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「新書」編集長にきく

第12回 生活人新書編集長 林 史郎さん

2006年11月に、創刊5周年を迎えたNHK出版(日本放送出版協会)の「生活人新書」。その名の通り、もともとは生活に密着した内容や、NHK教育番組でおなじみの趣味・娯楽のコンテンツを主軸におくシリーズだったが、5周年を境に、社会問題を考えるテーマも柱にすえていく。この5年間をふり返りながら、これからの針路を語る。
現代社会と離れないテーマを柱に
「生活人新書」は2006年11月に創刊5周年を迎えましたが、創刊当初、どんな新書を目指して出発したのですか?
わが社には、選書と新書の中間的位置にある「NHKブックス」という伝統あるシリーズがあります。選書が出版界全体であまり元気がないなかで、唯一、気を吐いているところがあって、月2冊ぐらいのペースでコンスタンスに出版し、ベストセラーも出しています。齋藤孝さんの出世作である『身体感覚を取り戻す』も、実は「NHKブックス」なんです。「NHKブックス」がもともとあるなかで「生活人新書」を出すわけですから、おのずと「NHKブックス」との差別化が課題でした。「NHKブックス」は新書に近い選書なので、あらたに出す新書は、教養から離れて趣味や生活に密着しようという方針で始めました。当社では、NHK教育番組の語学講座や俳句・短歌講座、「今日の料理」、「おしゃれ工房」、「趣味の園芸」、「趣味悠々」などの趣味系番組のテキストを出しています。テキストというよりは雑誌に近い存在ですから、そこからコンテンツをもってくれば、おもしろいテーマを出せるのではないかと考えたわけです。
なるほど、NHKならではのストックがたくさんあったのですね。
創刊ラインアップの10冊は、ちょっと実験的な意味がありました。どんなジャンルが読まれるか、買ってもらえるかを探ろうと、多ジャンルにわたって出してみたんです。生活情報系と趣味系を主軸にして、他社と違うユニークな新書をつくっていこうとしていました。わが社に対しては、生活とか趣味とか、日常生活に密着したテーマが得意な出版社というイメージが読者にはあると思うのです。そうした印象も背景にあって、創刊当初のコンセプトは考えられました。
しかし、創刊のちょうど2ヵ月前に「9・11同時多発テロ」が起きた。それによって、読者が求めるテーマに微妙な変化がうまれた気がします。少し乱暴な言い方かもしれませんが、暢気な人が減ったんではないかと思います。趣味に没頭するよりも、もっと深刻に、社会の状況とか、自分の子供たちは将来どうなるんだろう?老後は大丈夫か?といった切羽詰まった内容の方が売れ始めました。『ゲーム脳の恐怖』はいい例です。自分の子供は大丈夫だろうか?と思った親御さんが、かなり読んでくださったようです。
創刊当初は、アカデミズムから距離をおいて生活に密着したテーマを出そうと考えたのが、フタをあけてみると読者の反応はむしろ硬派な内容が喜ばれたわけですが、編集部としてはそれで方針を少し変更したのですか。
そうですね...岩波書店さんから「岩波アクティブ新書」というシリーズが出版された時期がありましたよね。3年くらいで撤退されましたが。それが、私たちにとっても大きな“教訓”として残りました。つまり、位置づけがそっくりだったんです。わが社は、「NHKブックス」という既存の大きなシリーズをもっていて、「生活人新書」というシリーズを新たに出版する。「岩波アクティブ新書」も、「岩波新書」というとても大きな既存シリーズとは別に出版する新シリーズで、しかもどちらかというと趣味系や生活系を扱うものでした。そのシリーズが撤退したのをみて、やはり趣味系や生活系だけではやっていけないのかなと。テーマを広げすぎる気はないけれども、少し間口を広げて考えていかないといけないと思ったきっかけでした。
今回、5周年にあたって、既刊本を4つのテーマ「生活を楽しむ」「自分を磨く」「ことばに親しむ」「現代社会を知る」に分けて販促してみたんです。すると、「現代社会を知る」のテーマに分類された新書が圧倒的に多く売れました。ここでも私たち編集部が思っている以上に、「生活人新書」にはそういうイメージが、読者にはあるのだなと再認識しました。
そこで、今後はこのテーマを柱にすえていこうと思っています。NHKの番組でいえば「クローズアップ現代」の系統のものが、わが社というよりは、NHKに求められているテーマなんだなと。奇をてらったりせずに、愚直と思われても、いつか陽の目を見るだろうくらいの気持ちで、ひとつのテーマを追いかけ続けることが私たちに望まれているのだろうと思います。
名前は「生活人新書」だけれども、アカデミズムではないにしろ、社会問題とあまり離れない内容を主軸にされるわけですね。
当初から、「現代社会」についても扱ってはいたのですけれど、シリーズタイトルが、作る側のイメージを固定させてしまったところがあって、損をしたかなと思いますね。
そうしますと、シリーズ名を変えるということもお考えですか?例えば、番組のテキストや膨大な人材といったNHKがもっている資産は豊富ですし、なにより「NHK」というブランド名も大きいですよね。なぜ「生活人新書」は「NHK新書」など「NHK」を付けなかったのでしょうか?
