風
 
 
 
 
 
 
[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
SERIES 06 世界10大気持ちいい
横井 弘海
第3回 南米イグアスの滝

 世界の観光スポットや娯楽についての情報は、いまやさまざまなかたちで手に入れることができる。しかし、それでもまだまだ知られざる「楽しみ」がある。場所、季節、食べ物、人間、そして旅の技術・・・。世界約50ヵ国を旅してきた横井弘海氏が「気持ちいい」をキーワードに、女性の視点からとっておきのやすらぎのポイントを紹介する。

「かわいそうな、ナイアガラ」

ブラジル側からの眺め、下に見える小さなボートが観覧船

 有名な滝は、と聞かれると、おそらく多くの人は「ナイアガラの滝」と答えるだろう。ところが、第32代アメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトの妻エレノアに「かわいそうなナイアガラ!」と言わせた滝がある。それが、「世界三大瀑布」の一つ「イグアスの滝」。(注)
「イグアス」とは、南米の先住民グァラニー族の言葉で「巨大な水」を意味する。ブラジルとアルゼンチン国境の密林を流れるイグアス川が、断崖を毎秒65000トンの勢いで滑り落ちる。幅約2700メートル、最大落差は約80メートル。大小約300もの滝が連なるこの「イグアスの滝」は、激しい轟音を立てながら勢いよく水しぶきを上げ、大きな水のカーテンをなしている。

「悪魔の喉笛」、滝壺にはイワツバメが

 2003年10月、ブラジルを訪れる機会に恵まれたとき、もちろん、まっさきに「イグアスの滝を」目指した。ブラジルの首都サンパウロから観光拠点フォス・ド・イグアスまでは空路1時間半。この空港には、滝を目当てに世界中から人々が集まってくる。たとえ土地や言葉に不案内でも、周りの人についていけば、問題なく滝のある「イグアス国立公園」に辿りつくことができるだろう。
「イグアスの滝」は、ブラジルとアルゼンチンの両側から見物することができる。光の加減によって、午前ならブラジル側、午後ならアルゼンチン側から写真を撮るのがよいと聞いた。時刻が昼に近かったので、まずは、アルゼンチン側のビジターセンターに向かうことにした。途中、一応パスポート・コントロールを通過。たった数時間の滞在なのに異国のスタンプを押してもらうのは、少し得した気分になる。とはいえ、人の話す言葉がポルトガル語からスペイン語に変わったくらいだし、そもそも、この二つの言語は兄弟のように似ているので、最初のうちは違う国に来た印象が全くなかった。

マテ茶を飲む男性

 ところが、ビジターセンターから「イグアスの滝」を目指すトロッコ電車に乗ったとたん、マテ茶を飲んでいるお兄さんを見つけて、にわかに、アルゼンチンにいるという実感が湧いた。アルゼンチン特産のマテ茶とは、映画で見る限りガウチョ(アルゼンチン版カウボーイ)がいつも手にしている飲み物だ。どうも普通の人でも携帯するポピュラーなものらしい。さしずめ、日本の「お茶」や、中国の「ジャスミン茶」のようなものだが、味は、濃厚な緑茶そのものだった。みな、自分専用の“マイ”容器に茶葉を入れて湯をさし、先が漉し網のように穴のあいた金属製のストローで吸う。それにしても、まったく“今風”の格好をしているそのお兄さんがマテ茶を飲む姿は、どう見ても“昔風”にしか思えない。ミスマッチだが、それがいい。

