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Report 街・国・人
第6回 新たな輝きをはなつ“ハリウッド”
08/02/29

ジャーナリスト 千歳 香奈子

2008年2月、第80回アカデミー賞授賞式が行われた“ハリウッド(HOLLYWOOD)” ロサンゼルス市にある「アメリカ映画の代名詞」であるこの地は、映画が作られなくなってひさしい今でも、映画人たちにとって憧れの街だ。映画スターたちが豪邸をかまえ、セレブ御用達のホテルやショップ、レストランが建ち並ぶ。ロサンゼルスを拠点にハリウッド映画を追い続けている千歳香奈子氏が、ハリウッドの新しい魅力を紹介する。

映画がつくられることのない“映画の都”

 「映画の都」として世界中にその名を知られるハリウッド。きらびやかで華やかなイメージが定着しているが、実際にハリウッドを初めて訪れた観光客の多くは、「ここが本当にハリウッド?」と首をかしげることが多い。
 私も学生だった90年代はじめに、ハリウッドを初めて訪れた時、雑然とした街並みの中にぽつんと佇むチャイニーズ・シアターに愕然とし、自分が抱いていたハリウッドのイメージが音を立てて崩れ落ちたことを良く覚えている。「HOLLYWOOD」とプリントされた3枚10ドルのTシャツが並ぶみやげ物店が軒を連ね、メイン通りから一歩中に入ると、ドラッグディーラーや売春婦たちがはびこる。きらびやかさなど微塵も感じられず、荒んだ怖い街という印象の方が強かった。

ハリウッドのチャイニーズ・シアター前には、スターの手形・足形が所狭しと並んでいる
 それから十数年。再開発ですっかり綺麗な街に生まれ変ったハリウッドだが、今でも人々が抱くイメージからは程遠い街であることに変わりはない。そしてそれは、映画の都とは名ばかりで、実際にハリウッドで映画製作が行われているわけではないことが最大の理由かもしれない。ハリウッドはロサンゼルス市の一部であり、隣のウエスト・ハリウッドやビバリーヒルズのように市として独立しているわけではない。一般的にスターの手形・足形で知られるチャイニーズ・シアター周辺が「ハリウッド」と呼ばれる地域で、ハリウッド通り沿いを中心にレストランやショップ、ワックス・ミュージーアムなどが並び、観光の拠点となっている。
 1920~50年代にかけて映画の都として君臨したハリウッドを拠点に誕生したメジャースタジオは6社あるが、現在もハリウッドにスタジオを構えているのはパラマウント・ピクチャーズ1社しかない。ウォルト・ディズニー、ワーナー・ブラザーズは、ハリウッドの北に広がる丘陵地帯を越えたバーバンクに、ユニバーサル・スタジオはその隣にあるユニバーサル・シティに巨大なスタジオを構えている。20世紀フォックスはビバリーヒルズの隣街センチュリーシティに、ソニー・ピクチャーズはその南に位置するカルバー・シティにそれぞれスタジオを置いている。さらに、製作費の高騰などが原因で90年代に入るとロサンゼルスで撮影される作品が激減し、カリフォルニア州外や人件費の安いカナダやオーストラリア、ニュージーランドなど国外でロケをすることが増え、文字通り「ハリウッド映画はハリウッドで作らない」が常識となっていった。
映画の祭典アカデミー賞授章式前には、その年に使用されるオスカー像が一般に無料公開される
「スパゴ」
「キトソン」
 スタジオだけでなく、1961年には映画の祭典アカデミー賞授賞式までもがハリウッドを去り、サンタモニカやロサンゼルスのダウンタウンで行なわれるようになった。以来40年間に渡って映画の都ハリウッドは人々のイメージの中にしか存在しない夢の街となり、街並みも次第に荒んでいった。
 ハリウッド離れは、映画製作に限られたことではない。かつては多くのハリウッドスターや映画スタジオの重鎮たちがハリウッドに豪邸を建て、繁栄を支えてきたが、現在では多くのハリウッドスターがハリウッドの西に位置するビバリーヒルズや太平洋を望む海沿いの高級住宅地マリブへと住を移している。それに伴い、ハリウッドスターが利用するセレブ御用達と言われるレストランやショップ、サロンの多くも、それらの地域に集中するようになった。アカデミー賞公式シェフの異名を持つウルフギャング・パック氏が経営する「スパゴ」、エリザベス・テーラーやジェニファー・ロペスら大物スターもお気に入りの中華料理レストラン「ミスター・チャウ」、ロバート・デ・ニーロも常連の老舗日本食レストラン「松久」などビバリーヒルズにはセレブが足げに通うレストランが多く存在し、「ハリウッドスターの社交場はビバリーヒルズ」が当たり前となった。近年は、特にロバートソン通りが注目を集めており、ハリウッドスターでいつも賑わうレストラン「アイビー」や若手セレブが常連のセレクトショップ「キトソン」など人気店が軒を連ね、セレブのトレンド発祥の地として、世界中の若者の憧れの場所となっている。

