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アラフォー二児の母、3度映画館へ
『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』鑑賞レポート
09/11/15

編集部 萱島 礼香

CD『THIS IS IT 』(SMJ)
 公開翌日にすぐ映画館に足を運んだ。マイケルの熱烈なファンとしては、この日を待っていた。6月に急逝したマイケル・ジャクソンの最後の日々を追った映画『THIS IS IT』。とうとう3回も観てしまった。
最初は音楽好きの夫と、まだ幼い子供が幼稚園に行っている間、子供には内緒で出かけた。とにかく号泣につぐ号泣の大感動。しかし終わってみるとなんだか細部をしっかり鑑賞していなかったような気がして、さらに翌日、今度はひとりで映画館へ。少し冷静に観ることができたが、隣の座席の人の涙に誘われてなんだか追悼式のように感じてしまった。
 これで十分かと思ったのだが、こんなに大きなスクリーンでいい音響でマイケルを観ることができるのもこれが最後かと思ったら、いてもたってもいられなくなり、8日間の間を置いて今度は友人を誘ってとうとう3回目の鑑賞となった。これで見納めかという寂しさはあったものの満足。おおげさかもしれないが、「これで死を受け入れた」という気持ちに落ち着いた。

 1980年代から90年代にかけて世界を熱狂させたスーパースターは、今世紀に入ってからは音楽活動を休止していた。訴訟やゴシップのなかで、この4年ほどは外出さえもままならない不自由な生活をしていただろうマイケル・ジャクソン。もう復活はないだろうと誰もが思っていたなか、今年7月のロンドンでの復活コンサートが発表され、あと1週間で初日を迎えようとしていた矢先に彼は亡くなった。
 1972年生まれの私が中学2年のころ、マイケルとマドンナのふたりによる“MMブーム”が日本中を席巻していた。その後高校、大学でもマイケルを聴き続け、大学のころはクラブに行くと「Billie Jean」が流れていて「うわーかっこいい」と思った。社会人になったころ、マイケルとジャネット兄妹の「Scream」のダンスを友人がしていたりと、音楽が絡む自分の思い出の中にはいつもマイケルが流れていた。彼の音楽を聴くと、同時に青春時代を思い出す。しかし、マイケルのダンスのすごさを思い知り、すっかり魅せられてしまったのは、実は彼が亡くなったあとだった。ここから彼の過去のミュージック・ビデオやライブ映像を、夜な夜な子供を寝付かせたあとに見るのが日課となった。こうなれば、あとは「THIS IS IT」を観て極めるのは私の中では自然の流れだった。
 音楽に重点を置くのかダンスなのか、あるいはすべてなのかファンにもいろいろあるだろうが、私と同世代の人たち、つまりいまの40歳前後の人には熱狂的なマイケル信者がいるのだろう。

 この映画は、2009年4月から6月までのリハーサルの様子をドキュメンタリーとしてまとめたものだ。当初2週間の期間限定公開とされていたが、さらに2週間延長されることが決まった。報道によれば、日本では10月28日の公開から4日間で、興行収入6億4663万6400円、動員50万9251人を記録する大ヒットとなっている。北米以外の地域では、復活公演を行うはずだった英国を超え、日本がトップの座についた。
 リピーターが多いらしいが、私もそのひとり。同じ映画を何度も見にいくなんて今回が初めてだし、上映後に放心状態になるほど心を揺さぶられたのは、もしかしたら初めてかもしれない。

