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第196回 『ギャンブル依存症』

「風」編集部

NEW 2024/03/31

「私はギャンブル依存症です」

 大リーグ・ドジャースの大谷翔平選手の専属通訳を務めていた水原一平氏が、違法賭博に関与した疑いで球団から解雇された。3月20日、韓国で初のメジャーリーグ開幕戦が開催された試合直後のミーティングで、水原氏はチームメンバーに「私はギャンブル依存症です」と翌朝の報道に先立ち告白したという。ギャンブルの問題を、大谷選手が知ったのはこの時が初めてだったとされる。

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大谷選手通訳の水原氏 違法賭博疑惑

大谷翔平選手の通訳を務める水原一平氏が、違法賭博と窃盗の疑惑を受けて球団から解雇された。大谷選手の口座から違法ブックメーカーへの資金流出が米連邦捜査局(FBI)の捜査により判明、水原氏が違法賭博に関与した疑いで調べを進めている。被害額は少なくとも450万ドル(約6億8000万円)。大谷選手は3月25日(日本時間26日)、「僕はスポーツ賭博には関与していない」「彼が僕の口座からお金を盗んで、なおかつ皆に嘘をついていた」と自身の関与を否定した。
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 大谷選手は、大リーグ・エンゼルスに入団した2017年から水原氏を専属通訳として帯同している。練習パートナーや運転手を買って出るなど、通訳だけでなく、大谷選手を公私ともに支えてきたことが知られており、メディアにもたびたび登場している。また、大谷選手はドジャースと昨年12月、10年総額7億ドルの破格の契約を結んだことで注目を集めていた。
 被害額は少なくとも450万ドル(約6億8000万円)と報道されているが、その経緯は調査中であり真相はまだ明らかにはなっていない。当然、個人で支払える金額ではなく、大谷選手につながる人物として、違法ブックメーカーに巧妙に狙われていたとしか考えられない。水原氏はなぜ、そこまでギャンブルにはまってしまったのだろうか。

ギャンブル依存症は「治療すべき病気」

 近年、薬物依存、アルコール依存、ニコチン依存、といった「依存症」は、「やめたいのにやめられない」病気として認識されつつあり、病院などで治療プログラムが受けられるようになってきている。しかし、「ギャンブル依存症」は日本ではまだ病気としてはあまり認識されていない。
ギャンブル依存症』(田中紀子著、角川新書、2015年)の著者は、「『依存症』というのは、「やめよう」という意思があってもやめられない人たちのことです」と説明している。田中氏は、自身がギャンブル依存症当事者だった経験もあり、祖父・父・夫もギャンブル依存症だった。公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」の代表を務めている。
 ギャンブル依存症というと、世間では、「どうしようもないギャンブル好き」「だらしのない人間」というイメージを持たれていることが多い。しかし、「やめたいのにやめられない」という状態を一般の人は理解できず、そこにギャップがある。
 世界保険機関(WHO)も、ギャンブル依存症(ギャンブル障害)は、「治療すべき病気」と位置づけている。ギャンブル依存者の脳内でどのような変化が起きているのか、脳の画像研究からの解明も進められつつあるという。
 ギャンブル依存症が深刻化すれば、家庭内不和、DVやネグレクト、失職や借金、金銭に関わる刑事事件(横領・詐欺・窃盗・殺人)、希死念慮などにつながり、本人はもちろん周囲の人生を変えてしまうような深刻な問題に発展するリスクがある。「ギャンブル依存は人間性の問題、意思によってなんとかできるはず」と誤った認識で、ギャンブル依存者に対してただ白い目を向けるのでは、いつまでも問題の根本は解決しない。ギャンブル依存症を「病気」として正しく理解することが何より重要である。

エリートにも意外に多いギャンブル依存
 
 ギャンブル依存症が「病気」であることへの理解が進まないのは、「好きでやっていること」とみなされることが多いからかもしれない。ギャンブル依存症当事者でも、「まさか自分がそうなるとは思わなかった」という気持ちがある。
 田中氏によれば、依存症者の大半は、最初は好きでやっていたとしても、ある段階からは「やめたい」と思っていながらやめられなくなってしまう。そのあたりの感覚は、経験者でなければ伝えにくい、家族でも理解できない部分ではないか、としている。
 一部の人は、ギャンブル依存者というと、信用のない、だらしない人間というイメージを持っている人も多いかもしれないが、そういう人間は、大きなお金を動かせるような地位にはなかなか就けない。業務上で多額の資金を動かせる機会があるなど、エリート街道を歩んできた人や、まじめで手堅いように見える人が、小さなきっかけの積み重ねで、ギャンブルへの沼へはまった例は事欠かないという。

「なぜ」に意味はない

 家族がギャンブル依存症になると、何が原因だったかを探り、「育て方が悪かった」「甘やかしたから」「厳しすぎたから」と、家族同士の傷つけ合いになったり、自分を責めて傷つける場合が多々ある、という。田中氏は、ギャンブル依存症になった原因は多岐にわたり、体質や遺伝の要因もあるため、「原因を探しても仕方がない」と指摘する。
 家族や知人がギャンブル依存症になったときにはどう対応すればよいか。田中氏は、ギャンブルのために落ちるところまで落ちて、どん底を見る「底つき体験」を経験させることが何より重要だと述べる。本人を助けたいならば、借金を肩代わりするなど、周囲が手を差し伸べてはいけないのである。家族は、「苦しんでいる本人を助けない」ということに耐える、つらい時期となるが、そこで助けてしまうと、また同じことの繰り返しになってしまうのだ。
 ギャンブル依存症から回復するための役割を果たす自助グループ、回復施設、治療を行うための機関など、ギャンブル依存症対策が日本ではまだまだ不足していることも問題である。
 水原氏は球団を解雇され、家族や重要な人からの信頼も全て失った。まさにどん底である。しかし、もうこれ以上嘘を重ねる必要がなくなり、ほっとしているかもしれない。依存症には、経験した人間にしかわからない部分が多いという。今後できるだけ早く適切な治療や支援につながり、ギャンブル依存症から回復した人が社会復帰できる道筋を示すことができれば、それが本当の罪滅ぼしになるのではないだろうか。

(編集部 湯原葉子)

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