スターの豪邸ツアーが大人気!!

LAのダウンタウンは様々な映画の舞台となっている
サンタモニカ・ピア
ビバリー・ウィルシャー・ホテル
二階建てバスでの豪邸ツアー
 そんなハリウッドだが、いつの時代も人々の永遠の憧れの街であることに変わりはなく、世界中から大勢の観光客が訪れる世界有数の観光地である。映画スタジオはハリウッドから去ったものの、ロサンゼルスは今も映画の舞台としてハリウッド映画に登場し続けている。近年だけみても、『ボディガード』、『ビバリーヒルズ・コップ』、『スピード』、『ダイハード』などロサンゼルスが舞台になった作品は多い。オフィスビルが建ち並ぶロサンゼルスのダウンタウンでもトム・クルーズ主演の『コラテラル』やアカデミー賞を受賞した『クラッシュ』などが多くの映画が撮影されており、ハリウッド映画ファンならスクリーンで一度は見たことのある風景が街中に点在している。『フォレスト・ガンプ/一期一会』や『ターミネーター』、『スティング』などが撮影されたサンタモニカや『プリティ・ウーマン』に登場したビバリー・ウィルシャー・ホテルやロデオ・ドライブなど映画のロケ地を間近で見ることができるのもロサンゼルス観光の魅力の一つだろう。
 ロケ地巡りとともに観光客に人気なのは、憧れのスターの豪邸を巡るツアーだ。ハリウッドに来たからにはハリウッドスターに会いたい。そう願う映画ファンは少なくない。そんな彼らに人気なのは、ビバリーヒルズにあるスターの豪邸を二階建てバスで巡る「ハリウッドスターの豪邸見学ツアー」だ。チャイニーズ・シアター前から出発し、2時間かけてトム・クルーズ、ニコラス・ケイジらハリウッドスターの豪邸を車内から見学。マリリン・モンローやロナルド・レーガン元大統領がかつて住んでいた邸宅などにも立ち寄る豪華ツアーは、世界中の映画ファンを魅了している。
 ロサンゼルスで映画を中心にエンターテインメント・ビジネスを取材するようになって感じたことの一つが、「ハリウッド」という言葉には、実は地名としてのハリウッドと映画産業の代名詞としてのハリウッドという2つの意味があり、両者のギャップが非常に大きいということ。製作費が数百億円を超える超大作映画が次々と生み出され、世界中の映画ファンを魅了し続けているハリウッド映画。主演するハリウッドのトップスターは、1本の映画で20億円を稼ぎ、ゴージャスな生活を謳歌している。そんな華やかなイメージがそのまま、地名としてのハリウッドにも連想されるが、街としてのハリウッドは映画産業が次々と去っていったことで衰退の一途を辿り、すっかりさびれた観光地へと成り下がってしまった。