ベールをぬいだ生身の姿は、やはりキングだった

劇場前ではマイケルとの別れを惜しんで「THIS IS IT」のポスターと記念撮影する人が多く見られた
 最初は10月29日、千葉県内に住む私は自宅近くのシネコンに向かった。音響が良いと評判のよい映画館で、どんな音を聴かせてくれるのかと期待で胸がふくらんだ。前売り期間を前倒ししてチケットを売っていたから当然満席だろうと思っていたら、予想外に空席が目立ち拍子抜けしてしまった。
 しかし、映画が始まってまもなく涙が出てきて困った。ツアーメンバーに選ばれたダンサーたちのインタビューを映し始めると、夢を叶え喜びにあふれた者たちが泣いたり震えながら感謝の気持ちを語る。マイケルの公演は初日を迎えることがなかった悲しい現実を前に、その姿がいっそう悲劇的に映る。
 1曲目「Wanna Be Startin' Somethin'」から、涙も乾きマイケルの姿に釘付けとなった。コンサートで予定されていたセットリストの順に曲が流れていく。何度も繰り返し見た、あのダンスを踊るマイケルがいる。何年ものブランクと年齢をまったく感じさせない優雅でキレのあるダンスにまず驚き、昔と何も変わらない澄み切ったハイトーンボイスが映画館に響き渡ると(ほぼ全曲生歌!)、すっかりライブに来ているような気分になった。でも、ほんとうならノリノリで手を叩きながら観たかったのにそれができないのがつらい。
 映画の80%くらいを幻のライブのリハーサル映像が占めており、フィルムコンサートといってもよいほど。「Thriller」はこれまでと違う新しい演出で迫力満点、「Smooth Criminal」は新旧の映画にインスパイアされた内容の物語風で、マイケルのスーツ姿が素敵だった。
 リハーサルのステージ映像に加え、本番のステージで流れるはずだった背後の映像やステージの演出のセット、そしてどんな衣装を着るはずだったかも映し出される。映画が究極の予告編のようなものだから、本番のステージを観たかったと誰もが思うはずだ。
 彼が残した作品やステージは、多額のお金と時間をかけることができたという側面もあるが、完璧を求めた結果、とてつもなく完成度が高いという。それらを作り上げるためにどれほどの情熱と労力を傾けたのか。この映画では、集大成となるはずだったライブに向けて、ミュージシャンやダンサー、スタッフたちを指導し、すべてをコントロールするマイケルの姿を観ることができる。
 ショーのなかで登場するパフォーマーとしてのマイケル像ではなく、こうした彼の言葉や仕草を通して人間マイケルを感じられるからこそ、感動するのだろう。世界中から集まった、彼を取り巻く超一流のスタッフたちの、最高のステージを創りあげようとする熱い思いにも胸を打たれる。夢に立ち向かう姿を描いた青春映画という見方もできる。

 それにしても、晩年の恐ろしいまでのバッシングを考えると、もし本番を迎え素晴らしいステージだったとしても、マスコミはこき下ろしたのかもしれない。マイケルは完璧主義者といわれるが、観客が求める非日常の世界を作り上げるために、自らも「世界のスーパースター、マイケル・ジャクソン」を演じ、努力や苦労を見せまいとしてきた。
 彼の肌が白くなったのは遺伝性の皮膚疾患によるものということがようやく知られてきたが、マイケル本人が病気であることを公表したがらず(インタビューで何度か語ったことはある)、いまだに白人に憧れて漂白したと思っている人が少なくない。深刻な腰痛持ちだったそうだが、そんなことを微塵にも感じさせない踊りっぷりだ。この映画がなければ、愛されるべき人柄の、真面目で努力家である生身のマイケルを知られることもなかったというのはとにかく切ない。

地球を救うために、世界がひとつになって

 前日の余韻に浸っていたら、子供たちが寝るところにちょうど主人が帰宅したので、急きょひとりでレイトショーに行くことにした。チケット予約をする時間もなく、急いで車を走らせ自宅から一番近いシネコンの映画館へ向かった。金曜の夜だけあって混んでいて、座席は前から3列目、両隣とも一人で来た30代の男性だった。落ち着いて観られると思っていたのに涙が出た。隣の男性たちもハンカチで目を押さえて肩を震わせており、まるで追悼式だと思った。
 終幕後はどこからか拍手がはじまり、私も両隣の男性たちも手を叩いた。振り返ると、若いカップルや若い女性のグループが多く、立ち上がれない女の子がたくさんいた。「こんなに大きな人だとは知らなかった」「もっと早く知りたかった」という声が聞こえてきた。新たなファンを獲得し、このような形でマイケルブームが再燃したのは皮肉なことだ。

DVD『ムーンウォーカー』
(ワーナー・ホーム・ビデオ)

