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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
SERIES 06 世界10大気持ちいい
横井 弘海
第7回 ドゥブロヴニク

 世界の観光スポットや娯楽についての情報は、いまやさまざまなかたちで手に入れることができる。しかし、それでもまだまだ知られざる「楽しみ」がある。場所、季節、食べ物、人間、そして旅の技術・・・。世界約50ヵ国を旅してきた横井弘海氏が「気持ちいい」をキーワードに、女性の視点からとっておきのやすらぎのポイントを紹介する。

建物の密集する旧市街

 1997年の夏、スロバキアへ仕事で行くことになり、せっかくそこまで行くのだからと、周辺の国も巡ってみることにした。友人のいるブルガリア、美しいと評判のハンガリーの首都ブタペスト、日程的にあと1ヵ所、どこに行こうかと考えたとき、ふとクロアチアのドゥブロヴニクという街のことが頭に浮かんだ。
 旧市街は世界遺産に指定されているし、リゾートとしても名前が知られている。それと、ダルメシアンという犬に関係がある。この白地に黒い斑点のついた犬の原産地がドゥブロヴニクだと、昔、新聞記事か何かで読んだことがある。変な地名が気になり、どんなところなのかなぁと思ったことが、ずっと頭のどこかに残っていた。
 ダルメシアンはディズニーアニメの「101匹わんちゃん大行進」(One Hundred and One Dalmatians, 1961)に出てくるあの愛らしい犬で、子どもの頃、我が家には陶器でできた「101匹わんちゃん」が麗々しくガラスケースに飾られていた。それぞれ表情やしぐさが異なり、首に色とりどりの首輪をつけた良くできた置物で、私は両親の目を盗んではケースから出して手に乗せて眺めるほど気に入っていた。そのせいか、この犬には妙に愛着がある。
 あとで調べてわかったのだが、ダルメシアンの正確な原産地はドゥブロヴニクを含む南部一帯のダルマチア地方で、そもそもは猟犬や馬車の伴走犬として活躍していたという。世界遺産と、大好きな犬とリゾート。これだけあれば、旅のきっかけとしては十分だ。

「アドリア海の真珠」と「内戦」

アドリア海の真珠

 クロアチアは長靴の形をしたイタリアとアドリア海をはさんで、反対側に同じような長い海岸線をもっていて、ドゥブロヴニクはその南端にある人口約5万人の小さな街。別名、「アドリア海の真珠」と称されるクロアチア共和国自慢の海のリゾートでもある。
 15、16世紀、ヴェネチアと並ぶ貿易都市として栄えた。旧市街は城壁に囲まれ、当時の栄華を偲ぶことができる佇まいが人気で、夏にはヨーロッパ各地だけでなく、米国などからも観光客がやってくるのだそうだ。

飛行機から見た旧市街

 ブダペストからドゥブロヴニクまではオーストリア航空の直行便で1時間20分。到着が近づくと、機内から、オレンジ色の屋根瓦がびっしり詰まった城砦が一つ、明るい紺色の海にポコンと突き出しているのが見えた。準備をほとんどしていかなかったので、「あれよねぇ・・・」「多分」と確信のない会話を友人としながら、あまりに鮮やかな海と街の色のコントラストに圧倒されて、ドゥブロヴニクへの期待が一気に膨らんだ。

 ドゥブロヴニク国際空港は町から20キロ南東にある。当時から欧州各地より飛行機が乗り入れていたし、リゾート地の空港といえば、雰囲気からして明るくてもよさそうなものだが、この空港は電気を節約しているのか、どこかうす暗かった。警備もかなり厳しく、入国審査にも時間がかかった。
 楽しい気分は一変。1991年、ユーゴスラビアから独立を宣言した後、民族戦争で揺れたクロアチアのイメージが蘇った。その当時はドゥブロヴニクでも銃弾が激しく行きかったという。空港の外に、UN(国際連合)というマークを車体の脇にでかでかとつけたジープが横付けされているのを見つけた友人は「まだ、ここに来るのは早すぎたんじゃない?」と言い、さっきまでの笑顔はどこへやら、「何でこんなところに私を連れて来たの」と言いたそうな表情をしている。
 内戦はとっくに終わっているはずだし、飛行機ばかりでなく、イタリアやその他の国から船でも観光客がやってくると聞いていた。それに、ほかに行くあてもないし、空港内のツーリスト・インフォメーションでとりあえずホテルを予約してもらった。ホテルとの電話のやり取りを聞いていると、けっこう混んでいるのがわかり、それで少し安心した。結局、旧市街から徒歩10分の距離にある「グランド・ビラ・アルゼンチーナ」というホテルに決まり、「まぁ、行ってみましょう」と、タクシーにスーツケースを積んでもらった。