アルゼンチンの観光電車

 マテ茶のお兄さんに気を取られているうちに、トロッコ電車は終点の駅に着いた。そこから、浅い川の上に作られた遊歩道を歩き、「イグアスの滝」最大の見所「悪魔の喉笛」を目指した。このあたりの澄んだ空気は清々しく気持ちがいい。亜熱帯地方ならではの豊かな水に育まれた森林を抜けると、空には、くちばしがやたら大きい鳥が羽をパタパタさせて飛んでいた。数年前の洪水で流された歩道の残骸は、足元の浅い水の中に放置されたままだ。どちらの風景も大らかで南米らしい。
 さらに進むと、滝の一番奥に、コンクリート台に鉄の手すりを渡してある大きな観覧台が見えてきた。「イグアスの滝」の起点、大地の割れ目に水が落ちる「悪魔の喉笛」を見るための観覧台に違いない。観覧台に近づくにつれて、滝の轟音はどんどん強くなっていく。はやる気持ちを抑えながら、観覧台の階段を上ると、思ったとおり、ついに目の前に「悪魔の喉笛」が現れた。

悪魔の喉笛、滝の始まり

「ドドーッ」という、一段と激しい音とともに水しぶきが上がり、周りの人々の声はかき消される。下を覗き込むと、黄土を削りながら落下する滝が、褐色の水のかたまりになって、滝壷めがけて落ちていく。思わず吸い込まれそうだ。周りを見渡すと、濛々と立ちのぼる水しぶきを避けるように、黒いイワツバメが無数に飛んでいる。「イグアスの滝」が悪魔なら、イワツバメはコウモリだろうか? だから、「悪魔の喉笛」なのかも・・・。もっとも、イワツバメにとって、ここは一番安全な場所にちがいない。イワツバメは、滝の水と崖の間に巣を作り、周囲の危険から自分の身を守る。もし、イワツバメに天敵がいたとしても、その動物は恐れをなして、こんな滝の後ろまで追ってはこないだろう。
 観覧台からは見渡す限りの崖から落ちる滝も一望できる。滝の全長は4キロメートルもあり、カーテンのように、両岸から無数の滝がイグアス川に流れ落ちる。激しい轟音を立てて水が落下する時の大音響は、その滝一筋一筋が奏でるオーケストラのようだった。

遊歩道で「クワッチ」と出合う

 同じ滝でも、アルゼンチン側とブラジル側とでは、まったく異なった表情を見せるようだ。次は、ブラジル側から眺めようと思い、イグアス国立公園の中に一つだけあるホテルに宿を取った。コロニアル風のお洒落なホテル、その名は「トロピカル・ダス・カタラタス」。
 玄関前から滝へつながる遊歩道が続き、外に出るだけで轟音が響き渡る。水の落ちる勢いで地表がごっそりえぐられたかのように切り立った崖から、何筋にも落ちる滝がパノラマ状になっている。

トロピカル・ダス・カタラタスホテルの正面

 全長約1.2キロメートルの遊歩道は、完全に舗装されているのにもかかわらず、大自然に抱かれた感じがする。ところどころで緑の合間に滝を覗きながら、遊歩道の先にある「悪魔の喉笛」を目指す。
 雨期に滝から流れ落ちる水量は毎秒6.5トンという。5月頃からは更に水量が増すらしいが、いくら数字を聞かされても、その凄さを容易に想像することはできない。しかし、これこそ「百聞は一見にしかず」。滝に近づけば近づくほど、レインコートを薦められた意味もわかってきた。

ブラジル側の観覧台

 遊歩道を30分ほど進むと、階段を降りきった川の上に観覧台が見えてきた。滝の中段にせり出したこの観覧台に立つと、まさに、「悪魔の喉笛」を真上から見下ろすことができる。日本なら、安全や景観など、幾つかの理由をあげて、こんなに近くには観覧台を作らないはずだ。だが、滝の迫力は、至近距離だからこそ感じられるものなのだ。
 観覧台を歩いていると、台風の中を傘を持たずに進んでいるような気分がしてきた。全身に霧とも雨ともつかない水の飛沫を受けながら滝を見上げると、まるで、水が爆発しながら落ちてくるようだった。
 この特別な景色をぜひとも写真に残したいと思うが、カメラを濡らさずに撮るのは至難の技。カメラは、レインコートの下の斜めがけしたショルダーバックの中に大切に閉まっていたが、水しぶきが飛んでくる滝に向けなければ意味がない。だいたい両手は、もうびしょびしょだ。周りを見ると、他の観光客もぬれねずみになりながらニッコリ微笑んで、あちこちで記念撮影をしていた。

