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[知ることの価値と楽しさを求める人のために 連想出版がつくるWEB マガジン
新書の「時の人」にきく
05 “下流”を喰う「悪魔的ビジネス」の実態をえぐる
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5.銀行が消費者金融と組みはじめる
6.クレジットカードの氾濫が消費者を多重債務に導いた
7.セーフティネットの構築こそに税金を投入すべき
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銀行が消費者金融と組みはじめる
――
ところで、『下流喰い』というタイトルはどなたか考えたのですか?
須田
実はタイトルは僕の発案なんですよ。ちょっと刺激的でしたかね(笑)。
これはね、「どんなタイトルが考えられますか?」て編集者から聞かれたんです。それで、ちくま新書の編集部がどこまでこの本の内容に本気かを試したくて、あえて刺激的な『下流喰い』を出してみた。タイトル自体が“汚れ系”ですから、ちくま新書にはあまりないタイトルですよね。しかし、このタイトルであれば手に取ってもらえるんじゃないか、という自信が僕にはあった。すると意外にも、すんなり「そのタイトルでいきましょう!」ということになったんです。
――
まさに“言い得て妙”のタイトルですね。
須田
新書や文庫のタイトルって、4文字くらいが限度だと思うんですよ。あれだけたくさん平積みされていたら、ばーっと見て、「あ、これ読んでみようかな」と頭に入ってくるのは、4~5文字が限界でしょう。新書の読者層って、こんな本を読んでみようと探すというよりは、平積みされた本のなかから面白そうなのを手に取ってみる感じの人が多いのではないですか?
――
なかなか鋭い指摘です!
ところで、『下流社会』(光文社新書)の著者・三浦展氏は、“下流”というのは単に経済的な点だけではなく、上昇志向を失った人たちといった意味で捉えていますが、そうした見方について須田さんはどう思われますか?
須田
確かにそうだとは思います。経済的に困窮していることが、すべての前提であることは間違いありません。しかし問題は、なぜ困窮するのか?たとえば先日取材した北九州の事例を挙げると、子どもが8人いる母子家庭で、母親が多重債務に苦しんでるんですね。そもそもなぜ母子家庭になったのか。それは夫のドメスティックバイオレンスのせいなんです。しかも子ども8人のうち、3人が認知されていない。というのも、離婚したあとも、夫が入り込んできて暴力ふるって強姦して帰っちゃう。そんな環境なのに、自治体の当局はこの夏まで生活保護を支給しようとしなかった。それで、息子の修学旅行費がないから、ヤミ金からお金を借りたら多重債務になっちゃいました。こういう事例です。
この場合、この家庭をどの視点から見るか。ドメスティックバイオレンスについても考えられますし、生活保護の実態という視点からも考えられる。つまり“下流”の人たちの状況は、いろんな要素がケースバイケースで、複雑にからみあっている。だけどやはり、それらの前提として多重債務などの経済的問題が大きいのは事実ですよね。
あるいは、東京都で高校を卒業している若者は現在、およそ90%というデータがあります。大学全入時代、私は若干少ないのではないかなと思う。98%近くいっていてもおかしくない。加えてそのデータには、明らかな地域間格差がある。足立区や板橋区は70%ぐらいなんですよ。 では、彼ら中卒どまりの家庭環境はどうかと見てみると、やはり経済困窮者。お金がないから塾にも通えません。塾に行かないから学力がありません。学力がないので全日制に行けません。だから中卒で仕事を始めますが、なかなか職はありません。そうしてアルバイトで生活をつないだり、フリータになってしまう。そういった彼らは、年金や健康保険はもちろん未加入であったり未払い。将来は、生活保護をうけることになるでしょうね。
まさに、経済困窮者の拡大生産、悪循環が起こっているわけです。『格差社会』の三浦氏がご指摘のとおり、困窮世帯が固定、継続していってしまう状況になっている訳です。
最近、池袋が新宿歌舞伎町なんかよりもはるかに“危ない”と言われている。これはあくまでも私の感覚的なものですが、板橋区内を走っている東武東上線のターミナルであることと無縁ではない気がします。つまり困窮問題がそれだけではとどまらず、治安の悪化などの社会不安に連鎖していってしまうと思うのです。
――
こうした問題を引き起こす要因として、80年代にお金を貸す借りるということに対しての価値観が変化したと指摘されていますが、それはなぜだと思われますか?
須田
いちばん大きな理由は、銀行のあり方が変わったためだと思います。それまでは、大手銀行は個人にはなかなかお金を貸さなかった。貸したとしても住宅ローンや自動車ローンぐらい。銀行は基本的に性悪説でできあがっている。つまり債務者を信用していないんですね。「こいつに貸したら返ってこないんじゃないか?」という発想。だから貸す場合も、債務者に直接現金を渡さない訳です。たとえば自動車ローンだったら、その自動車会社に銀行が直接振り込むというシステムです。
むかしは、規模が大きいほどいい銀行だと言われていた。ここでいう「規模」とはつまり預金額のことです。ところが、80年代に入ると、欧米の銀行に比べて、規模は大きいが収益が少ないと言われ始める。いわゆる「グローバル化」の流れのなかでですね。だから、大手銀行も「収益性」の高い銀行を目指すようになる。今までの預金中心から収益中心へ発想が転換する。このあたりのことを、よく「農耕型経営から狩猟型経営へ」と表現しますが、個々の行員にとっても、業績とは、それまではどれだけ多くの預金を顧客から獲得するかだったのが、いかに収益、つまり利子を顧客から払ってもらえるかに変わってくるんです。だから使途が限られたローンなんて、やってられない。なんでもいいから、どうぞ使ってくださいとなる。このあたりから、お金を借りてモノを買うのが当たり前、みたいな風潮が生まれましたね。
――
ということは、銀行が個人向けのローンを始めようとしていたのですか?
