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Series Around the World
世界10大気持ちいい 横井 弘海
06/04/30

第16回 バーレーン 砂漠の中のゴルフ

世界の観光スポットや娯楽についての情報は、いまやさまざまなかたちで手に入れることができる。しかし、それでもまだまだ知られざる「楽しみ」がある。 場所、季節、食べ物、人間、そして旅の技術・・・。世界約50ヵ国を旅してきた横井弘海氏が「気持ちいい」をキーワードに、女性の視点からとっておきのやすらぎのポイントを紹介する。

エメラルド色のペルシャ湾

 ペルシャ湾の海は驚くほど明るいエメラルド色をしている。イラン、イラク、クウェート、サウジアラビア、カタール、アラブ首長国連邦、オマーンという石油産出国に囲まれているからといって、船からこぼれだした重油の色をしているわけはないのだけれど、飛行機の窓から湾の西岸に浮かぶ奄美大島ほどの島国バーレーン王国と、周りの海が見えたとき、あまりの美しい色に思わず「わぁ」と声が出た。
 バビロニアの時代に「ディルムン」と呼ばれる王国があった頃から、貿易の中継地として栄えたバーレーンには、この島に埋葬してもらうと、必ず蘇ることができるという伝説があり、古代、数万人とも言われる人々が永遠の眠りの地を求めて海を渡ってきたという。
 1932年、他の湾岸諸国に先駆けて石油の採掘が始まった。当時は英国の保護国だったこともあり、今度は多くの英国人がプラントの建設や石油の精製のためにやってきた。

英国人は、コースを油田の真ん中に作った!!

 ところで、英国人は外国に住むと、そこに必ずゴルフ場を作る習性があるらしい。日本で最初にできた神戸の六甲山にある「神戸ゴルフ倶楽部」も、英国人の貿易商が作ったものだ。バーレーンも例外ではない。砂漠気候ゆえ、芝のメンテナンスに苦労があるに違いない普通の(?)ゴルフ場も数年前に誕生したが、島のほぼ真ん中にあるAwali(アワリ)油田の開発にやってきた人々が最初に作った「Awali Golf Club」は、芝のない砂漠のゴルフ場だという。砂漠での仕事は過酷で、せめて余暇を何とか楽しみたいと思ったのかもしれないし、ゴルフをすることで故郷を懐かしんでいたのだろうか。話には聞いたことがあったが、たまたま倶楽部の脇を通ったらトーナメントを開催していたので、どんなところか、のぞいてみることにした。

歴史ある Awali GC

 クラブハウスは簡素だが、バー・カウンターは立派で、アイルランドのギネスも英国のパブでよく見かけるフォスターのドラフト・ビールも置いてあった。
「オープンなイスラム教国と聞いていたけれど、アルコールもOKなのだ」と感心。まずはフォスター・ビールで喉を潤しながら、生まれて初めて見る砂漠のコースを窓越しに見下ろした。
 バーレーンは土地が平らで、1番高い場所でも海抜122メートルだ。遠くにごつごつした低い岩山が見えたが、後は石油の櫓以外、見渡す限りほぼ平らだった。一面、薄いベージュ色に彩られた砂漠に、深い緑色の木々がホールを区切るために植えられていたり、石油のパイプラインが数本、コース内を蛇のように這っていた。
「砂漠でゴルフかぁ」
夏には平均気温が摂氏40度を超えるという過酷な気候の中でも、芝がなくてもゴルフをしたいというパッションはいったい何なのだろう。

パッティング・グリーンは「ブラウン」

 外に出てみると、観覧席が用意されていて、応援しているのか、ただおしゃべりしているのか、なかなかのにぎわいだった。「第43回バーレーン・オープン」は毎年1回Awaliで開催されている歴史ある大会だ。プレーヤーは英国人ばかりでなく、バーレーンの国別対抗戦の代表も各国のビジネスマンもいる。民族衣装でプレーをしている人は見なかったが、ギャラリーにはそんな出で立ちの人がたくさんいて、とてもエキゾチックだ。
 バーレーンの春は温暖で、やわらかな風が一日中吹いている。砂漠といっても、このあたりの地面は硬そうな「土漠」で、砂が舞うこともあまりない。
「この気候なら、プレーをしていても心地よいかも・・・」と思ってきた。
「ここは歴史もあるし、湾岸諸国で一番よくできたサンド・ゴルフ場なんですよ」と、隣に座った倶楽部のメンバーの英国人女性が言う。

ブラウンをならす

 よく見ると、公園の砂場のような茶色をした部分がパッティング・グリーンだった。その名も「ブラウン」! 「ブラウン」は人が入るたびに、ボールの跡やパットした軌跡とともに足跡がついてしまう。トーナメントなので、1組が終了するごとに表面を平らにする。だが、真剣な選手の表情とは対照的に、係りのおじさんは、自分とは関係ないという風情で、毎回タラタラとピンの周りを歩いて、砂をならした。グリーンの周りには、コンクリートで固めたバンカーが作られ、ブラウンともフェアウェイとも異なる白砂が入っていた。
「砂漠のゴルフはいったいどういう感触なのだろう」
選手たちの白熱したプレーをしばらく見ているうち、「ここまで来たら、砂漠でゴルフでしょう」と、すっかりやる気になってしまった。