人間を全然怖がらないクワッチ

 遊歩道からホテルに戻る帰り道、ひょっこり「クワッチ」というアライグマの一種が道に出てきた。この辺で餌付けされているらしい。びしょ濡れになりながら満足そうに帰って来る人間を見て、「バカだなぁ」と、いつも思っているかもしれない。

最後は滝壺へ突っ込む「ボートツアー」

マクコサファリ・ツアーの出発場所

 一度濡れたら、もう徹底的に濡れる覚悟ができた。そこで、「マクコサファリ」という会社が主催している人気のボートツアーに参加することにした。ジャングル内をジープで探索後、ボートに乗り換え、「イグアスの滝」の濁流に逆らって進み、間近で滝を鑑賞するという内容だ。しかも、最後は、ボートごと滝壺に突っ込んでくれるというサービス付き。おそらく、「イグアスの滝」を堪能するには、何度ずぶぬれになってもいいという気合いが必要なのだろう。
 ジャングル巡りは大したことないが、滝の迫力を感じることができるボートツアーはお奨めである。キャプテンが滝を目指して流れに棹さす。揺れに任せて、川の飛沫が上がり、容赦なくボートの中に飛び込んでくるので、予想通り水浸し。両岸に何十、何百とある滝を眺めながら上っていくと、ふと、子どもの頃の水遊びを思い出した。大人になり、すっかり忘れていたが、水浸しになるのは、なんだかとても楽しく懐かしい。

ボートに乗って滝を体験、左は筆者

 最後に、お約束で、本当にボートごと滝に突っ込んでくれた。キャプテンはカメラを洋服の下にしまう余裕をくれた。歓声をあげ続けたツアーは、実質1時間半ほどだったが、ほんの数分の出来事のように感じられた。

元気の素は「シュラスコ」

 こんな風に、童心に戻れるような旅をすると、自分が解放されていくのがわかる。土地に元気をもらっていると言ってもいい。それはニューヨークのような大都会で感じる「自分が何かをしなければ」というエキサイティングなエネルギーとは違う。もっとおおらかに人生を一生懸命楽しみなさいと言われているようなエネルギーだ。

バラエティに富んだシュラスカリアの前菜

 もっとも、元気になるのは、本当は食べ物のおかげかもしれない。南米は移民の国。世界中の料理が食べられるが、牛肉の美味しさが格別だ。ブラジル版バーベキュー「シュラスコ」(アルゼンチン版バーベキュー「アサード」)の味は、最高である。南米の牛肉には、元気になれるエネルギーが詰まっているようだ。
 シュラスコを食べさせてくれるレストラン「シュラスカリア」は各地にある。大きな串に刺して焼き上げた牛肉の塊やソーセージ、パイナップルなどを、ウエイターが客のテーブルで取り分けてくれる。前菜がブッフェスタイルで何十種類も用意されていて、まずは好きなだけ取ってもいい。が、そこで食べ過ぎると肝心の肉まで到達できない。
 ブラジルでは、牛肉の部位に細かく名前がついている。例えば、セブ牛のコブは「クッピン」、ヒレからつながる部位のカイノミは「フラウジーニャ」、太もものランプ肉は「ピッカーニャ」等々、大きなナイフを持ったウエイターは、次から次へと聞いたことのない肉の名前を告げながら、7、80センチはあろうかという串に肉を幾つも刺し、テーブルを回る。皆おいしそうなので、ついどれも取ってしまいそうになるが、周囲のブラジル人は、そんな頼み方はしない。自分の好みの肉に絞って手を上げてリクエストする。また、ブラジルの人は、血が滴り落ちる肉の塊の内側よりも、火に直接かかっていた焦げた部分が好きらしい。確かに、カリッとした食感と肉の旨みを同時に食べられるのは、内側ではなく外側だ。お店の人も心得ていて、これは上客に出すのだと聞いた・・・。