 車が走り出すとまもなく、西側にアドリア海、東側はなだらかな山が見えてくる。青いインクをたらしたような海は水面がキラキラと光っている。湿気がまったくないさわやかさに、「うーん、気持ちいい!」と声がでる。これが典型的な地中海性気候なのか。海に向かって建つホテルが見えた頃には、友人の気分も再びリゾート・モードに切り変わっていた。

アドリア海に臨む「グランド・ビラ・アルゼンチーナ」

ホテルのアウトドア・プール

「グランド・ビラ・アルゼンチーナ」の部屋に案内されると、入り口のドアの正面の窓の向こうにアドリア海が広がっていた。ホテルへの道中も海は見えていたはずだけれど、「わぁ、海が見える!」と、キャーキャー騒ぎながら、2人で窓に駆け寄った。その部屋の窓は両側に押し開くタイプ。これがまたいい。窓をバッと開けて、大きく深呼吸した。レストランに行ってみると、そこからもアドリア海が見渡せた。開放的なこと、この上ない。
 あたりの海岸線は岩場になっており、アウトドア・プールはその地形を利用しつつ、海面より少し高いところにコンクリートのブロックを敷き詰めたようにせり出して作られていた。そこからアドリア海に飛び込むこともできる。さっそく水着に着替えて、プールサイドに飛び出した。足元はコンクリートの打ちっぱなしで、ざらざらが裸足にくすぐったかった。プールサイドのデッキチェアに寝そべってみると、右手に旧市街の白い城壁が間近に海に浮かんでいるように見える。カラッと晴れた爽やかな水色の空、すがすがしい風、近くに寄ってみるとますます澄んでいるアドリア海の水を眺めているうち、1時間もうたた寝してしまった。
 あとで、インターネットで調べてみてわかったことだが、ここはもともと海外の著名人や政治家が泊まるような格式のあるホテルだったらしく、2002年には全面改装して施設が整い、そのわりに宿泊料金がリーズナブルということで、最近は米国の雑誌「フォーブス」で紹介されるほど有名な場所だったのだ。

ボート遊びもポピュラー

 ドゥブロヴニクの楽しみは、さまざまある。旧市街の東側は入り江になっていて、たくさんの小型ボートが停泊している。それで海に遊びに出ることもできる。お好みならば、沖合に見えるロクルム島にはヌーディスト・ビーチもある。私たちは行かなかったけれど、手に入れたパンフレットの中には、素っ裸でビーチで楽しそうに遊んでいる人達が写真で紹介されているものもあった。公的機関が出す旅行案内としては画期的というか、見たときにはドキッとした。

左上の島はヌーディストビーチらしい

 国としては辛い歴史を歩んできたし、カトリック教徒が多いはずだけれど、こんなに温暖な気候だと、多分、必要以上に? 開放的になってしまう人もいるのかもしれない。そのパンフレットがロクルム島だったかどうかは、クロアチア語で書かれていたので、読めなかったけれど・・・。