 翌日、再びAwaliにやってきた。スコアカードを見ると、距離は6589ヤード、18ホール、パー70とある。カラーのイラストによれば、ウオーターハザードがあったり、ドッグレッグしていたり、コースデザインもこっている。
 砂漠のゴルフには砂漠なりの作法がある。用具は芝生のゴルフと一緒だが、多分、「ブラウン」に穴を開けないようにという理由で、靴はなるべく底の平らなものを履く。ボールはショップで買うとまず黄色い発光色のものを渡される。そして、直径約30センチの円形の人工芝マットも必携だ。
「Good Fore」と名づけられた1番ホールのティグラウンドは人工芝が敷かれていた。立ってみると、昨日、観客として見ていたのとは異なる景色が広がった。だだっ広い油田にぽつぽつと見えたねむのきのような木々は、ティグリーンからは一本の線のようにホールのデザインをきっちりと見せた。フェアフェイは広々として打ちやすそうだ。左サイドには木が密集して生えていて、右サイドはボールが行ってしまうとトラブルになると思わせるような灌木が生えていた。
 砂漠のゴルフ場はフェアウェイとラフが基本的に同じ状態の地面である。境界線を作るために、白線が引かれていた。先ほどクラブハウスで渡された人工芝マットは、フェアウェイのみで使うことが許されるのだ。

見付けやすい黄色いボール

 バーレーン人の知人アルミールは私に付き合ってラウンドしてくれた。普段着ている白いワイシャツを長くしたような民族衣装からシャツとジーンズに運動靴という出で立ちに着替えてやってきた。クラブを握ったことはないという。
「遊びだから、ただスウィングすれば大丈夫」と、いい加減なことを言う私の言葉を聞いてか聞かずか、大きな身体を揺らして力任せに打ったら、心配したとおり、彼のボールは右のラフに入ってしまった。でも、草むらではなく、砂漠の間に生えている低い木のどこかにあるのはあきらかで、歩いてみると意外に簡単に探し出すことができた。
「なるほどね」砂漠で黄色はとても目立つ。それで、ボールは皆蛍光色なのである。

ラフに入った黄色いボール

 私の第1打はなんとかフェアウェイをキープ。いよいよ丸い人工芝マットを使うときがきた。球の落ちた場所にどうやってマットを置くかはそんなに厳密ではないようだが、一応、ボールを少しずらして、ボールのあった位置にあわせてマットを置き、そのマットの中心にボールを置いた。クラブはフェアウェイウッドを使ったが、ボールでなく2センチくらい厚みのあるマットごと叩いてしまった。マットは前方に飛び、ボールは灌木の中へ。「はぁ、下手・・・」と思ったものの、携帯用マットをもってクラブを振るというのは、不思議な感覚だった。
 そして、また、すぐにボールは見つかった。だが潅木の中。木の名前はわからないが、トゲがあり、半分乾燥しているような蔓が硬い木で、鳥かごのようにボールのまわりに絡まっていた。
 蔓は硬く、どう叩いても折れないし、ボールにも届かない。深い草のラフに入って、ボールが出ないのも困るが、ボールが見えているのに、クラブを振ってもボールに届かないのもフラストレーションがたまるものだ。
 だが、目を凝らしてみると、乾燥した木は死んでいるわけではなくて、黄色い小さな花が咲いていたりする。その根元には、「かぶと虫」とアルミールが呼ぶ、黒い六角形をした虫がちょろちょろと歩いていたりもする。「こんな砂漠にも生命がいるんだなぁ」とゴルフをしにきたことをしばし忘れ、見とれて、気を取り直した。
 3月のバーレーンは気温も日本の初夏のようで、湿気もあまりない。だから、電動カートに乗らなくても、ゴルフバッグをカートで引きながらのんびり散歩気分で歩ける。
 何打か打ってようやくブラウンにたどり着き、いよいよパット。ただの砂場に見えたが、さすがゴルフ狂(?)が作っているだけあって、傾斜が微妙についていて、ただまっすぐ打っても入らない。2人してボールの軌跡で地面に何本かの模様を作った後、ようやくボールがカップインした。

人工芝マットに手こずりながら・・・

 アルミールは初めて握ったクラブにボールが当たることだけですっかり有頂天になっていた。私は毎回ボールと一緒に飛んで行ってしまう人工芝マットにてこずりつつも、初めて見る石油パイプラインをまたいだり、櫓に目標を定めてボールを打ったりしながら、「こんなところに石油がでるんだなぁ」と妙に感心しながら、プレーした。ボールは時に予測もしない角度に跳ねたりもした。この砂漠には花や虫といった生命だけでなく、石や岩も隠れているからだ。また、時にボールはバンカーにも飛び込んだ。ふだんはバンカーに入ったというと、ちょっとがっかりするのだが、ここでは違う。コンクリートでさまざまな形に作られてあり、コースを作った人のゴルフにかける意気込みのようなものがこれでもかと伝わる。その苦心の作から一度でボールを出せると、これがまた気持ちがいい。

砂の上に人工芝マットを置いて…ボールの正しい置き場所は?

