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Report 街・国・人
第7回 若者がもどってきた"神保町"
08/10/31

編集部 中村佳史

世界有数の本の街・神保町に「本と街の案内所」ができて1年がたった。古書店の在庫が検索できるほか、飲食店や楽器、スポーツ用品店などの専門店の情報、イベント情報まで調べることができ、毎日、多くの来場者でにぎわう。一時期、中高年の客が中心だった神保町だが、最近では若い世代の客が増え、外国からの観光客も目立つようになってきた。

 今年も恒例の「神田古本まつり」が、10月27日より始まった。神保町交差点を中心とした靖国通り沿いには古書店の「露店」がならび、書棚は掘り出しものや貴重な本でいっぱいだ。初日から大勢の客が訪れ、熱心に品定めしている。半月くらい前から大手新聞で「古本まつり」の特集記事が出たり、また初日には、NHKのニュース番組や日本テレビのお昼の人気番組が生中継をしていた。そのせいもあるのだろうか、2日目以降も靖国通りの歩道は、人とぶつからずに歩くのが難しいほどの混雑ぶりだ。

 この神保町で古書店の在庫情報や、まちのイベント情報をチェックできる「本と街の案内所」がオープンして丸一年が経った。「本と街の案内所」は神田古書店連盟が場所を管理し、NPO連想出版が運営している。連想出版のほか、神保町応援隊やNPO神田雑学大学の有志が、ボランティアの案内スタッフとして常駐している。2008年6月からは千代田区立千代田図書館からコンシェルジュも派遣されるようになった。来場者は、平日で100人弱、休日には200人を超える。まず案内所で在庫を検索してから、古書店に行く客も増えてきた。

女性に人気のカフェも登場!!

 神保町はもともと大学の多い街で、学生街として発展してきた歴史がある。しかし、昭和50年代に中央大学をはじめ、郊外にキャンパスを移す大学が増えたことによって、相対的に学生の数が減少。また活字離れと言われる昨今、若い世代が書店に行かなくなり、さらには書店の店主も高齢になって、神保町はいつしか「中高年の街」というイメージが定着していた時期があった。
 しかし、案内所にいて今年の古本まつりの客層を観察していると、若い世代が例年に比べて多いように思う。初日の朝、早くから訪れている若者グループもいた。ふだん訪れる客の層は、平日か休日かで、また時間帯によってまちまちだが、平日の夕方、あるいは休日には、若い人たちで案内所がいっぱいになることもしばしばだ。テレビや雑誌が神保町を特集することも増えてきて、この界隈が、東京の注目スポットの一つになっていることは間違いなさそうだ。
 案内所にきた若い人に話をきくと、彼らが神保町に興味をもつ理由はいくつかあるらしい。ひとつはもちろん、本好きであること。またアーティストや、アーティストの「卵」が、作品のネタを探しに、デザイン本やビジュアル・ブックを探しにくることも多い。
 そして「食の街」としての神保町に興味をもって訪れる人。神保町にはカレーや喫茶店、中華料理などの老舗店が多く、じつはグルメが好む街でもある。しかも最近では、若い女性をターゲットにしたお店も増えてきた。例えば、アボガド料理の専門店「avocafe」や、個性的でかわいいアート展を定期的に開いている「カフェ・ヒナタ屋」など。さらに大手ドーナツ・チェーン店である「ミスター・ドーナツ」が、高級ドーナツ専門店として新たにブランドとしてたてた「アンド・ナンド」の2号店を、若者の街・渋谷に続いて神保町に出店した。神保町が、若い世代に注目されている街であるというリサーチの結果だという。

レトロでおしゃれな街!?

 また、「昭和レトロブーム」の流れか、古色蒼然とした街を期待して訪れる若者も多い。神保町界隈はここ数年、再開発が進んで高層ビルが建ち、また裏通りには空き地を利用した駐車場も目立つようになった。映画「三丁目の夕日」の光景を期待してきた人は、ちょっとがっかりするようだが、それでも「古書街」という響きが「古い街」というイメージにつながるのだろう。「さぼうる」や「ラドリオ」などの老舗喫茶店は、確かに「昭和」の薫りを残している空間だし、戦後すぐに建てられた建物が、そこかしこに残っている。もちろん、古書店の中には、昭和よりも古い時代に刊行された本がたくさん揃っているわけで、これ以上の「昭和レトロ」はないのかもしれない。レトロな雰囲気と、再開発による新しい街の姿とが、うまく融合している街だとも言え、案内所に都市工学や観光を専門にしている学生が、神保町を題材に研究していると、リサーチに訪れる例もあった。

 さらに、この街出身の若い世代が、「帰って」きている。古書店の二代目、三代目が第一線で活躍し始めた。現在30代後半の若店主たちは幼なじみでもあり、お互いに忌憚なく意見を言い合える。「和本」というドキュメンタリーDVDを製作して、日本独特な出版文化を発信したり、タウンサイト「ナビブラ神保町」に、若手店主5人が「イケメンブラザーズ(イケブラ)」と称して積極的に登場し、古書店街のイベント情報を宣伝するなど、本や神保町の魅力を伝えるため、いろいろな試みが始まっている。

「ヴィトン基準」をクリアした古書店

 そして、神保町で起きているもう一つの変化。それは外国人の観光客が少しずつだが増えてきたことだ。観光ガイドブックに「Jimbou-cho」が多く紹介されているわけではなく、「日本通」から口コミで紹介されて訪れる人が多い。
 彼らは一様に、「古書店」が数十店も軒を連ねていることに驚く。世界中どこを探しても、これだけの本がある街はない。また、洋書を扱う書店が増えたことも外国人を引きつける要因のようだ。例えば今年2月オープンした「Bondi Books」は、オーストラリア人が店主というユニークな店。洋書のレア・ブックスが豊富で、外国で出版された貴重な本が、その国ではなく日本で買えるというのがおもしろい。北沢書店をはじめ、洋書を扱う老舗書店も多い。海外の「本好き」が注目するのも当然だろう。
 11月1日、ルイ・ヴィトンが「ルイ・ヴィトンシティ・ガイド 東京版」を出版する。「旅」をブランド・コンセプトにしてきた“世界のルイ・ヴィトン”が、1998年から刊行していた旅行ガイドで、ルイ・ヴィトンが選ぶスポットはどこか、愛好者のみならず、ファッション関係者が、ヴィトンの「選定眼」に注目するシリーズだ。今までパリ版やニューヨーク版などが出版されていたが、今回初めて東京版がラインアップに加わる。
 その中で、超一流のホテルや有名レストランとともに、なんと神保町の古書店、田村書店が「外国書が多い」というコメント付きで紹介されているらしい。確かに田村書店の2階には洋書が充実しており、英語が流ちょうな店員もいて、外国人観光客にはうってつけだ。
 ルイ・ヴィトンが、古書店を紹介するほど、神保町への海外からの注目も高まっているということか。

 神保町には「活気が無くなった」という年配の客がいる。「本」や「出版」自体に元気がない今、たしかにそういった側面はあるだろう。だが、神保町は確実に変化している。文化発信の場としての可能性を、充分に秘めている街だ。

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