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Series Around the World
世界10大気持ちいい 横井 弘海
05/08/31

第9回 イタリア・ヴェローナの野外オペラ

世界の観光スポットや娯楽についての情報は、いまやさまざまなかたちで手に入れることができる。しかし、それでもまだまだ知られざる「楽しみ」がある。 場所、季節、食べ物、人間、そして旅の技術・・・。世界約50ヵ国を旅してきた横井弘海氏が「気持ちいい」をキーワードに、女性の視点からとっておきのやすらぎのポイントを紹介する。

 夏のヨーロッパでは、劇やコンサートなどさまざまな催しものが野外で行われていて、バカンスの人々を楽しませてくれる。夏休みにそんなイベントに行ってみたくて、なにか楽しそうなものがないか探していたとき、オペラ好きの友人がミラノから約140キロ東のヴェローナで、有名な野外オペラの公演が開催されることを教えてくれた。

ヴェローナの野外オペラ会場
「アレーナ」

 ヴェローナの野外オペラは「アレーナ」で行われる。古代ローマ帝国の円形競技場だ。ローマの「コロッセオ」、闘牛を行う南仏アルルの競技場と並び、保存状態がよく美しい、三大円形競技場のひとつである。建設されたのは2000年ほど前だといわれ、コロッセオより古い。そのような貴重な遺跡をオペラ会場として普通に使ってしまうイタリア人はすごい! 私は海外までわざわざ足を運ぶほどのオペラファンではないけれど、古代の円形競技場で行われるオペラがいったいどんなものなのか興味津々で、まずはインターネットでチケットが手に入るかを調べてみた。
「ヴェローナ、オペラ」と当てずっぽうに入力しただけで、アレーナの野外オペラの公式ホームページを簡単に検索できた。それによると「Fondazione Arena di Verona」という財団が運営していて、2005年のオペラフェスティバルは第83回目にあたり、6月17日から8月31日までの期間に5演目50公演が行われる予定になっていた。サイトには公演スケジュールから演目の解説、歴史、宿泊施設などの情報まで、イタリア語と英語の丁寧な案内がある。
 日程的に見ることができるのはジュゼッペ・ヴェルディの『アイーダ』だった。アレーナでは、1913年にヴェルディの生誕100年を記念して演じられて大好評となり、以来、定番となっている演目である。「これを見られたら、かなりラッキーだわ」と思いながら、電話で予約してみた。「とてもよいお席を用意できます」と、感じの良い若い男性のスタッフが、ゆっくりわかりやすい英語で対応して取ってくれたのは土間席16列、25番。番号を聞くかぎり、真ん中の前のほうで観やすそうだと期待が高まった。142Euro(約2万円)という値段もいいけれど…。

ハート型をした観光地、ヴェローナ

中世の趣きを伝える
ヴェローナの街並み

 ミラノ中央駅からインターシティ(IC)という特急列車に乗ると、1時間半あまりでヴェローナに到着する。
 ヴェローナはミラノとヴェネツィアのほぼ真ん中に位置している。特急はヴェネツィアを越えた先、スロベニア国境に近いアドリア海の港町トリエステ行き。列車は北イタリアをひたすら東に走る。窓の外に目をやれば、線路沿いに茶色い壁のアパートや花に囲まれた家々が見える。ヴェローナに近づくほど緑のブドウ畑が増えていった。そういえば、ヴェローナは白ワインのソアヴェや赤ワインのバルドリーノの産地としても有名だ。
 乗客にはビジネスマンと思われる人も多い。ミラノも日中は東京並みに暑かったが、彼らは夏でもまず長袖のワイシャツしか着ない。麻のスーツとピカピカに磨いた靴でバッチリ決め、パソコンをテーブルに置いて仕事をしている。
 ヴェローナはローマ帝国の時代から交通の要衝で、イタリアとドイツを結ぶ重要な幹線道路があり、人と物の往来が多い都市だ。しかし降り立ったポルタ・ヌオーヴァ駅はのんびりしたリゾート地のようで、駅前にはタクシーがずらりと並んでいた。街の中心は、S字に大きく蛇行するアディジェ川と市を囲む城壁で囲まれ、ちょうどハート型をしている。駅はハート型の下のとんがっているところあたり。タクシーの多くは、アレーナはじめ観光名所の集中するハートの右上に走っていく。