 ハーフを終えて、クラブハウスに戻ると、毎日36ホール回っているという倶楽部の女性チャンピオン、エマがいたので話しかけてみた。バーレーンでは女性が仕事をしていることも普通だが、駐在員の夫人たちはゴルフやスパ、ショッピング三昧というらやましい生活の人も多い。
「毎回、ボールと人工芝マットが一緒に飛んでいくのだけれど何故?」
「マットの中央にボールを置いては駄目なの。端において、ボールを強く打つのがコツよ。今度、バーレーンに来たときは一緒に回りましょうね」
「それはあなたが下手だからよ」とは言わないエマ。バーレーンにいる人たちは暖かい気候のせいか、こんな風に皆オープンで暖かい。

 言われたとおり、後半はフェアウェイでマットの端にボールを置いて、思い切りボールを叩いてみた。
「Good Shot!」
 アルミールが誉めてくれる前に、きれいに弧を描いてフェアウェイを再び捉えるボールを見ながら、そう心の中で叫んでしまった。満足できる1打があっただけで、「だからゴルフはやめられない」と心から思える。そこが緑の芝生であろうと、茶色の砂漠であろうとゴルフの楽しさは同じだ。1ラウンドすると、ゴルフ狂の英国人の気持ちが少し理解できたような気がした。

美味しいシーフードの後はエメラルドの海へ

テーブル一杯に並んだ料理の数々

 ラウンド後、アルミールの友人の家に昼食をご馳走になりに行った。漁業関係の会社を営む社長さんはごく普通に握手をして暖かく家に迎え入れてくれた。子息が2人、後から部屋に入ってきたが、客人全員に挨拶した後、父にキスをしてから席についた。家長である父を常に敬うという伝統的な家族関係が垣間見えた。
 アラブ諸国では、前菜からメインディッシュまで何種類もの料理を出して客をもてなすと聞いていたが、そのとおり。そちらのお宅でも、シーフード料理を中心に、これでもかというほどの品数がテーブルに並んだ。バーレーンの基本的な食事はアラブ料理だと思うが、イタリアンでもファーストフードでも、基本的に何を食べても美味しい。また、海に囲まれているだけあって、カニや魚の新鮮さは抜群だ。日本と同じように、ワタリガ二を茹でて、皿に山盛りに出してくださった。「カニを出すと無言になる」というが、あまりの美味しさに、おしゃべりのアルミールをはじめ皆、無言でカニにかぶりついた。

夕暮れのバーレーン

  食後には、その子息がボートを出して、無人島に連れて行ってくれた。近くで見ても、バーレーンの海は明るいエメラルド色をしている。珍しいことだったらしいが、エイが気持ちよさそうに浅瀬を泳いでいるのが見えた。石油が出る前、この海から取れる天然の真珠は、バーレーンの主要な産業だった。今でも潜れば、真珠を抱いた二枚貝がいくらでも取れるというロマンチックな海である。昔ながらのダウと呼ばれる船もゆったりと海を走っていた。10分もあれば1周できてしまう小さな島にボートをつけて、散歩をした。白砂の浜辺には黄緑色をした海草が密集して生えており、海草の間には、先ほどおなか一杯にいただいたワタリガニがゴソゴソと動いていた。
 砂漠の国は無味乾燥ではなく、さまざまな命が溢れる最高に気持ちの暖まる島だった。

バーレーンとの時差:6時間

バーレーンに関する情報
バーレーン王国大使館
〒107-0052 港区赤坂1丁目11-36 レジデンス バイカウンテス 720号
電話:03-3584-8001

Awali Golf Club Bahrain: tel:17756770 fax:17754653 email:secretary@awaligolfclub.com

アクセス:
キャセイパシフィック航空など乗り継ぎ便あり。

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PROFILE

横井 弘海

東京都台東区生まれ。
青山学院女子短期大学卒業。国際英語学校通訳ガイド科修了。ヨーロッパに半年間遊学。テレビ東京パーソナリティ室所属後フリーとなる。「世界週報」(時事通信社)で「大使の食卓拝見」を連載。エジプト大統領夫人、オーストラリア首相夫人、アイスランド首相をはじめ、世界中のセレブと会見しインタビューを行っている。

主な著作:
『大使夫人』
(朝日選書)

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