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第101回 『「子育て」という政治』『ルポ 保育崩壊』

「風」編集部

16/03/31

「日本死ね!!!」

 「…何なんだよ日本。
 一億総活躍社会じゃねーのかよ。
 昨日見事に保育園落ちたわ。
 どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか。…」
 (http://anond.hatelabo.jp/20160215171759

 今年2月、「子どもが保育園に入所できなかった女性」が書いたという「保育園落ちた日本死ね!!!」と題した匿名ブログが、大きな反響を呼んでいる。国会でも取り上げられ、「匿名である以上、実際起こっているか確認しようがない」という安倍首相のコメントは、同じような境遇にある母親など多くの人々から一層の怒りを買うことになった。
 2014年7月に刊行された『「子育て」という政治/少子化なのになぜ待機児童が生まれるのか? 』(猪熊弘子著、角川SSC新書)では、2013年春に起きた、子どもが保育所に入所できなかった母親たちが自治体に対し集団で「異議申し立て」をする「保育所一揆」「待機児童一揆」と呼ばれる動きについて紹介している。東京都杉並区から始まったこの動きは、足立区、渋谷区、大田区、練馬区、目黒区、埼玉県さいたま市など保育所不足が特に深刻な多くの地域に広がっていった。新年度から働きたいのに預け先が見つからない、途方に暮れた親たちの怒りの声だったが、この頃はまだ東京23区や人口が集中する一部の地域の問題のように受け止められることが多かった。
 しかし、今回「日本死ね!!!」という過激な言葉がもたらした反響の大きさは、数年前の比ではない。ここ数年、雇用状況は悪化し、預け先がなければすぐに仕事を失うような切羽詰まった人も激増している。「一億総活躍」「女性が輝く社会」をうたいながら、待機児童問題への必要な投資をしようとしない政府に対する怒りが、当事者以外にも広がってきたのではないか。

厚労省の「待機児童解消緊急対策」は?

 声の大きさに動かされたのか、厚生労働省は3月28日「待機児童解消に向けて緊急的に対応する施策について」という発表をした。その中には、待機児童を解消するための「受け皿拡大」のため、規制を「弾力化」することや、「保育コンシェルジュの設置促進」によって小規模保育、一時預かり等多様な施設と利用者のマッチングを強化する、といった案が提示されている。また、厚労省はすでに、保育士不足を理由として、保育士2人以上の配置を義務付けている現行ルールを変更しており、朝夕など子どもが少ない時間帯に限っては、保育士1人に加え研修を受けた無資格者でも保育を可能にするという方針を打ち出している。
 しかし、待機児童問題の最大のネックとされているのは、慢性的な保育士不足であり、その原因として保育士の給与が他の業種と比べて極めて低いということは周知の通り。処遇改善については、これまで何度も要望があがっているにもかかわらず、今回の緊急施策にも含まれていない。
「日本死ね!!!」への“返答”にしてはズレているとしかいえない。しかし、「たかが匿名ブログ」という態度から、「本気で取り組んでいるという姿勢を見せないとまずい」と政府が態度を変えたところをみると、声を上げた効果は出ている。

保育士の不足と保育の質低下

 

 子育てや保育園に縁がない人は、もしかすると保育士を「小さい子どもたちと一日中遊ぶラクな仕事」と思っているのかもしれないが、それは大間違いである。
 以前私は、自分の子どもが通う保育園で、園児に混じって一日過ごしたことがある。「先生はいつトイレに行くんだろう?」と思うほど、想像以上の多忙さに驚いた。給食は準備、片付けに時間がかかるうえ、食事中も子どもたちから目が離せないので、自分が昼食をとるのはほとんど一瞬。子どもたちが昼寝している間も、打ち合わせがあり、日誌や報告書など膨大な書類仕事があり、お茶を飲んで一休みする暇などない。規制で定められた人員配置の認可保育園で、特にトラブルのなかった日のそれである。その規制を緩和するということは、さらに厳しい労働条件を保育士たちに強いるということになる。一人の保育士が担当する子どもの数が増えれば、当然保育の質も下がる。最悪の場合、子どもの命が犠牲になる「保育事故」発生の危険性が考えられる。
『「子育て」という政治』から1年後に刊行された『ルポ 保育崩壊』(小林美希著、岩波新書、2015)は、「待機児童解消」ばかりに目が向き、保育の質、保育士の労働条件が二の次、三の次となっている保育所の厳しい現状を描いている。「保育園に入れないと仕事を失ってしまう」という切迫した状況だからといって、親は保育の質をあきらめてよいのか、とも問いかけている。
 3月末、多くの子どもたちが春休みを過ごしているころ、ほとんどの大人に春休みがないのと同様、ほとんどの保育園児に春休みはない。保育園は3月31日に年度末を迎え、4月1日に新年度が始まる。4月には慣れない新入園児が登園のたびに号泣し、泣かれた親は戸惑う。特に朝の時間は賑やかをはるかに通り越してパニック状態になることも珍しくない。専門的な教育や研修を受けて資格をとった保育士でも困難なこの状態を、経験を積んでいない「保育者」に切り抜けられるのか。親たちとの信頼関係を築くことはできるのか。保育士の待遇がないがしろにされた保育所に、子どもの命を預けてもよいのか。子どもを大切にしない国に、未来はあるのか。「日本死ね!!!」というメッセージは、「子育ては政治に最も近い」ということを私たちに思い出させた。
(編集部 湯原 葉子)

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