街の中心ブラ広場への入り口
ブラ大門

 ホテルで荷をとき、シャワーを浴びても、まだ、夜9時15分のオペラの開幕には時間が3時間以上あった。一応オペラ鑑賞用に用意したワンピースに着替えて、アレーナに向かった。ホテルから徒歩で15分程度かかる。大通りに出れば、半袖のシャツに短パンというリラックスしたいでたちの観光客がぞろぞろ歩いているのに出会う。その一群についていけば、まず間違いなく、観光スポットの中心にあるアレーナにたどり着けると確信。いっしょに歩いていくと、予想どおり、まもなく街の中心ブラ広場の入り口、ブラ大門が見えてきた。通りをさえぎるように建つ時計のついた威厳のある門で、アーチのカーブの美しさがいかにもヨーロッパに来たことを実感させた。
 門を入ると、レストランやカフェがぐるりと広場の左半分を囲んでいた。テラスに座るにはまだ暑いのか、店は閑散としている。右側は緑の公園で、その向こうにアレーナがデンとした存在感でそびえ立っているのが見えた。「わー、あれがかのアレーナなのね」と、心の中で歓声をあげながら近づいてみると、テント張りの土産店には人が群がり、アレーナの周りにもたくさんの人がいた。さらに脇にはルイ・ヴィトンをはじめ、欧州のブランド店が軒を連ねる通りもあり、人・人・人でごった返していた。
「ものすごい観光地だったのね…」と、人の多さにちょっとがっかり。でも、観光地にいる地元の人々は親切だ。チケットの引き換え所がわからなくて、土産店に立っていた小父さんに聞いてみたら、ご本人も知らなかったようだが、結局、何人かに聞いてくれて、わざわざその場所まで連れて行ってくれた。

帆立貝だと思って注文したscallopa

 チケットも手に入れて落ち着いたので、あとは軽く食事でも、と路地にテーブルを出しているレストランにふらりと入ってみた。ここはまずイタリアのスパークリングワイン「スプマンテ」を頼み、初めての野外オペラ鑑賞の前祝い。軽い喉越しがいい。食事にはサラダと帆立貝(scallop)を頼んだつもりだったが、テーブルに運ばれてきたのは、子牛肉を薄くたたき伸ばし、小麦粉をまぶして焼いたソティだった。「帆立貝はsea scallop、この料理はscaloppaです」と、年配のウェイターはにっこり。辞書で調べてみると、英語のscallopは帆立貝や貝の形を指すようだ。それはさておき、このスカロップはレモンを絞って食べる、初めての味。サッパリした軽い肉料理という感じだった。

イタリアのジェラートは
どれも大満足の味

 デザートは街角のジェラート屋で。シャーベットともアイスクリームとも異なる、ホワンと柔らかく、舌の上でサラッととろける独特の氷菓子ジェラートは、どこの店で食べても、どのフレーバーを頼んでも、まずはずれがない。「どうして、こんなに美味しいのだろう…」 普通10数種類あるフレーバーのなかから選んだその日のジェラート、ピスタチオとマンゴーも満足の味だった。

ロミオとジュリエットの街

中庭のジュリエット像
右胸に触ると幸せになれるとか

 ヴェローナ旧市街はユネスコの世界遺産に指定されるほど、中世の街並みがよく保存されている。家々の屋根はほとんどが赤茶色の瓦ぶきで、外壁にフレスコ画が描かれた住宅は昔の栄華を伝えている。1405年、ヴェローナはヴェネツィア共和国の支配下に入り、以来、多くの芸術家に活躍の場を提供したという。16世紀を生きたシェークスピアは『ロミオとジュリエット』の舞台にヴェローナを選んだ。イタリアには行ったことがないらしいシェークスピアも、街の評判を聞いたのだろうか。この戯曲は多分実話ではないと思うのだが、なぜか名門モンタギュー家とキャピュレット家の家はヴェローナに実在し、しかも、ロミオの家は未公開だが、ジュリエットの家は見学可能で中庭には蔦の絡まるバルコニーまである。さらに近所にはジュリエットの墓所もあり、ユリの花が飾られた石棺が置かれた半地下の部屋には小窓から柔らかい光が差し込み、本当にジュリエットがそこに眠っているかのように思える。