旧市街の中と外は別世界

旧市街への入り口

 一眠りして元気も出たし、夕食を兼ねて、旧市街へ出かけてみることにした。ツーリスト・インフォメーションでもらったパンフレットを先にちょっと読んでみると、城壁の建設は7世紀に始まり、継続的に拡張されたり補強されたりしてきたという。一番高いところは25メートルもある。ここは海洋貿易上、地理的な要衝だったので、たえず近隣の帝国に脅かされながらもなんとか町を破壊されずに生きながらえてきた。城壁の1周が1,940メートルという小さな町である。
 ホテルの前の一本道を西へ600メートル。突き当りが城砦の入り口だ。前方の右手に見えるスルジ山という海抜400メートルちょっとの低い山から旧市街まで、なだらかに勾配がついている。このあたりは土地が石灰岩でできている。城壁だけでなく、まわりのどの建物も壁が白っぽいのは、その石灰岩を建物に使っているせいだろう。

城砦に入る門

 城砦に入るには3つの門があり、私たちが着いたのはプロチェ門という東の入り口。門構えはいかめしく、動くのかどうかは知らないが、一応吊橋になっているのも、やはり変な敵に入り込まれない工夫だったのだろう。中に入ってから、さらに門をいくつも抜け、華やかなりし頃を彷彿とさせる、ロマネスク、ゴシック、ルネッサンス様式を全部取り入れたドミニコ修道院やスポンザ宮殿の脇を通って、旧市街で一番大きな広場、ルジェ広場にようやく辿り着いた。
 そこは空から見て感じた建物の密集した様子はなく、ただパーッと空間が開けている。プロチェ門の閉鎖的な感じとは対照的だ。リゾート気分があふれていて、楽しい気分が伝わってくる。道にかなりはみ出してテーブルを並べたカフェで、皆おしゃれをして、おしゃべりに興じていた。カップル、家族、老若男女いろいろな笑顔が見える。広場の周りには大聖堂や教会、美術館など見るものがないわけではないけれど、空の下でのんびり歩いたり、「休暇中」と看板を首からぶら下げているようなリラックスした人たちを見るのが楽しい。

「気持ちいい」プラツァ通り

観光客が行きかうプラツァ通り

 東にあるこの広場から旧市街を西に走る目抜き通りがプラツァ通りだ。プラツァ通りは車が通らないせいか、人が歩くだけなら、十分すぎるほどの広々とした通りで、道路が、氷でできたリンクのように表面がツルツル、ピカピカ光っている。大理石でできているのだろうか。それとも何世紀にもわたって、人が往来しているうち、石灰岩の表面が磨かれたのだろうか。道の両脇には白い壁にオレンジ色の屋根がついた4階建てくらいの石造りの建物が、通りに沿って見事に同じ高さで整然と並んでいる。少し日が傾きかけて、西日がオレンジ色の屋根をより一層鮮やかに輝かせていた。両側の建物におしゃれなブランドショップや美味しいチョコレート屋が並んでいるわけでもない。当時はおみやげ物というと、貝殻細工とかクオリティに見合わない観光客価格のものばかりで、ここは買い物をするところではないのだろうと思った。それでも、飽きることはない。歩いているだけで気持ちのよい通りなのである。数百年前も、城壁の内側には、こんな安心感というか、リラックスした世界が広がっていたのだろうか。不思議な開放感があった。
 一方、プラツァ通りから北に走る道路は、どこも人が3、4人すれ違うのが精一杯といった細い道が並んでいる。小さなレストランやバーがあちこちにあり、やはり店の外にテーブルを出していて、空腹を刺激するにおいがただよっている。そんな路地は太陽が落ちかかると旅の情緒を深める。

PIVOとはビールのこと

 適当に、よさそうなレストランを選んで入り、まずはビールを注文した。旧東欧のワインもなかなかいけると言う人はいるし、確かに気候からして美味しいワインができても不思議ではないけれど、乾燥した空気の中でグラスを開けるなら、ここではビール。思わず「ハァー」と言ってしまいそうに、軽い喉ごしが最高だった。
 夏のヨーロッパは屋外で食事をするのも快適だ。現地の人は海に囲まれていても、肉のほうが好きなのだろう。たまたま入った店がそうだったのかもしれないが、肉と魚の料理を比べると、圧倒的に肉のメニューが多かったし、しかも、こってり系の味付けだ。もちろん魚介類がないわけではない。カラマリ(イカ)のフライにレモンをキュッとしぼって食べたら、とても新鮮で、ビールもますますすすんだ。本当はクロアチアから日本へたくさんマグロを輸出しているのだから、日本人の観光客が増えたら、そのうち美味しいマグロのタルタル・ステーキなどを出してくれないかなぁ・・・。