「カイピリーニャ」を片手に、ボサノバに酔う

 夜はホテルのバー「Piano Bar Tarobá」でライブがあった。ブラジル人のスタイルのいい女性シンガーが、哀愁を漂わせながら歌うボサノバを聴けば、酒を頼まずにはいられない。ブラジルに来てからすっかりはまってしまった「カイピリーニャ」というカクテルをここでも注文した。「カイピリーニャ」とは、ブラジル特産のスピリッツ「カシャーサ」、またの名を「ピンガ」をベースにしたカクテルである。グラスの中に、切ったライムを皮ごと入れて、足ツボマッサージで使うような小さなスリコギでギューッとつぶす。そこに砂糖と氷とカシャーサを加えて混ぜる。ライム汁の酸っぱさと、ザラッとした舌触りの砂糖がなんとも飲みやすい甘いカクテルである。

ブラジルの味、カシャーサのカクテル

 しかし、「カイピリーニャ」を飲むには多少の注意が必要かも・・・。「カシャーサ」はさとうきびのしぼり汁をそのまま発酵、蒸溜して作る。ラム酒より素朴で、奥深い味わいと香りがする。この国民的なリカーのアルコール度は42度。何せ強い。でも、口当たりが良く、食事も進む。そして、気がつくと2杯、3杯とグラスが空いていて、毎回、ほろ酔い加減でベッドに入るという具合。睡眠導入剤を飲んで、突然深い眠りに落ちる感じに似ている。けれども、翌朝の目覚めはきわめて爽快だった。

 ダイナミックな「自然」、「美味しいお酒」に1日中酔わされる気分。それがブラジルの旅なのかもしれない。

(敬称略、つづく)

宿泊案内:
Tropical Das Cataratas
Parque Nacional do Iguaçu

問合せ:
Tel: (45)521-7000
Fax: (45)574-1688
E-mail: reservas.iguassu@tropicalhotel.com.br
URL: http://www.tropicalhotel.com.br/

宿泊施設:
部屋数: 203室(プレジデンシャル・スイート2室含)
宿泊料金: SINGLE STD・$146、DOUBLE STD・$167(税込・朝食付、要確認)

アクセス:
ヴァリグ・ブラジル航空
成田発 ― ロサンゼルス経由サンパウロ行(週4便運航)
名古屋発 ― ロサンゼルス経由サンパウロ行(週3便運航)

サンパウロ ― フォス・ド・イグアス間 空路1時間半(直行便)

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PROFILE

横井 弘海

東京都台東区生まれ。
青山学院女子短期大学卒業。国際英語学校通訳ガイド科修了。ヨーロッパに半年間遊学。テレビ東京パーソナリティ室所属後フリーとなる。「世界週報」(時事通信社)で「大使の食卓拝見」を連載。エジプト大統領夫人、オーストラリア首相夫人、アイスランド首相をはじめ、世界中のセレブと会見しインタビューを行っている。

主な著作:
『大使夫人』
(朝日選書)

大使夫人

イグアスの滝 (Iguaçu)
ブラジルとアルゼンチンの国境地帯に位置する広大な滝

(注)「世界三大瀑布」

ナイアガラの滝

米国とカナダ国境。カナダ側は幅約670メートル、落差約54メートル

ビクトリア・フォール

アフリカのザンビアとジンバブエ国境。幅約1700メートル、落差約110メートル

イグアスの滝

ブラジル、アルゼンチンとパラグアイ国境。イグアス川がパラナ川と合流する20キロメートル手前で迂回。幅約2700メートル、落差75~80メートル

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