42年ぶりに“聖地”で開かれたアカデミー賞

コダック・シアター

 そんな街としてのハリウッドを復活させ、かつての華やかさを取り戻そうと再開発の一環として2001年に劇場、映画館、ショッピングモール、ホテルなどが集結した巨大エンターテインメントセンター「ハリウッド&ハイランド」が誕生した。総工費750億円を投じた同施設は、チャイニーズ・シアターに隣接され、敷地内のコダック・シアターでは、2002年からアカデミー賞授賞式も開催されるようになり、実に42年ぶりに映画の聖地ハリウッドにアカデミー賞が戻ってきた。世界中から映画関係者が集結する一大イベントはハリウッドに活気をもたらせ、繁栄の起爆剤となっていることは確かだ。近年はチャイニーズ・シアターで大作映画のワールドプレミアが盛大に行なわれことも多く、スターがリムジンで颯爽とレッドカーペットに登場するなど、かつての華やかさを彷彿させるシーンを見かける機会も増えてきた。

「ゲイシャ・ハウス」
 陳腐なみやげ物店は姿を消し、周辺には新たにレストランや映画館などが続々と登場するなど、この数年でハリウッドの街並みは大きく変った。ハリウッド通りには、俳優アシュトン・カッチャーが経営する日本食レストラン「ゲイシャ・ハウス」がオープンし連日、ハリウッドセレブで賑わいを見せている。また、サンセット通りにオープンした映画館アークライト・シアターは、最高の音響でゆったりと贅沢に映画が楽しめるとあってセレブも訪れることで知られ、近年は映画のワールドプレミアやイベントが行なわれることも多い。ウエスト・ハリウッドは、セレブの社交場として華やぎ、「KATANA」「KOI」などセレブ御用達の日本食レストランが次々と開店。パリス・ヒルトンら若手セレブが夜な夜なパーティーを繰り広げるクラブも次々にオープンしている。
「ピンクス」
老舗ホテル「ルーズベルト・ホテル」
シャトー・マーモント・ホテル
 激変するハリウッドだが、今も黄金時代の面影もしっかりと残している。「ゲイシャ・ハウス」の近くには、チャーリー・チャップリンやジョン・ウェインら往年のスターも通った1919年創業の老舗レストラン「ザ・ムッソー・アンド・フランク・グリル」が今も昔と変らず佇み、1939年から変わらぬ味を提供するホットドッグスタンド「ピンクス」は、今も多くのハリウッドスターが深夜にお忍びで訪れる隠れた名店として知られる。チャイニーズ・シアターの向かいには、かつてマリリン・モンローも常宿にしていた老舗ホテル「ルーズベルト・ホテル」があり、リニューアルオープンされた現在はリンジー・ローハンら若手セレブの夜の社交場となっている。また、古くからスターの隠れ家として重宝されたシャトー・マーモント・ホテルは現在もハリウッドセレブの密会の場に使われている。1922年にオープンしたエジプシャン劇場は10年前にリニューアルオープンし、アングラ映画の聖地として映画ファンに親しまれている他、コダック・シアターの向かいにある1926年にオープンしたエル・キャピタン劇場も現在は、ディズニー映画を上映する映画館として人気を博している。他にも映画関係者も訪れる映画・舞台関連の専門書が揃う書店や、映画のポスター・脚本などを扱う専門店など、かつての映画産業の反映を物語る店もこの地域にはまだ多数残っている。
 昨今はパリスやリンジー、ブリトニー・スピアーズと言ったお騒がせセレブが世間の注目を集め、彼らの言動を通じてハリウッドが語られることが多くなっている。彼女たちの訪れる店やクラブ、ファッションを通じて紹介されることで、ハリウッドがより身近な存在になっていると感じられる。ハリウッドが再び映画産業の中心となることはないだろう。しかし、セレブ人気が追い風となり、ハリウッドは今、単なる映画の都ではない、新たな魅力に溢れた街へと確実に変化している。華やかな輝きを取り戻したハリウッドが再び、観光客を魅了する日も遠くはなさそうだ。
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PROFILE

千歳 香奈子

1972年札幌生まれ。サンタモニカ・カレッジ卒業後の1996年、日刊スポーツ新聞社アトランタ支局で五輪取材アシスタントとして採用される。東京本社勤務を経て1999年よりロサンゼルスを拠点にハリウッドスターへのインタビューやゴシップ、映画情報を執筆。2008年1月『ハリウッド・セレブ』(学研新書)を出版。

ハリウッド・セレブ

『ハリウッド・セレブ』
(学研新書)

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