書店さんのなかには、「NHK生活人新書」と意識的に「NHK」を付けているところも多いですから、やはり「NHK」と言った方が売りやすいのでしょうね(笑)。なぜ付けなかったかというと、混乱を招くと思ったからです。「NHKブックス」のほかに「NHKライブラリー」というのもある。そこに、また「NHK」が付いたシリーズが出ると混乱するだろうと。5年経って、お陰様でこれだけ定着してしまうと、なかなかシリーズ名を変えることも難しいですね。
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装丁が固定している新書を担当したくはなかった?!
本の装丁についてですが、「生活人新書」は、いつも帯がきれいですね。
帯が広い新書というのは、当初、私たちだけでした。私の前任者が決めたことですが、帯を幅広くとって、インパクトのある体裁にしようと計算があったみたいですね。ある時期、4色も使って贅沢じゃないかと指摘され、定価をさげるためには、帯は2色でいいんじゃないかと社内的に言われた時期がありました。そういう時期に私が編集長を引き継いだのですが、書籍編集者にとって、装丁を考えるのがいちばん楽しい作業ですよね。装丁が固定していてつまらなそうだから、新書だけはやりたくないと思っていたくらいです(笑)。だから、このカラフルな帯だけは、続けさせてくれと。装丁で楽しめるところはここだけだと主張して、当初のまま変わらずカラフルな帯を使っています。
それに、帯を外してみるとお分かりいただけるのですが、「生活人新書」のカバー自体は、素っ気ないものなんです。ですから、帯を変える=すべてのデザインを変えないといけないということになってしまう。ロゴマークやカバーデザインも変える必要があるのか。そこまで全体を見直さないといけないなら、このままカラフルな帯のままで続けた方がいいだろうということになりました。しかも、帯のオレンジ色が生活人新書の“カラー”として定着しているんです。ですから、帯といっても「生活人新書」の場合、カバーの意味合いに近いのです。
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売上げ好調は、“脳”とNHKならではの文化的テーマ
最近、よく売れているタイトルはなんですか?
そうですね。最近では、『脳が冴える15の習慣』の売れ行きがいいです。著者の築山節さんは脳神経外科の医師で、『フリーズする脳/思考が止まる、言葉に詰まる』を書いた方です。この『フリーズする脳』は、NPO連想出版の理事長でもある高野明彦さんが、NHK-BS番組の「週刊ブックレビュー」で取り上げてくださったおかげもあってとても売れました。しかし、実践的な内容、つまりどうすれば「脳がフリーズしないか」、解決するためにはどうすればいいかまでは書かれなかった。すると、読者から「対症療法としてはなにがあるのか?」という疑問が寄せられたし、また、築山さんのもとにも若い患者さんが増えたそうです。そこで、少し実践的な内容として書かれたのが『脳が冴える15の習慣』です。売行き好調なところをみると、やはり需要があったということでしょうね。
創刊5年間のなかで、売上げの上位のタイトルはなんでしょうか?
ベスト1位はやはり、『ゲーム脳の恐怖』ですね。これは毎年増刷されています。このままロングセラーとして売れつづけていくだろうと思います。10万部を超えているのは『ゲーム脳』と『国語力アップ400問』の2冊です。『蕎麦屋のしきたり』は創刊ラインアップの10冊のなかでいちばん売れましたから、「生活人新書」=『蕎麦屋のしきたり』みたいに、ひとつのシンボルにはなっていますね。それが良かったのか悪かったのか分かりません。と言うのは、それが「生活人新書」のイメージになってしまって、硬派な内容の著者を獲得するにあたって、「生活人新書」には僕の書くテーマはないんじゃないか? という反応があったのも事実ですから。そういう意味で、実用新書、趣味にかたよった新書というイメージがかなり残っていますね。ずいぶんと払拭されてきたと思いますが...
 
なるほど。『蕎麦屋のしきたり』については、実用的というよりも、文化的な薫りがして、読み物としておもしろかったので、売れたのではないでしょうか。今後は、そういう文化的なテーマは扱われないのですか?
いいえ。もちろん、その路線も捨てたわけではありません。軽い読み物風のもの、ベタなハウツーものは避けていこうと思いますが、文化的なテーマは残します。たとえば書道、登山、お茶などは、とても人気テーマですし、NHKならではの持ち味が出せると思っています。
この新書はもっと読まれてしかるべきなのに、なかなか売れなかったというものはありますか?
それは正直、非常に多いですね(笑)。1冊あげるのはなかなか難しいですが、例えば、『沖縄「戦後」ゼロ年』は、もっと読まれてほしいですね。好評を得て増刷も出ているし、根強い人気はあるのですが、結局我々の売る努力が足りないのだと思います。
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PROFILE

林 史郎

1958年福岡県生まれ。82年早稲田大学商学部卒。
同年、日本放送出版協会(NHK出版)入社、販売部に配属。家庭生活系テキスト、女性誌を経て、14年間単行本の編集に携わる。04年7月より現職。

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