夜のカフェ

 食事が終われば、旧市街をそぞろ歩き。「そぞろ」という、行くあてのない、なんともゆるやかな気分の散歩がドゥブロヴニクにはよく似合う。夕食にデザートも食べたのに、また、アイスクリームを食べたり、オープンテラスのカフェでぼんやり人の往来を眺めたり。でも、宵っ張りがこの城壁の中でとがめられることはない。時計が23時をまわっても、人の往来は変わらなかった。

城壁の上の散歩?

城壁の上は歩いて一周できる

 旧市街を廻る楽しみには、城壁の上の散歩もある。翌日も天気が良く、さっそくホテルを後にした。現在残っている城壁の輪郭は15世紀にデザインされたものらしいが、城砦の四方には要塞が配置され、頑丈に作られている。壁の幅も広く、狭くても3メートル、広い場所は6メートルもあり、観光客があちこち気ままに歩いている。
 アドリア海を遠くまで見渡せるし、町の中には空き地がほとんどなく、建物が詰っているので、高所恐怖症の人も怖さは感じないだろう。山側の壁から建物越しに見渡すアドリア海には「ワーッ、本当にきれい」と、同じ言葉を繰り返してしまう。1周は2キロ足らずだが、景色に見とれて、2時間もかかってしまった。

修復が終わった屋根瓦

 近くで見ると、オレンジ色の屋根にもずいぶんいろいろな形があった。また、新しい色鮮やかな屋根瓦と、ずいぶん昔に葺いたようなくすんだ茶色のものが混じっていた。ユーゴスラビア軍の空爆によって建物がかなり崩壊し、そこに住む人たちが皆で一生懸命修復したのだという。砲弾の跡が生々しく残っているところがあり、こんなに美しい場所をよく攻撃対象にしたものだと呆れた。
 しかし、このときはもう、よそから来たいろいろな人と城壁の上で、笑顔で「Hi!」と挨拶を交わしながら歩くことができた。
 城壁から俯瞰できる細い路地には、住人の洗濯物が干してあるのが見えたり、生活の音が聞こえてきたりした。その人たちの心の中までは見えないけれど、日常の平和な生活が戻っていることは感じられた。あれからもう8年が経とうとしている。城壁の上のそぞろ歩きは少し考えさせられるところはあったけれど、青空と静かなアドリア海、オレンジ色の屋根瓦、そして、爽やかな空気の心地よさは忘れられない。

(敬称略、つづく)

宿泊案内:
Hotel Grand Villa Argentina
Frana Supila 14, DUBROVNIK20000 CROATIA

問合せ:
Tel: +385 20 440-555
Fax: +385 20 432-524
E-mail: sales@hoteli-argentina.hr
URL: http://www.hoteli-argentina.hr

宿泊施設:
ベッド数: 250

宿泊料金:
Double Room Sea View
230euro(1/1~6/30, 10/1~12/31)
290euro(7/1~9/30)
*2005年度現在の料金
*朝食付き
*上記料金に税金が加算される

各種情報:
クロアチアTouristboard
URL: http://www.croatia.hr/home/

アクセス:
オーストリア航空 (ウィーン経由ドゥブロブニク)
成田 - ウィーン 約12時間
ウィーン ― ドゥブロブニク 約1時間30分

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PROFILE

横井 弘海

東京都台東区生まれ。
青山学院女子短期大学卒業。国際英語学校通訳ガイド科修了。ヨーロッパに半年間遊学。テレビ東京パーソナリティ室所属後フリーとなる。「世界週報」(時事通信社)で「大使の食卓拝見」を連載。エジプト大統領夫人、オーストラリア首相夫人、アイスランド首相をはじめ、世界中のセレブと会見しインタビューを行っている。

主な著作:
『大使夫人』
(朝日選書)

大使夫人

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