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第121回 『健康格差』

「風」編集部

NEW 17/12/28

健康や寿命も「格差」社会

 生まれ育った家庭環境や地域、職業や雇用形態、所得などが原因で、病気のリスクや寿命などに気づかぬうちに格差が生まれてきている。最近、日本で深刻な社会問題となりつつある「健康格差」について警鐘を鳴らしているのが『健康格差/あなたの寿命は社会が決める』(NHKスペシャル取材班著、講談社現代新書)。さまざまなデータから、経済格差が健康格差、つまり「命の格差」へと直結しつつある現代の状況を報告している。
 全日本民主医療機関連合会の2014年の調査結果からは、雇用形態の違いが疾病に影響することが分かってきているという。例えば、非正規雇用者は正社員と比較して糖尿病合併症である糖尿病網膜症を悪化させるリスクが1.5倍高いという調査結果が出ている。本書では、長年の生活習慣による中高年期に発症することが多い「2型糖尿病」の重症例の若者を、立て続けに何例か診察したある医師からの「こんなことは滅多になかった、何かがおかしいのでは」というコメントをとりあげている。
 従来、日本の病院では、プライバシーにかかわるとして患者の年収や職歴に関することを聞くことを避けてきた傾向がある。この医師が、プライバシーにもふみこむような質問をあえて患者にぶつけたところ、重症の糖尿病患者からは、貧困と、非正規雇用などによる「ゆとりのない生活」という背景が共通してうかがえたという。
 そうした糖尿病重症患者のひとりに著者らが取材を申し込み、労働環境、生活習慣、精神的ストレスなどについて詳しく聞き取りをしている。
 その患者は、非正規雇用によって夜勤を含む不規則な労働時間を15年続けたため、疲労とストレスのため乱れた食生活を続けてしまった。短期契約の雇用を繰り返したため、正社員なら年1回義務づけられている定期健康診断の機会もなかった。ふとしたきっかけで受診したところ「糖尿病」と診断されたが、「病院に行けば行った分だけお金がかかるし、仕事を休む分だけ給料も減ってしまう」と、治療を先送りにしてきてしまった。そうした経緯から治療を先延ばしにした結果、自覚症状のないまま重症化し、気づけば視力の低下や腎不全なども併発、筋力も低下して仕事もできない状態になってしまったという。こうしたことのすべてが「自業自得」と言い切れるだろうか。

貧困家庭で深刻な子どもの健康リスク

 若者に加え深刻な問題となっているのは、子どもの貧困だ。小・中学生の間では、夏休みなど学校給食がない期間、家庭で満足な食事がとれない子どもたちが、休み明けにやせてしまっているというケースがあることを以前はよく聞いた。しかし最近では、家計に余裕がない家庭の子どもは、野菜や果物を買えずに、比較的安い炭水化物を取り過ぎることで、肥満になってしまうことも多いという。
 貧困家庭の子どもは、給食のない夏休み中に食生活が乱れて、新学期にはやせるどころか肥満化している、ということが増えている。親の健康状態や生活習慣の悪さが、子どもに影響する「不健康の連鎖」が起きる危険についても指摘している。
 健康に留意して「バランスのとれた食生活」を送り、十分な睡眠と適度な休息をとり、定期的な健康診断を受け、体調の悪いときは医療機関を受診する。こうした「ごく普通のこと」が、さまざまな理由で困難になっている人が増えてきている。
 経済的な事情から通院できない、通院することで仕事を休むと解雇されてしまうのではないか、と健康診断や検診を避ける人も増えているという。長時間労働などを機に、精神疾患に陥り、仕事を続けられないほどに健康を害してしまう人も急増している。医療が必要な人に届いていない、そうした実情を明らかにしていく。


「健康格差」解消への動き

 
こうした「健康格差」への対策に乗り出した自治体も出てきている。例えば東京都・足立区では、生活習慣病全般に行っていた「健診の呼びかけや生活指導などの対策」ではなく、「糖尿病対策」に的を絞ることにしたという。「足立区民の健康寿命は都民の平均より約2歳短い」とあえてショッキングな見出しを区の広報紙に掲げ、住民と危機感を共有しようとしている。そのうえで、糖尿病対策の第一歩として、「野菜不足を補う」「塩分摂取量を減らす」などの施策を始めた。区民や地元の企業、飲食店、教育機関、医療機関と行政が一緒に取り組み、2013年から10年間を目標に実行中だという。
 足立区の「健康格差」解消を目指した取り組みが、糖尿病予防や医療費削減にどの程度貢献するかはまだ判断できないというが、他の自治体に先手を打った動きが10年後どのような成果に結びつくか、期待は大きい。
 また、これから「健康格差」を解消しようとするうえで大きな壁となって立ちふさがってくるのが、健康を維持するためにさまざまな努力をしているであろう、「健康に対して意識が高い」人々の「自己責任」論である。
 日本社会には、基本的な健康管理は個人や家族が「自己責任」ですべきもの、という考えかたが根強い。不摂生を繰り返し、食生活の改善を行おうとせず、病気の早期発見につながるような受診を先延ばしにするなど、最低限の健康管理を怠った人が糖尿病やその合併症になるのは自業自得ではないか、自己管理ができない人たちの医療費まで社会で負担するのはおかしい、という考えを持つ人たちも少なくない。
「健康格差」を「意識が低い」一部の人たちの問題として放置すれば、医療費や福祉費用は国家の財政を圧迫し、医療・介護の崩壊であったり、増税という形であったり、いずれ国民全員に負担が必ず降り掛かってくる。「健康格差」は、長い時間をかけて徐々に日本社会を蝕む時限爆弾のようなものだ、と本書は警告する。健康的な生活をしたくても、時間的・経済的に余裕がなくてできない人たちの健康をどう維持するか、社会全体として早急に取り組みを始める必要がある。

(編集部 湯原葉子)

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