古代ローマの世界、アレーナへ

アレーナの階段席を埋め尽くす
観客たち

 涼しい風が吹きはじめた午後8時にはアレーナに入ってみた。だが、日は長く、この時間でもまだ明るい。アレーナは赤っぽいレンガと赤い切石でできた2層になっていて、さらにその上に今では4つだけアーチが残る壮大な建築物だ。中に入って、回廊を見上げると、無骨に削ったような石のアーチがいかにも歴史を感じさせ、「うーん、本当に古代ローマの世界だ」とずっとそこに立ち止まってしまった。
 石段でできたすり鉢状の観覧席の一角とそれに続く土間席の一部が舞台になっていた。舞台上にはピラミッドをかたどった巨大な神殿もそびえている。土間席も広く、周囲の階段席とあわせて2万2000席もあるらしい。
 すでに階段席はかなりの観客で埋まっていて、場内の空気はオペラ劇場というより、野球のスタジアム。客のいでたちも観劇というより観戦という感じのカジュアルさだ。自分が今、立っているアレーナはローマ時代の競技場で、行われた競技のなかには人間と猛獣を戦わせるようなかなり残酷なものも含まれていただろうが、そんな悲惨さは微塵も感じられない明るいムードが全体を覆っていた。
 私の席は舞台全部が見渡せるとてもよい席だった。階段席はクッションを借りないとお尻が痛くなると聞いていたが、土間席のエンジ色の椅子は、厚みのある椅子のクッションのおかげで座り心地もまあまあ。周りのお客様で短パン、Tシャツという人はまずおらず、皆おしゃれをしていた。

オーケストラもジャケットなしで
気取りがない

 古代エジプトの衣装をまとった女性が大きなドラをもって2度登場し、それを時計回りに丸く、愛嬌たっぷりにたたいて開幕が近いことを告げる。『アイーダ』の舞台がもう始まっているかのような雰囲気だ。その音を聞いただけで、会場はやんやの喝采。日が少しずつ落ちて、夕闇が迫ると、階段席がペンライトやローソクの火でゆらゆらときらめきだす。観客が開演前に会場をロマンチックに灯すのは、アレーナの恒例になっているらしい。気がつくと、白いシャツ姿のオーケストラがすでにピットの席についていた。

本物の満月が照らす『アイーダ』の舞台

舞台中央にはピラミッドをかたどった
神殿がそびえる

 野外の劇場に舞台と客席を隔てる幕はない。夜の闇がオペラの開幕を演出する。だんだん空が暗くなるにつれて、アレーナ全体が『アイーダ』の時代設定である古代ファラオ全盛時代にタイムスリップしたかのように思え、舞台の中心に置かれたピラミッドも一段と荘厳なものに見えてくる。『アイーダ』は一言で言えば、実はエチオピアの王女だが身分を隠してエジプト王女アムネリスの奴隷として仕えているアイーダとエジプト軍の将校ラダメスの悲恋物語だ。
 9時15分定刻。場内の照明がいっせいに消され、アレーナ全体が真っ暗になった次の瞬間、舞台下手にピンスポットが当たり、指揮者が笑顔満面で登場。割れんばかりの拍手が劇場全体に轟き、いよいよ開幕。観客の興奮を鎮めるような静かな序曲で『アイーダ』がスタートした。
 歌手たちは一様に体格がよく、迫力がある。最初から最後までマイクなしで2万2000人の観客をうならせる、すばらしい声量だ。地響きのように足元から響いてくる大人数のコーラス、猫のように俊敏な動きを見せるセクシーなダンサーたち…。そして、エジプト王の力を象徴するような大掛かりなセットをより神々しく見せるのは本物の満月だ。すっかり暗くなった空に、第1幕の途中から神殿の右上に現れ、終演まで輝き続けた。豪華絢爛なスペクタクルのいわゆるグランド・オペラ『アイーダ』にぴったりの自然の演出で、ため息が出るほどだ。各幕の終わりに歌手が舞台に揃い一列に並ぶと、階段席から怒涛のように歓声が巻き起こる。客席の右側と左側で、どちらの歓声が大きいかを競っているような勢いで、その様子を歌手たちが喜んで、大きなアクションで応える。会場全体はコンサートか野球の試合のような一体感に包まれていた。