須田
そう。銀行もやろうとしたんです、個人向けローンを。しかも単独で。ところが、個人の信用情報が銀行へは流れてこない。借りる側もしたたかですからね。消費者金融にすら借金を断られたような人が、自動車ローンという名目で銀行からお金を借りる。そのお金が債務者に直接手渡されると、債務者はそのお金を消費者金融の返済に充てる。こんなことが多発したから、銀行の方は焦げ付いた。しかも銀行には、回収ノウハウがないんです。まさか行員が「おら!早よ返さんかい!!」と怒鳴り込む訳にはいかないですからね(笑)。債務者の方は、そうやって脅されると怖いところから返していくから、銀行への返済はどうしても後手後手になる訳です。
それで、銀行は気付いたんですね。直接、個人向けローンはできない。自分たちのノウハウではできないと。それで消費者金融業界と提携したモビットだとかそういうサービスが出てくるようになるんです。
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クレジットカードの氾濫が消費者を多重債務に導いた
――
逆に借りる側はどうしてこうも簡単に借りるようになったのでしょうか?
須田
現金を平気で借りられるようになったのは、クレジットカードの登場が大きな背景としてあるでしょう。そもそも多重債務者になってしまった人の多くは、まず最初はクレジットカードでの買い物から始まるんですよ。クレジットカードでぽんぽんモノを買いました。引き落としの月末になりました。でも銀行口座にはお金が入っていません。さてどうするか。まずはクレジットカードのキャッシング機能を使うんですね、簡単だから。だけど、そんなものはすぐに上限になってしまう。そうするとクレジットカードの返済ができない。できないとブラックリストに入っちゃうぞと危機感を抱くことになる。それで止むにやまれず消費者金融に行くことになる。
初めはね、お店の前を行ったり来たりなかなか入れないそうですよ。これは債務者も言ってましたし、消費者金融の人も、お店の前をなんどもうろつく人がいるが、たいてい初めてのお客だったと証言しています。そんな風に最初は“後ろめたさ”みたいなものがあるんだけど、だんだんそれが、堂々と入っちゃうようになるんですね。
――
クレジットカードの審査もかなり甘くなっていると思いますが、どうしてですか?
須田
競争の激化が背景でしょう。最近ではいろんなクレジットカードがあって、なかにはポイントカードと一緒になったものがある。イトーヨーカ堂のポイントを溜めるつもりが、クレジットカードももたされたり(笑)。それは、結局、どうやってクレジットカードを財布に入れてもらうかっていう、カード会社の戦略なんです。クレジットカードって、財布に入ってなきゃ使わないでしょ。限りあるカード入れに自分のところのカードを入れてもらうには、何か付加価値をつけなくちゃいけない。その競争の結果でしょうね。
それから、もちろんバブルが大きな影響を与えたのも事実でしょう。潤沢にお金が回っていたのは一部なのに、それに乗っからないと“時代に遅れてしまう”みたいな感覚。平凡なサラリーマンはそんなに大きな収入があった訳じゃないのにね。社会全体の雰囲気としてみんな“バブリー”でしたよね。そういう物欲にどうしても負けちゃうんですよ、人間って。
――
人間は放っておけば欲に負けるということですね。ほとんど麻薬と同じような気がします。実際、それに近いところまで来ているんじゃないかと。
須田
確かに。行政も放置、マスコミも放置してきた。その結果、いつの間にか“お化け”のような存在になってしまった。今では「グレーゾーン金利を撤廃したら、我々だってなかなか貸せなくなるから困る人がでるぞ!」と逆に開き直っている。私はその結果、困る人が出てもいいと思っているんです。そうでなければ、公序良俗に反するビジネスを認めるってことになる訳ですから、そちらの方がおかしい!
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セーフティネットの構築こそに税金を投入すべき
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いま多重債務に苦しんでいる人たちは、もし消費者金融がなかったらどうしたのでしょうか?
須田
そこがこれからの課題でもあります。社会保障費などが大きく削減されるなど、そもそもセーフティネットが整備されていないのが現状。だからまずは、お金がなくてどうしようもない人がいるんだぞと行政に突きつけて、行政が動くようにもっていかないといけないと思う。
――
最低限、何をしなければいけないと思われますか?
須田
先ほど述べた北九州の事例のように、多重債務状態を除去してあげれば、ふつうの生活に戻れるって訳じゃない。除去してあげることは重要だけど、その次に何をしてあげられるのか。こうした生活困窮者へのケアーができるのは現在、社会福祉事務所のケースワーカーぐらいしかいない。彼らは地方自治体の一般職員ですが、そうした人たちをきちんと予算をつけて拡充する。あるいは専門職として育成していくなどして、地域のセーフティネットをとにかく構築していかないといけないと思います。そこにこそ税金を投入するべきなんです。

(10月26日、日本橋蛎殻町 ロイヤルパークホテルで)
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