 それから約1週間後の日曜日、女友達2人を連れてまたレイトショーに出かけた。彼女たちには、映画を観る前にマイケル唯一のミュージカル映画『ムーンウォーカー』と、ライブDVD『ライヴ・イン・ブカレスト』を貸し出して鑑賞してもらっていた。子育てを通して知り合った友達で一緒に夜外出をするのも初めてだったが、映画終了後は2人とも感極まって、連れてきてくれて本当にありがとうと感謝された。日付が変わる時刻にさしかかっていたが、熱くなった私たちは、余韻にひたるためにファミレスへ向かい、朝まで語り合った(夜の外出など滅多にしないのに!)。
 映画の終盤にさしかかったところで、環境破壊をやめ地球を救おうという自然賛歌の曲「Earth Song」が流れる。95年に発表されたこの曲は作詞作曲ともマイケルによるもので(ちなみに作品のほとんどが彼の作詞作曲であることもあまり知られていない)、ライブの演出にも力が入っていた。マイケルの声で、まだ今なら地球を救える、みんな誰かがやってくれると思っているがまず自分から始めようというメッセージが流れる。環境問題に敏感になっている気はしていても、いざ実行するとなるとゴミを減らすとかエネルギーを使わないぐらいしか思い浮かばないが、もっとできることはないか考えようと思った。
「Earth Song」以外にも「Man In The Mirror」「Heal The World」「On The Line」など、より良い世界を作ろう、まずは自分から、あなたと私で一緒に、というメッセージ性の高い作品がある。YouTubeなどの動画サイトでは歌詞付きで(なかには日本語歌詞付きのものある)動画をUpしてくれた人がいるので、ぜひ歌詞を見ながら聴いてみてほしい。世界の平和を本気で考え、自ら行動し、人々に訴えかけた心優しいスーパースターの思いを感じることができる。

彼の残した作品は永遠に生きつづける

DVD『ライヴ・イン・ブカレスト 』
(Sony Music Direct)
 映画を観て、本番ステージを観てみたかったと思う方には、『ライヴ・イン・ブカレスト』がおすすめだ。92年のワールドツアー"Dangerous Tour"のルーマニア・ブカレスト公演をおさめたもので、全盛期のライブ映像を観ることができる。セットリストも、今回の"THIS IS IT"に近い。観客がライブの最初から最後までバタバタと失神して倒れる様子を嫌というほど映すので、初めてこのDVDを観たときはいくらなんでも倒れすぎだと思ったし、ちょっと冷ややかな目で見る自分がいた。
 でも、今なら気持ちがわかる。どれほど待ち焦がれていたか、彼の音楽や人となりを愛していたのかを。おそらく熱狂する観客も含めてのベスト・ライブパフォーマンスの記録として出されたものだと思う。とはいえ、観客を映さないバージョンが出たら間違いなく買いたい。
 マイケルは、曲の世界観を映像で表現することにも魅力を感じていて、いわゆるミュージック・ビデオのことを「ショートフィルム」と呼び、力を入れて製作していた。ライブもいいが、このショートフィルムがまた素晴らしい。なかでも、89年に公開された長編ショートフィルムとしてのミュージカル映画『ムーンウォーカー』は、まるで漫画の王子様のようにまぶしく輝くカッコいいマイケルが見られる。前半はそれまでのミュージッククリップを集めたもので、後半がマイケルが悪人から子供たちを救うために戦うというストーリーである。実はこの映画、『THIS IS IT』の上映にあわせて、11月7日より2週間限定で緊急上映されている。あわせて観に行ってみてはどうだろうか。

CD『NUMBER ONES 』
(ソニーミュージックエンタテインメント)

 映画の余韻に浸りたい方や、まず音楽を聴いてみようという方には、CD『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』が発売されている。映画に流れた順番で曲が収録されており、新たにレコーディングされた音源という噂もあったが、エンディングに流れた新曲「This Is It」以外は過去に発売されたオリジナルCDの音源が使われている。
 また、これまでのマイケルの作品も、彼が亡き後再び脚光を浴びている。クインシー・ジョーンズがプロデュースした、アメリカの音楽業界を変えたと言われる「Thriller」やジャズテイストの「Off The Wall」など、懐かしい作品も再び聴いてみたい。しかし、キング・オブ・ポップである彼の黄金の足跡をたどりたいのなら、エピック時代の25年間にチャート1位になった曲だけを集めたアルバム「NUMBER ONES」だろう。

> ソニーミュージック スペシャルサイト
http://www.sonymusic.co.jp/Music/International/Special/MichaelJackson/

> マイケル・ジャクソン「This Is It」オフィシャルサイト
http://www.sonypictures.jp/movies/michaeljacksonthisisit/
2009年11月27日(金)まで上映

> 映画「ムーンウォーカー」オフィシャルサイト
http://wwws.warnerbros.co.jp/moonwalker/
「ムーンウォーカー」も2009年11月7日より2週間限定で緊急上映されている。

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