セットの巨大なスフィンクスも迫力満点

 実は前日、ミラノ・スカラ座で『ラ・ボエーム』を観て、「これぞ本場!」というレベルの高さに感動したのだが、スカラ座は休憩時間も含め、室内ではまったくの撮影禁止で、わざわざ日本語とドイツ語でその案内をする念の入れようだった。しかし、ヴェローナではフラッシュを使わなければ上演中だって撮影OK。同じように観光客が多くても、アレーナはかなり気取らない雰囲気だったのも印象的だった。

野外オペラの醍醐味とは?

豪華絢爛な『アイーダ』の舞台

 最後のシーン、アムネリスの愛をあくまでも拒み、ラダメスはバルカンの神殿の地下牢に生き埋めにされることを命じられる。その地下牢にはともに死ぬことを願うアイーダが潜んでいた。2人は抱き合いながら、今生の別れの歌をデュエットする。神殿ではまた、アムネリスが愛する者を死に追いやった後悔とその冥福への祈りを歌う。歌い終えた3人が手にしたローソクをフッと消して、真っ暗になったエンディングには、ジーンと胸に迫るものがあった。
 同じオペラでも、閉ざされた室内で受ける感動とはどこか異なる。アレーナならではの音響の広がりに加えて、風の涼やかさ、緑の香り、月の輝き。視覚と聴覚だけでなく五感で感じるのが野外オペラなのだろうか。
『アイーダ』の終演は深夜1時近かったが、この気持ちよさをそのままホテルにもって帰って眠ってしまうのは、なんとももったいない。湿気のまったくない爽やかな空気が、その気持ちをますます強くさせた。そんなことを思う人は私ばかりではないのか、さっきまで閑古鳥の鳴いていた広場のレストランは、どこも大変な賑わいだ。そんな店のひとつに入り、キリリと冷えたソアヴェを注文。乾いた喉には一段と美味しかった。

イタリアとの時差:8時間、サマータイム実施時は7時間

宿泊案内:
Hotel Giberti ****
Via Giberti, 7
37122 Verona Italia

問合せ:
Tel:+39 45 8006900
Fax:+39 45 8001955
E-mail:info@hotelgiberti.it
URL:http://www.hotelgiberti.it/

宿泊施設:
客室数:80室

各種情報:
野外オペラ:Arena di Verona
URL:http://www.arena.it/eng/arenaeng.urd/portal.show?c=1

現地チケットオフィス:
Via Dietro Anfiteatro 6b,
37121 Verona Italia
Tel:+39 45 8005151

アレーナについて:
ローマのコロッセオに次ぐ規模の古代ローマ時代の円形競技場。大きさ128×152メートル、高さ52メートル。2層部分のアーチの数は72。3層に残るアーチは4つ。44の石段を観覧席として使用している。

アクセス:
アリタリア航空他、航空各社
成田 − ミラノ 約12時間

ヴェローナへは、ヨーロッパ各地より乗り継ぎ便あり。
ミラノから列車で行く場合は、ミラノ中央駅より特急で約1時間30分。  

ヴェローナ情報(英語・伊語):
URL:http://www.tourism.verona.it/eng/index_eng.cfm

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PROFILE

横井 弘海

東京都台東区生まれ。
青山学院女子短期大学卒業。国際英語学校通訳ガイド科修了。ヨーロッパに半年間遊学。テレビ東京パーソナリティ室所属後フリーとなる。「世界週報」(時事通信社)で「大使の食卓拝見」を連載。エジプト大統領夫人、オーストラリア首相夫人、アイスランド首相をはじめ、世界中のセレブと会見しインタビューを行っている。

主な著作:
『大使夫人』
(朝日選書)

大使夫人

ヴェローナの位置

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