何がわかるのか、あなたの数値は大丈夫なのか』(中原英臣著、KAWADE夢新書)。再び健康ブームが巻き起こるだろうか?
 以上のように8月は、「国際関係」「憲法九条」や「総理大臣」といった硬いテーマの本、「健康ノウハウ」本だけが目立った。最近流行の「日本史」「日本語」「スローな旅」あるいは新書の王道といっても過言ではない「哲学」についての本は、さっぱりだ。

憲法二十一条「表現の自由」こそ危機だ!!

 他に目についたのは、「サッカー」を取り上げた本。『初めてでも楽しめる/欧州サッカーの旅』(元川悦子著、生活人新書)は、世界最高の選手が集まるイタリア、イングランド、スペイン、ドイツの他、チェコやトルコのリーグをも網羅した魅力的な本。しかし苦言をひとつ。この本は横組みで作られており、読みにくいことこのうえない。コンピューター関連本などと違い、横組みにすべき理由がないのに。編集者には猛省を促したい。
 もう1冊、辛口解説者による『日本サッカーと「世界基準」』(セルジオ越後著、祥伝社新書)。越後氏は全編を通じて、日本サッカーを取り巻く環境には批判精神が欠如していると憤慨。ジーコ采配を叩いたうえで、その矛先は日本サッカー協会・川淵体制に向かう。〈協会に批判的なライターを遠ざけたりしているというではないですか。会長が何から何まで決めてしまう組織は、組織のようでいてじつは真っ当な組織ではありません〉。批判精神に乏しいマスメディア、とりわけテレビに対しても〈日本ほどサッカー番組にタレントが出てくる国はありません。(略)番組のスタジオには一応、元選手の解説者が座ってます。しかし番組の作りはあくまで芸能チックなもの。そこには本来あるべきはずの批判精神はかけらも見当たりません〉。さらにファンに対しては〈勝てば「やった!」、負ければ「感動をありがとう!」。これでは監督や選手が、勝利に執着しなくなっても仕方ありません〉。
 私もかつてジーコ解任を提言する特集記事を作る際に、多くのサッカー記者・ライターにコメントを求めたことがある。彼らのほとんどは「協会による犯人探し」を恐れていた。協会が怖いから「真実」を書かないし、コメントもしたくないのだという。
 しかし、これはなにもサッカー界に限ったことではない。越後氏の指摘は、広く日本社会に向けたものであるといってよい。私事を続けて恐縮だが、私は映画会社20世紀フォックスから「出入り禁止」処分を受けている。数年前に、同社配給の『ストーカー』という作品について、キャスティングに疑問を呈する記事を書いた。それ以降、私は同社の試写会・記者会見等から一切閉め出されている。
 報道する側が、報じられる側からの制裁を恐れ、書きたいことも書かない――このような例は枚挙に暇がない。憲法九条に関する考察も大切だが、是非とも危機的状況に陥っている憲法二一条(表現の自由)に関する論議が起きてほしいものである。これを論じる新書の刊行が相次ぐことを期待している。
 最後に、新書のテーマ分けのトピックスを。このサイト「風」の兄弟分というべきサイト「新書マップ」は、数多ある古今の新書をテーマ別に分類したものだ。「新書マップ」が初めて公開されたのは2004年7月で、その時点では900 強のテーマを設けた。その後、新刊本の傾向を鑑み順次新テーマを創設し、よりきめ細かい分類を心がけている。今度、「会津」というテーマが設けられる。というのもこの頃ものすごい勢いで「会津」本が刊行されているからで、8月にも『会津武士道/「ならぬことはならぬ」の教え』(星亮一著、青春新書INTELLIGENCE)が出た。
 一方で8月には、最近久しく世に出ていなかった分野の本が出たので記しておきたい。『ダーウィンの足跡を訪ねて』(長谷川眞理子著、集英社新書ヴィジュアル版)は、1996年12月刊の『知性はどこに生まれるか/ダーウィンとアフォーダンス』(佐々木正人著、講談社現代新書)以来の「ダーウィン」本である。
 新書が取り上げるテーマには流行り廃りがあるのだと、改めて感じた。秋以降はどのような本が出るか、楽しみである。

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PROFILE

菊地 武顕

雑誌記者
1962年宮城県生まれ。明治大学法学部卒業。86年1月から、「Emma」(当時は隔週刊。後に週刊化)にて記者活動を始める。以後、「女性自身」、「週刊文春」と、もっぱら週刊誌で働く。
現在は、映画、健康、トレンドを中心に取材、執筆。記者として誇れることは「病欠ゼロ」だけ。

反日」とは何か/中国人活動家は語る

「反日」とは何か/中国人活動家は語る
熊谷伸一郎著
(中公ラクレ)

中国10億人の日本映画熱愛史/高倉健、山口百恵からキムタク、アニメまで

"中国10億人の日本映画熱愛史/高倉健、山口百恵からキムタク、アニメまで"
劉文兵著
(集英社新書)

韓国・北朝鮮の嘘を見破る/近現代史の争点30

韓国・北朝鮮の嘘を見破る/近現代史の争点30
鄭大均/古田博司著
(文春新書)

アジア主義を問いなおす

アジア主義を問いなおす
井上寿一著
(ちくま新書)

アメリカよ、美しく年をとれ

アメリカよ、美しく年をとれ
猿谷 要著
(岩波新書)

現代アメリカのキーワード

現代アメリカのキーワード
矢口祐人/吉原真里 編著著
(中公新書)

軟弱者の戦争論/憲法九条をとことん考えなおしてみました。

軟弱者の戦争論/憲法九条をとことん考えなおしてみました。
由紀草一 著
(PHP新書)

総理大臣の器

総理大臣の器
三反園訓著
(講談社+α新書)

【用途別】健康食品 本当に役立つ使い方

【用途別】健康食品 本当に役立つ使い方
渡辺勉著
(新書y)

日本サッカーと「世界基準」

日本サッカーと「世界基準」
セルジオ越後著
(祥伝社新書)

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